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第七十話 ご招待

 ――東京、夕暮れ。


 オレンジ色に染まる空の下、住宅街にひっそりと立つマンションの廊下を、一匹のゴールデンレトリバーが軽快に歩いていた。


 モルタルの床に爪が当たる音を響かせている彼女の名前はハナ。

 MIRAIのエージェントであり、ハトフロの運営でもあった。


 彼女の滑らかな毛並みは、てちてちと歩くたびに夕日を受けて金色に輝く。

 大きな瞳は純粋な好奇心と知性を湛え、まっすぐと前を向いている。


 犬の姿とはいえ、彼女の動きにはどこか人間のような目的意識があった。

 首輪に結ばれた小さなポーチには、VRMMO「ハート・オブ・フロティア」のロゴが描かれ、中にはとある「招待状」がしまい込まれていた


 ハナの任務は明確だった。


 レオとその仲間たちが握る「鯤鵬」のデータを確保すること。


 佐伯主任の指示は「急げ」という一言だったが、データを取り戻すには強引な手段は逆効果だとハナは本能的に理解していた。


 そこで、彼女は考えた。じっくりとお散歩と日向ぼっこを繰り返した結果、導き出された彼女のアイデアは、シンプルかつ直感的だった。


(友だちになれば、きっと心を開いて教えてくれるはず!)


 そう考えたハナは、レオたちを自分のフィールド――

 ハトフロの新コンテンツ「ノーマンズランド」――に引き込む計画を立てたのだ。


 ノーマンズランドは、前々からハトフロ内に実装が予定されていた新エリアだ。


 しばらく前から開発が進んでいたが、ハッキング事件でうやむやになってしまい、お蔵入りするところを、ハナがその嗅覚で掘り出したものだった。


 ノーマンズランドは、本来のハトフロとは異なるゲームルールが適用されており、サバイバルゲームにファンタジー要素を融合させたものとなっている。


 プレイヤーはエリアの限られた資源を奪い合い、拠点を築き、剣や魔法で戦う。


 プレイヤーには、モンスターやPKといった敵対的な存在だけではなく、寒さや飢え、乾きといった、サバイバル要素も脅威となって降りかかる。


 ノーマンズランドは過酷な場所だが、生き残るには協力が不可欠――そして、協力は信頼を育む。ハナにとって、ノーマンズランドはレオたちと「友だち」になるための完璧な舞台だった。


 ハトフロ運営に潜入したハナは、精力的に仕事を行っていた。VRMMO内では金ローブを着込んだ「リード・ゲームマスター」のハナとして活動し、ゲーム内のあらゆる揉め事を、独特の人懐っこさとハイテンションで解決していた。


 無気力、無能、無知、3つの無がそろった負のロイヤルストレートフラッシュを決め、クレームという名のジャックポットを吐き出す元々のハトフロ運営に比べると、ハナの活動は目覚ましいものだった。


 彼女はその実績と明るい性格をもって、運営スタッフともすぐに馴染む。メールやビジネスチャットツールを使って招待状の発行を彼女とやり取りしたスタッフたちは、現実世界のハナがゴールデンレトリバーだとは夢にも思っていないだろう。


(ふっふっふ! アカウントのユーザー情報によると……あった!)


 廊下をてくてくと進むハナは、レオが住むマンションの一室、そのポスト前にたどりついた。


 築ウン十年古びたコンクリートの建物は、都心にしてはどこか懐かしい、昭和の雰囲気を漂わせていた。


 緑のモルタルに埋め込まれた陶器タイルの飾り、丸いドアノブ、分厚いアルミサッシにダイアの模様が入ったすりガラス。今では見るのも難しいものばかりだ。


 ハナは首輪についたポーチから招待状を取り出すと、器用に口でくわえてポストの隙間に押し込んだ。


 ハトフロのロゴが入った招待状には、ノーマンズランドへのアクセスコードと、入力方法、そして、ハナからのシンプルなメッセージが書かれていた。


「レオさんへ。一緒に新しい冒険で遊びませんか? ハナより!」


 任務とはいえ、ハナの胸には奇妙な温かさがあった。


 彼女に与えられた任務は、レオとその仲間たちから鯤鵬の秘密を聞き出すことであり、「友だちになれ」なんて命令はどこからも出ていない。


 しかし、ハナは知っている。心にこもる、この奇妙な温かさには色があって、同じ色を持つ「これ」が大きくなると、どんな大事なものでも一緒に持とうとする。


 ハナの行動の全ては本能が導いた、彼女なりの方法だった。満足げに尻尾を振ってハナが立ち去ろうとした瞬間、彼女の背後から声が響いた。


「うわ、でっか! いったいどこの子だ?」


 ハナの身体が一瞬硬直した。振り返ると、そこにレオが立っていた。

 30代前半、くしゃっとした黒髪と、気さくな笑顔が特徴の青年だ。手にはコンビニの袋がぶら下がり、ちょっとした買い物から帰宅したばかりの様子だった。


(あっ、見られちゃった! でも、チャンス……かも?)


 頭はフル回転させたハナは、愛嬌を全開にするように、ぶんぶんと尻尾を振ってレオに近づいた。すると、買い物袋を持ったままのレオがしゃがみ込み、ハナの前に手を広げた。ハナはすかさずレオの手を嗅ぐ。


(ふんふん! これは――ハチミツバター味のポテチの匂い! ふわぁ!)


 ハナはレオの買ってきたお菓子の匂いにすっかり幻惑されていた。

 すると、レオは手慣れた手つきでよしよしと彼女の首元をなで始めた。


(あぁ、いけません、いけません! もっとです!!)


「よーしよし、首輪を見せてくれよ……。どっから迷い込んだ子だ……ん、ハナ?」


 首輪についた「ハナ」という名前が刻まれたメダルを見て、レオは一瞬戸惑った。

 金色ローブのハナの姿と、夕日を受けて金色に毛並みを輝かせたハナの姿が重なって見えたからだろう。


「ハナって、あのゲームマスターと同じ名前だな。まさか……」


 メダルを手に取ったレオは、うろんな目つきをハナに向ける。

 が、彼女はキラキラとした瞳を返すばかりだ。


「まさか、彼女のペットか? 自分のペットから名前を取ったのかな?」


「ワン!」


 ちょっとちがいます! と言おうとしたが、彼女の口からは吠え声しかでない。

 レオはハナの首もとの長い毛を手ぐしでときながらうーんと唸る。


「まさか、彼女がこの辺に来てるとか? それでお前は脱走してきた……とか?」


「くーん」


 惜しいです! 本人です! と言っても伝わらない。ハナは目を細め、レオに撫でられる感触を楽しみながらふわふわした心持ちになっていた。


「そういえば、何かをポストに入れてたな。何をいれたんだ?」


 レオが招待状に気づき、ポストから封筒を取り出した。招待状のハトフロのロゴを見たレオは、何かに得心がいったように頷き、封を開ける。


 ハナは内心で焦るが、ちょこんとその場に座り、無垢な犬の振る舞いを続けた。


(それ、招待状です! どうぞお越しくださいなのです!)


「ふむふむ、ノーマンズランドって、前々から開発されてたハトフロの新エリアだよな。それの先行プレイができるアクセスコードか……。なるほど。お前、ご主人に言われて、これを届けに来たのか?」


「ワン!」


「よし、たしかに受け取ったぞ、ご苦労さま。ふむふむ……このアクセスコード、招待も可能なのか。仲間にも見せてみるわ。ハナ、ありがとうな!」


「わう!」


(やった大成功! ノーマンズランドで一緒に遊べば、きっとレオさんと友だちになって、それで、えっと、そう! データのことが聞き出せるはず!)


 ハナは激しく尻尾を振りながら、その場でくるくると回る。

 その落ち着きのない様子に、レオは苦笑していた。


「犬は飼い主とよく似るって言うけど、本当だなぁ。ところでお前、ちゃんと飼い主のところに戻れるか?」


「ワン!」


「そうか。まぁ……初めての場所に封筒を届けられるくらいだから、帰るのもできるか。……できるよな?」


「わうわう!」


(もちろんです! ごはんの時間までには必ず帰ります!)


 ハナが吠えて頷くと、レオは彼女の頭をポンポンと叩き、どこか心配そうな表情を浮かべて部屋にもどった。


 バタン、と閉じるドアを見送った彼女の心には、任務の達成感と、なぜか本物の友情の芽生えのような温かさが混在していた。


 ハナは尻尾をゆっくり振りながら、モルタルの廊下を後にした。




さすが最強のエージェントだぜ……これは抵抗できない!(


あ、「ノーマンズランド」のルールは、『Escape from Tarkov』をベースに、RustとかArkの拠点レイド要素まぜまぜした感じです。


Rustとかタルコフの動画見てたら、ちょっとやりたくなっちゃった…(


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「ノーマンズランド」のルールは、『Escape from Tarkov』をベースに、RustとかArkの拠点レイド要素まぜまぜした感じ もしかしなくとも一番ハトフロユーザーに与えてはいけない類のモード…
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