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第六十九話 未来の先へ

 ――横須賀、昼。


 埠頭に立つ者の視界を埋め尽くすほどの巨体は、今日も黒く横たわっていた。

 元中国軍のレールガン搭載型巡洋艦、「鯤鵬」だ。


 圧倒的な存在感を放つその全長は400メートルを超え、港のクレーンやコンテナ船をまるで玩具のように小さく見せる。錆と海水に侵された船体は、まるで幽霊船のように静まり返り、港の喧騒を飲み込むような威圧感を漂わせていた。


 だが、突如としてヘリコプターの轟音が港の静寂を切り裂いた。

 現れた深緑色のヘリの機体側面には、白文字で「日防軍」と記されている。


 日防軍のヘリはクレーンの林を抜け、港湾事務所の近くのヘリパッドに着陸した。

 ローターの風圧が埃とゴミを巻き上げるなか、スライドドアが開き、1人の男性がヒビだらけのコンクリートの上に降り立った。


 男性は40代半ば、髪に白が混じるが、背筋は伸び、筋肉質な体つきをしている。真っ直ぐな姿勢は研究者の執念と軍人のような厳格さが漂う。


 彼の胸元にはMIRAIのロゴが入ったIDカードがぶら下がっており、顔写真の横に並ぶ名前は「佐伯康平(さえきこうへい)」とあった。


 スーツの上にMIRAIのロゴが入った白衣を羽織った佐伯の足は、港の一角に展開されたMIRAIのフィールドラボへと向かった。


 フィールドラボは、鋼鉄製の六角形をした頑丈なプレハブ構造で、南極や極地での使用を想定した運搬可能な研究施設だった。外壁にはMIRAIのロゴが大きく描かれ、内部には研究用装備と専用のジェネレーターが完備されている。


 鯤鵬の機密を解析するMIRAIの前線基地として機能しているこのラボは、状況と研究用途に応じて構成を変更可能で、生物災害(バイオハザード)に特化させた場合はBSL、バイオセーフティレベルを最大の4まで拡張可能であり、化学、放射線災害にも対応可能だった。


 ラボの気密扉が音を立てて開くと、佐伯は冷たい海風を背に中へ踏み込んだ。


 室内の中央では、抽象化された模式図が螺旋を描くホログラフィックディスプレイとなって浮かび、その上をデータストリームが光の粒子となって流れている。


 きらきらと七色を放つ光の螺旋の前には若い女性の研究者がおり、佐伯の入室に気づくと、タブレットを手にしたまま、緊張した面持ちで佐伯を出迎えた。


「佐伯主任! お、おつかれさまです!」


「林、鯤鵬の分析結果はどこまで進んだ?」


 佐伯の声は低く、宿題を忘れた生徒を問い詰める教師のように冷たく響いた。

 タブレットを胸に抱えた林は、すこし早口気味で報告を始める。


「はい、説明させていただきます! 鯤鵬が横須賀に漂着してしばらくの間、県警と日防軍の管轄争いによって、現場から日防軍が締め出されていましたが、現在は日防軍のコントロール下にあります」


 林からの報告を聞いた佐伯は片眉を上げる。彼の視線はディスプレイに映る鯤鵬の船体に留まったが、すぐに林へと向かった。


「ふむ。県警がそう簡単に手を引くとは思えんが」


 林はタブレットを操作し、ホロディスプレイに新たなデータを表示する。そこには、破壊された「破天」の残骸と、搭載された兵器のリストが乗っていた。


「『破天』のためです。破壊されているとはいえ、未だ武装の残る兵器ですから」


「なるほど。不発弾処理か?」


「はい。残骸を撤去する際の調査で、機体の暴発リスクが高いことが判明しました。万が一にも爆発すれば、鯤鵬が搭載する資材が飛散して周囲を汚染する危険もあることから、本事件の担当が県警から日防軍にスライド、ようするに面倒事を押し付けられる形で調査権限が渡ってきたということです」


「県警のプライドも爆弾の前では霞むか。不発弾処理を理由にすれば、港の周囲を封鎖して、調査を開始する体制を整えられるな」


「はい。調査には専門家が必要となれば、ごく自然にMIRAIが本件に関与することもできます。無駄がありませんね」


「で、実際はどうなんだ。アレは危険か?」


 佐伯が破天の残骸を指差すと、林は静かに頷いた。


「危険ですね。破天はうちで使っているプラズマカッターよりも高出力のものを装備しています。使用するカートリッジは高密度のエネルギー体ですから……」


「――爆弾にもなりうる、か。それを体当たりで破壊したんだったか?

 無知とは恐ろしいものだな」


 林が空中に手をふると、佐伯の手元にホログラムの報告書が表示される。

 報告書には、こうあった。


ーーーーーー

 中国軍が開発中の戦闘工兵用の義体、『崩槌』にハトフロから転送されたプレイヤーがログイン。小一時間の戦闘の後、最終的に電磁カタパルトを用いた体当たりで破天を破壊。同時に崩槌も大破。頭部を残して機能喪失。

ーーーーーー


 報告書を見る佐伯の目がわずかに細まる。


「崩槌か……。開発中とはいえ、軍用グレードのセキュリティが搭載されているはずだ。それを突破して動かしたプレイヤーがいると? そんな芸当、ただのハトフロのユーザーには不可能だ。外部の助力があったと見るべきだろう」


「はい。崩槌を起動するにはバイオコード認証が必要です。プレイヤーの詳細は不明ですが、何らかの介入があった可能性は高いと思います。その場合、R.I.Pスキャンで構築された義脳が使われたはずです」


「R.I.Pスキャン……。人間の脳に不可逆的な損傷を与えるが、高精度のニューロネットワーク情報を得られる技術。これを元にして作られた義脳はバイオコードの突破が可能になるが、もちろん違法な技術だ。必要なのはわかっているが、日本国内で研究するわけにはいかなかった」


 佐伯は腕を組み、ディスプレイに映る鯤鵬の巨体をじっと見つめた。


「ゆえに〝外注〟する必要があった。そして、十分なデータが揃った時点で黒軍が起動。サーバーを始め、鯤鵬に残る全ての証拠を破壊する予定だったのだが……」


「ハトフロからの介入によって、黒軍の活動が妨害。その僅かな時間でサーバーに残されていた鯤鵬の研究データ、目録、交信記録など……もろもろの証拠が船外に持ち出されたのは確実で――」


 佐伯が手を上げ、林の言葉を遮った。


「ハトフロの運営会社に向かったMIRAIの解析チームは、ハトフロサーバーのログに異常なデータ移動の痕跡を検知している。状況から考えて、レオと呼ばれるプレイヤーたちが本件に関与、あるいはデータを所持している可能性は極めて高い」


「もしそれが本当なら、彼らは……。主任、もし彼らがそのデータを握っているとしたら、MIRAIとしてはどう動くべきでしょうか?」


 佐伯はラボの中を歩き、林のデスクの前で立ち止まる。そして、彼女の机の上のゴールデンレトリバーのポートレートに一瞬視線を投げると、冷徹な笑みを浮かべた。


「MIRAIの目的は、『A計画』に必要なリソースを確保することだ。アメリカ、日本、ヨーロッパ、中国までもが参加する超国家の枠組みだ。プロジェクトの詳細は私にもわからんが、鯤鵬のデータは、そのための核心的な資産になる。データが彼らの手にあれば、我々はそれを確保するだけだ」


 林はゴクリと喉を鳴らし、慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと答える。


「主任、その手段には……ハナの投入も含まれますか? 彼女の能力と忠誠心は本物ですが、行動が……その、予測不能な部分が――」


「君も知っている通り、ハナは最強のエージェントだ。彼女に抵抗できる人間はそう多くない。彼女の『出自』が何であれ、プレイヤーの警戒心を解き、真実を嗅ぎ分ける能力は本物だ。できるだけ急ぐように伝えろ。」


 林は小さく頷き、タブレットを胸に抱えた。


「了解しました、主任。次のレポートは、48時間以内に提出します」


 佐伯は無言で頷いた。レオたちが手にしたブラックボックスはMIRAIを越え、さらにより多くの世界の未来を左右する鍵だった。そして、その鍵を握るレオたちの動きは、すでに佐伯の視野にしっかりと捉えられていた。


「――主任。ひとつお聞きしてもよろしいですか? なぜリュウキ博士は、彼ら義脳に人間のような心を持たせたのでしょうか? 彼らが今までにしたことを見てみれば、博愛主義者ではないのは明らかです」


「林くんは、義脳を兵士にするならば、恐れを知らない機械のようにすれば良いではないか、というんだね」


「それは……まぁ、そういうことですが」


「私も最初はそう考えていた。戦闘機械に心は不要。ただ効率的に、推論を元に動作すれば良いとね。だが、黒軍の結果を見る限り、それは間違っていた」


「というと?」


「矛盾しているんだよ。迫りくる砲弾にも恐怖せず、銃火のもとに飛び込める。そんな〝強靭な意志〟を持つ兵士とは。心なき戦闘機械は英雄に成り得ない」


「……よくわかりません」


「具体的に言えば――恐れを知らない兵士はただの的になる。かといって、回避に最適化すれば隠れるだけになる。行動を促されるままの機械は無能なだけではなく、かえってその行動は予測不能になる。とても兵士としては使い物にならない」


「それで心を与えたと?」


「言い換えれば、心を持つものは、命の使い所を心得るのさ。心は選択の羅針盤だ。RIPスキャンで得たのは、単なる神経回路じゃない。恐怖、勇気、犠牲――人間の心の動きそのものが、義脳に刻まれる。それが、義脳のような存在を生んだ。彼らは、命の使い所を心得ている。だから、人間と共に行動できるんだ」


 佐伯の視線が、再び林の机の上にあるポートレートに向かった。


「それに、心を持つ存在のほうが機械よりも動かしやすく予測可能だ」


「ただの機械よりも、心を持つ存在のほうが予測可能というのですか……? ちょっと、その……私の直感的には信じがたいですね」


「始まりにおいて求められるのは思考だが、実行において求められるのは観察だよ。君の感想はどうあれ、事実としてそこに存在する。私たちがそうだからね」


「どういうことですか?」


「私たちは社会という枠組みのなかで、完全に同じ人間の管理下にある。自由意志というが、それは本当に君の決断かね? 君の家族、友人、恋人――そして、MIRAIの意志。それらが一切関係ないと、本当にいい切れるかね?」


「……そう言われてみれば、そうかもしれません」


「すまん、関係ない話が過ぎた。作業に戻ってくれ」


「は、はい!」


 林の小さな背中を見送った佐伯は、ラボの中央のデータの羅列を見つめ、考える。

 彼の頭の中には、林にも理解しがたい考えが渦巻いていた。


(人間がかつての姿に戻ることは、おそらくもうないだろう。それはおそらく、とてもよいことだ。人間は生物が持つ、本質的な目的をすでに果たしている。自らを取り囲む世界を噛み砕き、自らの似姿に変えて吐き出すという目的を――)




この作者、思い出したようにSF始めるな…(w

佐伯博士はリュウキ博士とはまた違うベクトルでやばめのマッドですね。

しかしプロジェクトAって…ジャッキーの映画しか思い浮かばないぞ!!

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