第五話 天匠の業
鍛冶場に戻ったレオは、作業台の前のスツールに腰を下ろし、深く息をついた。
灰色の煤と金属くずが散らばる作業台の上には、シルメリアの「引っ越し祝い」として贈られた三つの希少鉱石が並んでいる。
ミスライト、ドラゴンハート、アビスマイト。
それぞれが呼吸するかのように微かな光を放ち、まるで意志を持っているかのように揺らめいていた。光を放つ鉱石たちは、レオが手を下すのを今か今かと待ち構えているようだ。
(……これを使ったら、でも――)
まぶたを閉じ、目を伏せる。だが、手の疼きは止まらない。
レオの手はハンマーの重さを求め、頬は鍛冶の炎の熱を感じたがっている。
この鉱石は盗品だ。奪われて悔しい思いをしている者がどこかにいるはずで、本来ならその人に返すのが筋だとわかっている。
しかし、ブラッディ・ベンジェンスが倒してきた相手は、人々から奪い、報いを受けなかった詐欺師や盗賊、荒らしばかりだ。
そんな連中から奪ったものなら、このまま飾っておく意味はあるだろうか?
本来の持ち主に返すことが正しいのは確かだ。だが、レオは探偵ではないし、「落とし主はあなたですか」と一人一人尋ねていくのも現実的ではない。
価値あるものならなおさらだ。不特定多数に聞いても、名乗り出た者が本当に本人かどうかの保証はない。
ならば、この鉱石はレオのハンマーで打ち直すべきではないだろうか?
奪われた者たちの悔恨を槌に乗せ、鍛え上げた恨みを悪党どもの肉に沈めてやるのが正義というものではないのか?
ほの暗い熱情と共に、レオの中に黒い創意が湧いてくる。
彼はプレイヤーの笑顔ではなく、リッキーをはじめとする悪党どもの嘆きを思い浮かべていた。
「――ちがう、そうじゃない」
我に返り、彼の胸に三人のPKの顔が浮かぶ。メイラン、クロウ、リリィ。
彼らの武具を思い浮かべ、レオは気持ちを切り替えた。
使い手のためにならなくては。それが鍛冶屋としての信念だ。自分の恨みだけをハンマーに込めても意味がない。
彼の鍛えた武具は、使う人のものであり、彼自身のものではないのだから。
「……よし、やるか」
レオは立ち上がると、エプロンを締め直し、鍛冶の火を熾した。炎が轟々と唸りを上げ、軒先全体がオレンジ色に染まる中、彼の目は鋭く輝いていた。
「鍛冶メニュー展開。防具、重防具、強化装甲は、と
――うへ。ユーザーレシピ、こんなにあるのか」
鍛冶屋専用のクラフトメニューを開くと、画面には軽く100を超える鎧の3Dモデルが並び、炉の炎に照らされていた。
『ハート・オブ・フロンティア』では、武具の形状や性能にユーザーの裁量が大きく反映される。素材選びからデザイン変更、性能のバランス調整まで自由度が高い。その結果、調整された装備は「ユーザーレシピ」として保存され、公開・共有が可能だ。
大抵の鍛冶屋は安定性と手軽さを求め、既存のレシピに従って作るが、それらは「万人向け」に過ぎない。独自の哲学に基づいた「尖った装備」を作るには、一からレシピを設計する必要があった。
「タグ、『タンクメイジ』で絞り込み。……やっぱりみんな防御重視になるよな」
レオは既存のレシピをざっと調べたが、高評価のものはどれも似たり寄ったりで、彼の「アイデア」を先取りしたものはなかった。
「しゃーない。ちょっと面倒だけど……自分で設計するか」
鍛冶屋メニューで重防具の基礎となる「ヘビープレート」を選び、「高度な設計」のボタンを押す。すると、複雑で専門的な編集画面が開き、ツールアイコンがずらりと並び、プログラム入力欄まで用意されていた。まるでゲーム開発者が使うような高度なインターフェースだ。
「さーて。うーむ……」
ツールの前で腕を組み、唸るレオ。
頭の中でこれから作る装備のイメージを固めていく。
最初に手掛けるのは、メイラン向けのアーマーだ。
彼はタンクメイジ――ワープを駆使して強力な攻撃魔法を放つ移動砲台であり、基本戦術はヒット&アウェイ。だが、必要とあれば味方を守る「タンク」の役割も担う。敵の懐に飛び込み、魔法障壁を張りつつ自分中心の範囲魔法で敵の注目を集めるのが基本運用だ。
メイランのアーマーの傷を見れば、後者の運用が主なのは明らかだ。
ボロボロになった彼の鎧には、白兵戦の傷が無数に刻まれていた。
「タンクは絶対に攻撃を受ける。なら――それを逆手に取ってみよう」
呟きながら、レオは青く輝くミスライト鉱石を手に取った。
ここで彼は大胆な選択をした。敢えて防御力は強化せず、ダメージを受けた分をMPに変換する効果「アブゾーブMP」のルーンを付与したのだ。
「そしてもういっちょ……これだ」
レオはさらにバリアのHPを増やす「魔法障壁強化」のルーンを付与した。これには2つの意味がある。ミスライトは魔法性能にボーナスがあり、魔法性能に属する「魔法障壁強化」と「アブゾーブMP」にボーナスがつく。まずこれがひとつ。
ふたつ目の意味は、「アブゾーブMP」は、バリアに入るダメージもMPに変換するからだ。ゲームシステム上、バリアはHPの上昇として計算されている。バリアのHPが増えれば安全になるだけではなく、MP回復量も増えるという訳だ。
こうすることで、ダメージをバリアで耐え、攻撃を受け続ける限りMPを回復し、魔法で反撃してくるという超凶悪なタンクメイジが誕生する。
攻撃を弾くのではなく、バリアで受けてMPに変換する設計――
これがレオのアイデアだった。
炉にミスライトを放り込み、愛用のハンマーを手に持つ。金属が赤く熱され、叩くたびに澄んだ音が響き渡る。薄く伸ばされたミスライトは鱗のように重なり合い、表面には青白いルーンが浮かび上がった。
「この見た目、名付けるなら……エーテルスーツってとこかな?」
完成した「エーテルスーツ」は、見た目こそ軽やかだが、魔法障壁がダメージを受けるたびにメイランのMPが回復する。戦場に立ったメイランが攻撃を受けながら魔法を乱射する姿が目に浮かぶようだ。
「これなら、メイランのタンク性能は格段に上がるはずだ。タンクメイジの弱点は、重装甲を着込むことによるMP回復ペナルティだからな」
レオは満足げに頷いた。
ハート・オブ・フロンティアの作製武具の性能は、鍛冶屋の腕前で決まる。
鍛冶屋のスキルが高いほど、割り振れるステータスポイントが多くなるからだ。
天匠であるレオは普通の鍛冶屋より多くのポイントを扱える。しかし防御力に大量のポイントを注ぎ込むと、後半になるほど必要ポイントが跳ね上がる仕組みになっている。ヘビーアーマーは基礎の防御力が高く、大量のポイントを食う。だからこそ、彼は防御力を抑える必要があったのだ。
「欠点は、メイランが無視されるとMP回復できなくなることだ。けど、タンクを無視すればメイランが暴れ続けるし、PKなら『抜け道』もある」
作業台の上に完成した「エーテルスーツ」を立てかけるレオ。
その外見は、まるで未来の金属彫刻のようだった。肩から胸にかけて滑らかに湾曲した装甲はミスライトの淡い輝きを備え、光の加減で銀から青へと色合いを変える。
関節ごとに精密な調整が施されたスーツは、何かに置くとその形に合わせて液体のように柔軟に形を合わせる。見ようによっては生き物のようだ。
スーツの背中には脊椎を思わせる小さな突起が並び、魔法障壁の発動時にミスライトが反応して光の粒子を生み出す仕組みになっている。
洗練された機能美から来る美しさを備えたこのスーツは、きっと戦場でメイランを際立たせるだろう。目立てばそれだけタンクとしての役目も果たせるはすだ。
それはそれでどうかと思うが、スーツを見るレオの視線は満足げだった。
「よーし、次だ!」
ハンマーを握ったレオにもう迷いの色はない。
すっかり仕事モードに入ったレオは、次なる難事に取り掛かった。