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第六十八話 リード・ゲームマスター

 店のドアがバタンと閉じ、リード・ゲームマスターのハナが入ってきた。


 目深に被ったフードの裾や袖には金糸の刺繍が施され、ゲームマスターの赤ローブとは一線を画す豪華さが漂っている。


 だが、その堂々とした出で立ちとは裏腹に、彼女の動きは軽やかで活発だ。見るからに重たそうなローブをものともせず、せわしく店の棚を見て回っていた。


「えっと、ハナさんですか?」


「あ、はい! リード・ゲームマスターのハナです! いやぁ、このお店、楽しそうなものがいっぱいですね!」


 そういってハナは、店に並べられたメイスや兜といった武具に興味深そうな視線を送る。その仕草には、どこか子犬のような無邪気さが感じられた。


「なんか……今までの運営とぜんぜん違うね。ミライの人たちって、みんなこんな風にハイテンションなのかなー?」


「うーん、俺は割と心当たりあるかも」


「あるの?」


「技術特化の会社って、どこか浮世離れしているっていうのかな……。普通にメールの文面が友達ライクだったり、絵文字入れてきたりとかあるんだよ。マジで」


「学生の私でも、それは無いってわかるんだけど……」


「と、おもうじゃん? 社会は意外と適当に回ってるんだ」


「結衣さんは、適当にも限度があると思うなー」


 レオたちそっちのけで、ハナは棚の商品を見て回っている。

 その様子に訝しげな表情を浮かべたレオは、おそるおそる口を開いた。


「えっと……ハナさん、今日はどういったご用件で?」


「あ、そうでした!!」


 ハナはそう言うと、ローブの裾をひらひらさせながら、カウンターの前に突撃してきた。まるで初めてのお散歩に興奮する子犬のようだ。


「えっと、この間のハッキング事件を解決したヒーローの皆さんに、お話を聞きに来たんです!!」


「ヒ、ヒーロー?」


「はい! 普段いがみ合っているPKとPKKをまとめ上げ、一丸となってハッカーの操る〝黒軍〟に立ち向かったとか! カッコイイです!!」


「そんな、ヒーローなんて大げさな……」


 レオが面映そうに否定するが、興奮した様子のハナは止まらない。


「いえいえ! ハトフロを救ったのは間違いなくレオさんたちです! なんでもアルファテスト時代の遺物――『ハート・オブ・フロンティア』を見出して、ハッカーから制御を奪還、勝利をつかんだとか! それを詳しくお聞きに来ました!」


「といっても、あのときは夢中でしたからねぇ……」


 レオはそう呟きつつ、どこかぎこちない笑顔を浮かべた。きっと、「情報を選べ。核心は渡すな」という、古島の警告が彼の頭をよぎったのだろう。


 ハナがミライの送り込んだ調査員である以上、何らかの目的を隠し持っていることは確実だ。どんなに人懐っこく見えても、油断は禁物だ。


 レオはカウンターに肘をつき、できるだけ自然に会話に応じようとする。


 一方のハナは、霜華の出したスツールにちょこんと腰掛けた。彼女の手にはタブレット型のインターフェースが握られているが、その指の動きはどこかぎこちない。


「えーっと……それで、ハート・オブ・フロンティアを使った時の事を――」


 ハナのキラキラとした視線は、レオたちの一挙一投足に注がれている。ところが、そのくりっとした瞳が結衣がカウンターに置いた金魚のぬいぐるみに向くと、ハナの目が一気にそちらに釘付けになった。


「わっ! なにそれ、めっちゃ可愛い! 金魚!? 金魚のぬいぐるみ!?」


 ハナはタブレットをほっぽりだすと、カウンターの上に頭を乗せ、ぬいぐるみに鼻先を近づけた。その仕草に、レオと結衣は一瞬目を合わせた。


(……なんか、犬っぽい? )


「これ、シルメリアさんのネコ用のおもちゃなんだけど、気に入っちゃった?」


 すこし引きつった笑顔を浮かべた結衣が尋ねる。が、ハナはぬいぐるみに完全に気を取られていた。ぬいぐるみの弾力のあるお腹をぽんぽんと叩きながら、とろけそうな笑みを浮かべていた。


(ちょっと、何しに来たんだこの人……?)


 レオがハナのGMとしての適正を訝しんでいると、店の扉が再び開いた。


 すると、戸を肩で押し入ってきたのは、つい先日保護した白いネコを腕に抱えたシルメリアだった。ネコは彼女の腕の中でゆったりと手の甲を舐め、毛づくろいをしていた。が、ハナを見ると急に動きが止まり、金色の瞳が細まった。


「ん、お客さん? レオ、誰このキンキラ金の人?」


 シルメリアがカウンターに近づくと、白ネコがハナの方に首を傾げた。ハナは一瞬、目を丸くして固まり、ぬいぐるみを胸に抱きしめたまま後ずさる。


「わわっ! ネコ!?」


 ハナの声は明らかに動揺していた。ローブが震えるように揺れ、逃げ出したい衝動を抑えているようだ。猫が苦手なのかと考えたレオは、すかさずフォローを入れる。


「大丈夫ですよ。この子、おとなしく――は無いですけど、ケンカを売りさえしなければ、命の保証はあります」


「ひんっ!?」


「……なんでそんなビビってるの? ただのネコだよ?」


 シルメリアが怪訝そうに言うと、白ネコが「ニャ」と小さく鳴き、シルメリアの腕の中から飛び出してカウンターに着地した。するとハナは「うわわっ!」と小さく叫び、ぬいぐるみを盾のように構えていた。


「ハナさん、オモチャをネコちゃんに渡してあげて。引っ掻いたりしないから!

 ……たぶん」


「うぅ~! だ、大丈夫ですかぁ!? 食べられたりしないですかぁ?!」


「へーきへーき!」


 ハナが恐る恐る金魚のぬいぐるみを差し出すと、白猫は赤い金魚に興味津々のようだ。ヒレをかじると、そのまま前足でぬいぐるみの体を抱き寄せ、カウンターの上でぬいぐるみといっしょに転がった。


「よっしゃ! 気に入ってくれたみたい!」


「へぇ、このぬいぐるみ、結衣が作ったのかい? いい出来じゃないか」


「でしょ~?」


「で、えっと、ハナさん、さっきの話ですけど、ハッキング事件のこと、ですよね? 俺たち、ほんと大したことしてないんですよ。古島さんの指示に従って、ハート・オブ・フロンティアをポチッと起動しただけなんで」


「起動しただけ……ですかぁ? でも、サーバーのログによると、ハート・オブ・フロンティアの起動の後、皆さんの接続が切り替えられて、どこかに転送されたそうなんですが……。まるでどこか別の場所にジャンプしたみたいな?」


 すると霜華が口を開き、レオの発言を裏付けるようにして補強する。


「ハート・オブ・フロンティアを起動した後、古島さんがログイン認証周りのシステムを復旧しました。私たちはそれでログアウトを試しただけですね。ログに異常があるとすれば、ハッキングによる影響ではないでしょうか」


「そっかぁ~。ミライの解析によると、ハトフロからステラネットの衛星にデータが送られて、衛星を介してどこかに送信されたらしいんです!」


「ぎくっ」


「なるほど。ハッカーが経路を操作していたのかも知れませんね。私たちはこのようにログインを続けられていますし、とくに問題はありませんでしたが……」


「うんうん! 技術的に何かあったとしても、とくに問題は無かったし、俺たちにはよくわからないなー!」


「そうなんですね! では、黒軍が次々とログアウトしてデータが転送された時のプロトコルと、皆さんのプロトコルが酷似しているのも、ただの偶然ですかぁ?」


「ぎくぎくぎくっ」


 レオが霜華を見ると、霜華も表情が凍りついている。どうやら、ここまで解析が進んでいるとは、彼女も予想していなかったようだ。


(不味いぞ、ハナさんの指摘をどう切り返す……? だめだ、頭の中が真っ白だ)


 ごくり、とレオの喉がなる。と、その時――


「ハナさん! これ、ちょっと作ってみたんだけど、どうかな?」


 いつの間にやら、結衣が金魚のぬいぐるみ2号を作り出していた。残った手持ちの材料でぬいぐるみを作ったのだろう。1号にあったヒレは省略され、エビフライのような形をしているが、それがどことなくキッチュな味をかもし出している。


「おぉ~、かわいい~!!!」


 ぬいぐるみを受け取ったハナは、キラキラと目を輝かせ、ぬいぐるみに鼻を近づける。どうやらいたくお気に入りのようだ。


「ね、ハナさん、急に言われてもみんな記憶がフワフワだからさ、今度にしない? 次はみんなで思い出した内容をまとめておくからさ~!」


「はっ、たしかにそうですね! 突然ごめんなさい! 今日のところはこの辺で! また今度お邪魔するです!」


 ハナはぬいぐるみを両手でぎゅっと抱え、まるで逃げるように店のドアに向かった。金色のローブがキラキラと揺れ、まるで弾丸のような勢いで店を出ていく。


「じゃ、じゃあ、またね! ハトフロ、楽しんでね~!」


 ドアがバタンと閉まり、店内に静寂が戻った。

 ドット疲れが襲ってきたのか、レオはカウンターに突っ伏し、大きく息を吐く。


「なんだったんだ……。尋問ってより、なんか親戚の子どもの扱いみたいだったぞ」


「ほんとほんと。でも、ぬいぐるみで気を引けたのはラッキーだったね~」


 状況をまるで飲み込めないシルメリアが、白ネコを撫でながら怪訝そうに言う。


「いや、なんだいあの人? いやにネコを怖がるし、態度も妙っていうか――」


「はは、子犬みたいなテンションの人でしたよね」


「実際、ハナさんの挙動は、ヒトのそれと微妙に異なっています。手よりも鼻先を使う仕草や、ネコへの過剰な反応は、ひどく動物的です。ミライの技術力を考慮すると、何か特殊なことをしていそうですね」


「まさか、犬そのものだったり!?」


「ハハ、さすがにそりゃないだろ。どこの誰が犬をゲームマスターにするんだよ」


「それもそっかー」


「とはいえ、得体が知れないのは確かだね」


「ですね。犬だろうが人間だろうが、次来るときはもっとガッツリ質問してくるだろうなぁ……」


「はい。ハナ様の正体は不明ですが、ミライの調査は確実に私たちの行動を追っています。次回の接触までに、ブラックボックスのデータを一部でも確保し、ミライの動きを牽制する策を練る必要があります。作戦会議は、現実世界で行いましょう」


「うっ、リアルかぁ……。ハトフロのほうが楽なのに」


「ったく、本当にめんどくさいことになったね。まぁ、でも、あのキラキラ女、なんか憎めない感じではあったかな」


 店内は、いつもの穏やかな空気に戻ったが、一行の胸の内には、ミライとの静かな戦いの火種がくすぶっていた。そして、ハナの「犬っぽさ」が、かすかな謎として全員の心に残っていた。



あっ(察し


リードって、リード(先導)してるんじゃなくて、リード(首輪)を繋がれてるって…コトォ?!


機密情報を扱うソフトな尋問に、非人間、かつ本能的親切心を持つ動物を使うのは、確かに理にかなってる。かなってはいるんだけど…マジでこの世界の技術者、人の心とか、お持ちになってない…?(今更である

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