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第六十七話 そんな事言われても

 まだ太陽に朝の青みが残っているなか、レオは店に並べる消耗品を補充するために、作業場で手を動かしていた。


 しかし、その手の動きはいつものように機敏ではない。

 どこか物思いにふけっているようで、しばしばハンマーを握った手が止まる。


 そうしてしばらく作業をしていると、作業場の反対、店のカウンターの方で誰かがログインする音が聞こえてきた。


「っと、霜華か結衣さんかな?」


 スツールから立ち上がって、金床を離れたレオがカウンターの方へ行くと、いつものようにカウンターの内側で結衣が布に針を通し、チクチクと縫い物をしていた。


 現実での用事が一段落つき、裁縫スキルの訓練のためにログインしたのだろう。


「あ、結衣さん。おはようございます」


「おはようレオさん。こっちは一段落ついたよー」ちくちく


「一段落……あ、ブラックボックスの解析?」


「うん。あの箱のセキュリティはなんていうかもう……悪夢的複雑さだね。ハードもソフトも含め、歴史的なセキュリティ技術を全部もりこんだって感じ」ちくちく


「歴史的? どういうことです?」


「まず、アクセス方法がわかんなかったんだよね。接続端子も何もなかったからさ。でも、触ってるうちにパーツが動いてピンときたんだよね。これ、秘密箱だって」


「秘密箱――あ、箱の細工を決められた手順で動かして開けるあれですか」


「それそれ! しかもその数、なんと64手!! 頭おかしくなるかと思ったよ」


「うへぇ……お疲れ様です」


「しかもこれで見つかった端子、全部で7個あるんだよね」ちくちく


「はぁ!? 7個ぉ?!」


「最初は6個のうち1個が本物で、他はダミーかと思ってたんけど……。全部の端子がアクセス可能でさぁ」


「それってつまり……」


「たぶん、7個全部を突破しないと、深層へ到達できないってことだろうねー。いやほんと、これ作ったやつ性格終わってるわ」


「突破はいつになるんですかね……」


「まぁ、そのうち? 鍵を開く前に、玄関すら見つかってなかったからね」ちくちく


「そう考えれば、大進展ですかね?」


「うん。霜華ちゃんの支援が無かったら手も足もでなかったかも。箱のパズルを総当りでシュバババってやってくれたからねー」


「さすが義体……あ、そうだ! こっちもちょっと進展がありまして」


「ほうほう?」ちくちく


 カウンターについたレオは、先ほど古島から聞いた、ハトフロを取り巻く状況を説明しはじめた。ハッキング事件を適当にやり過ごそうとした運営が、当局にこってりとしぼられたこと。それにより、ハトフロの運営に別会社が関与し始めたこと。


 その別会社――ミライが、ハッキング事件でレオたちが何をしていたか。

 それを聞こうとしていることを。


「――とまぁ、そういうことらしいです」


「そのミライって会社、ハート・オブ・フロンティアを使ったその後、うちらがどこで何してたかを知りたいわけか。ふーん……」ちくちく  


「って、さっきからそれ、何つくってるんです?」


「え? ネコちゃんのオモチャ。よし、できた!!」


 結衣がハサミを使って糸をとり、完成したオモチャを掲げた。


 縫い上がったのは、オレンジ色をした金魚のぬいぐるみだ。リネンを使った頑丈そうなキャンバス生地でできており、ちょっとやそっとでは傷つきそうにない。


「おぉ~かわいい! シルメリアさんとこで世話してるあのネコ用ですか」


「そそ。うーん、我ながらいい出来だわ!」


 丸っこい金魚のぬいぐるみは、きちんとヒレまでついていた。


 結衣がぽんぽんと手の上でぬいぐるみを打ち上げていると、店の奥からログイン音がして、どこか疲れた表情の霜華が出てきた。ブラックボックスの解析が、かなりの負担になっているのだろう。


「お疲れ霜華。しんどそうだな」


「いえ。解析に手間取ってしまって申し訳ない限りです」


「疲れてるところ悪いけど、また問題発生なんだ」


「問題、ですか?」


「なんでもハトフロの運営に別の会社が絡むようになったらしいんだけど、その会社――ミライってところが、うちらがハッキング事件の当時、ハート・オブ・フロンティアを使って何をやったかを聞こうとしてるらしいんだよね」


「ミライ……日本に存在する半官半民の研究所ですね。ハトフロのセキュリティを強化するために、技術供与を兼ねてというところでしょうか?」


「霜華はミライがどういう会社か知っているのか?」


「はい。1910年代、日本の国力を増強する政策の一環として、官、財界の有力者が科学力の強化を目的とした〝国民科学研究所構想〟を打ち立てました。設立された国民科学研究所は1920年代に入り、発明を産業化する事業体を設立。ミライはその事業体の流れを汲む会社です」


「発明を産業化?」


「はい。発明を産業化した例では、ビタミン精製物を利用した栄養食、『カロリーボルト』や、フリーズドライ製法を利用した『爆ぜるワカメ』、他にも零戦(ゼロセン)(はやぶさ)戦闘機のジュラルミンに使われた『アルマイト加工』などが知られていますね」


「兵器から食品まで、か。随分手広いな……」


「ミライの正式名称はMIRAI、Microengineering Industrial Research and Artificial Intelligence。微細工学、つまりナノマシンと人工知能を利用した産業研究が主ですね。VRMMOを支える技術にも大きく関わっています」


「ナノマシンに人工知能か……。なーんかきな臭いよなぁ」


「まさか、今回の事件の黒幕だったり!?」


「んー、流石にそれはないような気がするなぁ。なんてったって、平和ボケの権化の日本だぞ。陰謀を主導するより、陰謀に利用される方じゃないか?」


「それもそうだね」


「さて、いったん話を戻すぞ。古島さんはこれは一種の司法取引っていってた」


「司法取引?」


「あぁ。ハッキング事件の時、俺たちは古島さんの案内で王城に行って、アルファテスト時代の遺物であるハート・オブ・フロンティアを使ったろ?」


「うんうん。あ――」


「そう。ぶっちゃけると、あれってハッキングなんだ。ただのプレイヤーである俺たちが、権限もないのに勝手にゲームのコア機能を復元しようとしたわけだからな」


「なるなる。セキュリティを強化する名目で参加した以上、ミライはそこで何が起きたかを知る義務があるってことかぁ。めんどくさー」


「質問っていうか、実質的には尋問だよな。セキュリティの穴を埋めるのに役に立つ情報をくれるなら、ハッキングをしたことはチャラにする。そんな感じだろうな」


「でも鯤鵬でレオさんとシルが大暴れしたことはどうするの? とてもミライの人に伝えられる内容じゃないよね。信じるとも思えないけど」


「そこなんだよなぁ……。古島も全部言わなくて良いって言ってたんだけど……」


 レオが助けを求めるような視線を霜華に送ると、彼女は静かに腕を組み、沈思黙考している様子だった。


「霜華も悩んでるみたいだな」


「……ダメージジーンズの穴って、履く時にうっかり足をかけるとビリリってなって、絶対広がる気がするんですが、着用者は一体どうしているんでしょう。ワイルドな見た目なのに、すごい慎重に履くんですかね」


「すげぇどうでもいいこと考えてた」


「あ、すみません。情報が増えすぎたので、一旦リセットしようと思いまして」


「リセットするにしても、別のやり方はなかったのか……」


「申し訳ありません。リセットには無関係な話題を使うのが一番効果的なのです」


「気分転換ってこと?」


 霜華は少し頬を赤らめて頷くと、咳払いをして姿勢を正した。


「ですが、ミライの件については、ある程度の推測が可能です」


「推測? 何か思い当たることが?」


「はい。ミライがハート・オブ・フロンティアの使用状況を調査しているのは、単なるセキュリティ強化のためだけではない可能性があります。ハトフロの運営が当局に絞られたということは、外部からの圧力――おそらく政府や関連機関が絡んでいるのでしょう。ミライはその代理として動いているのかもしれません」


「代理?」


 結衣が手を止めて、魚のぬいぐるみをカウンターに置いた。


「ってことは、ミライ自体が何か企んでるわけじゃなくて、誰かに言われて動いてるってこと?」


「その可能性が高いです。ミライは半官半民の組織ですから、国の意向を無視することはできません。特に、VRMMOの基盤技術は国家インフラに直結する部分もあります。ハッキング事件で露呈した脆弱性を放置すれば、さらなるリスクを招く――だからこそ、ミライが介入して詳細を洗い出そうとしているのでしょう」


「なるほどなぁ……。でも、それってさ、ハトフロから鯤鵬にいけたことがモロにそうだよな。義脳を使ってバイオコードを突破したってのが今回のキモだろ? 鯤鵬のことを抜きにして話すことって無理じゃないか?」


「そこはほら、適当にぼかして話せばいいんじゃない? 『ハート・オブ・フロンティアを使って、ちょっとしたバグを修正しました~』みたいな?」


「俺としては、鯤鵬が日本に来たのが何かのバグであってほしかったけどなー」


 その時、霜華が静かに手を挙げた。

 彼女の目は、いつもの落ち着いた光を湛えつつ、どこか鋭い輝きを帯びていた。


「提案があります。ミライへの対応ですが、情報を小出しにしつつ、こちらのペースで話を進めるのが賢明かと」


「小出しって、具体的には?」


「はい。ミライが求めているのは、ハート・オブ・フロンティアの能力、そしてバイオコードの突破が何によってなされたかでしょう。鯤鵬のことは切り札として取っておくべきです。まずは、ハッキング事件の際に私たちが『運営を名乗る古島さんの指示に従って行動した』という体で話を進め、ミライの出方を窺うのです」


「おお、さすが霜華ちゃん、策士!」


「まずはミライがどこまで本気で追及してくるかを探るってことだな?」


「ただし、注意が必要です。ミライはVRMMOの技術に深く関与している企業です。すでにハトフロのログを解析している可能性が高い。よって、私たちがハトフロ内でした行動は、すべて正直に言うべきでしょう」


「そうだな、ん、ハトフロのログ? じゃあこの会話も……」


「いえ、今の私たちの会話はAI生成された他愛もない世間話に書き換えて、ログを送信してあります。ログ上では、私たちはネコについての会話をしています」


「いつの間に……」


「さっすが霜華ちゃん!」


「いや、この場が新たな犯行現場になってるんですが?!」


「――とはいえ、あまり長くやるとAI生成の会話は次第にボロが出てきますので、できれば重要な会議は現実世界でする方が良いでしょうね」


「ハトフロのほうが気楽なんだが、まぁしゃあなしかぁ~」


 そのとき、「レオの鍛冶屋」のドアがギィ、と小さな音を立てて開いた。


 いつものように接客スマイルを浮かべたレオが見やると、戸口に立っていたのは見慣れたブラッディ・ベンジェンスのメンバーではなかった。


 現れたのは、金色のローブを着込んだ女性だった。目深に被ったローブはゲームマスターが使うそれによく似ているが、裾や袖の縁が金糸で装飾されており、どこか威圧的な豪華さを持っていた。


「えっと、どなたでしょう……?」


「申し遅れました。リード・ゲームマスターのハナです! 今日はよろしくです!」


 そういって元気よく挨拶した金色ローブの女性は、両手を使ってガッツポーズをしてみせる。普段みているGMとはまるで違うその精力的な様子に、レオ、そして結衣は確信した。


((ハトフロ運営がこんなにキラキラしてやる気に満ち溢れているはずがない……。間違いなくこの人……ミライから来た人だ!!!))



霜華がたまにすごいポンコツムーブをするのが愛おしい。

ネコちゃんの名前付けはちょっと考え中…(話にするか、イベントにするか)


ちょっと思いついたことがあったので、ハナちゃんの役職をシニア・ゲームマスターから、リード・ゲームマスターに修正しました。

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