第六十六話 後始末
「なぜここに呼ばれたか、おわかりですね?」
「えーっと……?」
あくる日、レオが「レオの鍛冶屋」で作業をしていると、突如としてまったく別の場所に転送された。
転送された場所は、やたらと狭苦しい一室。天井と床、そして壁の四方を暗灰色の石レンガに囲まれており、窓はおろか、ドアもなかった。
部屋というより牢獄、いや牢獄以下だろう。出入り口すらないのだから。
部屋中央には机が置かれ、それを挟んで向かい合う椅子が置いてある。転送されたレオはすでに机に座らされており、向かいには目深にフードを被った赤ローブの男が席についていた。
レオを詰問しているのは、この赤ローブの男だった。
フードの付いた赤ローブは、ユーザーが作成することも着用することもできないユニーク装備で、ハトフロを運営するゲームマスター(GM)しか利用できない。
つまり、レオの前に座っている人物は、ゲームマスターその人だった。
「うーん……まるで身に覚えがないですね」
「なるほど。これを見てもまだ同じことが言えますかね」
そういって、GMは目深に被ったフードを脱ぐ。
重々しい赤い布の下から現れたのは、疲れ切った中年男性の顔だった。
男の顔を見たレオは、組んでいた腕をほどき、机の上に広げた。
「なんだ、古島さんですか」
レオを呼びつけたゲームマスターの正体は、古島だった。
先のハッキング騒動の際、レオ一行と行動を共にしたハトフロ運営の人間だ。
「あの時のアバターの顔を持ってきた。じゃなきゃわからんと思ってな」
「そりゃわかりませんよ。いったい何の用ですか?」
「逆に聞くが、用がないと思うか? ありまくるわ!!」
「……まぁ、そうですよね」
「お前らが色々しでかした後、こっちは大変だったんだからな……」
「そういえば、古島さんって勝手にテスト用機材とハート・オブ・フロンティア使ったんでしたっけ……。それがバレたとか?」
「あぁ。普通に考えて不正アクセス防止法にバッチリ引っかかるからな」
「ひえっ……。あ、そういえば俺たちがハッカーのところから帰ってきた時、古島さんもう王城にいなかったですよね……。リアルで捕まってたんですか?」
「いや、そういうわけでもない。逮捕されてたら、ここに居るはずないだろ」
「あ、そっか」
「サーバーのコントロールを取り戻した後、ログアウトやらなんやら、機能のテストが必要だったからな。そっちに手を取られてたんだ」
「なるほど。お疲れ様です」
「まぁ……お前たちの帰りを待たなかったのは、悪かったと思うよ。少しだけな」
「それで、俺に何の用なんです?」
「聞き取り調査だ。ハッキング事件を解決したのが運営ではなく、不特定多数の第三者――つまりユーザーたちってのが、大いに問題になっててな……」
「あー……」
「とくにセキュリティに関しては――当然だが、ずさんな管理体制を問われてな。人の生死に関わる問題だっていうのに、何やってるんだと」
「そんな酷かったんですか?」
「あぁ、ひどい。ハトフロの1つのワールドに対して保守人員は1人。AIの補助があるとはいえ、基本、ワンオペだった。当然、予備の人員もいないから、前回みたいに急な問題が発生しても何もできない」
「怖すぎなんですけど」
「今のままで問題が起きてないから大丈夫、と思ったんだろうな。ともかく、ユーザーが解決したおかげで、関係当局が運営に持つ印象は最悪になってな。おかげである映像が説得力をもって受け止められた」
「ある映像?」
「ハッキングの当日の全体会議を記録した映像が『勇気ある告発者』によって警察にリークされたんだ。映像では、プロジェクトリーダーがハッキング問題を矮小化、イベント化するなんていう頭がおかしくなりそうな決定を下していた」
「うわぁ……。あのときの公式サイトも証拠になりますよね」
「当然だな。お陰で俺の動きがすっかり霞んじまった。プロジェクトリーダーと役員は現在取調べ中。ま、自業自得、因果応報、めでたしめでたし、で、終わると良かったんだが――」
「え、このまま運営が倒れるとなると……ハトフロはどうなるんですか!?」
「とまぁ、その問題があるわけだ。そこでハトフロの運営に新たな企業が加わった。お前らの聞き取り調査を求めてるのは、そいつらさ」
「新たな企業?」
「あぁ。ミライだ。VRを始めとした先端技術に明るい老舗企業だな」
「ミライ……? うーん、どっかで聞いたような……」
「ほら、『カロリーボルト』とか、『無限ワカメ』って聞いたことないか? アレ作ってる会社だよ」
「あー、はいはい! 聞いたことあります! 古島さん、よかったじゃないですか。ちゃんとした会社がハトフロの運営に関わるってことですよね」
「ところが、話の雲行きがちっと怪しくてな。ミライはハトフロのセキュリティ強化やらサーバー管理やらを引き受けるって名目で、運営の一部を握っちまった」
「握るって……そんな簡単に?」
「そりゃそうだろ。さっきのお前の反応が答えだ。ハッキング事件で今の運営の評判は地に落ちた。……まぁ、元から大した評判じゃなかったがな」
そういって古島は大きなため息を吐く。
疲れ切った顔に、どこか苛立ちと諦めが混じった表情が浮かんでいた。
「ユーザーの命がかかってるVRMMOで、ワンオペだの管理体制のずさんさだのがバレちまったんだから、関係当局も黙ってねえ。ミライはその隙に『我々が立て直します』ってキレイな顔して乗り込んできたんだ」
「でも、ミライってそんな悪い会社には思えませんけど……。カロリーボルトとか、普通に健康食品とか作ってるだけの会社なんじゃ?」
「いや、それはミライの一面でしかない。専門はAIと、VRMMOの神経接続技術を支える微細工学だ」
「え、思ったよりすごいところなんですね」
「あぁ、すごい。VRの神経接続技術でも業界トップクラスだ。だからわかる。そいつらがハトフロに入ってきたのは、ただの親切心じゃねえ。ハトフロのプレイヤー、お前らユーザーの脳波パターンや行動ログを求めてるんだ」
「というと?」
「VRMMOのに限らず、生身の人間の作り出すデータは、現代の金脈だ。ミライはそのデータを使って、もっと効率的なVR技術や、はたまた別のビジネスを展開しようって腹だろう。ハトフロはただの踏み台さ」
「……なんか嫌な予感がしてきたんですが、ミライは俺に何を聞きたいんです?」
「ハッキング事件をどう解決したのか。ようするに、どうやってハトフロ内部からハッカーにたどり着いたのか、その先で何をしたのか、だな。……言えるか?」
「あっ、絶対100%完全に無理ですね。ヤバすぎます」
「……だと思ったよ。俺としてはお前たちにそんな情報を簡単に渡してほしくねえ。ミライの連中は、表向きは運営の立て直しを掲げてるが、裏で何企んでるかわからん。ハッキング事件のログを解析して、お前たちが使った『イレギュラーな手段』に興味津々だ。特に、お前さんたちがどこに行ったのか、にな」
「うーん……。ちょっと待ってください。俺だけだと対応を決められません」
「あの元BOTの姉ちゃんがいないと、決められないか?」
「ですね。霜華のやつは、俺よりずっと頭良いですから」
「ハハッ、お前には嫌味も通じねぇか。」
「いっそ、ミライの調査を断っちゃうってのはできないんですか?」
「それは無理だな。これは一種の司法取引なんだよ。俺とお前がやったのは不正アクセス。立派な犯罪だ。ミライの調査を拒否すれば、起訴につながる可能性がある」
「じゃあ、どうしろって……」
「頭使え、レオ」
古島はやせた頬を持ち上げ、ニヤリと笑った。
「ミライの調査を受けるのはいい。だが、渡す情報は選べ。お前たちがあの時何をしたか、全部正直に話す必要はない。肝心な部分はボカすなり、嘘をつくなりしろ。ミライに核心を握らせなきゃいいんだ」
「それ、バレたら同じことになりません?」
「ま、一種の賭けだな。だが、賭けには慣れてるだろ?」
「好き好んで賭けてるわけじゃないんですけど……。あ、そうだ! 俺を呼んだってことは、ミライとの間で何かあったら、古島さんが守ってくれるんですよね!?」
「期待すんな。俺だって自分の首を守るのに必死だ」
「えー」
「次の聞き取り調査は、ミライの担当者が直接来る。ちゃんと準備しとけよ?」
古島は笑いながら、赤ローブのフードを被り直した。
その瞬間、レオの視界が真っ白に染まる。
レオは光に息を呑むが、次第に世界に形と色が戻ってくる。
気づくと彼は、「レオの鍛冶屋」の作業場で作業台の前に腰掛けいた。
ゲームマスターによる転送が解除されたのだ。
額に浮かんだ汗を拭い、レオは作業台に置かれたハンマーを握りしめた。
どうやら、後始末はこれからのようだ。
「さて……どうやって切り抜けるか、だな」
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新章のプロット練り練りを同時並行してるので今回は短めです。以前でた理研に関しては、略称使うと実在の組織・会社になってしまうので、名称を変更しております。
MIRAIのバクロニウムの中身は(Microengineering Industrial Research and Artificial Intelligence)となり、微細工学と人工知能を利用した産業研究をしてるところらしいです。あ、文法は適当です。
しかし、なにやらきな臭くなってまいりましたなぁ…(テカテカ




