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第六十五話 Hunt or Be Hunted

「検証、ですか……?」


「あぁ、自称名探偵の妄想はともかく、霜華の考えが正しいかどうか見極めるには、このネコとじゃれ合ってみるしかないだろ?」


 その言葉を理解したかのように、テーブルの上の白ネコが動きを止めた。ふわっとした毛が一瞬静まり、箱座りの姿勢で尻尾がピンと立つ。


 シルメリアをじっと見つめている金色の瞳には、まるで「受けて立つ」と言わんばかりの興味深げな輝きが宿っていた。


「レオ先生、この場はシルメリアさんに検証をお願いするのが最適です。 ただし、猫の戦闘力が未知数である以上、検証は慎重に進めるべきでしょう」


「もちろんだね。検証の前にちょっとした準備をしようか」


「準備?」


「レオ、いますぐ盾ひとつ、頼めるかい?」


「あっ、はい! でも、盾ですか……? シルメリアさんって、普段は盾使ってないですよね?」


「だからレオに頼むんじゃないか。ソードマスターには一応、盾や武器を使って相手の攻撃を受け流す『パリィ』ってスキルがあるけど……。動きが遅くなるから使ってないんだよね」


 シルメリアは甲冑のプレートをカチャカチャ鳴らしながらテーブルの周りを歩く。農家の埃っぽい空気が立ち上がり、埃の粒が彼女を追いかけた。


「確か、盾って防御盾と回避盾の2種類がありましたよね。防御に成功すると、ダメージを軽減するシールドタイプ。もう一つが完全にダメージを無くすバックラータイプでしたっけ」


「そうだね。あの革鎧の惨状を見る限り、シールドタイプよりバックラータイプが良さそうだね。もっとも、最終的な選択はレオに任せるけど」


「バックラータイプのパリィは、防御の受け付けタイミングが短くてシビアですが、成功すればダメージを完全に無効化できます。猫の攻撃が革鎧を一撃で破壊した点を考慮すると、防御より回避が最適でしょう」


「うーん……ちょっと考えてみるか」


 レオは鍛冶屋のクラフトメニューを開き、盾カテゴリーのユーザーレシピを検索し、様々な姿形の3Dモデルを表示した。


 検索で出てきたユーザ―レシピの数を見ると、シールドタイプのレシピ数はおよそ8000個。一方、バックラータイプのレシピ数は1000個ほどだった。


 一見すると、シールドタイプが圧倒的人気に見えるが、そうではない。

 シールドタイプはやたらと「差分」が多いのだ。


 ダメージを軽減するというシールドタイプの特性上、敵の攻撃属性に合わせた構成にすると、防御効果がより高まる。そのため、ほぼ同じデザイン、素材、ステータスで、対応属性だけ違う盾が差分として大量に存在するのだ。


 シールドタイプを愛用する戦士は、大抵何個もの盾を持ち歩いているものだ。


 火属性のモンスターが多いダンジョンでは耐火性の高い盾を使い、アンデッドだらけの墓場では冷気属性に耐性のある盾を構える。


 そうすることで圧倒的防御力を発揮できるのは確かなのだが、インベントリが盾で一杯になるというのが、シールドタイプ使いのデメリットだった。


 他方、バックラータイプは2種類の盾で済む。遠距離攻撃に対応した円盾型のバックラー、そして近距離攻撃に対応した短剣型のパリィングダガーだ。


「なるほど、先人にかなりのバックラータイプ愛好家がいるみたいだな」


 レオがバックラータイプのユーザーレシピを見ると、高い作成難易度を持つバックラータイプのレシピが散見された。どれも作成に100以上のスキルと、レア素材を要求する、最終装備候補の逸品揃いだった。


「作成数は少ないけど、レシピの評価数は作成数とほぼ同数。これ作った鍛冶屋、かなりの腕だなぁ……よし、この人が作った他のレシピを見てみるか」


 レオは検索欄に見知らぬ作成者の名前を打ち込み、レシピを検索する。

 すると、100個前後のレシピが現れた。このバックラー愛好家は、たった1人で全バックラーレシピの10分の1を作り上げたようだ。


「すげぇ……。ハトフロってたまにこういうプロがいるからたまんないよな」


 次々と現れる3Dモデルをレオは真剣な面持ちで眺める。

 すると、彼の手があるモデルの前で止まった。


「……なるほど、これがよさそうだな」


 レオが見つめているのは、短い直剣の形をしたパリィングダガーだ。ユーザーが書いた備考欄には、「斬撃、突属性に特化した回避盾です」とあった。


 直剣の刀身は三角形の形をして、鋸歯状になっている。刀身の中心はくり抜かれた三角系の形をしており、くり抜かれた内側は厚みがあり、くさび状になっていた。


「ふむふむ。鋸歯で相手の刃を絡め取る感じか? 突きは刀身のくり抜かれた部分で受けて、刃を返して梃子(てこ)の要領で固めるってコンセプトなんだろうな」


 レシピの作成難易度はかなり高く、必要とされる鍛冶スキルは140だった。

 かなり高いが、天匠であるレオの鍛冶スキルは150。何の問題もない。


「ただ……希少素材の〝スカイスチール〟が必要かぁ。霜華、スカイスチールってうちの店にあったっけ?」


「スカイスチールですか? それでしたら、シルメリアさんが店に持ち込んできた雑多なレア素材の中にありますね」


「あれ、そんなの記憶に無いんだけど……?」


「実はシルメリアさんや、ブラッディベンジェンスのメンバーの方々の要望で、レオ先生のお店に〝戦利品箱〟を設置させていただきました。それで皆さんが店を訪れるたびに、色々な〝戦利品〟を投下してくださっているのです」


「い、いつの間に……。まぁ、助かるからいいけど、いいのかなぁ?」


「いいと思います。PKの皆様はインベントリを整理できて、ウチは素材が手に入る。Win-Winの関係です」


「一方的にお世話になってる気がしなくもないけど……。まぁいいや、ちょっくら店に行って作ってきます!」


「おう、待ってるよ!」



 しばらくして、短剣を手にレオが戻ってきた。耐熱グローブに握られたダガーは、刀身に爽やかな空の色を映しており、曇天の空の下で一際輝いて見える。


 レオはダガーを手のひらの上でくるりと回し、革紐の巻かれたグリップを農家の外で壁に背中を預け、待っていたシルメリアに差し出した。


「シルメリアさん、盾が完成しました! まぁ、盾といってもダガーですけど」


「へぇ……。これならレイピアと使い心地が変わらない。ありがたいね」


 短剣を受け取ったシルメリアは、短剣の感触を確かめるように回して弄ぶ。


 そして、いつもレイピアを持っている利き手とは反対の左手にダガーを持ち、レイピアを抜き放った。ダダーとレイピアの二刀流になった彼女は、ダガーを前に突き出し、レイピアを後ろに引く形で構えを取った。


 シルメリアが普段とっている構えは、リーチを重視するフェンシグスタイルの構えで、レイピアを体の前に出して正中で構えるものだ。しかし、彼女が今回とった構えはそれの逆。ダガー、つまり(ダガー)を前に出した防御的な構えだった。


「盾を作れって言われてダガーを持ってくるなんて……。

 アンタはいつもこっちの予想を裏切ってくるね」


「す、すみません。ダメでしたか?」


「いや、その逆、最高さ」


 シルメリアは手に持ったダガーを返して空を切り、その反動を使ってレイピアを前に出す。そうして伸びきった体を戻すときに、ダガーが彼女の体の前に戻って来る。


「盾と剣を持つと、受け流しと攻撃を別々のタイミングですることになる。でもこの軽さと小ささなら、一つのテンポで2つの武具が使える。いい仕事だね」


「実は……これを考えたの俺じゃないんです」


「へぇ、そうなのかい?」


「はい。このダガー、ユーザーレシピにあったものをそのまま作ったものなんです。斬撃と刺突に特化した回避型の盾を、すでにダガーという形で作り上げてた鍛冶屋がいたんです」


「……なるほどね。レオが『そのまま使ってもいい』なんて思うほどのレシピを作る鍛冶屋がいるなんて、ハトフロは広いねぇ」


「ですね。まだまだ精進が必要です」


 実際、白兵戦においてダガーを使うのは理にかなっている。


 確かに盾は攻撃を防ぐのに有用だが、視界が塞がれ、自身の攻撃をも阻害する。

 一方のダガーは多方向に動かせ、攻撃や防御で柔軟に使用可能だ。


 とくに注意力と反応速度が重要になる戦いの場合、レオが選んだダガーは、盾よりも優れた選択肢となるだろう。


 シルメリアはレオが鍛えた空色のダガーを構え、農家の敷居を鉄のブーツで叩いた。甲冑のプレートがカチャリと鳴り、真紅の瞳がテーブルの上の白猫を挑発する。


「さーて、こっちの準備はいいよ。――おいで、ニャンコ!」


 彼女がネコにダガーを向け、ドンと床を踏み鳴らすと、白ネコの金色の目が鋭く光る。次の瞬間、白い毛が陽炎のようにぶれ、空気が裂ける音が響いた。


<バキン!!!>


 白ネコの爪が煌めき、シルメリアの首筋を狙って振るわれた。

 しかし彼女はとっさにダガーを返し、つむじ風のような一撃をいなした。

 その衝撃で埃の積もった床がビリビリと震え、埃が舞い上がる。


「ふしゃー!」


 一撃を弾かれた反動を利用して空中に躍り上がった白ネコは、天井に張り付き、再度シルメリアの頭上から奇襲を仕掛ける。シルメリアがダガーの鋸歯を返してそれを防ぐと、吹き上がった火花が天井を彩った。


「くっ、やるじゃないか!!」


 白ネコの重撃にシルメリアの細い体が押され、黒鉄のブーツが床を削る。

 彼女のHPバーはその長さを保っているが、いつまでそれが続くだろう。

 レオ一行は、思わず悲鳴のような叫びを上げていた。


「うそ、シルメリアさんが押されてる!?」


「大丈夫ですか?! あの猫、なんて一撃だ……!」


「あのネコの速さ、力、精度――どれをとっても異常(アノマラス)。開拓者による訓練で、このネコのステータスは完全にプレイヤーの領域を超越しています!」


「こ、こんな怪物……私の探偵キャリア最大にして最強の敵だ! ……だが、霧歩きの名にかけて、真実は暴いたぞ!」


 エドガーは床に這いつくばり、震える声で呟く。彼のトレンチコートは戦いによって巻き上がった埃にまみれ、もはや最初の威厳はどこにも無い。


 白ネコは悠然とテーブルの上に着地し、尻尾をピンと立てる。

 金色の目がシルメリアを見つめる。

 キリッと見開かれたその目には、もはや戦いの前の気だるさはない。


「驚いた。この速さで攻撃されたら、初心者プレイヤーもPKKも、何もわからないうちにやられたろうね。間違いなく、姿なき暗殺者の正体はこの子だね」


「ストップ、ストップ!! ネコ、俺たちはお前と戦う気はないぞ!」


 レオがそういって切り身を置くと、白ネコは「ふすん!」と鼻をならして尻尾を降ろした。どうやらレオの停戦交渉は通じたようだ。


「……話は通じるようですね。となると――この白ネコは初心者プレイヤーを悪意で殺したのではなく、初心者が金策のために肉と皮を求めて攻撃してきたのを返り討ちにしたのでしょうか?」


「うむ! 私も助手と全く同じ推理に至ったぞ。この白き復讐者は確かに初心者たちを殺めたが、被害者としての一面もある。何と悲しき運命!!」


「誰が助手ですか」


「うーん、犯人はわかったけど、これからどうするかなぁ……」


「だよね。この猫ちゃんが農家にいるかぎり、何も知らない初心者がこれからも返り討ちにされ続けるってことだよねぇ……」


「では、ブラッディベンジェンスの拠点に連れ帰り、保護するのはどうでしょう? この白ネコの戦闘力は、一般的なプレイヤーの能力を遥かに凌駕しています。スキルの訓練に最適ではないでしょうか?」


「ネ、ネコをスパーリング相手に?」


 霜華の思わぬ提案にレオはたじろいだ。しかし、ダガーをベルトに収めたシルメリアは、怒るどころかニヤリと笑っている。意外と乗り気のようだ。


「そりゃいいや。ウチのメンバー、最近たるんでるからね。このネコがスパーリング相手なら、いい感じに活が入るだろうさ」


「それなら……テイムしてみますか。たしかネコってテイム難易度0だったよな?」


「はい。しかしここまでステータスが上がってしまうと、命令を聞くかどうか……」


「たしか、テイマーには威圧ってステータスが重要なんだっけ?」


「はい。犬やネコに必要な威圧は0ですが、プレイヤー以上に強くなってしまったら――どうなんでしょうか……データがありません」


「まぁ、そんなデータあるわけ無いよな」


「やってみるしか無いだろうね。レオ、切り身まだあるかい?」


「あっ、はい!」


 シルメリアはレオから切り身を受け取り、白ネコの前に立つ。

 そして、テーブルの上で佇むネコに向かってテイムスキルを発動させた。


「アンタ、農家でずっと一人だったんだろ? アタシと一緒に来ないか? そうすりゃ、もう一人ぼっちじゃないよ」


 ネコはシルメリアの手に鼻を擦り寄せ、柔らかく「ニャ」と鳴いた。

 金色の目が初めて温かく光り、シルメリアのことを見上げる。

 そして彼女がネコの鼻先に切り身を出すと、小さな口でかぶりついた。


「どうやらテイムは成功したようですね。しかし命令は――」


「命令する必要なんてないだろ。ネコなんだし、抱えて帰りゃいいじゃないか」


「あっ、確かに」


 VRMMOに慣れ親しんだあまり、レオは見過ごしていた。たしかにシルメリアの言う通り、命令が無理なら抱っこして持ち帰ればいいだけの話だった。


 エドガーは立ち上がり、誇らしげに胸を張る。


「フッ、私の導きにより、ブリトンを襲った危機は去ったようだな。

 このエドガー・ミストウォーカーの前に、真実を隠せる霧は無い!」


 エドガーは颯爽とトレンチコートを翻し、虫メガネを内ポケットにしまった。

 意味もなく成し遂げた感を醸し出している名探偵に、霜華が冷たい視線を向ける。


「何が〝導き〟ですか……。あなたの活動の9割は事件の推理ではなく、意味のないパフォーマンスに費やされていました。すこしは反省してください」


「ぐはっ」


 ――後日、ブラッディベンジェンスの訓練場――ピットの中で、赤い名前のメンバーたちが白ネコを囲み、剣と魔法で挑む姿が見られた。


 練り上げられたネコの爪は鋼を切り裂き、動きは風を置き去りにする。

 赤ネームたち次々と挑むが、ピットを流星のように飛び回るネコにボコされる。

 だが、PKたちはそれでも笑いながら武具を構え、再び立ち上がった。


「このニャンコ、俺より強いじゃん!」

「次は本気で行くぞ!」


「にゃー」


 その日の夜、白ネコは要塞の屋根に座り、月光に白い毛を揺らす。

 小さな金色の瞳が月を見つめていた。


 ノーカの黒土、開拓者の盾、孤独な戦いの夜—全てが遠い夢のようだ。

 今、仲間たちの笑い声、剣の響きが、強さの意味を教えてくれる。


 強さは彼を孤独にした。が、彼から孤独を取り上げたのも、また強さだった。


 名も知れぬ開拓者が彼に残した強さは孤独を生んだ。

 しかし、同時に彼を新しい居場所へと導いた。


 彼がかつて抱いた問い――「この強さは、何のためにあるのだ?」という問いに、今、ようやく答えが見えた。


 彼の強さは、仲間と共に戦い、笑い、生きるためにあったのだ。


 彼は猫である。名前はまだない。

 そしてこの絆に、孤独の名をつけることは決してないだろう。



白ネコ戦のBGMは、Persona 5 Royal OST から「Take Over(引き継ぐ)」で。

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