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第六十三話 五里霧中の推理

 ブリトンの街道を南西に進むと、赤と黒の要塞群は次第に遠ざかり、代わりに穏やかな緑の丘陵と農地が広がり始める。空は灰色に曇り、雲は低い。立ち込める暗い空が地面に近づき、その間でなにか不吉な企み事が進んでいるようだった。


 農村では黒土の上に黄金色の麦畑が広がり、風に揺れている。小麦畑の向こうには農家が畑の間を埋めるように点在しており、茶色い木壁の上には、ふかふかの帽子のような藁葺(わらぶき)屋根が乗っていた。


 だが、農村の風景にはどこか不穏な空気が漂っている。普段よく見る、素材を取りに来た初心者たちの姿はなく、ただ風が草を撫でる音だけが響いていた。


 レオ、シルメリア、結衣、霜華の四人は、そんな農地の一角に足を踏み入れた。

 シルメリアが鋭い眼光で周囲を見渡し、上体を回すごとに黒い甲冑のプレートの面が角度を変え、鈍い日差しを複雑に反射していた。


 結衣はついさっき作れるようになった布鎧(アクトン)に身を包み、腰の裁縫道具を無意識に触りながらキョロキョロと辺りを見回している。


 霜華は冷静に周囲の地形を確認しつつ、メモをとっている。一方のレオは、いつもの鍛冶装備のまま、綿花を集めるためにカゴを取り出していた。殺人事件の調査のついでに、ちゃっかり素材を集めようというのだろう。


「来たのはいいけど、人っ子一人いないね」


「はい。ガード圏外とはいえ、あまりにも静かすぎます。よほどPKを警戒しているのでしょう」


 シルメリアの呟きに霜華が続く。霜華は掲示板の書き込みを空中にかざしながら、農村の一角にある、古めかしいわらぶき屋根の家を指さした。


「書き込みによると、PKのあった場所はあの建物のようです。行ってみましょう」


 一行は麦畑を抜け、小さな農家の前にたどり着いた。

 木造の家屋は一見平和そうに見えたが、玄関の扉が半開きで、近くの地面には赤黒い染みが広がっていた。レオの鼻腔に、微かに鉄錆のような匂いが届く。


「これ……血の臭いか?」


「どうやらそのようだね。見てみなレオ、血痕の形が妙だよ」


「形、ですか……?」


 レオは膝をつき、地面の上に広がる染みをしげしげと見つめる。丸く広がった形が途切れ半円状になっていた。まるで何かに血痕が遮られたかのようだ。


「……そうか、ドアか。ドアが閉まった状態で事件は起きた?」


「そういうことだね。つまり、犯人は農家の中にいたってことさ」


「農家の中に……?」


 おそるおそる農家の扉をくぐり、レオは農家の中に入った。

 そして、犯行現場を見回してみるが――


「うーん……。一見したところ、隠れる場所はなさそうですね」


 農家の中を見てみたものの、とくに彼の目を引くものはない。部屋中央には木の食器が並んだテーブルだあり、装飾もなにもない素朴な椅子が2つ向かい合って並べられている。奥には引き出しの飛び出したタンスとロウテーブル、そして麦ワラをクッションにしたベッドという、いたって簡素な家具しか無かった。


「……ん?」


 ふと、彼の足元に何かふわりとしたものが横切った。ネコだ。白く長い毛をしたネコが、レオのブーツに体をこすりつけるようにしていたのだ。


「なんだ、ネコかぁ」


 レオはその場にしゃがみこみ、ネコの背中をなでる。

 するとネコは背中をくねらせ「にゃぁ」と鳴いた。


「えーっと、エサになるようなのあったかな……あ、魚の切り身があったわ」


「なんでレオはそんなモン持ち歩いてるんだい……?」


「こないだのトレハンイベント、船の移動の最中ヒマだったんで釣りしてたんですよ。その時に釣ったやつですね」


「それって結構前じゃない? お腹こわしそうー」


「大丈夫ですよ。ハトフロの食料に賞味期限の概念なんて無いんで」


「それはそうだけど、気分的には何かイヤだねぇ……」


 レオが魚の切り身を取り出すと、農家の白猫はすぐさま切り身にかぶりつき、たいらげてしまった。レオの出したエサを食べ終わったネコは、テーブルの上に飛び乗ると、その上で横柄に横たわる。まるで「貢物ご苦労」とでも言っているようだった。


「PK事件が部屋の中で起きてるなら、目撃者はこいつだけかぁ……」


 レオが誰にいうでもなく呟くと、白猫は「にゃーん」と鳴く。テーブルの上で気ままに毛づくろいする猫を見て、シルメリアは赤い瞳を細め、鼻で笑った。


「といっても、さすがにコイツに犯人を尋ねるわけにはいかないね」


「はい。いくらテイマーでも、動物と会話することまではできませんからね」


「うーん、手詰まりかぁ……」


「待ってください、レオ先生。何か聞こえてきませんか?」


「ん……これ、鼻歌か?」


 レオが顔を上げると、金色の麦畑の向こうから「フフフフンフン、フンフンフフン♪」という奇妙なハミングが聞こえてきた。


 そのまま麦畑をじっと見ていると、奇妙な風体の男が現れた。金色の麦穂をかき分けているのは、トレンチコートに中折れ帽、肩には革の鞄を提げた中年男だ。


 麦畑をかき分けて現れた不審者は、シャカシャカと軽快なステップに混じって、妙に大仰なハミングを静かな農村に響かせる。


「え、なにこの人!? 急にどこから!?」


 突如現れた乱入者に結衣が裁縫道具を握ったまま目を丸くする。シルメリアは片眉を胡乱げに上げ、霜華は無表情のまま冷たい視線を送っていた。


 男の左手には大きな虫眼鏡がある。芝居がかったポーズで農家の戸口に仁王立ちになった男は、虫眼鏡を目の前にかざし、中折れ帽の(ひさし)の向こうから、レオ一行に鋭い視線を投げかける。


 彼の頭上には「エドガー・ミストウォーカー」という名前のほか、ギルド名も称号も何もない。シンプルすぎる表示が浮かんでいた。


「なんだアンタ!」


「私か? 霧の中に隠された真実を求めて歩く探求者。霧歩き(ミストウォーカー)の異名を持つ名探偵――エドガー・ミストウォーカーさ」


「そういう異名、自分で言う事あるんだ?」


 どうやら彼は「探偵」をロールプレイしているプレイヤーらしい。

 エドガーは虫眼鏡をくるりと回し、まるで舞台俳優のように胸を張る。


「フフン、鍛冶屋の若者よ。事件の現場に探偵が現れるのは必然!

 そして、すでに私の推理は完成している!!!」


 そういって彼は突然シルメリアを指差し、声を張り上げた。


「この殺人事件の犯人は――お前だ、シルメリア!!!」


 一瞬、農家の周囲に凍りつくような沈黙が広がった。


 結衣が「ぷっ」と吹き出し、霜華がメモを取る手を止め、氷のように冷ややかな視線をエドガーに向けた。


 シルメリアは無表情のまま、ゆっくりとエドガーに近づく。折り重なった甲冑のプレートがカチャリと鳴り、静かな音を立てる。


「な、なんちゅう命知らずな……!」


「ふ、その通り! 命知らずな犯人は必ず現場に戻る。犯罪捜査の基本に立ち返ってみるのも悪くはないものだな」


 レオはエドガーの蛮勇にうめく。しかしエドガーは「命知らず」なのを自分のこととは思っていないようだ。あろうことか、ワールド1位のPKであるシルメリアを今回の事件の犯人と勘違いしていた。


「会って早々に人を犯人扱いするなんて、随分不躾(ぶしつけ)な名探偵だね。そこまで言うなら、証拠はあるんだろうね?」


 シルメリアの声は静かだが、背筋が凍るような威圧感に満ちている。エドガーは一瞬ひるんだものの、すぐに気を取り直し、虫眼鏡をシルメリアの頭上にかざした。


「見よ! 彼女の赤い名前はPKの証だ! しかも『Legendary Muderer(伝説的な殺人者)』という凶悪な称号まで冠している。これがなによりの犯行の証明だ!」


「待て待て、シルメリアさんは大抵俺たちと一緒に居て、アリバイがある。それに被害者は農家で素材を集めてた初心者なんだろ? シルメリアさんが初心者狩りなんてするわけ無いだろ……」


「そうそう、ワールド1位のPKがチマチマ初狩りなんてしないよ」


「むむむ……しかし君たちはなぜPKと行動をともにしている?! ハッ、まさかこれは組織的な隠蔽工作……?!」


「いや、その逆だ。俺たちは犯人を探しにきたんだ。シルメリアはブリトン北に拠点を構えるブラッディベンジェンスのギルドマスターだからな。この辺で余所のPKが勝手をして、それがブラッディベンジェンスのせいになると困る。だから調査に来たんだよ。犯人扱いすんのは、ちょっと無理あるぞ」


 レオの説明にエドガーは「むむっ」と唸り、虫眼鏡を下げて顎に手をやる。

 何かを思案しているような仕草だ。


「ふむ、確かに……。君の証言には合理性がある。PKギルドとはいえ、ギルドマスターともなれば、自身の縄張りを気にするものだな。――だが!」


 彼は突然、農家の半開きの扉に駆け寄った。そして何をするかと思えば、地面の血痕に指を突っ込みペロリと舐めたではないか。


「うわっ、バッチィ!! いくらVRMMOとはいえ、地面の血を舐めるかぁ?」


「衛生的な嫌悪感を感じますね」


「フッ、何とでも言いたまえ。調査に必要ならば、地面の馬糞にも手を突っ込もう。それが名探偵の矜持(きょうじ)というものだ」


「矜持っていうか、それただの狂人じゃ……」


「やはり! この血には……秘密が隠されている!」


「まーた始まったよ……」


「被害者の名前はレオナルド。スキル称号はいずれも平均20~から30の『新参者』。明らかに初心者プレイヤーだな。初心者らしく、どのスキルも伸びはバラバラだが……一番高いのは『剣術』か。恐らく、見習い戦士といったところだな」


「この手の探偵がガチで有能なことあるんだ」


「えぇ、驚きましたね。まさか検死スキルを持っているプレイヤーがいるとは思いませんでした」


「検死? なんだいそりゃ」


「『検死』スキルはプレイヤーの残した血痕や死体から情報を得るスキルです。しかし、その他の使い道がとくに無いので、育成するプレイヤーは絶無なのですが……」


「その超レアなプレイヤーがここにいる、と」


「有能なのは探偵よりスキルそのものって感じだね。他に何かわかったことは?」


「ふーむ……。被害者の死因は物理的なダメージを受けたことによるものだ。ダメージの種別は切断。つまり、犯人は剣士だな。魔術師ではない」


「なるほど。となるとアタシみたいな忍剣の可能性が高いね」


「その通りだ。そしてこの事実から、ある可能性が浮かび上がってくる」


「というと?」


「恐らく殺人犯は……そう、シルメリア! 君を狙っている!!」


「「な、なんだってーー?!」」




エドガーのハミングは、金田一少年の事件簿(ドラマ版)のOPテーマでお願いします。名探偵コナンとか下手するとこの時代でもやってそうだなぁ…。

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