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第六十二話 究極生命体ニャ

 吾輩(わがはい)は猫である。名前はまだない。


 どこで生まれたか、とんと見当がつかぬ。

 子供時代の記憶はない。まるで空から降ったか、地から湧いたかのような心持ちで、ふと気づいたら、ノーカとかいう黒土だらけの場所に居たのだ。


 吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは〝開拓者〟というニンゲンの中でイチバン獰悪(どうあく)な種族であったそうだ。


 この開拓者というのは、時々我々を捕まえては肉と皮を()ぐという話である。しかしその当時はなんという考えもなかったから、別段ニンゲンのことを恐ろしいとも思わなかった。


 ただ彼の手のひらが吾輩の腹を抱え、スーと持ち上げた時、何だかフワフワした不思議な気分があったばかりである。


 そのニンゲンは、盾を手に吾輩を相手に立ち続けた。なぜか彼は、吾輩に襲いかかるよう仕向け、幾度となくその盾で吾輩の爪を弾き、牙を退けたのだ。


 最初はただの気まぐれかと思った。

 あの開拓者は、この遊びにご執心の様子だった。


 月光の下、繰り返されたその鍛錬は吾輩を変えた。

 吾輩は猫であった。だが、もはやただの猫ではない。

 爪は岩を裂き、牙は鋼を穿ち、身のこなしは風さえ置き去りにする。


 開拓者の盾に鍛えられたこの身は、ノーカで最強の存在となった。


 夜ごと、月光の下で盾を構え、吾輩の攻撃を受け続けた。最初は遊びのつもりだった。爪を振るい、牙を剥くたび、彼の盾に弾かれる感触が癖になった。


 だが、ニンゲンは笑みを浮かべながら、決して倒れなかった。どれだけ吾輩が力を込めても、盾はびくともせず、逆にその反動で吾輩の身体はさらに研ぎ澄まされた。


「もっとだ、ネコ! お前とならもっと強くなれる!」


 ニンゲンはそう叫び、盾を打ち鳴らした。

 吾輩はそれに応え、爪を鋭く、牙を猛々しく、動きを(はや)くした。


 木々を薙ぎ倒し、岩を砕き、他の獣を一蹴するたび、吾輩の血は(たぎ)った。だが、ニンゲンの盾は、いつだって吾輩の前に立ちはだかった。


 やがて、吾輩は気づいた。

 ノーカの荒野に、吾輩と対峙できる獣はいなくなった。

 狼も熊はもちろん、巨大なトカゲすらも吾輩の爪の前に散った。


 吾輩を見れば逃げ出すか、遠巻きに畏怖の目を向けるばかり。かつては群れを成して襲いかかってきた者たちも、今は吾輩の咆哮だけで震え上がった。


 ニンゲンにいたっては、吾輩に貢物を寄越すほどだ。

 しかし、あのニンゲンだけは違った。盾を手に、相も変わらず吾輩の前に立つ。


「ありがとな、ネコ。お陰でスキルがカンストしたぜ」


 ある夜、彼はそう笑った。そして、盾を下ろした。


「ずいぶん長いこと付き合ってくれたな……。お前はもう自由だ。」


 そういってニンゲンはノーカを去り、二度と戻ってくることはなかった。


 吾輩はニンゲンを追いかけノーカを出た。だが、別の地で一眠りすると、吾輩の体はいつの間にかノーカの黒土の上に横たわっていた。


 何度ノーカを出ようとしても、いつのまにか吾輩はノーカに戻っていた。

 この世界では、吾輩のような猫ごときに自由はないらしい。


 それからというもの、吾輩を孤独が蝕んだ。


 ノーカの獣は吾輩を恐れ、開拓者は吾輩を避ける。

 かつては血を滾らせた戦いも、今はただの退屈な屠殺にすぎない。


 爪を振るえば敵は散り、牙を剥けば全てが逃げる。

 吾輩の強さは、まるで呪いだ。戦う相手がいない。鍛える者もいない。


 ニンゲンの盾が、吾輩の血を熱くしたあの夜が、遠い記憶に変わる。


 吾輩は時おり、月光の下で獲物を使って爪を研く。

 だが、あのときのように心が(たぎ)ることはない。


 吾輩は思う。あの開拓者は、なぜ吾輩を鍛えたのか。

 なぜ、こんな孤独を残して去ったのか。


 もし再びニンゲンに会えたなら、吾輩は問いたい。


「この強さは、何のためにあるのだ?」


 だが、今はただ、夜風に毛を揺らし、月を見上げるのみ。

 ふと気づけば、吾輩の周りには誰もいない。


 吾輩は猫である。名前はまだ無い。

 そして恐らく――この孤独に名前をつけることは無いだろう。





 ブリトンの街道を北に行き、しばらくすると、赤と黒のコントラストに彩られた要塞が目に入ってくる。ナイフの切っ先を思わせる鋭い装飾に彩られた殺意むき出しの要塞群は、PKギルド、ブラッディベンジェンスのメンバーの家々だ。


 そんな物騒な要塞が立ち並ぶ草原に、ちょこんとひとつの建物が立っている。

 赤黒い重厚なPKハウスに囲まれて建っているその建物は、屋根の間から白い煙を吐き、どこか呑気で牧歌的な雰囲気を醸し出している。


 建物の玄関には、金属製の柱に木の看板がぶら下がって、風に揺れている。

 看板の木板には黒い墨で「レオの鍛冶屋」と書き殴られていた。


「PK事件……ですか?」


 そういって怪訝な表情をするのは、どこか人懐っこい面影を持つ男性――

 レオだった。


 彼の視線は黒い甲冑を着込んだ銀髪の女性に向けられている。

 真紅の瞳を細めた彼女は、黒鉄のガントレットの指を空中泳がせる。


 すると埃っぽい工房の壁に、とある掲示板のスレッドが躍り上がった。

 スレッドのタイトルは――「ブリトン北の農家に姿なき暗殺者現る!」とあった。


ーーーーーー

「ブリトン近くの農家で初心者が次々と狩られているらしい。初心者はおろか、熟練プレイヤーも農家を避けるようになって、人っ子一人いなくなっちまった」


「どうせPKの初心者狩りだろ? そんな騒ぐこっちゃないだろ」


「それがただの初狩りじゃないっぽいんだ。PKKに出た連中もみんなやられた。めちゃくちゃ腕のいいハイド使いが居るんじゃないかって話だ」


「へぇ、ワールド一位のシルメリアとどっちが強いんだろ」


「しかし困ったなぁ。ブリトンの農家が使えなくなると、綿花や野菜を集めるのに別の街までいかないといけなくなるぜ」


「だな。誰かなんとかしてくれねぇかな…」

ーーーーーー


 一通りスレッドに目を通したレオは、革製の分厚いエプロンの前で腕を組み、喉の奥でうなった。


「ブリトンの農家で次々と初心者がキルされてるって、ハトフロだとそんな珍しい話じゃないですけど……どうしてシルメリアさんが気にするんです?」


「一応、ブリトン周辺はウチ――ブラッディベンジェンスの縄張りだからね。PKKまでやられてるってなると、ちょっと無視はできないね」


「あ、なるほど。」


「へぇ、姿なき殺人者か……。おもしろそうじゃない! 見に行こ!」


 カウンターの奥でチクチクと縫い物の練習をしていた結衣が手を止め、レオとシルメリアの話に割って入ってきた。彼女は作業途中の革鎧をカウンターの上に起き、好奇心の満ちた瞳をシルメリアに向けた。


「結衣、面白そうって……。裁縫の練習に飽きただけでしょ?」


「バレたか! だってじーっとスキル上げしてるの、退屈なんだもん」


「うーん……霜華はどう思う?」


 レオはカウンターの奥で在庫のリストを作成していた霜華に声をかけた。彼女は箱を探る手を止めると、腰の前で手を重ね、何かを思案するような仕草を見せた。


「そうですね……治安の問題は早急に解決する必要があります。黒軍のこともあり、ハトフロの情勢は非常に不安定ですからね」


「というと?」


「プレイヤーになり変わっていた者の中には、PK、PKKといった対人戦をメインにしていた者もいました。彼らが姿を消したことで、早くも縄張り争いが始まった場所もあるのです」


「げっ……そりゃ面倒な話だな」


「とはいえ、今回事件が起きたのはブリトン、ウチの縄張りだからね……その線もないとはいえないけど、ちょっと微妙じゃないかい?」


「そうですね。調査を進めてみないと何とも言えません」


「実際に調べるしか無いってことか。ブリトンの綿花畑が使えなくなるのは痛いし、ここは調査と行くか」


 そういってレオは工房の仕事道具を片付け、農家に出かける準備をするのだった。




スキル系の成長システムをもっているゲームだと、あるあるなんだよなぁ…


プレイヤーがNPCを使ってスキル上げをすると、それに付き合ってたNPCもスキルとステータスが向上して、究極生命体が完成するんだよね…。


次回、トンチキ殺人事件捜査パートの始まりです

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