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第四話 血の復讐


 リッキーに騙され、さらに誹謗中傷まで受けたレオ。

 彼は運営に解決の望みを託したものの、それも裏切られ失意に沈んでいた。


 しかし、ここで彼は思いがけない招きを受けることになる。

 お隣さんのPKギルド――ブラッディ・ベンジェンスのリーダー、シルメリアから直々にギルドハウスに招待されたのだ。


 シルメリアのしなやかに伸びた背中を追い、レオは彼らのギルドハウスである要塞の入口に立った。黒と赤を基調とした外壁。ゴシック調の尖塔が鋭く並び、吸血鬼の城を思わせる威圧感が彼の胸に冷たい不安を呼び起こす。整った黒石の壁。カーテンで閉ざされた窓からは中の様子を窺い知ることはできなかった。


 門に近づくと、風が尖塔の隙間を抜けてヒュウと低い唸りを上げ、鉄の匂いが鼻をつく。金具に並ぶ黒鉄のトゲは、侵入者を絡め取るかのように突き出し、二人の背中から差し込む淡い朝日を重々しい鉛色に反射していた。


(よし……入るぞ。)


 耐熱グローブの裏側を爪でかくようにレオは拳を握る。重い門をくぐると、石造りの通路が広がっていた。石床にはカーペットの類はなく、歩くとブーツの鋲が石を叩き、コツコツと反響した。


 要塞の内部はPKギルドらしく、戦いに必要なもので満ちていた。通路に隣接した部屋には「ピット」と呼ばれる円形の囲いがあり、血糊が染み込んだ床で模擬訓練の喧騒が響く。武器と武器、金属がぶつかり合う甲高い音が彼の耳を刺した。


 さらに奥は射撃場だ。魔術師が赤や青で色分けされた床に立ち、火球や雷撃を放っている。魔法が破裂するたびに焦げた匂いが彼のもとまで漂ってきた。


「すごい……。まるで軍事基地みたいだ」


 緊張に強ばっていたレオの顔に、純朴な驚きの色が浮かぶ。目を丸くしている鍛冶屋を見たシルメリアは、悪戯でもしたように艶っぽく笑った。


「PKってのはさ、怠け者にはできないんだよ」


「え?」


 レオが目を丸くすると、シルメリアはピットを囲む柵に腰を下ろした。深紅の瞳に冷たい光を宿らせた彼女は、 レイピアの柄を指で軽く叩きながら続ける。


「アンタも知ってるだろうけど、ハート・オブ・フロンティアの仕様は違法建築を繰り返して膨大になってる。おまけにパッチごとにバランスがコロコロ変わってく。PKはそれを全部把握してなきゃ生き残れないんだ」


 仮想現実(VR)MMOであるハート・オブ・フロンティアは、いまも新しいコンテンツの開発が続けられている。変化のないゲームはプレイヤーを飽きさせ、人々を惹きつけられないからだ。


 新スキル、新アイテム、新マップ―― 一見楽しそうに思えるが、新要素が追加されるたびに、プレイヤーは対応を迫られる。


 例えば、去年追加された魔術師のスキル「エーテルダッシュ」は、一時的に魔法使いの移動速度を30%上げる。便利そうだが、魔法使いが機動力を強化して逃げ回るメタが流行り、近接ビルドを愛用するPKは一気に苦境に立った。


 当時のことはレオも覚えている。街にいると「移動速度アップ」のエンチャントをしてくれという依頼が殺到してきて、とても休まる暇がなかった。


「PKってのは、大抵のプレイヤーより強くなきゃいけない。でも仕様が変われば、昨日まで最強だったビルドがゴミになることだってある。例えば『愚鈍の森』が来た時なんかだね。設計ミスか意図的か、木々の密度でまるで射線が通らなくって、アーチャーの全盛期が終わった。あの時、毒アーチャーが半分はいなくなったね」


 そう言って彼女はレイピアの鞘を射撃場に向けて苦笑する。

 レオが鞘の先を目で追うと、射撃場の床、赤と青の色分けを指していた。


「あの床も何回作り直したことか。あの色分け、魔法の有効範囲なのよ。あれを体で覚えてなきゃ、自分の魔法が敵に届くか、逆に相手の魔法がこっちに届くかの判断もつかない。なのに運営ときたら、何も考えずに気分で調整するからね」


「あー……」


「今はタンクメイジが強いけど、次のパッチで魔法の詠唱時間が伸びたら? 調整がきたらそれを把握するだけじゃなく、訓練で体に叩き込まなきゃならない。怠け者や頭使えない奴は、カモられて終わり」


「なるほど……」


「いっとくけど、自分のビルドを知るのは基礎中の基礎だよ。PKなら自分が使わないスキルや魔法の仕様も覚えなきゃいけない。ビルドの相性、相手は何をされたら嫌がるのか、とかね。怠け者がそんな忍耐持てると思う?」


「無理ですね。ブラッディ・ベンジェンスのメンバーは、いつもこんな訓練を?」


 彼女は柵から立ち上がり、ピットの床に落ちる血糊を指した。


「あぁ。この血痕はウチの連中が模擬戦で何度も死んで、何度も立ち上がった証さ。知識は覚えるだけじゃなくて、無意識のうちに実践で使えるまで鍛える必要がある」


「泥臭いですね」


「うん。全然格好良くないでしょ」


「俺、PKって、もっとこう……いえーい! 人殺しタイムだー! 頭ねじ切ってオモチャにしてやるぜー! って人を想像してました」


「たしかに人格破綻者だっているよ。そんなヤツは衝動的に動くからすぐ狩られる。だけどアタシらは違う。感情だけで動いてたら、ヴェルガみたいな狡猾なクズに一瞬で潰される」


「ヴェルガ?」


「話すと長くなるんだけどね。要点だけかいつまむと――

 アタシが鮮血の復讐ブラッディ・ベンジェンスを作ったきっかけになった野郎さ」


「どういうことです?」


「元をたどれば、ブラッディ・ベンジェンスは、運営が解決できないトラブルを片付けるために出来たギルドなんだ。詐欺、盗難、誹謗中傷、倉庫荒らし―― そんな問題行動を取る奴らを、PKって手段で懲らしめてる」


「俺の時みたいに、運営が動かないから……」


 シルメリアが頷き、レイピアを抜き放って青白く光る刃の切っ先に瞳を乗せる。


「そうさ。でも正義の味方を気取るつもりはないよ。ただ、納得いかないことをそのままにしておけない。それだけさ」


「さっき言ってた、ヴェルガってやつがそうなんですか?」


「――昔、友人がヴェルガってヤツに追い詰められて、リアルで自殺未遂を起こしたんだ。あいつを問い詰めて、誅殺するまで、私は剣を捨てないよ」


「自殺未遂?! 大問題じゃないですか!」


「けど……運営は動かなかったし、現実の警察も動かなかった。ゲームの中で起きたことだから、ってね」


 彼女の声に冷たい怒りが混じるが、刃に映る瞳には微かな哀しみが揺れていた。


 レオは一度ためらいがちに目を伏せる。

 彼の脳裏に掲示板に書かれた罵声、運営の無能さが頭をよぎる。

 自然と手に力が入り、革手袋がきしむ。


(PKの武器を作るなんて……俺の夢と違うんじゃないか。そう思ってたけど――)


 だが、シルメリアの言葉――

「納得いかないことをそのままにしておけない」――がレオの心を揺らす。


(俺の武具が誰かのために役立つなら……それも鍛冶屋の夢じゃないか?)


 心臓の微かな脈動が熱となって掌に伝わり、炉の熱を思い出させる。

 ピットで戦うPKの剣戟の音は鉄床(かなとこ)の鉄音によく似ていた。

 彼らもまた、自分とか違う形で真摯に夢を練り上げている。

 ならば、道を共にする選択もあるのではないだろうか。

 レオの横顔からいつもの野暮ったい雰囲気が消え、研ぎ澄まされたものになる。

 しかし、いまだ迷いの色が濃いのは、シルメリアが見ても明らかだった。


「まだ答えは出せそうにない、かな?」


「……すみません。ちょっとだけ考える時間をください」


「そうかい。それじゃ、何かあったらここに直接連絡してきな」


 彼女は空中にメニューを呼び出すと、レオにメッセージを送った。送られてきたのは、あるチャンネルへの招待メールだ。招待メールの背景には、頭蓋骨を貫くダガーのエンブレムが入っている。ブラッディ・ベンジェンスのギルドマークだ。


「これ、ブラッディ・ベンジェンスの秘密会話用のチャンネルじゃ……」


「うん。ここに連絡があれば私にもメッセージが来る。それに何かあった時、ここに連絡すればメンバーがすぐに飛んでくる」


「大丈夫ですよ。だいたい店にいるんですから」


「そうかい。ともあれ――あんたの答え、待ってるよ」


 シルメリアは妖艶な笑みをレオに投げる。

 彼女がレイピアを鞘に収めると、金属の乾いた音が広間に響いた。




 ブリトンは多くのプレイヤーが集まる活気ある街だ。しかし、大通りを外れ、細い道に入ると、人のざわめきが遠のいていて人気(ひとけ)がなくなる。

 無数のプレイヤーが接続するVRMMOでも、誰も目を留めない薄暗い路地裏はいくらでもある。そのうちの一つにスキンヘッドの男、リッキーがいた。


 彼は空中に浮かぶシステムメニューを乱暴に叩いていた。脂汗が光る額に青筋が浮かび、荒い息遣いで怒りを隠せていない。今すぐにでも拳を突き出して、目の前の画面を叩き割りそうな勢いだ。


 レオに売りつけた物件を回収する企みを、まだリッキーは諦めていなかった。


 だが、いくら誹謗中傷を続けても上手くいかない。関係ないプレイヤーたちによる興味本位の横槍が止まなかったのだ。情報戦を仕掛けるには、ハート・オブ・フロンティア内で彼の悪い評判が広まりすぎていた。


「クソッ、同じ名前を使いすぎたか……そろそろ変えねぇと」


 リッキーは苛立ちを抑えきれず、とある掲示板を開いた。最強PK談義をしているそのスレッドでは、いつの間にか話題は「ブラッディ・ベンジェンス」の縄張りど真ん中に店を構えたレオへ。そして、書き込みの中で、レオはシルメリアの庇護にあると噂されていた。


 真偽のほどはわからない。だが、十分にあり得ると彼の顔が歪む。


「このままじゃ俺の『ビジネス』が危ねえ……!」


 リッキーは歯を食いしばり、同じビジネスをシェアする仲間に向けたメールの続きを打ち込んだ。いらだっていた指の動きが、次第に落ち着いていく。


ーーーーーー

宛先:PKKギルド ホワイト・ジャッジメント

件名:『レオの鍛冶屋』への妨害依頼

ヴェルガ――今はシルバーなんちゃらとか名乗ってるんだっけ? まぁいい、とにかくレオって奴の店を直接潰してくれ。あのクソ鍛冶屋、シルメリアに守られて調子乗ってやがる! PKに協力してるとか……理由ならいくらでもでっち上げれるだろ? ゴールドは弾む。お前のギルドの連中を使ってうまいことやってくれ。

頼むぜ、兄弟。

ーーーーーー


 リッキーはニヤリと笑い、送信ボタンを押した。

 路地裏のランタンがチラつき、彼の影が不気味に伸びる。

 レオの店に新たな影が忍び寄っていた。



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