第五十八話 天を落とせ!(1)
「倒すったって、どうすんだい?」
シルメリアが細く白い腕をお手上げの形にして上げ、首を横に振った。
レオは首を回し、背中の空になったミサイルコンテナを見る。
たしかに彼女のいう通りだ。
崩槌のミサイルを3発も受けたのに、破天は被害らしい被害を受けていなかった。
「あの丸太みたいなミサイルでも駄目だったんだよ? こんなオモチャでどうにかできるとは思わないね」
そういって彼女は、EXOアームが持っているサブマシンガンを振る。
たしかにこんな武器が通用するとは思えない。もっと強力な兵器が必要だ。
だが、どうしろというのだろう。
ミサイルはすでに使い果たし、ショックウェーブが通用しないのも分かっている。
完全な手詰まりに思えたが、レオは何かに気づき、義体の頭を振った。
『そうだ! 霜華、この船、元は軍艦なんだろ? 何か使える兵器がないのか?』
「……鯤鵬は武装解除されています。VLS、近接防空システム、鯤鵬の象徴であったレールガンも同様です。」
『クソッ……』
「――ですが、武装ではない電磁カタパルトはそのままです」
『デンジ……何だって?』
「電磁カタパルト。鯤鵬が偵察用ドローンを射出するのに使っていた加速装置です。リニアモーターカーと同じ原理で、強力な電磁場を利用して、短距離で物体を極超音速まで加速させます。鯤鵬の電磁カタパルトは、最大50トンの機体を秒速200メートルまで加速可能です」
「つまり、電気を使った巨大なパチンコってわけだ。でもそんなモノで破天の装甲をぶち抜けるのかい? 本物の武器だったミサイルでも駄目だったんだよ」
「重要なのは加速された物体の運動エネルギーです。仮に10トンの質量を秒速200メートルで射出すれば、200メガジュールの衝撃力となります。主力戦車が用いるAPFSDS弾のエネルギーが25メガジュールほどですから、8倍以上のエネルギーになります。崩槌のミサイルと比較すれば10倍以上ですね」
『えっと、つまり……〝電磁カタパルト〟ってので、鉄の塊をバカみたいに速くぶつければ、破天をぶっ壊せるってことか?』
「はい。破天の装甲がどんなに頑丈でも、単純な物理法則には逆らえません」
「シンプルでいいじゃないか。気に入ったよ」
そういってシルメリアは背中のEXOアームと拳を合わせる。義体の表情はまるで変わらないが、彼女の性格から察するに、きっとその向こうで不敵な笑みを浮かべていることだろう。
「鯤鵬の甲板には、廃棄された装甲板やコンテナが残っています。それらをカタパルトの射出にセットし、破天を狙って撃ち込みます。命中すれば、貫通までいかなくとも、内部構造の破壊に至る可能性は非常に高いでしょう」
「で、問題は? 何か落とし穴があるんだろ?」
シルメリアが腕を組み、鋭い視線を霜華に投げた。
彼女の性格上、当然の反応だろう。
PKギルドのマスターであるシルメリアは、想定外の状況に幾度と直面してきた。
あまり楽観的なプランを信じるタイプではない。
「いくつか問題があります。1つ目は、カタパルトのエネルギー供給。現在、電磁カタパルトは電源喪失状態にあります。甲板に上がって再接続しなければなりません」
「使わなくなった家電にコンセントを挿しっぱなしにするわけ無い。当然だね」
『甲板に上がって作業する必要があるってことか。しかもこれ――』
「あぁ。今エンジンルームにいる破天を、カタパルトのある甲板まで引っ張ってこないといけない。どうしたもんかね?』
その瞬間、霜華の義体がわずかに動く。
彼女の白く細い指先が、そっと何かを持ち上げた。
「破天の誘導については、これが使えるかもしれません」
そこには、サーバールームの義体が握っていた黒色の直方体――
ブラックボックスがあった。
いやに整った直方体は、全ての光を吸い込むような、暗い光沢を放っている。
『――なるほど。「ブラックボックス」か。』
「破天を操る何者かは、鯤鵬のあらゆるデータを消し、鯤鵬そのものを消そうとしています。おそらく、このブラックボックスに反応することでしょう」
「なら話は簡単だね。コイツを持ってれば、破天が追いかけてくるって寸法だろ? レオに持ってもらって、エンジンルームから甲板までマラソンしてもらおうか』
『いや、いくらなんでもそれ、無茶すぎません!? しかも何で俺?!」
「アンタが一番頑丈だからね。それに、意外と足も早いだろ?」
『う、確かにそうですけど……!』
レオは自分の義体とシルメリアの義体を見比べ、重いため息を吐いた。
彼の動かす崩槌は、戦闘工兵――つまり戦場の工事現場で使う義体であり、純粋な戦闘用に作られたものではない。
しかし、霜華とシルメリアが使う義体に比べれば装甲もあるし、馬力も相応にある。腕にはショックウェーブという武器まである。
明らかに戦闘用でない義体を使っている二人を差し置き、レオが尻込みするというのはどう考えても道理に合わなかった。
『……わかりました。シルメリアさんはカタパルトの準備を頼みます。 俺は破天を甲板までおびき寄せます』
「よしきた。霜華とアタシは上に上がる。レオ、気をつけるんだよ」
『はい。』
「レオ先生、破天と戦う必要はありません。防御的立ち回りを心がけてください」
『あぁ、わかった』
霜華からブラックボックスを受け取り、レオはサーバールームの出口へ向かった。
駆け足で進む崩槌の義体は、重量級の装甲にもかかわらず、驚くほど軽快に動く。
戦いの余波で歪んだ通路を進んでいると、視界にエンジンルームまでのルートを示す光の線が浮かぶ。霜華によるアシストだろう。
『さすが霜華。これならエンジンルームまで迷うことはないな』
レオは光を追いかけ、薄暗い通路を進む。
すると、次第に通路の様子が変わってきた。鋼鉄の壁に巨大な何かが擦ったような大きな傷が残り、錆びた鉄の床はパネルがひしゃげ、格子に穴が開いている。
『破天が通った跡か。わかりやすくて助かるな』
エンジンルームを囲む通路にたどり着くと、巨大なタービンの振動が床を揺らし、壁では赤い警告灯が不規則に点滅していた。なおも通路を突き進むと、遠くから低く唸るような機械音が響いてきた。
――破天だ。
霜華の予想通り、ブラックボックスに反応して破天が動き出したようだ。
戦線突破用の攻撃兵器であるその巨体は、まさに移動要塞だ。
黒色の装甲の表面には、無数の戦闘で刻まれた傷跡が不気味に光る。
破天の円盤状の胴体の下から、両腕がカニのように突き出ており、その先で高出力のプラズマカッターが唸りを上げていた。
『う、出会ってそうそう、やる気満々かよ……!』
レオが舌打ちする。
破天のプラズマカッターは、鋼鉄の壁すら一瞬で溶断する熱量を誇る。
プラズマとは、高温のイオン化ガスのことだ。
1万~2万度以上の温度を持ち、一瞬で物質を蒸発させる。
プラズマカッターはこのプラズマを電磁場で閉じ込め、刃の形に制御している。
その特性上、プラズマの刃先は、どんな装甲も容赦なく切り裂く。
崩槌はその役目上、対戦車地雷を踏み抜いても平気なくらい、頑丈に設計されている。だが、さすがにプラズマカッターの直撃は想定していない。
カッターの攻撃をまともに喰らえば、スクラップ間違いなしだろう。
破天が腕を振り上げる。青白いプラズマの刃が、通路の壁を切り裂きながらレオに迫る。レオはとっさに床を蹴って真横に飛び、光刃を避けた。
プラズマカッターが床をえぐり、赤茶けた鉄の床が溶岩のように爆発する。崩槌のカメラに残像を焼き付けながら、赤熱した鋼鉄の飛沫が散った。
『ひぃ!?』
女の子のような情けない叫びをあげるレオ。
そんな彼を見ていたかのように、一分の間もおかず、霜華から通信が飛び込んできた。彼女は冷静な声でもって、レオに「あること」をするよう指示を飛ばす。
「レオ先生、通路の天井にあるスプリンクラーを利用してください! プラズマカッターはプラズマを磁場で安定化しています。ですが水をかければ、プラズマの電離状態が不安定になり、磁場による制御が乱れるはずです!」
『水!? そんなモンでどうにかなるのかよ!?』
レオが叫びながら、通路の天井を見上げる。
確かに、通路の天井にはスプリンクラーのノズルが並んでいた。
『一瞬で鋼鉄の床が弾け飛んだんだぞ? 水なんて一瞬で蒸発するんじゃ……」
「無力化はできませんが、出力は大幅に低下します。プラズマは電離した粒子で構成されており、水分子と衝突すればエネルギーを失い、電離度が低下します。さらに水蒸気はプラズマの磁場を乱す誘電体として機能します」
『ようするに、水をぶっかければ弱くなるってことだろ!!』
レオは崩槌の両腕を振り上げ、腕の弁当箱をくっつける。刹那、彼の両腕から放たれた衝撃波が天井を直撃し、通路の天井を破砕した。
衝撃波が通路を通り過ぎると、天井のパネルを波打ち、バラバラと鉄板が落ちてくる。すると板の向こうからスプリンクラーのパイプが露わとなった。
衝撃に反応したのか、即座にスプリンクラーから大量の水が降り注ぐ。滝のような放水でまたたくまに通路は水浸しになり、レオの義体も頭から猛烈に水をかぶる。
『……!』
レオの前で破天が再びプラズマカッターの切っ先を伸ばす。
だが、カッターが水をかぶったその瞬間、青白いプラズマの刃が不安定に揺らぎ、ジジッという異音とともに輝きが消える。
刃先がレオの義体をかすめる。が、装甲を溶かすどころか、プラズマカッターは崩槌の胸に浅い焦げ跡を残しただけだった。
『おっ、マジで効いてる! さすが霜華!』
「――ふぅ、予想通りですね。ただし、スプリンクラーの水量は限られています。早く破天を甲板まで誘導してください」
『了解! こいつをカタパルトのど真ん中まで引っ張ってくぜ!』
レオはブラックボックスを握り直し、崩槌の出力を全開にして走る。
破天が水蒸気の中で咆哮を上げ、プラズマカッターを振り回しながら追いかけてくる。通路の壁が次々と切り裂かれ、火花と水蒸気が混じる中、レオは甲板への出口を目指して突き進んだ。
・
・
・
レールガン使わせたかったけど、さすがに武装解除されてた模様。
うーむ、残念。
次回で鯤鵬編ラストです。(たぶん




