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第五十七話 コンシード

『これを飛べって……?』


 深緑色の巨体が眼下の深淵を覗き込む。


 昇降塔の立坑の縁に立ち、金属製の頭部を機械の手で掻いているのは、レオの自我を投影した崩槌だ。


 100メートルの奈落は、底が見えない暗闇に呑まれている。

 だがその闇の中にたった一つ、オレンジ色の光が浮かんでいた。


 霜華が指定したターゲット表示だ。


 彼女は昇降塔を支える金属製の橋の一つをターゲットに指定。それで闇の向こう、シルエットもおぼろげな橋にオレンジ色の枠が重なり、点滅していた。


「――レオ先生、信じてください」


『っていっても……』


 レオの背後から、破天の重い足音が近づいてくる。

 ケーブルの垂れ下がる通路を振り返ると、横一文字の赤い眼光が闇を切り裂いた。

 破天がもうすぐそこに迫ってきている。躊躇している暇はなさそうだ。


『霜華が今まで間違えたことなんて無いしな。……行くぞ!!』


 崩槌の関節がうなり、巨体を空中に躍らせる。

 踏みきった荷重で足場が崩れ、金属のひしゃげる重低音が縦穴に響いた。


 霜華とシルメリアを腕に腰掛けさせたまま、レオは奈落に向かって落下した。


 視界を走るオレンジ色の線が、ターゲットとなった橋をハイライトさせる。

 装甲が風を切るなか、象のような太い足が細い橋めがけて落ちた。


<ガゴォン!>


 崩槌が橋に着地した瞬間、巨体の重量に耐えきれず橋桁が崩壊した。


 爆発でもしたように鉄板の破片が飛び散り、火花を散らす。橋を支えていたワイヤーが切れ、鞭のようにしなり、空を切ってあたりをでたらめに打った。


 ワイヤーが崩槌のヘルメットをかすり、塗装を削って火花を上げる。

 これが人間の体だったら、間違いなく頭を真っ二つに割られていただろう。


「うぉぉぉ!! やっぱ壊れた!?」


 鋼とワイヤーが織りなす乱痴気騒ぎに巻き込まれ、レオは悲鳴を上げる。

 しかしこの状況でも、彼の腕にしがみつく霜華は冷静さを失っていなかった。


「お見事です、レオ先生! うまくいきました!」


「どこがだぁぁっ?!」


<ドガン!!>


 足元の床が抜け落ち、崩槌の体が落ちる。

 すると崩槌は、橋の下にあった別の橋に着地した。


『おぉ?!』


 すると、上の橋でおきた事と、全く同じ光景が繰り広げられる。


 金属がひしゃげ、骨組みがねじ曲がる。鋼鉄がきしむ音と振動が昇降塔を揺らし、まるでこの場の全てが崩壊するかに思えた。


 レオが崩れ行く橋の上でバランスを取ろうとするが、波打つ床はそれを許さない。

 シルメリアがEXOアームを振り、飛来するワイヤーを弾き返しながら叫ぶ。


「なるほど、読めたよ……! レオ、踏ん張りな!!」


『えぇ?!』


「橋を壊しながら落ちれば、直撃するよりマシってことさ。

 ま、クッション代わりってことだね」


『こんなクッションがあるかぁぁ!!』


 叫び声をあげる崩槌の足元が崩壊する。

 金属が歪みに耐えきれず爆ぜ、火花が噴水のように飛び散った。


『ひぃ!』


 昇降塔を支える橋を次々と破壊しながら、レオは奈落の底へ突き進んだ。


 金属の軋む音、鉄骨が砕ける轟音、ワイヤーが切れる甲高い悲鳴。

 それらが昇降塔に鋼の終末の交響曲を響かせる。


 ワイヤーが顔を叩き、ちぎれ飛んだ鉄板が足を刺す。

 それでも崩槌の装甲はびくともしない。

 深緑色の塗装の下から灰色の地肌を見せながらも、装甲は健在だ。


<ドゴォォン!>


 ついに崩槌が昇降塔の底に着地した。

 衝撃波が床を波打たせ、周辺の鉄骨がバキバキと折れる。

 火花と煙が巻き上がり、崩槌の装甲が軋む音が暗闇に反響する。


 レオが見上げると、破天の赤い眼光は闇の彼方に消え、追ってくる気配はない。

 諦めたのだろうか。


『逃げ切ったってことか……? そうだ、サーバールームは!?』


 レオが崩槌の腕を振って立ち上がる。

 視界の構造図は、サーバールームまであと200メートルの距離を示している。

 だが、その瞬間、上空の壁から白い影がパラパラと落ちてきた。


<ガン! ガン! ガン!>


 すさまじい金属音が炸裂し、鉄底をゆらす。

 レオが音のしたほうを見ると、無数の白色の義体が闇の中に直立していた。


 義体は不自然なほど整った直立姿勢で着地していた。

 闇の中に立つその白い姿は、まるで人間味が感じられない。


 義体の肌は白磁のようになめらかで、腕や足のシルエットも流麗だ。しかし、球体の関節がその自然なシルエットの流れを断ち切り、それが〝モノ〟であることをかえって強調していた。


 義体の瞳が赤色を放ち、暗闇で不気味に光る。

 見た目こそ霜華やシルメリアの義体とよく似ているが、動作はまるで違った。


 義体はスタンバトンやサブマシンガンを握り、戦闘態勢を取る。

 しかしその動きは異質な冷たさを放っていた。


 あまりにも効率化されすぎている(・・・・・・・・・・)のだ。


 サブマシンガンを構える義体は直立したままで、手に持った銃を直線的に前に出し、ホログラムの光学照準器を覗こうとはしていない。


 スタンバトンを持つ義体は、棒を持った腕を直上にあげたかと思うと、扇風機のように腕を回転させ始めた。まるでオモチャのような動きだ。


 義体の異様な振る舞いを見たレオは、思わず言葉を上げてしまった。


『何だこいつら……?!』


 レオの腕の中で、霜華が冷静にタブレットを叩いた。


「――やはり。義体を動かしているのは元黒軍です! ハトフロをログアウトして、元の義体に帰ってきたんです!」


『げっ!!』


「なるほど、総動員ってことだね。あのデカブツは諦めたんじゃなくて、こいつらにバトンタッチしたってわけだ」


「サーバールームまで急ぎましょう。応戦していると、どんどん数が増えますよ」


「だろうね。ったく、こっちでも厄介な連中だね」


 義体の単眼が一斉に赤く輝き、機械的な動作で一向に襲いかかってきた。

 サブマシンガンが火を吹き、その間から腕を回した義体が飛び込んでくる。


 シルメリアは腰掛けていた崩槌の腕から飛び降りると、待ってましたといわんばかりに戦場に躍り出た。


「前を開けるよ!」


 背中のEXOアームにブレードを握りしめ、シルメリアが突出する。


<ガガガガ!>


 義体のサブマシンガンが火を吹き、弾幕が張られる。

 シルメリアは白兵武器をもった義体の影に入り、それをかわす。


 しかし、仲間の影に入ったというのに義体は銃撃を止めない。

 無数の銃弾が手を振り回す義体の背中を穿つ。


「やっぱりお構いなしか! 黒軍のときと変わっちゃいないね!」


 シルメリアが吐き捨て、EXOアームを振った。


 地面を掠め、火花を散らして切り上げられた切っ先が義体の足を切払う。

 (すね)から先を失った義体はバランスを崩し、側転するかのようにひっくり返った。


『こんにゃろ!』


 レオは腕を合わせ、青白いショックウェーブを放つ。義体が粉砕され、壁に叩きつけられるが、上空から新たな義体が次々と降ってきた。


 崩槌の足が一体の義体を踏み砕くたびに、4,5体の義体が追加される勢いだ。


「結衣さんが黒軍の制御を妨害します。10秒以内に通路を突破してください!」


『んなムチャな?!』


『こっちもムチャしてるんだから、急いでよね!』


 頭の中に結衣の声が響く。

 声色から察するに、あまり余裕はなさそうだ。


『いっくよー! 今から10秒、よーい、ドン!』


『え、ちょ!』


 結衣が号令すると、義体の体が電気に撃たれたように跳ね、動きが止まる。


 それを見て、シルメリアが義体からサブマシンガンを奪い、義体の群れに突進した。そしてEXOアームでサブマシンガンを振り回し、全方位に射撃を加える。


<タタタタタタタタン!>


 発射された9mmパラベラムが義体を貫き、白いプラスチック片が飛び散る。

 レオは結衣が作った隙を突き、崩槌の巨体を前進させた。


『うおおおっ!』


 暴走機関車と化したレオは、前を塞ぐ義体を跳ね飛ばし、無造作に踏みつぶす。

 そしてその勢いのまま、オレンジ色の光が投影された鋼鉄の壁に突進した!


<ズゴオォンッ!!>


 轟音とともに壁が吹き飛び、力づくで道が作り出された。

 レオは腕を合わせると、瓦礫を押し飛ばしてさらに道を広げた。


『よし、これでいいんだろ!?』


「はい、レオ先生!」


「他の連中に使わせる必要はないんだ。後は埋めちまいな」


『ですね』


 レオはかろうじて形を保っている天井に拳を叩き込み、瓦礫を降らせる。

 これで義体は後を追ってこれない。

 すくなくとも、瓦礫を退かすのに時間を必要とするはずだ。


「このまま通路に合流して、サーバールームを目指しましょう」


 構造図上では、レオたち一行は〝壁の中にいる〟格好になっている。崩槌の馬力で道をつくり、なんとか本来の通路に合流したレオたちは、ようやくサーバールームの扉に到達することができた。しかし――


「妙ですね。扉がすでにこじ開けられています。」


 サーバールームの扉はすでに開いていた。それどころか、スライドドアの表面には無数の銃痕が刻まれ、激しい戦闘があったことを示している。


『なんだこれ? 誰かが俺たちより先に入ったのか?』


 レオが呟き、崩槌の巨体を滑り込ませる。


 サーバールームは真っ暗闇に閉ざされていた。

 唯一の光源は、部屋の中心にそびえる金色の光の柱だけだ。


 柱の表面はホログラムディスプレイで埋め尽くされ、データストリームが光の粒子となって宙を舞い、幽玄な輝きを放っていた。


 その柱を取り囲むように、白無垢の義体が円環状に並んでいる。

 しかし、全ての義体が動作を停止していた。昆虫を思わせる外骨格に覆われ、ケーブルに繋がれた義体は、ピクリとも動かない。


『……義体だよな、壊れてるのか?』


「どうやらそうみたいだね。銃弾が打ち込まれてる。――見な」


 シルメリアがサブマシンガンのフラッシュライトで床を照らす。

 すると無数の薬莢とともに倒れ込む義体の姿があった。


『ちょっと待て、なんで鯤鵬の連中同士で撃ちあってるんだ?』


「あたしに言われてもね。霜華――?」


 霜華は胴体の拘束具に「壱」と記された義体の横に立っていた。

 義体は両手を前に出し、手のひらの上に黒色の四角い立方体を乗せていた。


 霜華が義体の手から立方体を慎重に取り上げる。

 表面には装飾も何もなく、レオの目にはただの黒い箱にしか見えなかった。


『霜華、それは何なんだ?』


「仕様は不明ですが、何らかのデータストレージのようです。もしかしたらこの中に同士討ちに至った理由があるかもしれません。後で詳しく調べてみましょう」


『文字通り〝ブラックボックス〟ってワケか』


 レオは部屋の中央で光を放っている柱を見上げた。

 柱の光が崩槌の巨体を照らし上げ、深緑色の体を金色に染める。


『霜華、これがサーバーなのか?』


「いえ、これは抽象化された模式図に過ぎません。情報処理に特化した専用の義体なら読み解けますが、そうでない私たちには意味不明ですね」


「霜華にもわからないってことかい?」


「はい。レオ先生、手を貸してください」


 霜華が光の柱の足元、ケーブルの繋がれている端末の周りにあった床の幾何学模様を指差す。しかし、それは単なる飾りではなかった。霜華がパネルを押し込むと、軽い音を立てて取っ手のようなパーツが飛び出した。


『これを引き出せばいいのか?』


「はい、お願いします」


 レオが取っ手を引くと、重厚な音と共に黒い柱が飛び出してきた。

 柱の表面はガラスのような質感をしていて、金色の文字が走っている。

 筐体自体がモニターの役目を持っているようだ。


「アクセスを試みます」


 霜華が義体の首後ろからケーブルを伸ばし、黒い柱に端子を接続する。

 瞬間、中央の柱の金色の輝きが一瞬強まった。

 彼女のアクセスに鯤鵬のシステムが反応しているようだ。


『何を調べるんだ?』


「――まずはログから調べましょう。鯤鵬の研究データもそうですが、ここで何があったのかが気になります」


 霜華の周りにホログラムディスプレイが浮かび、文字列が流れる。

 ログを読み進めるうちに霜華の表情は硬くなっていった。


「……どうやら、思った以上に混沌とした状況のようですね」


『何があったんだ?』


「鯤鵬が攻撃を受けたようです。我々ではなく、別の第三者に」


『第三者? 俺たち以外にも鯤鵬を叩いたやつがいるってことか?』


「連中のやってることを考えると、別段不思議じゃないね」


『確かに敵は多そうですけど……いったいどこの誰が?』


「わかりません。彼らは証拠の隠滅を図り、サーバーのデータを引きちぎりました。しかし、結衣さんのハッキングが義体の行動を阻害したことで、第三者の攻撃は完全な成功とはいかなかったようです」


 そういって霜華は「ブラックボックス」をレオに向けた。


「鯤鵬のオペレーターは、結衣さんが作ったほんの僅かな時間を利用して、サーバーのデータを『ブラックボックス』に隔離したようです。敵ながらお見事ですね」


「サーバーのデータが〝引きちぎられた〟って言ってたね。つまり――」


「はい。手がかりはもうこの中にしかありません」


『クソッ! それで霜華……これからどうすればいい?』


「ブラックボックスを調査しなければなりませんね。それに、鯤鵬もこのままにはしておけません」


『たしかにこのまま放ってはおけないな。近くの国の港に寄せるか?』


「中国ってわけには行かないし……となると、日本かね?」


『いやそれ、めっちゃ外交問題になりそうなんですが……』


「とはいえ、他に選択肢はありません。小国に向けても、中国からの外交的圧力がかかって回航されるでしょう。対立が続くアメリカやヨーロッパに回すのはさらに過激な選択肢になってしまいます」


『うーむ……。なら日本に回すしか無いか。霜華、やってくれ』


 端末にケーブルをつないだ霜華が頷き、新たなコマンドを入力する。

 光の柱が低く唸って輝き、巨大な船が動き出す感覚がした。

 だが、その瞬間、鯤鵬の奥から何かを叩くような不気味な金属音が響いた。


<ガコン! ゴン!>


『なんだこの音?』


「……まさか!」


 霜華が映像を映す。

 すると暗闇の向こうで、一文字の赤い眼光が揺らめく。破天だ。


『アイツ、まだ……! 霜華、この映像はどこのだ?』


「鯤鵬のエンジンルームです!」


 黒い装甲に覆われた巨体が、エンジンルームで体を揺らす。

 次の瞬間、プラズマカッターの光が一閃し、エンジンのひとつを溶断した。

 オレンジ色の溶けた金属が床に滴り落ち、炎を吹き上げている。


「クソッ! 好き勝手やりやがって!」


「レオ先生、破天は鯤鵬の制御から独立して動いています。エンジンルームを破壊されれば、鯤鵬は……」


「ぶっ潰すしかないか……行くぞ、みんな!」




タイトルの「コンシード」は、「譲歩」という意味です。


スポーツ用語で使われるコンシードは、試合途中で一方のチームが相手チームに勝利を譲り、試合を終了させることを指します。


ちなみにオブリビオンリマスター遊んでるんですが、明治大学の推薦をもらい終わって、大学に入るとこまで進みました。何も変わって無くて、すっごい懐かしい…

でも、魂石の中身入りと空っぽの区別がつかないのだけは簡便な!

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