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第五十六話 見知らぬ乱入者


 鯤鵬(コンホウ)深部のコントロールルームは、暗闇に閉ざされた異質な空間だった。壁や床は深い闇の向こうに隠され、ここにある全てが無限の虚空に浮かんでいるかのように感じられた。


 部屋の中心にそびえるのは、鯤鵬のネットワークを抽象化した巨大な光の柱だ。

 金色に輝くホログラムディスプレイが柱の表面を埋め尽くし、無数のデータストリームが光の粒子となって宙を舞う。


 その柱を取り囲むように、白色の義体が円環状に並んでいた。


 白無垢の外骨格に覆われた彼らの身体は、昆虫のような無機質な美しさを持ち、頭部には顔の代わりにホログラムスクリーンが浮かんでいる。背中から伸びる無数のケーブルが光の柱の足元にある端末に直結し、彼らの意識を鯤鵬のシステムに深く沈潜させていた。


『入侵者進入了較低樓層區域。仍在前進』

(侵入者は低層エリアに侵入。尚も移動中)


 胴体の拘束具に「壱」と記された義体が、合成音声で淡々言葉を紡ぐ。


 彼の目の前に浮かぶホログラムディスプレイには、鯤鵬の構造図が映し出されている。構造図の下部に赤い点が点滅し、「禁区」と記されたサーバールームに向かってゆっくりと進んでいる。赤い点はレオたちだ。


『你是什麼意思? 他們肯定預料到了〝鳩風呂〟的逆向入侵、並封鎖了入侵路線。防火牆很完美』

(どういうことだ? ハトフロからの逆侵入も想定し、侵入経路は塞いでいたはず。防火壁は完璧だった)


「弐」の義体が身じろぎし、腕が微かに震える。データ処理の過負荷が、義体の駆動系に影響を与えているのだ。彼女の眼前に表示されるホログラムスクリーンには、システムの過負荷を示すオレンジ色の警告が点滅していた。


『有人協助闖入』

(侵入を助けた者がいるな)


『醫生是罪魁禍首嗎?』

(犯人は博士か?)


『不、無權。有來自第三方的外部合作』

(いや、彼にアクセス権限はない。第三者による外部からの協力だろう)


『是美國嗎? 還是歐盟?』

(アメリカか? それともヨーロッパ連合か?)


『以後的事了。專注於防守』

(犯人探しは後にしろ。今は防御に専念するんだ)


『多層部署防火牆。隔離感染區域並部署鏡子。用作誘餌』

(ファイヤーウォールを重層的に展開する。感染部分を隔離して、ミラーを展開。囮に使う)


 光の柱の表面を覆うように、薄い光の膜が幾重にも展開される。

 何重にもなる防火壁を展開し、外部からのアクセスを完全に遮断したのだ。


 しかし、その努力も虚しく、膜の向こうで光の柱に赤い警告が次々と点滅する。まるで白アリに食い荒らされるように、柱のデータ構造が削られていく。攻撃者は防壁を素通りし、基幹システムに直接攻撃を仕掛けていた。


『跳了。除非您了解我們的演算法、否則這是不可能的!』

(防壁を素通りされた。アルゴリズムを知っていなければこんなこと不可能だ!)


『沒有〝客戶〟的支援嗎?』

(「客」からの支援はないのか?)


『什麼也沒有。相反、通訊被切斷了』

(何も無い。それどころか連絡が途絶した。)


『或許…他被陷害了嗎?』

(もしかして、はめられたのか?)


『這麼想是有道理的。這裡的每個人都是傀儡。我們都被遊戲玩弄了』

(そう考えるのが妥当だな。この場にいる全員が操り人形だ。俺たち全員が連中のゲームに踊らされていた)


『我能看到線、但我無法剪斷它』

(糸が見えているのに切ることができないとはな。)


『〝鳩風呂〟正在發送一些人工大腦數據。目的地…!』

(待て、ハトフロ側から義脳データが送りつけられている。送り先は――)


『這是……! 黑軍的情報正在傳送至鯤鵬義體倉庫!』

(これは……! 黒軍のデータが鯤鵬の義体ストレージに送られてるぞ!)


『提供現場視角!』

(カメラを回せ!)


「壱」の命令で、コントロールルームのスクリーンの映像が切り替わる。

 映し出されたのは、鯤鵬内部にある義体ストレージの映像だ。


 映像に映るストレージルームは薄暗く、まるで死体安置所のようにひっそりと静まり返っていた。無数の金属製シリンダーが巨大な水槽に沈められ、何かの液体にコンテナごと(ひた)されている。シリンダーの内部には、直立したまま、静かに眠っている義体が収められていた。


 突然、一つのシリンダーが反応し、水槽を波立たせて水面から浮き上がった。

 シリンダーが水槽から上がると、天井からロボットアームが伸び、シリンダー上部のボルト――ロック機構を外した。


 するとシリンダーが左右に分かれ、同時に半透明の封密シールが巻き取られる。

 まるで繭が破れるように義体の白い肌から薄い膜が剥ぎ取られた。


 シリンダーの中から現れたのは、球体関節人形のような姿の義体だった。


 白い肌はまるで磁器のように滑らかで、関節部分には微細な金属の継ぎ目が覗く。

 頭部は人を模し、「平均的な美しさ」とでもいうべき目鼻立ちをしていた。


 義体はシリンダーを押しのけ、水槽の上を走るメンテナンス用の通路、キャットウォークに立つ。義体の瞳が蛍光灯の光を受けて不気味に光る。義体の動きは滑らかで、まるで生きているかのように自然だった。


 ストレージルームにいた数人の職員が異変に気づき、慌てて逃げ出す。

 しかし、義体は出口に向かって逃げる職員を完全に無視していた。


 次々とシリンダーが浮き上がるなか、最初に目覚めた義体はストレージルームに併設された警備室に向かった。義体はぞんざいな蹴りをドアに放って蹴破ると、部屋の中のガンロッカーを無造作に開ける。


 ガンロッカーの中には、保安部隊が使用するスタンバトンや、コンパクトなサブマシンガンがあった。義体は武器を手に取ると、まるで訓練された兵士のように迅速かつ正確にリロードして武器を構えた。


 ストレージルームの映像を見ていた「壱」が動く。映像を脇にどかすと、彼は眼前に再び鯤鵬(コンホウ)の構造図を表示した。


 構造図の底のほうで動いている赤い点を追いかける新しい緑の点。レオたちの位置に向かって、義体が移動を開始したことを示す新たな点がハイライトされていた。


 黒軍のデータがインストールされた義体は、冷酷な殺戮マシンとして覚醒し、侵入者を排除すべく動き出したのか。いや――


 覚醒した義体を示す緑の点が2つに別れる。一方はレオ、もう一方は「壱」たちのいるサーバールームに経路を取っていた。


『你是什么意思? 我没有给出任何指示!』

(どういうことだ、指示なんか出していないぞ)


『讓它停止!』

「停止させろ!」


 「参」がコンソールを叩き、必死に停止信号を送信する。しかし、ディスプレイには赤いエラーメッセージが点滅する。


『不、不接受停止信号!』

(ダメだ、停止信号を受け付けない!)


『原來如此。這是他們的目標。』

(そうか、そういうことか。連中の目的は此処だ)


「壱」の声に冷たい確信が宿る。彼の前に映るデータログを、他のハッカーたちが一斉に見つめるなか、「弐」が震える声で呟く。


『那...我們被賣了?』

(つまり……私たちは売られたってこと?)


 「壱」がディスプレイを操作し、ハトフロとの通信ログを呼び出す。

 義体を動かしている黒軍のデータは確かにハトフロからのものだが、指示の送信元はハトフロからではなく、暗号化された第三者のノードを経由していた。


『這是正確的。有第三方參與,既不是客戶也不是玩家。』

(そうだ。客でもない、プレイヤーでもない、第三者が関与している。)


 コントロールルームに沈黙が落ちる。まだらに赤く染まった光の柱が、困惑するハッカーたちの義体の上にチカチカとデタラメな輝きを落とす。


 思い沈黙が降りるなか、「伍」の義体が初めて口を開いた。


『顧客的顧客,還是…老闆?』

(客の客、あるいは……飼い主か?)


『那麼入侵者怎麼辦? 那些在低矮建築區域的人…他們是誰?』

(じゃあ、侵入者は? 低層エリアの連中……あいつらは何者だ?)


「弐」がディスプレイに映る赤い点を睨む。レオたちは、たびたび動きを止めながらも、しかし確実に鯤鵬のセキュリティを突破している。


『他們是……替罪羔羊。』

(あいつらは……スケープゴートだ。)


『替罪羔羊? 這意味著什麼?』

(スケープゴート? どういう意味だ?)


『他们被派来“解决”我们。表面的英雄。』

(連中は俺たちを「解決」するために送り込まれた。表向きのヒーローだ。)


 「壱」が黒軍の義体の制御ログを解析し、拡大して表示する。

 そこに表示された義体の攻撃目標は、鯤鵬のコントロールールーム。

 ――つまりここだ。


 黒軍のデータがインストールされた義体は、レオたちを攻撃する一方、鯤鵬を破壊するよう指示されていた。


『一切都是為了掩蓋真相。』

(すべては真実を隠すためだ。)


「壱」の声が低く響く。光の柱の表面に、外部からのデータ侵入を示す赤い線が無数に走る。展開したファイヤーウォールは役目を果たさず、まるで紙のように破られていた。


『我們以為我們在讓他們玩遊戲......但我們只是棋子、就像他們一樣』

(俺たちは奴らにゲームをプレイさせていると思っていた……だが、俺たちは奴らと同じ、ただの駒だったんだ。)


 「参」が拳を握り、義体の腕が震える。


 彼の眼前にあるスクリーンには、コントロールルームに緑の点が迫ってくる様子が表示されていた。義体はすでにサーバールームの外縁まで到達している。


『是誰……主謀是誰?』

(誰だ……黒幕は誰なんだ?)


 「参」がつぶやくが、「壱」は静かに首を振る。


『我不知道。但有一件事是肯定的。』

(わからん。だが、ひとつだけ確かなことがある。)


「壱」が光の柱を見上げる。

 赤く染まった柱の輝きは、まるで彼らの敗北を嘲笑うかのように脈動していた。


『他們想消滅我們,建立一個對他們來說方便的「真理」。』

(俺たちを消して、自分たちにとって都合の良い「真実」を打ち立てる気だ。)


 コントロールルームに重い沈黙が落ちる。

 だが、その静寂を破るようにコントロールルームの扉を叩く音が響いた。


 「壱」が眼前に浮かぶ構造図を見やる。

 構造図のコントロールルームを示す区画の端に、緑の点が触れていた。




何が起きてるのかよくわからんけど……シンジケートと謎の第三者が結託して、貴重な脱法実験施設である鯤鵬をブチ壊してまで、何かしようとしてるってこと?


これ、まだ事件終わらないどころか、別の何かが始まってるんじゃ…


うっ頭が、オブリビオン、たのし…タノシ…(

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