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第五十三話 他意はありません(あります

 黒い霧がメインキープのホールを飲み込み、一行の視界を闇に閉ざした。

 霧はまるで生き物のように蠢き、冷たく粘つく感触で体の上を這う。

 耳元で響く不明瞭な囁き声は、心の奥に恐怖を刻み込もうとするようだ。


「くそっ、何だこの霧は……!」


 古島が錆びたダガーをを振り回して霧を払おうとするが、効果はない。

 ただ空気を切り裂く音だけが虚しく響くだけだった。


 シルメリアが細剣(レイピア)を構え、霧の奥を見据える。

 しかし、足元から這い上がってきた霧が沼のように広がり、彼女鉄靴(サバトン)に絡みつく。霧はただのエフェクトではなく、実体を持っている。

 足元に立ち込める霧は足を取り、動きを鈍らせる。


 黒霧の中にいる一行のHPがわずかに削られていく。

 霧にはHPにダメージを与え、キャラクターの足を鈍らせる効果があるようだ。


「うげ、地味に嫌なやつだ」


「このまま金縛りにする気ってコト?」


 虚無者の赤い眼光が霧の向こうで揺らめいている。

 低い声がホールに響き、空気を震わせた。


「汝らの力、技、魂……全て俺の一部となる。抵抗は無意味だ。」


「この霧……ただのダメージエリアではありません! 私たちのステータスを――

 まさか、私たちをコピーする気ですか!?」


「コピーだって?」


 レオがハンマーを手にうめく。

 古島は入口まで後ずさるが、背中に固い門の感触があった。

 ボス戦が始まった段階で、殿守が封鎖されたようだ。


「クソッ! おまけに逃げることもできないってか……!」


 絶望感が一行を包む中、虚無者の姿が霧の中で揺らぎ、突然消えた。


「――!?」


 次の瞬間、シルメリアの背後に黒い影が現れる。ハイド&ステルス――シルメリアの隠密スキルを完璧に再現した虚無者が、漆黒の細剣を彼女の首筋に振り下ろす。


「くっ!」


 シルメリアは追い詰められた獣のように身をかがめ、初撃を(かわ)す。

 とっさに反応したが、虚無者の追撃が来る。

 背中に回したレイピアで影からの一撃を受け止めるが、衝撃で膝が軋む。


 漆黒の甲冑に包まれた細身から、鋭くも力強い剣技が繰り出される。

 虚無者はシルメリアの姿だけでなく、その動きも完全にコピーしていた。


 シルメリアが苦し紛れにカウンターを放つ。

 しかし、その一撃は流れるような体捌きで避けられてしまった。


「なるほど。スパー相手には丁度いいね」


 シルメリアが不敵に笑い、レイピアを振るう。

 だが、虚無者の動きは彼女と寸分違わず、剣戟は互いに拮抗した。

 火花が散り、金属音がホールに響き合うが、互いに一歩も引く気を見せない。


「シルメリアさん!」


 援護に回った霜華が膝を伸ばした蹴りを放つ。

 が、虚無者はハイドで姿を消し、霜華の攻撃を回避してしまった。


 周囲を包む黒い霧が再び濃くなり、一行の視界をさらに狭める。

 忌々しげにレイピアで霧を刻むシルメリアが、歯を食いしばって毒づいた。


「くそっ、邪魔くさい霧だね……!」


「来ます! ……?!」


 虚無者が再び霧の中から現れる。

 銀髪をまとめたポニーテールに、飾りげのない店員風のコスチューム。

 陽炎のようにシルエットを揺らすその姿は、霜華のものだ。


 一文字に結ばれていた口元が、三日月のような弧を描く。


 刹那、偽の霜華は地面を蹴り、シルメリアに襲いかかった。繰り出される手刀がシルメリアを打とうとするが、とっさに割り込んだ霜華が打撃で防ぐ。


 が、虚無者の動きは止まらない。

 手のひらを支点にし、桁外れの膂力で霜華を投げ飛ばした。

 ボスはシルメリアに続き、霜華の格闘技術を完璧に再現していた。


「そこです!」


 霜華が手を揃って突き出し、崩撃を放つ。

 が、虚無者は霜華の動きを予測していたかのように軽やかに側転して回避した。


 その着地の瞬間を狙って、シルメリアが細剣を払って足を薙ぐ。

 ワイヤーリールで縮地までしたというのに、偽物は拳を合わせてきた。

 火花が散り、ホールに金属の弾ける音が響く。


 シルメリアと霜華が協力して虚無者を狙う。

 ――しかし、届かない。

 2人の面影のある動きでもって、繰り出される攻撃を完全に捌き切っていた。


「厄介だね。これじゃ決め手がないよ」


「攻撃が当たってるのかどうかも不明です。まるで手応えがありません」


 シルメリアの額に汗が滲む。

 霜華はいつものように冷静だったが、不利を認識していた。


 虚無者の姿は霧に溶け込み、実体があるのかさえ定かでない。

 レオは古島を守りながら、戦況を必死に観察する。


 霧は彼らのHPを削り、虚無者のコピーは完璧な戦術で追い詰める。

 このまま攻めあぐねていれば、全滅も時間の問題だ。


「こんな相手、いったいどうすれば……」


 戦いを見ていたレオの声に焦りがにじむ。

 減ったHPを戻すため、回復魔法を唱えていた結衣がレオの体を揺さぶる。


「レオさん、何か良いアイデアないの!? このままじゃやばいよ!」


「正直お手上げです。シルメリアさんと霜華の2人が敵わない相手に出くわすなんて、こんなの初めてです」


「そんな……!」


 その時、虚無者が再び姿を変える。今度はレオの姿だ。

 エプロンを腰に巻き、ハンマーを握るレオのコピーが霧の中から現れた。


「あ、今度はレオさんだよ!」


「げ、俺ぇ?!」


 レオと結衣が驚きの声を上げる。

 シルメリアと霜華も動きを止め、偽物の動きを警戒する。


(ボスのやつ、今度は一体何を始めるつもりだ!)


 虚無者のレオコピーは、空中に色とりどりの素材を浮かばせ、ハンマーを振るう。

 レオがいつもしているように、鍛冶を始めたのだ。

 驚くべき速さで長剣を鍛造し、完成した武器を手にニヤリと笑う――

 そして、霧に溶けるように消えた。


「……え、終わり?」


 ホールに沈黙が落ちる。シルメリアが呆然とした様子で呟く。


「レオのニセモノ、武器作って……そんで、消えたね……?」


「いや、武器作って消えるだけって!? 今のいったい何の意味があんだよ!?」


 レオがツッコミを入れ、霜華は目を丸くしていた。


「私のコピーは非常に攻撃的でしたが……。レオ先生の複製体は、ただ鍛冶をして終わりましたね」


 レオはニヤリと笑って指を鳴らす。

 虚無者の振る舞いを見て、何かに気づいたようだ。


「――もしかして、ボスエリアに生産系が来ることを想定してない……?」


「「「あっ」」」


「虚無者のコピー能力は、戦闘系のスキルやプレイヤーの戦術を完璧に再現できる。シルメリアさんのステルスアタックも、霜華の格闘技術も全部だ。でも、俺の鍛冶スキルは戦闘に直結しないから、何をすればいいのかわからなかった。だから、ただ剣を作って消えたんじゃないか?」


 シルメリアの目が輝き、口元に笑みが広がる。


「それもそうだね。普通に考えれば、何も戦う手段を持ってない生産系が本拠地に責めてくるなんて思わないよ」


「鍛冶屋のレオさんが来るのは想定外の事態。ハッカーの頭になかったんだ!」


 結衣が拳を突き上げて笑い出す。

 いつも気難しそうな古島の顔も、苦笑で歪んでいた。


「そりゃそうだ……。高機能のキャラクターをバカみたいな数で並べてるんだ。まさか生産系キャラや、俺みたいな初期ステータスのテストアバターが攻めてくるとは夢にも思ってなかっただろうな」


 虚無者が再び姿を現す。今度は古島の姿だ。初期装備のシャツに短パン、錆びたダガーという、テストアバターのあまりにも貧弱な姿をしている。


 虚無者はダガーを構えるが、その動きには何の威圧感もない。ダガーを振る動作すらぎこちなく、まるでエラーを起こしているように見えた。


「よし、今のうちだよ!」


「了解! 古島さんのコピーなら心置きなくボコボコにできますね」


「おい、レオ! 今なんか霜華から不穏な言葉が出たぞ! あれって反乱だろ!? 間違いなくコンピューターの反乱だろ?!」


「ハハハ、何言ってるんですか古島さん。霜華は俺達の仲間ですよ。喜んで仲間を傷つけたりなんて、するはずが――」


「ハッ、真空飛び膝蹴り!」


 古島コピーの顔面に霜華の白い膝が「めりっ」と音を立てて沈み込む。


「「「めっちゃやってるぅぅぅぅ?!」」」


 さらに霜華の回し蹴りを放ち、古島コピーの後頭部に突き刺さる。コピーはダガーを振り回すが、シルメリアがレイピアを一閃するとあっさり吹き飛ばされた。


 霜華がニヤリと笑い、笑みを返したシルメリアと共に突進。飛び上がった2人のキックが古島の胸に吸い込まれ、ニセモノは壁まで吹き飛んで石壁に叩きつけられた。


「うわっ、容赦ないなぁ……!」


「俺がボコボコにされてるみたいで、なんか背筋が……」


「ご心配なく。他意はありません! なんかスカッとするだけです!」


「それを他意があるっていうんだぁぁぁぁぁ!!!」


 古島が叫ぶが、霜華とシルメリアは黙々と古島コピーに攻撃を続ける。

 とくに霜華は執拗に古島コピーの股間を狙って蹴りを入れていた。


「ハッカーの仲間扱いしたの、根にもってる? 間違いなく持ってるよね!?」


「いえ、効率的にダメージを与えられる場所を選んでいるだけです!」


 シルメリアの剣が古島コピーの胸を貫き、霜華の拳が揺らめく体を粉砕する。

 虚無者の姿が砕け散り、黒い霧が一気に消滅し、ようやくホールに静寂が戻った。


「――やった!」


 レオが拳を握る。シルメリアは剣を収め、肩をすくめる。


「拍子抜けもいいとこだね。結局、プレイヤーをコピーするだけのハリボテかい」


「ブリトンの王城を守っていた指揮官が、こんな間抜けとはなぁ……」


 レオとシルメリアが呆れた様子で地面の焦げ跡を見る。

 ボスの登場は格好良かったが、その最期はまるでコントだ。


「……勝ち方はともかく、これでハート・オブ・フロンティアにまでの道は拓いた。王城の奥に向かおう」


「ですね。これで終わるといいけど……」


 レオたち一行はボスを退け、封印された扉を目指す。

 この城の奥には、世界の名を冠し、それを救う鍵があるはずだ。


 ようやくすべてが終わる。

 そう思ってか、石床を蹴るレオの足にも自然と力がこもる。


 ホールの奥に進むと、そこには巨大な扉があった。

 ゲーム内の他の場所では見たことがない、一点物の扉だ。


 扉にはハトフロの世界観設定に基づいた神話がレリーフとして刻まれ、扉を塞ぐように白い巨石が鎮座していた。


 石の表面には文字列が刻まれている。レオは何かの文章かと思って読んでみるが、刻まれていたのは、意味のある文章ではなかった。


「これ……名前? これってもしかして、プレオープンイベントに参加したプレイヤーの名前ですか?」


「そうだ。プレオープンイベントの最後で、すべてのプレイヤーの力を注いで扉を封印するっていう演出をしたんだ。それでプレオープンの世界は終わった。なかなか気が利いてるだろ?」


「いまの運営からすると、ちょっと信じがたいですね」


「……まぁな。今の運営はハトフロっていうハコを維持して、プレイヤーが落とす金を拾うことにしか興味がないのさ。この手のイベントの開催は二の次だ」


 古島は扉の前に立ちふさがっていた白い石に手をかざす。

 すると、石が一瞬強く輝き、その姿が光の粒子となって消える。

 次の瞬間、前方の扉がゆっくりと動き出した。


「よし、開いたぞ!」


 地響きを上げて扉が動き、プレオープンから10年以上の長きにわたって封印されていた空間が明らかになる。


 扉が開くと、金属の台座に支えられた巨大な装置が一行の前に現れた。


 ハートオブフロンティア――

 金色の金属で作られた巨大な天球儀のような姿は、荘厳かつ神秘的だった。

 無数のリングが複雑に絡み合い、リングの内側では、青く光り輝く液体が球体となって浮かび、まるで星の核のように脈動していた。


 リングにはサファイアのようなきらめく宝石がレンズとして嵌め込まれ、中央の青い球体が放つ光を屈折させ、部屋全体を幻想的な輝きで満たしていた。


「これが……『ハート・オブ・フロンティア』……!」

 


序盤はLoRのナズグルのテーマで、後半はこち亀のテーマになってるやつ(w


黒軍サイドも、まさか初期キャラが拠点を攻めてくるとは想定してなかった模様

そらそうよ(そらそうよ)


加えて言うと

コピー系ボスを倒す方法としては王道にして正攻法なんだけど

なんか釈然としない…(w

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