第五十二話 ブリトン攻略戦
装備を整えた一行は、それぞれの目的を抱えてレオの鍛冶屋を出発した。
ヒロシ率いるホワイトジャッジメント(WJ)の面々は、ブリトン北の農村地帯を目指して東進。ブリトンの王城の主門の背後に当たる北側から壁に砲撃を仕掛ける。
一方のレオたちは、ブリトン西から市街に侵入し、王城を目指した。市街には黒軍になったプレイヤーが防衛戦を張っている。
WJとの連携のためにも、なるべく時間をかけずに突破したいところだった。
店を出たレオは、ブリトンを目指して平原を進む。すると次第に王城の尖塔がシルエットとなって朝靄の向こうに見えてきた。
朝霧の中に不気味にそびえ立つ塔の上で黒軍の旗が風にはためいていた。
しかし、ひるがえる旗には何の意匠も施されていない。
黒軍の使う旗は、何の変哲もない黒い布だ。
黒一色で染め抜かれただけの、個性も何も無い旗。
しかし、黒軍を示す象徴としてこれほどふさわしいものもないだろう。
プレイヤーたちはその存在のすべてを奪われ、黒軍の一部となり、ハトフロのすべてを、その黒色で塗りつぶそうとしているのだから。
一行はブリトン西、市街につながる橋に差し掛かる。
すると、普段なにげなく通っていた橋は、変わり果てた姿になっていた。
橋の入口が馬防柵で封鎖され、トゲの先はこちらを向いている。柵の奥にはレンガや壊れた家具などの瓦礫を積み上げ、腰の高さほどになったバリケードがあった。
瓦礫の裏では黒軍がクロスボウを構え、朝日に光る矢じりがこちらを狙っていた。
「うわ、厳重だな。昨日の今日でこんなに守りを固めるなんて……」
「一日でこれなら、長引けばどうなるか。考えたくもないね」
「ですね。シルメリアさん、いけますか?」
「バレッタに比べれば楽勝だよ。ブラッディ・ベンジェンス、前進!!」
「「おー!」」
シルメリアの号令で、赤い名前のPKたちがそれぞれ配置につく。
前衛は重々しい鎧を着込んだメイランたちタンクメイジ。
中衛は両手武器を構えた火力重視の戦士たち。
そして後衛がデバフと継続ダメージを駆使するクロウたち毒アーチャーだ。
「突破前進!! 押し込め!!」
馬防柵をテレポートで飛び越えたメイランたちが、魔法障壁を展開してバリケードの前に仁王立ちになる。
黒軍が矢を放つが障壁に防がれて、中衛の戦士たちには届かない。
リリィたちがタンクメイジに続き、重武器で馬防柵を破壊して道を拓いた。
「おっけー! みんな行っちゃって!」
「ケヒャヒャ! さっそく仕上げにかかりましょう」
マントを翻したクロウたち毒アーチャーが大剣や両刃斧を構えた戦士たちの間を通り抜ける。そしてメイランたちタンクメイジの背後に来たかと思うと、マントの下から小さなバッグを取り出し、バリケードの向こうに投げつけた。
橋の床を蹴って暗殺者たちが踵を返した瞬間、黒軍の足元に落ちたバッグが緑の煙を吹き出す。クロウがレオの毒鍋を使って精製した、手製の毒ガスだ。
「――!!」
バリケードの後ろにいた黒軍はたまらず後退しようとするが、タンクメイジの放った麻痺魔法によってその場に釘付けにされた。毒霧の中で立ち往生した黒軍は、そのままバタバタと倒れ込み、完全に掃討されてしまった。
「――ま、ざっとこんなもんだね。」
「すっげぇ……あっという間に突破しちゃったよ。さすがですね」
「ケヒャヒャー! いえ、連携がうまく行ったのはレオさんのおかげですよ」
「へ? 俺、とくに何もしてないけど……」
「何言ってんだい。ウチらはみんな、レオの作った武具を使ってるだろ?」
「???」
「おう! レオが来る前は手に入ったものを片っ端から使ってたからな。装備はてんでバラバラ。連携しようにも威力も射程も防御力も揃わなかったが……」
「ギュッとしてバババ!! だよね!」
「えーっと、つまり?」
「レオ先生が作った装備は高性能で品質も安定していますからね。それがブラッディベンジェンスの連携力の源になっていると」
「うむ! そういうことだ!」
「なるほど……」
「レオ。アンタは何もしてないどころか、他の誰にもできない仕事をしてるよ。
前に出るばかりが戦いじゃない。レオはレオのやり方でいいよ」
「――俺なりの戦い、ですか」
「そうだ。あいつらの格好をよく見てみな」
「……?」
レオは改めてブラッディベンジェンスの面々を見回してみる。
PKが身に着けていた武具には、どれも心当たりがあった。
ビカビカに光るヘルメット。可憐なシルエットの杖。PKのオーダーメイドで作ったものはもちろん、そうではない武具も、全部レオが作ったものだ。
「ここまでやってもらったんだ。後はこっちに任せな!」
「――はい! ありがとうございます!」
橋を突破した一行は、ブリトン市街に突入。
黒軍の抵抗を跳ね返しながらブリトン王城の外縁に到着した。
王城の玄関口であるゲートハウスの前につくと、城壁の巨大さが実感となって襲ってきた。城の姿はホログラムを見下ろした時に知っている。しかし、いざ実物を見上げるとなると、受ける印象がまるで違った。
「思った以上にデカいなぁ……。高さにして、4メートルってところですかね?」
「普段何気なく見てるお城だけど、いざ攻めるってなると……うーん」
レオがため息を放つ。
キミドリの手綱を取るメアリの声も険しさを伴っていた。
「ハッ、何を気圧されてるんだい。目的は城を制圧することじゃないだろ?」
「そーそー、シルの言う通り! ウチらの目的は古島さんをハート・オブ・フロンティアにたどり着かせることだからね。」
「あ、そっか。」
「しかし、これだけ広い場所となると……。レイドボス級の指揮官が複数存在すると見てよいでしょう。激しい戦いが予想されます」
「あぁ。なんとかするさ」
シルメリアが城壁に不敵な視線を送る。
レオたちはメインゲートから少し離れた建物に陣取り、窓から城壁の動きを観察することにした。メアリはバレッタの時と同じく、空から戦場の監視を行う。
正午前、ゴロゴロという、遠雷のような砲声がレオのもとに届いてきた。
WJの敷いた砲列が北の城壁に向かって火を吹いたのだろう。
「始まったね」
「黒軍の連中、誘いに乗ってくれよ……」
レオは身を隠しながら窓の影から城壁の様子を見張る。
すると、黒軍の守備隊がアリの群れのように門に殺到していくのが見えた。
「よし! 連中、誘いにのったぞ!」
城壁の上に黒い行列ができ、北に向かっていく。
グルンヴァルドのような巨体はまだ見えないが、遠距離攻撃を仕掛けるアーチャーや魔法使い型の敵が配置につき始めていた。
窓から黒軍の姿を見て、レオはふとあることに気がついた。
「……城壁に登った連中の中に、レギオンタイプがいないなぁ」
「おそらく、射程の関係で反撃できないからでしょう。遠隔武器が使える元プレイヤーに迎撃を任せ、それ以外は城の中にいるのかもしれません」
「なるほど。場内では白兵戦が主体になるってことか?」
「はい。そういうことになりますね」
「メイラン、準備はいいかい? 門の封鎖を頼むよ」
シルメリアの指示を受け、メイランはスーツの胸を拳で叩いた。
「うむ、任せろシル姐!!」
メイランがスーツの拳を打ち合わせ、ガチンと金属音を響かせた。
タンクメイジから選抜された拘束部隊が彼の後ろに並び、準備を整える。
「よし、行くぞ! メインゲート封鎖作戦を始める!!」
「「おう!」」
メイランの号令と共に、拘束部隊が一斉に建物を出た。
エーテルスーツの輝きが真上に登った太陽の光を反射し、まるで鋼の波がメインゲートに向かって押し寄せるようだった。
「――!!!」
メイランたちに気付いた黒軍のアーチャーたちが矢を放つ。
が、拘束部隊の前方に展開された障壁が矢の雨を受けとめる。
「ハハハ! もっと撃ってこい!!」
「俺、輝いてるー!」
メイランが豪快に笑い、門の前に立ちはだかった。光り輝くヘルメットを被ったタンクメイジも彼と一緒になって魔力障壁を掲げる。
一方、WJの砲撃は止まることなく続き、城壁の上に黒軍の戦力を縛りつけていた。北壁で砲撃を続けていたヒロシからレオのもとに報告が入る。
『レオ、北壁の上は迎撃部隊で一杯だ。そっちはどうだ?』
「ちょうど今、メイランさんがゲートに取り付いたところです!」
『了解した! 手の空いた連中を支援に向かわせる!』
「ありがとうございます、ヒロシさん!」
ヒロシとレオの会話を聞いていたシルメリアが赤い瞳を光らせ、剣を抜いた。
「こっちはいつでも突入できるよ」
「――よし、行きましょう!」
レオ、シルメリア、結衣、霜華、そして古島を加えた襲撃部隊が動き出す。
しかし一行は門にも壁にも向かわず、見張りに使っていた建物の地下へ向かった。
階段を降りた一行が地下室に降りると、古島が部屋にあった樽を動かす。
すると樽の下にあった落とし戸が露わになった。
「何これ!?」
「王城の内側まで続いている地下道だ。この道はGMチームしか知らない」
「なんでこんなものが……」
「王城内部はテレポートを始め、〝旅出〟や〝転移門〟なんかの移動魔法の使用が制限されてる。だから隠し通路っていうアナログな方法でショートカットを作る必要があったんだ」
「え、初耳です。そうなんですか?」
「プレオープンイベントにとんでもないアホがいてな。テレポート魔法を使って王の横に立とうとしたり、転移門を開いてプレイヤーを壇上に上げたりして、イベントの邪魔をしたんだ。それで今も王城内は移動魔法が使用禁止にされてる。」
「呆れた。迷惑プレイヤーってのはどこにでも湧いてくるね」
「GMも大変なんだなぁ……」
一行は落とし戸をくぐり、王城の内部へ続く地下道に潜入した。
薄暗い石造りの通路は、湿気とカビの匂いが漂っている。地下にいてもWJの砲撃の音が振動となって響く。城内の混乱が石壁を通して伝わってくるようだった。
通路の終りにハシゴがあり、それを昇ると王城の中庭にある井戸に出た。井戸は茂みに囲まれ、隠されたような格好になっている。レオは井戸の中から、某ホラー映画を彷彿とさせる動きで這い出し、あたりの様子をうかがった。
「静かですね……」
「王城の黒軍のほとんどが壁に向かったのかもね」
「ハート・オブ・フロンティアは王城の殿守にある。日本の城でいうところの、天守閣にあたる場所だな」
「そんなの、あからさまにボスがいるじゃないですか……」
「ハッ、何がいたってしばき倒すだけさ」
シルメリアが先頭に立ち、メインキープを目指し王城の中庭を進む。
王城の中心部であるメインキープは、直方体の四角い石造りの建物だ。4つの塔がそれぞれ角に立ち、壁を支えるように屹立している。
殿守の出入り口は1階にあり、見張りの姿はなかった。
「まるで誘い込もうとしてるみたいだ」
「それなら、罠に乗った上で踏み潰してやるよ」
不敵に笑うシルメリアが建物の中に足を踏み入れる。
メインキープに入ると、中は大聖堂のように高い天井になっていた。
優雅なアーチを描く柱が列をなし、奥に続いている。
「すげぇ……」
建物に入ったレオは圧倒され、ふと上を見上げる。その時――
「シルメリアさん、上です!!」
「――?!」
殿守の屋根が割れ、天頂を迎えていた太陽の中に影が躍る。
次の瞬間、その場を飛び退いたシルメリアの足元に漆黒の槍が突き立っていた。
レオの声で動かなければ、槍に貫かれ石床に縫い付けられていただろう。
彼女の赤い瞳に映る漆黒の槍が、まるで意思を持つように震える。
「レオ、下がれ!」
直後、槍が漆黒の炎を上げて燃え上がり、白亜の石床を黒く焼き焦がした。
炎は渦を巻き、ゆっくりと人の影を形作る。
それは漆黒の甲冑に身を包み、装飾は一切ない。
甲冑の表面は光を飲み込み、輪郭がもやのように揺らめいている。
顔は仮面で覆われ、目があるはずの部分は真っ赤な光が滲むのみだった。
「なんだこいつ?!」
「……汝ら、黒に抗う者か」
感情のない声がホールに響く。
黒焔に包まれた虚無者が一歩踏み出すと、石床が焼け焦げた。
「無駄だ。全ては還る。汝らの力も、意志も、俺の一部となる。」
虚無から生まれた影が炎を手に握り、杭のような無骨な姿の槍に変える。
その構えから発せられる威風は、空間そのものを重く歪ませるようだ。
黒い霧がレオたちを包み、戦闘の幕が上がった。
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なんかダークソウル系のボス戦始まった?! 会話と振る舞いから察するに、フェイズシフト装甲みたいな、攻撃無効化タイミング持ってる吸収系…?
あ、BGMは「FRONT MISSION」より、「Take tha Offensive」で。
西洋のお城の天守閣は英語で「donjon」、ドンジョンというんですが、語感があまりよくないので、もっと角張った感じのメインキープに言い換えました。




