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第五十一話 胡蝶の夢

「レオ先生、気にしないでください。私の記憶のためにプレイヤーの皆さんを危険にさらすわけにはいきません。当初の予定通り、ハッカーの排除に使ってください」


 霜華の静かな言葉に揺るぎない決意が宿っていた。レオも、シルメリアも、長机の周りに立っていた誰もが一瞬言葉を失った。


 レオは唇を噛み、拳を握りしめる。


 霜華の記憶は、単に彼女の過去というだけではない。

 義脳開発の背後に潜む、大規模な人身売買の真実を解き明かす鍵だ。


 それを捨てて、ハトフロを取り戻すための戦いに全てを賭ける。

 聞こえはいいが、それは自分たちのために彼らの存在を見捨てるということだ。


 グローブの革がギリギリときしむ音がする。

 レオの中で疑問と葛藤が渦巻いているのだろう。


「霜華……本当にそれでいいのか?」


 仲間として戦ってきた霜華の「犠牲」を受け入れる。

 それには色んな意味がありすぎる。

 しかし霜華は小さく微笑み、首を横に振った。


「いいんです。これは私の望みでもありますから」


 彼女は一瞬言葉を切り、遠くを見つめた。


「レオ先生と一緒に戦う事を選んだから、私はここにいる。私の『親』が何を企んでいようと、私には関係ありません」


 その言葉に、シルメリアが小さく鼻を鳴らした。


「ずいぶん殊勝なこころがけじゃないか。ま、そうと決まったらやるしか無いね」


 口調は刺々しかったが、彼女の赤い瞳には、ほんの少しだけ柔らかい光が宿っていた。結衣が明るく笑って、霜華の肩をぽんと叩く。


「よーし、じゃあブリトン攻略に向けて、みんなでガッツリ準備しよう!」


「WJも総力を挙げて協力する。レオ、必要な物資があれば遠慮なく言ってくれ」


 ヒロシが力強くうなずく。古島はまだ霜華に対する不信感を隠しきれていない様子だったが、ため息をついて肩をすくめた。


「……この際、誰が何の目的で動いてようと関係ない。ハッカーからハトフロを取り返す。それさえできれば何だっていいさ」


「――。」


 レオは深く呼吸をする。

 霜華の決意を受け止め、仲間たちと共に前へ進む。それが今、自分にできること。

 そう自らに言い聞かせているようだった。


「よし、決まりだ。ブリトンに向かう準備を始めるぞ!」


「「おー!!」」


 シタデルの広場は、夜の闇に包まれていた。だが、そこに悲壮な雰囲気はなかった。プレイヤーたちは、まるで祭りの準備でもするように、笑い合い、声を掛け合いながら動き回っている。


 この時代、VRデバイスによる閉じ込め事故は珍しいことではなかった。遠隔地のロボットを使って建築や接客を行うのが一般的なって久しい現代では、VRデバイスはもはや日常の一部だ。


 事故に備えた保険も充実しており、逃亡中の犯罪者でもなければ、プレイヤーの現実世界の体には既にメディカルチームが到着しているはずだった。


 とりわけ肉体の一部を機械化した義体者――つまり、サイボーグになったプレイヤーは、今回の事件に深刻さを感じていないようだ。


 彼らにとって世界の境界は曖昧だ。仮想世界に閉じ込められることも、電車が止まって動かなくなった程度の意味合いしか持たない。


 さらに義体者のVR機器は生命維持装置を備えている。そのため、彼らは生身の人間よりもゲーム内で長時間活動でき、むしろ今の状況を「突発の長編クエスト」と楽しむ余裕すらあった。


 広場の片隅では、ブラッディベンジンスのタンクメイジ、メイランがエーテルスーツを輝かせながら黒軍から鹵獲した資材を運んでいた。巨体を揺らす彼の姿はまるでロボットのような無骨さで、近づく者を威圧する。


 レオはその鎧の下に隠された秘密を知って、驚きつつもどこか納得していた。


「メイランさんって、義体化してたんですね。なんていうか……その見た目だと強引に納得しちゃいそうな感じもありますけど」


「ハッハッハ! 軍にいた時にちょっとあってな」


「ちょっとで義体化するわけないでしょう……。やっぱり……特殊部隊とか?」


 レオの目が好奇心でキラキラと光る。

 メイランは巨大な肩を揺らし、まるで山が動くような仕草で首を振った。


「いや、経理だ」


「どうやったら経理で全身義体化するんですか!?」


「うっかり紙で手を切って、その勢いでな」


「嘘つくの下手すぎません? ようするに、話せないってことですよね」


「うむ!」


 メイランは豪快に笑い飛ばし、それで話が終わったかのように作業を再開した。


 苦笑するレオは、すさまじい馬力でもって資材を積み上げていくメイランの背中を見つめていた。彼の背中では、エーテルスーツのパーツが青白く光っている。仮想世界における彼の体は、まさしく機械のものといっていいだろう。


「現実でも、ハトフロの中でも機械の格好って、区別がつかなくなりそうですね」


 レオの言葉に、メイランは手を止め、しばらくおし黙る。


 広場の喧騒が遠くに聞こえる中、彼は資材の山にどっかりと腰を下ろし、空を見上げた。シタデルの上には仮想世界の星空が広がっている。最新技術によって再現された天球は、現実のものと見分けがつかないほど精巧だった。


「栩栩然胡蝶也。いわゆる『胡蝶の夢』の逆だな」


「胡蝶の夢……聞いたことあります。たしか夢の中で蝶になって、どっちが現実かわからなくなる。みたいな話でしたっけ?」


 メイランの兜の奥から低く笑う声が響いた。


「……そうか。《そちら》ではそういう意味で定着しているんだな。あれの真意はな、その程度の小知ならば捨ててしまえという意味なんだ。人の身か、蝶の身か、どっちが本物かなんてこだわること自体が無意味だといっているのさ」


 メイランの声は、普段の胴間声がどこかにいってしまったかのように穏やかだった。まるで印象の違う彼の姿に、レオは目を丸くする。


「現実も仮想も、ただ泳ぎ、遊ぶ場にすぎんのさ」


「……泳ぎ、遊ぶ場?」


「ああ、これを〝逍遥遊(しょうようゆう)〟と言う。この世界を自由に泳ぎ回るという境地よ。風に乗る大鵬も、朝露で生きる小さな虫も、どっちもその場で精一杯生きてる。義体だろうが、生身だろうが、仮想だろうが現実だろうが、俺たちはただ『今』を泳いでるだけだ。経理だろうが特殊部隊だろうが、な」


 メイランはニヤリと笑い、巨大な拳でレオの肩を軽く叩いた。

 その力に、レオは思わずよろめいた。


「めっちゃカッコいいこと言ってるのに、最後! 経理って絶対嘘でしょ!」


「ハハ! 嘘も本当も遊びの一部よ。この世界で戦ってる俺たちのように、な。」


 レオはふと、霜華の決意を思い出した。

 彼女もまた、自分の記憶や過去に縛られず、今この瞬間を選んで戦っている。

 それはつまり――


「なんか、仮想世界に閉じ込められてるっていうのに、妙な気分ですね。見ようによっては、今の俺たちは自由だ。自分の運命を自分で握っている」


「だろう? ゲームも、人生も、でっかい遊び場と思え。ハトフロを取り戻す戦いとかなんとか深刻に考えるな。ただの祭りとおもって楽しめよ、レオ」


 メイランは立ち上がり、再び資材を運び始めた。

 レオは小さく笑い、星空を見上げた。

 彼の目には、もう迷いの色は浮かんでなかった。


「――祭り、か」


 シタデル前の広場に、プレイヤーたちの笑い声が響き合う。

 仮想の夜空の下、彼らは現実と仮想の境界を超え、ただ「今」を泳ぐ。

 蝶の夢のように、自由に、軽やかに。



 ――夜が明け、仮想世界に朝日が差し込む。

 プレイヤーたちは、昨夜に戦いの準備を終え、ブリトン攻略に向けた最終確認を行っていた。レオの鍛冶屋に集まった一行は、装備を整え、作戦を再確認する。


「メアリの偵察によると、ブリトンの王城は堅く守られている。そのうえ広さも大したもんだ。プレオープンイベントに使われただけあるな」


 ヒロシがホログラムの地図を指差しながら言う。

 ブリトンの街の中央に鎮座する王城はとんでもない大きさだ。中央にある殿守(メインキープ)だけでもバレッタの城塞の3倍はある。さらに建物は、無数の防御塔が備え付けられた防壁でもって2重に囲まれていた。


「ゲームなのに、どうしてこんなクソ真面目にお城作るかなぁ……」


 レオがぼやくと、古島が開発当時のことを語り始めた。


「開発者の中に、中世ヨーロッパの城や街の研究を趣味にしているやつがいたらしくてな。それでやたらと造りが凝ってるんだ。イギリスのロンドン塔がモデルらしいぞ」


「ったく、余計なことをしてくれたもんだ。建物も厄介だけど、中に詰まってる連中も問題だね」


「そうですね。グルンヴァルドみたいなレイドボス級のやつらがいるはず。この広さなら、居るのは一体じゃないかも……」


「あ、そうだ! 実際にあるお城がモデルなら、弱点も引き継いでるんじゃない?」


「さすが結衣、冴えてるね!」


「でしょでしょ?」


 結衣が得意げな笑みをシルメリアに向ける。

 彼女はホログラムの地図を拡大し、ブリトン城の構造をより詳細に表示した。


「結衣さんの指摘の通り、ブリトン王城の構造を観察すると、いくつかの弱点が浮かんできますね。これを見てください」


 そういって霜華は王城をとり囲む石壁を指でなぞってみせた。


「城を二重に囲んでいる壁は、互いに連絡する経路がありません。これが守備にあたる城兵の連携を非常に難しくしています。」


「あっ、たしかに……。この壁、途中で降りるとこ無くね?」


 城壁の欠陥をレオが指摘する。ブリトンの王城を取り囲む高壁は、主門(メインゲート)の塔を登る以外に出入り口がないのだ。侵入口を減らし、防御を固める狙いがあるのだろうが、裏を返せばメインゲートを包囲されると、全ての戦力が壁に閉じ込められてしまうことを意味していた。


「レオさんの言う通りだ。ホログラム見ると、周りをぐるっと囲んでる壁、内側も外側も壁の途中に出入り口無いよね。もしかして、門にある建物からしか登れない感じ?」


「考えてみりゃそれもそうか。壁の途中に出入り口があったら、そこから敵が入ってきちまうもんな……。俺たちWJが砲撃して黒軍の連中を配置につかせる。で、十分に壁に迎撃部隊が登った所で、メインゲートの周りを封鎖する……」


「ヒロシさんの作戦は有効です。かなりの数の黒軍を※遊兵にできるでしょう」


※遊兵:必要な時、必要な場所に投入できず、「遊んで」しまっている戦力のこと。意図的に残している予備兵力とは異なる意味。


「それなら門の封鎖は俺に任せろ! レオの作ったエーテルスーツのおかげで攻撃をMPに変換できるからな。いくらでも時間稼ぎできるぞ!」


 メイランがいつもの胴間声で笑う。タンクメイジの彼ならたしかに適任だ。

 レオがぱんと手を打ち、この場の全員の注目を集めて続ける。


「よし、作戦をまとめよう。WJの砲撃を合図にブラッディベンジェンスの拘束部隊が壁に登った黒軍ごと門を封鎖、手薄になったところをシルメリアさんを主力にした襲撃部隊が侵入。古島を連れて玉座の間を目指す。どうだ?」


「WJは異議なし。やれるぞ」


「ブラッディ・ベンジェンスも異議なし。その作戦でいいよ」


「よし……。」


 レオがゆっくりと全員を見渡す。

 誰もが同じ言葉を思い浮かべ、それを待っていた。


「みんな、ハート・オブ・フロンティアを手に入れて、ハトフロを取り戻すぞ!」


「「おー!」」





前半の哲学っぽいこといいながら冗談も言う会話シーン、作者の大好物です。

やっぱSFカテゴリならこういうことやんないと(使命感

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