第五十話 リユニオン
最後の方の展開を修正しました。
この展開、わりと読者をふるいにかけてしまうのでは…(
古島を連れ、レオはシタデル前の広場にもどってきた。
改めて見ると、広場は悲惨な状態になっている。石畳は剥がれ、ところどころ黒い地面があらわになっていた。
グルンヴァルドとキミドリが激しく戦ったのと、高壁を飛び越えた砲弾が気まぐれに街を鋤き返したせいだ。
石レンガやブロックの瓦礫は手の空いたプレイヤーに片付けられ、街路のすみに小山を作っている。瓦礫は華麗な砂岩のブロックと、キミドリの体当たりで崩れた防御塔の灰色の石レンガが入り混じり、モザイク文様のようになっていた。
大きな瓦礫は片付いたが、全てではない。ブーツの裏に小さな小石の感触を感じながら、レオはシタデルの前に置かれた長机に歩みを進めた。
シルメリア、ヒロシ、そして結衣と霜華が立って長机を囲んでいる。
立体地図のホログラムを広げている所から察するに、作戦会議中のようだ。
声をかける前にシルメリアがレオに気づき、不満げな声をあげた。
「まったく……戦えもしないのに勝手に出ていくな。まだ黒軍の残党がうろついてるかもしれないんだぞ」
「悪い悪い。――で、どうだ?」
「もちろん乗るよ。全ての都市を奪還して回るってのはダルすぎる。ブリトンを落として終わるなら、それに越したことはないね」
「レオ、WJも協力するぞ。」
「ありがとうございます、ヒロシさん!」
「なーに、情報の真偽はともかく、ブリトンを攻撃する必要は最初からあったんだ。ただ、順番が先に回っただけだ」
「それでそいつが……運営の? 『テストくん』なんて、ふざけた名前だね」
「俺がつけたわけじゃない。テスターキャラはこういう名前なんだ」
古島の言葉に、シルメリアが鋭い視線を投げる。
彼女の赤い瞳は、まるで獲物を値踏みする肉食獣のようだ。
長机に集まったプレイヤーたちが古島を見る。
その視線には、微妙な緊張感が漂っている。
プレイヤーの間には、運営に対する不信感が根強くある。
彼の見た目、発言の不確かさ、それらがさらに拍車をかけていた。
「テスターキャラ、ね。ふざけた名前以上に、話が胡散臭いんだけど?」
腕を組んだシルメリアが赤い瞳で古島を見据える。
口調は軽かったが、その背後に敵意に近い感情が潜んでいることは明白だ。
彼女には結衣の一件がある。
それゆえに運営に対して思うところがあり、強い感情を抱いているのだろう。
「俺だってこんな状況で好き好んでこんな姿になってねえよ」
古島は自嘲気味に肩をすくめ、錆びたダガーをベルトに引っ掛ける。
その仕草は、どこか疲れ果てたサラリーマンのようだ。
VRMMOの運営に携わる者としては、あるまじき態度といっていい。
だが、ハトフロの運営としては逆に説得力を醸し出していた。
「すみません。インゲームエディタの仕様について、具体的な話をお伺いしても?」
「あ、私も聞きたい! 〝その筋〟の人間として、興味があるな~!」
シルメリアと古島の間に結衣と霜華が割って入った。結衣が長机につくとシルメリアが一歩下がり、どこか彼女に話を譲るような仕草を見せた。
「あぁ。何が聞きたいんだ?」
「まず、ブリトンにあるというインゲームエディタは具体的に何をするのでしょう? 開発者が使用する、一般的なデバッグコンソールとエディタでしょうか?」
「そうだな。だがプレオープンで使われていたエディタは一般的なそれと違って、本来外部で操作するコアシステムまで含まれてた。プレオープンイベントでは開発者がイベントの他にサーバなんかのコアシステムまで管理する必要があったからな」
「なるほど。かなり苦慮していたようですね」
「ふんふん。開発中だからGM専用ツールなんてものは当然ない。だから使いそうな要素を全部ブチ込んだってわけね」
「そういうことになるな」
「質問ですが、エディタを使用すればプレイヤーの状態を変更できますか?」
「結論から言えば……わからん。」
「というと?」
「確かにエディタにはキャラクターを変更するツールが存在する。専用コマンドで実際、プレオープンイベントではGMがテストキャラをモンスターに変えて、さながらきぐるみを着込んだマスコットみたいにしてプレイヤーと戦ってた。だが……」
「プレオープン時と今のキャラクターの仕様は色々と違うもんな。スキルの仕様なんかも一度大きく変わったし」
「そういうこったな」
レオはふと、ヒロシの家にあったレアアイテムの事を思い出していた。
大昔はスキルの管理はスキル本で管理していたが、今はホログラムになっている。
その他にも無数の変更が加えられているはずだ。
「エディタはNPCやアイテムを出したり、プレイヤーを任意の場所にテレポートさせたりできる。しかし、今も生きてるコマンドがどれだけあるか……」
「黒軍のスタータスを変更できるかと思いましたが、難しそうですね」
「グルンヴァルドみたいなレイドボス化しちまった連中を、全部ニワトリに変えられたら完封できそうなんだけどなぁ……」
「うーん、残念!」
「しかし、ここまで聞くと……古島さんのいうハート・オブ・フロンティアは強力すぎます。――いえ、危険と言ってもよいでしょう。」
霜華の評価に古島も同意する。
「あぁ。インゲームエディタはデバッグやイベント用に制限されるのが普通だ。サーバー制御、ログアウトやアカウントに関係する機能――本来、コアシステムは物理的に隔離された環境で管理するべきなんだ」
「とはいえ、VRMMOに特有の問題として今回のような閉じ込め発生リスクがあります。ハトフロの開発者はその解決のためにインゲームでコアシステムに干渉できるようにしたのかもしれません」
「俺もそう――あの、失礼ですが霜華さんって……本職はエンジニアか何かで?」
「いいえ、BOTです。」
「なるほどBOTでしたか……ちょっと待て、それってどういう……?!」
「古島さん、彼女――霜華は元はBOTなんだ」
「はぁ!? どう見てもプレイヤーにしか見えないぞ?!」
「えーっと、説明すると長くなるんだけど……」
レオは古島に霜華の由来を説明した。彼女がプレイヤーではなく義脳であること。どこかの国か組織の実験でハトフロにログインし、プレイヤーの行動を学習していたこと。そんな彼女がレオの店に転がり込み、店員におさまったこと。
――そしてさらに、今回のハッキング事件の背後には、彼女を作り出した組織があることも。
すべてを聞いた古島は目を白黒とさせていた。
怒涛の真実の襲来を受け、彼の頭はパンク寸前になってしまったようだ。
「サーバーステータスを監視して、ハトフロの中で多数のBOTが活動しているのは知ってたが……まさか、義脳の実験場にされてたなんて」
「俺も知った時に驚いたよ。でも、霜華と彼女の仲間のBOTたちは俺たちの味方をしてくれてる。それは確かだ」
「……いや、本当に信用できるのか? よく考えろ! 彼女をつくりだした連中は、同時に黒軍も動かしているんだぞ!」
「でも、実際に彼女は黒軍と戦ってるし、俺たちの不利になることはしてない。むしろ助かってるくらいだ。黒軍だって彼女の行動に対して対応できてない」
「そんなの当てになるか! 今回の始まりは、ハッカーがセキュリティ管理者を騙って俺にパッチを適用させたからだぞ。目的のためなら何だってするだろうさ!」
「それは……」
古島の指摘にレオの目に迷いの色が浮かぶ。
本当に彼女を信じて良いのだろうか。霜華に対して疑問を抱き直したようだ。
彼女は確かにレオの仲間として戦い、店を訪れるお客さんに笑顔にさせている。
新規プレイヤーを手伝って、彼らの信頼を勝ち取った。
しかし、彼女の出自を考えれば、完全に信頼するのは難しい。
「自分の『親』が黒軍を動かしてるのに、なんでお前はプレイヤーと一緒に戦っているんだ? その状況がまずおかしいだろうが!」
「私も疑問です。黒軍と私の開発者、あるいは発注者はかなりの確度で同一です。それがなぜ私の行動を野放しにするのか、論理的な説明ができません」
霜華は一瞬、顔を伏せる。彼女の義脳は高速で情報を処理できるはずだが、その表情には人間らしい逡巡――迷いが浮かんでいた。
長机に浮かぶホログラムが彼女の顔を青白く照らす。青い光が彼女の肌を染め、まるで幽霊のような雰囲気を醸し出していた。
「まず、私の創造者――リュウキ博士とその背後の組織ですが……彼らは私をハトフロに送り込み、プレイヤーの行動を学習させる実験を行っていました。私の思考冷却が解除されたのは、博士が組織にそうするよう強制されたからです。発注者は私に自我が生まれる危険を犯してでも、成し遂げたい重要事項があったようです」
「そんなの初耳だぞ。霜華、なんで黙ってたんだ」
「結論が出る前にお伝えしても、不安を生むだけだと思いまして」
「うーん……それはそうだけど」
「それで、霜華ちゃんの考察は?」
「これは兵器開発におけるコンペティションかもしれません。よりどちらが自動兵器に搭載する知能としてふさわしいのか。完全自立型のゲシュタルト意識を持つ黒軍と、私のような人間と共同する知能を比較していると仮定できます」
「だってさ」
「うーん、それっぽい」
(……レオ先生の言う通り、それっぽい仮説でしかありません。ここであえて考察のコペルニクス的転回を実行し、これら矛盾は矛盾ではないと仮定。事件そのものがダミーである可能性は――36%。微妙ですね。)
「つまり、霜華が俺たちを裏切ってしまえば兵器としてのコンセプトの破綻になる。だから俺たちを裏切ることはないだろう。ってことか?」
「はい。レオ先生のおっしゃる通りです」
「実際、霜華ちゃんの状況分析と助言でかなり助かってるからねー」
「だが、こいつは――」
「ハッカーは目的のために何でもするんだろう? 黒軍と戦う私たちに協力させるのが連中の目的なら、霜華が裏切ることはない。願ったりかなったりじゃないか」
「…………。」
シルメリアの言葉に古島は押し黙ってしまった。彼としてはハッカー側の存在である霜華に対する不信感があるが、これ以上反論する材料がないのだろう。
「――ちょっと話が変わるんだけど、いいかな?」
「ん、どうしました結衣さん」
「古島さん。えっと、ブリトンにあるハート・オブ・フロンティアって、コンテナ化されてるんだよね?」
「あぁ、そうだ。」
「結衣さん、そのコンテナ化ってなんなんです?」
「んー、なんて言えばいいかな。レオさんの部屋を想像してほしいんだけど、電子レンジでご飯を温めたいと思ったら台所に行くよね? で、お腹痛くなったらトイレに行くよね?」
「うんうん」
「コンテナ化っていうのは、その台所とかトイレを全部一つの部屋にまとめるの。それでトレーラーハウスみたいに、よそに持っていけるようにするの」
「あ、なんとなくわかったかも。中途半端なキャンピングカーだと、公衆トイレを探したり、BBQスタンドを借りる必要があるけど……」
「そう。まとめちゃえば部屋の中で全部できる。これがプログラムのコンテナ化」
「なるほど。それでそのコンテナ化がどうしたんだ?」
「ようするにコンテナ化って、ハトフロの中にもう一個マシンがあるみたいなもんなんだよね。ほら、思い出して。これって私たちが必要としてたものじゃない?」
「……あ! 霜華の記憶!?」
「イエス! ハート・オブ・フロンティアを使えば、霜華の記憶を再生できるかもしれないの。ハトフロと同じVR空間、量子空間の仕様を持った仮想マシンだからね。私たちのいるサーバー上で動かすにはハードルが高すぎるけど、正規のプロセスを回避してるハート・オブ・フロンティアなら……」
「霜華の暗号化された記憶を再生できるってことか?」
「はい、原理的には完全に可能です。ただ、その場合は――」
霜華は長机に手をつき、遠くを見据える。
まるでここではない何処かを見つめているかのようだった。
「私の記憶――量子点群データを展開した場合、ハート・オブ・フロンティア本来の機能を上書きしてしまうかもしれません。いえ、してしまうでしょう。記憶を展開するとはつまり、別の世界をそこに作るわけですから」
霜華は声にかすかな震えを帯びさせて、言葉を続ける。
「私の記憶――量子点群データは、単なる記録ではありません。私の元になった人が生きた世界そのものなんです。環境シミュレーションとは、世界のすべての要素がそれぞれの可能性を模索する光景を記録した膨大なデータ群なんです。記憶を展開すれば、ほぼ全ての演算リソースを使い果たすでしょう」
「え、それって……」
「はい――ハトフロを取り戻す唯一の手段を失うことを意味します。ハート・オブ・フロンティアはコンテナ化されて独立していますが、所詮は仮想マシン。処理できる『世界』は一つだけです。」
「だから上書きしちゃうってことか……? そうだ、バックアップは?」
助けを求めるようなレオの声に、結衣は首を横に振った。
「バックアップを取っても保存する場所がないよ。『霜華の記憶専用マシン』に変えるか、『ハトフロの救世主』として使うか……選べるのは片方だけ」
「そんな……」
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