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第四十八話 バレッタ攻略戦


 闇夜を映し込んだ夜の海に炎が躍る。バレッタの港に近づくラブラブピース号2世。ピンク色の船体を飾るハート型の金具が月光を浴び、キラキラと輝いていた。


 甲板では海賊たちが「愛の歌」を高らかに歌い、索具を操りながら大砲の準備を進める。船首に立つキャプテン・ラブリーは、フリルドレスの裾を潮風になびかせ、ハート型のワンドを振り上げた。


「準備はイイ? 黒軍どもにアタシたちの愛をたっぷり届けるわよ!」


「「オォー!!」」


 レオは船の舷側に立ち、バレッタの港を見据えた。

 崖から突き出た砂岩の桟橋は、まるで獣の牙のように鋭く海に伸びている。


 港には黒軍のバリケードが築かれ、引き上げられた小船がひっくり返されて積み上げられていた。大型船はその場で沈められ、船体が水面に不気味な影を落としている。


「厄介だな。船を沈めて障害物にして、誰も桟橋に近づけないようにしている」


「ですが、小型のボートなら船の隙間を縫って岸壁に辿り着けるでしょう。

 ――作戦の障害にはなりえません」


「なら作戦通りいこう。キャプテン、派手にやってくれ!」


 レオが叫ぶと、キャプテン・ラブリーがウィンクを返す。


「任せなさい! ラブラブピース号、戦闘配置よー!」


 海賊たちがセイルの向きを調整し、取り舵を切って戦列艦を左に旋回させる。

 巨大な船体がゆっくりと首を振って港に腹を向けると、三段甲板に並ぶ36門の大砲が一斉に開いた。


 すね毛だらけの足を見せつけながら、キャプテンが船べりに足をかける。

 彼女(?)は、ハートのワンドを振り下ろし、黒軍に開戦を告げた。


「アタシの愛、受け取りなさい!」


 ドドン! と大砲が火を噴き、ピンク色のハート型エフェクトをまとった砲弾が尾を引いて夜空を切り裂く。砲弾が港のバリケードに着弾すると、爆炎が砂岩の桟橋を赤く染め、ひっくり返された小船が木っ端微塵に吹き飛んだ。


 黒軍の警備隊が慌てて港に殺到し、混乱が広がる中、レオ、シルメリア、リディア、結衣、霜華を乗せた小型ボートが静かに港の脇の岸壁に滑り込んだ。


「さ、私につかまって」


 シルメリアがワイヤーリールを構え、冷静に言う。

 レオは一瞬照れた表情を浮かべ、彼女の肩をそっと掴んだ。


「は、はい……!」


 シュンッ! とワイヤーが岸壁の岩に絡みつき、レオ一行をシルメリアが軽々と崖の上に引き上げた。月光に照らされた黒甲冑が流星のように輝き、彼女の赤い瞳が鋭く光る。崖の上に降り立った一行は、物陰に身を隠し、状況を整理した。


「陽動は成功したようですね。黒軍の戦力が移動しています」


 霜華がインターフェースを操作し、メアリの偵察情報を基にした地図のホログラムを投影する。バレッタの街並みとシタデルの位置が立体的に浮かび上がった。


「黒軍――レギオンは西門に戦力を集中させていましたが、陽動により配置が混乱しています。西と南に分断され、中央は手薄になっています。」


「なら、計画通り指揮官を攻撃するか。シタデルの状況は?」


「目標のシタデルは4つの防御塔に囲まれています。各塔にはアーチャーまたはメイジが配備されている可能性が高いですね。正面突破するには、塔の射線をどうにかする必要がありそうです」


 レオが地図を睨み、眉を寄せる。


「メアリさんの配信を見ると、防御塔から見下ろせる通りには隠れる場所が何もない。シタデルまで走る間に、撃たれ放題になるぞ」


「ん、それなら任せて! あたしのタンスで遮蔽物を作るから、楽勝よ!」


 リディアが最後のパイを口に放り込み、ニヤリと笑う。

 彼女のタンス戦術なら、何もない大通りに即席のバリケードを築ける。

 女山賊の提案に、レオは決意を固めたように頷いた。

 

「なるほど。それでいこう。リディア、時間を稼いでくれ」


「塔に接近できればアタシが無力化する。行こう!」


 港からシタデルへ続く石畳の道を一行は突き進む。すると間もなく、遠くにそびえるシタデルの門と、その周囲を囲む4つの防御塔が目に入った。


 塔の上では黒軍のアーチャーがバリスタを構え、槍のように太い矢をレオたちに向かって放ってきた。飛来した矢が石畳に突き刺さると、衝撃波が地面を砕き、破片の小石がレオの頬をかすめて赤い筋を残した。


「げえっ、なんじゃこりゃ?!」


「バリスタとは……想定以上の防衛能力です!」


 霜華が声を上げ、結衣が回復魔法でレオをサポートする。


「くそっ、なんて威力だ!」


「タンス展開、行くよー!」


 彼女はインベントリから大量のタンスを召喚し、石畳にバリケードを構築。


 まるでサッカーボールをドリブルするように、タンスを巧みに移動させ、バリスタの射線を遮った。太矢がタンスに突き刺さり、木片が撒き散らされる中、高笑いしたリディアはダンスをするようにくるくると周りながら仲間を先導する。


「ほら、こっちこっち! 今のうちだよ!」


「さすがだな……! 完全に翻弄できてるぞ!」


「当たり前でしょ、年季が違うよ!」


 目を丸くするレオに向かって、リディアがウィンクを返す。


 バリスタは凄まじい威力を持っているが、リロードの遅さが弱点だ。彼女は破壊された端から次々と新しいタンスを展開し、黒軍の狙いを狂わせた。


「リディアさんのタンスはアーチャーの視界を完全に遮っています。

 このまま進めば――」


 その時、シルメリアが動いた。彼女は防御塔の頂上へ向かって左手を真っすぐ伸ばし、アラミドシルクのワイヤーを射出する。


 白銀のワイヤーが石壁に絡みつき、黒甲冑が夜空を舞う。

 石レンガを捉えた白糸を足場に、シルメリアは垂直に塔を駆け上がった。


 塔の縁から身を乗り出していたアーチャーは暗殺者の姿に気づいていない。


「ハッ!」


 シルメリアはワイヤーを巻き取り、空中で身を翻す。そしてアーチャーの胸元をガントレットで掴むと、そのまま地面へ引きずり落とした。アーチャーは地面に叩きつけられ、「9999」という落下ダメージが表示されて動かなくなった。


「1つ目、クリア! 次っ!!」


 彼女が次の塔へワイヤーを射出し、仲間たちに叫ぶ。


 リディアのタンス隊列がさらに前進し、矢の雨をしのぎながらシタデルの門に迫る。シルメリアは残る3つの塔を次々と制圧し、アーチャーを地面に叩き落していった。ワイヤーを使って空を飛び回る彼女は、完全に戦場を支配していた。


「さっすがシル! めっちゃカッコいい!」


「彼女の機動力は想定以上です。このままシタデルへ向かってください!」


「あぁ!」


 一行はシタデルの巨大な鉄門にたどり着いた。

 頑丈そうな門には黒軍の紋章が刻まれ、新たな支配者の存在を誇示している。

 するとリディアがインベントリから大量の爆弾を取り出し、目を輝かせた。


「よーし、門ぶっ壊すよ! ドカーンと一発いっちゃおう!」


「待て待て! そんな量じゃ俺らも巻き込まれるって!」


 レオが慌てて止めに入る。

 その瞬間、門が重々しい軋み音を立てて勝手に開いた。


「なっ……!?」


 全員が身構える中、シタデルのホールに立つ影が現れた。

 漆黒の甲冑に身を包み、下半身が馬の姿となった異形の騎士――かつてレオが出会った老騎士、路上の決闘者・グルンヴァルドだった。


 彼の槍がホールに差し込む数条の月光を反射し、不気味な輝きを放つ。


「よく来たな、我は黒騎士グルンヴァルド!!」


「グルンヴァルド……? でも――」


 レオの声が震える。眼前の異形はグルンヴァルドの名を名乗っているが、かつての老騎士の姿とは別物だ。馬の下半身はモンスターのそれで、全身を覆う分厚い甲冑からは、黒いオーラが立ち上っている。


 霜華がインターフェースを操作し、冷静に分析する。


「彼のアバターは通常のプレイヤーのものではありません。何者かがキャラクターを改変し、モンスターのモデルを適用している可能性が高いです。ステータスやスキルもレイドボスクラスに変更されていると推測されます。」


「レ、レイドボスクラスだって?! それって数十人で相手するやつだろ?!」


 レオが絶望的な声を上げるが、シルメリアはレイピアを構え、ニヤリと笑った。


「そりゃ面白いじゃないか。ハトフロのボスはどいつもステータスと特殊スキルを盛ってるだけで、肝心のAIはゴミ。だけど、こいつは違うってことだろ」


「はい、ですので注意してください。彼の行動パターンは予測不能です。」


 霜華が警告するが、シルメリアの赤い瞳は闘志に燃えていた。


「なら、小細工される前に叩き潰すだけさ!」


 シルメリアが一気に突進し、発剄のルーンで衝撃波を放つ。

 するとグルンヴァルドは馬蹄を鳴らし、槍を振り回して衝撃波を弾き返した。


 通常のモンスターはプログラムされた動きを繰り返すだけだが、彼の反応はシルメリアの動きに完全に対応している。いや、熟練のプレイヤーの行動そのものだ。


 巨体が振るう槍の切っ先が空気を切り裂き、金属音がホールに響く。


「ハッ!」


 シルメリアはワイヤーリールで天井の梁に飛び乗り、槍の射程外から攻撃を仕掛ける。レイピアが空を切り、盛者必衰の梵鐘スタックが積み重なる。


 ――が、グルンヴァルドは馬の機動力で距離を詰め、槍から放たれる黒紫の衝撃波がホールを揺らした。シルメリアはワイヤーで飛び上がって衝撃波をかわすが、スタックの蓄積が中断され、スキルが中途半端に発動してしまった。


「ふん、(かゆ)いわ!」


 盛者必衰の効果はわずかで、ダメージは100にも届かない。

 グルンヴァルドのHPゲージがわずかに減るだけだった。


「くっ……!」


「リディア、タンスで動きを封じろ!」


「あいよー!」


 リディアがタンスを展開するが、グルンヴァルドは蹄で地面を打ち鳴らし、地震を起こして家具を粉砕した。木片がホールを舞う中、リディアが舌打ちする。


「あらら、対策済みってこと? あっちゃー、タンス無駄遣いしちゃった!」


「なら、正々堂々いこうじゃないか!」


「応、参られよ!」


 グルンヴァルドが巨体を揺らし、突進をしかけてくる。

 シルメリアはワイヤーで彼を飛び越え、背後に回り込んで連続突きを放つ。

 だが、グルンヴァルドが背中を回して大暴れし、馬の蹄が石床を砕く。

 攻撃は再び中断され、シルメリアが歯噛みした。


(どうにかしてスタックを貯めなきゃ……でも、打つ手が!)


「シルでも攻撃が続けられないなんて……」


「どうにかして、グルンヴァルドの動きを封じる必要がありますね」


 張り付いての攻撃は大暴れで中断され、タンスでの足止めも地震で防がれる。

 結衣が回復魔法でシルメリアを支え、霜華が戦術を模索する中、レオが閃いた。


「――そうだ! シルメリアさん、ヤツをシタデルの外に誘い出してください!」


「わかった!!!」


 シルメリアはワイヤーを打ち出し、街路に面した大きな窓の縁の上に立つ。

 そして、眼下の黒騎士に向かって手を振り、こう言った。


「悪いけどアタシ、勝てる戦いしかしないんだ。じゃあね!」


「なんと!! 戦いに背を向けるか!!」


 半人半馬の黒騎士が憤慨し、猛然と彼女を追いかけた。

 グルンヴァルドは馬が嘶くように前足を上げ、窓ごと壁をぶち破ってシタデルの外へ飛び出した。


 その瞬間、夜空から緑色の影が降り立った。

 新緑色の巨体が防御塔にのしかかり、石レンガを撒き散らしながら砂岩色の街並みに着地する。メアリと彼女のドラゴン、キミドリだった。


「私を忘れてもらっちゃ困るなー! ブリトンの借りを返させてもらうよ!」


「なんとぉ?!」


 キミドリが咆哮を上げ、石畳の上をブレスの業火で満たす。

 大火を浴びたグルンヴァルドは蹄で炎を払い、ランスを振り上げる。


 が、ここですかさずメアリが手綱を振って※竜銜(はみ)を切った。

 口が自由に使えるようになったキミドリは、巨槍の切っ先を向けられる前にランスの柄に噛みつき、黒騎士の突きを防いだ。


「むぅ、思い切りの良いことをするな!」


「キミドリ、任せたよ!」

「ガウッ!」


 人の頭ほどある蹄が地面を掘り、丸太のような竜の尻尾が石畳を割る。

 戦いの余波だけで周囲の建物や道がボロボロになっていく。

 黒騎士とドラゴンの巨体同士がぶつかり合う、大迫力の戦闘が始まった。


「すげぇ! 怪獣大決戦だ!」


「シルメリアさん! キミドリさんが盾になってる今のうちです!」


「――ああ!」


「させるか!?」


 シルメリアがワイヤーで躍り上がり、グルンヴァルドにレイピアを叩き込む。

 黒騎士はランスを使って彼女を振り払おうとするが、巨槍はキミドリの顎に並ぶ牙に捕らえられ、馬の体には剣のような爪が突き刺さり、身じろぎひとつ許さない。


「ええい、離せ、離さぬか!」


「キミドリ、死んでも離すな!」

「グルゥ!!」


「いくよ!!!」


 シルメリアがワイヤーでグルンバルドの背に回り、神速のレイピアを叩き込む。

 スタックが8、9、そして10に達した瞬間――


< ゴォォォォォン!!! >


 重々しい鐘の音がバレッタの夜空に響き、そびえ立つシタデルを背景に桜の花びらが舞い散る。グルンヴァルドの分厚い甲冑にヒビが入り、馬の体が膝をついた。


「お美事……!」


「あんたもね。その体じゃないほうが強かったろ」


「ふ、願わくば――」


「あぁ、その時は再戦しよう」


「うむ!」


 グルンヴァルドが頷き、槍を地面に突き立てる。

 異形の姿は光の粒子となって消えていった。

 シルメリアは、最後の一粒が消えるまで見届けると、レイピアを鞘に収めた。

 りん、という鈴のような音がバレッタの夜に吸い込まれていった。


「ふぅ……とはいえ、私一人じゃダメだったね」


「そんなことないです。シルメリアさんあっての勝利ですよ」


「そうそう! シルがいなかったら誰がトドメをさせたのよ」


「皆で掴んだ勝利ってやつかい? ずいぶんベタな展開じゃないか」


 シルメリアが照れ隠しのように笑う。

 レオたちの手によってシタデルは陥落し、バレッタは解放された。


 港ではラブラブピース号2世が勝利の砲撃を鳴らし、高壁を突破したWJのヒロシがPKKの仲間とともに駆けつけてきた。


「レオ、シルメリア、よくやってくれたな! 助かったぜ!」


「ヒロシさん!」


 PKもPKKも隔てなく、プレイヤーたちが互いの健闘を称え合う。

 そんな中、レオはふと、瓦礫だらけになったバレッタの街を見回した。


(――ん?)


 彼の視線の先に、シャツと短パンを着た初心者プレイヤーの姿があった。


 黒軍の混乱に乗じて逃げ惑っていたのだろうか。

 怯えた表情の青年が、壊れたバリケードの陰に身を寄せている。

 彼の姿を見て、レオの胸に一抹の疑問がよぎった。


(……なんで初心者がこんな戦場にいるんだ?)


「レオ先生、どうされました?」


「すまん、ここは頼む!」


 レオはバレッタの闇に向かって駆け出した。

 夜の街に響く彼の足音は、新たな謎を手に取ろうとしていた。




さーて、役者が揃ってきた。

ここからどうなるか…

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