第四十七話 盛者必衰
レオはさっそくラブラブピース号2世の鍛冶場へ駆け込んだ。吹きさらしのブリッジには、大砲や装甲板を応急修理するための炉と金床が設置されていたが――
「うーん、これは……」
冶具の品質はレオの鍛冶屋に置いてあるものより高い。
しかし、デザインがひどかった。
ピンク色をした金床に、ハート形の火の粉が飛ぶ炉。
いったいどこでこんな代物を手に入れたのか。
金床の前に腰を降ろしたレオは、首をひねるばかりだった。
「まぁ、見た目はアレだけど機能には問題なさそうだし……始めるか」
波の砕ける音と海賊たちの「愛の歌」が混じり合う中、彼の目はすでに空中に浮かぶホログラムに注がれていた。鍛冶屋専用のクラフトメニューが起動し、空中に青白く光る3Dモデルが浮かんでいる。
レオの指は、複雑なインターフェースの上をよどみなく流れ、アプリを操作していく。シルメリアの依頼――レギオンのビルドを突破する武具の製作が始まった。
「ユーザーレシピは――ま、無いよな。今回も完全自作だな」
まず、レオが取り掛かったのはレイピアの鞘だった。
鞘は「アドオン」という補助装備だ。
武器に追加効果を持たせたり、使い手のステータスを強化できる。
レオは素材として重々しい墨色をした「大黒鋼」を選び、手早く漆黒の鞘を作り上げる。
「ここはノックバックを付与する『発剄』を入れてみるか」
レオはそういって限界まで「発剄」の効果を強化して鞘にルーンを刻み込んだ。
ハトフロではアイテムに「ルーン」を刻んで色々な効果をもたせることができるが、ルーン強度という制限がある。
ルーン強度は武具の素材はもちろん、キャラクターのスキル、組み込むルーンの種類、それらが相互に関係する。効率的な運用を極めようとすると、素材とスキルの相関関係を書いた非常に複雑なリストとにらめっこする必要があった。
しかし、今回レオが使った大黒鋼は特別で、「発剄」しか支援できない。
あまりにシンプルで潔い素材だ。そのかわり――異常に効果が高かった。
「えーと、ノックバック距離は……20メートル?!」
鞘の追加効果を読み上げたレオは、自分の作ったアイテムに自分で驚いていた。
20メートルといえば、ほぼ全ての魔法攻撃の射程外になる距離だ。
「思った以上に飛距離出たな……。ま、まぁ、これでレギオンを弾き飛ばして孤立させれば、ソウルバインダーを無力化できる。けど――」
強すぎるノックバックは問題だ。
20メートルも距離が離れてしまえば、攻撃が届かなくなる。
この距離を一気に詰めなければならない。
「次はガントレットに移動を補助する機構をつけよう。『ワイヤーリール』でノックバックさせた敵のところに即座に移動する。次はちゃんと効果を設計しよ……」
ワイヤ-リールは文字通りワイヤーを打ち出し、巻き取る機構のことだ。
レオはそれを使って、シルメリアの移動を補助しようというのだ。
早速、彼は3Dモデルをエディター上で組み立てる。小手の内側、手首の根本に魔石で駆動するモーターを組み込み、ホログラム上で回転機構をシミュレートした。
しかし、いざ小手の強度計算をしてみると、色の変化で負荷を表示するヒートマップが手首を中心に赤色になった。破損を示す警告だ。
「うーん、普通の素材じゃダメか……なら、これならどうだ?」
レオは小手の素材に徹甲榴弾にも使った「フォートチタン」を選択した。
重量はかさむが、ワイヤーリールの駆動に耐える強度が得られる。
そしてワイヤーにはレイドボスが落とす希少素材の「アラミドシルク」にした。
軽量ながらも鋼鉄の数十倍のひっぱり強度を持つこの素材は、シルメリアの空中戦を支えてくれるはずだ。
この素材は、以前参加したトレハンイベントで入手したものだった。
「左手と右手、二対のワイヤーで移動と後退をする感じだな。射出速度と巻き取りのバランス調整が難しいな……。ここはユーザーの操作に委ねるか」
レオは射出機構に「疾風」のルーンを刻み、ワイヤーの初速を強化。さらに、スクリプトでリールの射出角と速度をシルメリアの動きに同期させることにした。
彼女が指で方向を指示すれば、その向きに応じてワイヤーが追従する。指を伸ばせばワイヤーが伸び、曲げればリールがワイヤーを巻き取るという設計だ。
――しかし、ここでも新たな課題が浮上する。
「アラミドシルクとはいえ、切れたら終わりだ。……そうだ、アレを使おう!」
レオが追加したのは、超レアイテムの「アダマンメッキ」だ。
防具の性能を限界以上に伸ばすエンチャントアイテムであり、出来上がった装備によっては数億ゴールドで取引されることもある。
そのレアアイテムを、レオは惜しげもなくシルメリアのために投入する気だった。
アダマンメッキが加えられると、白糸の表面に滑らかに光る保護膜が生成される。
(……これでもワイヤーが切れたときの緊急用に、バックアップのワイヤーを一本追加しておくか。重量的には不利になるけど、安全を取ろう)
素材を変えたレオは、再びホログラムで強度計算を実行する。
ワイヤーがシュンッと飛び出し、巻き取られる。
「警告は……出ないか。ま、ここまでやって警告が出たら、打つ手なしだけど。
速度も精度も申し分なしだ。よし、作ろう」
クラフトメニューで作った設計をもとにハンマーを振るうレオ。
たちまちのうちに、ピンク色の金床の上に漆黒の小手が現れた。
本来、フォートチタンを使った装備は鈍い白色になる。
彼はできるだけシルメリアの甲冑の色に似るよう、わざわざ染色したのだ。
「うん、いい感じだ。黒甲冑に灰色の小手じゃ、締まりが悪いからな。
これで機動力は確保できた。あとは火力だな」
シルメリアの忍剣は一撃必殺が命。
レギオンを孤立させた後には、瞬間的な大火力が必要だ。
彼はまず、武器カタログから「レイピア」のテンプレートを選択した。
ホログラム上で細身の剣が回転し、基本ステータスが表示される。レイピアのダメージは通常の武器より低く、その一方で攻撃速度と精度に優れていた。
しかし、レオの手は素材や構造を編集する前に、ルーンに伸びた。
「グリムダークのカウンターには、〝時間差が有効〟って霜華が言ってたよな。それなら……」
彼はルーンエディターを開き、「盛者必衰」のルーンを選択した。
このルーンは一風変わっていて、通常攻撃を完全に異なったメカニズムを持つスキルに置き換えてしまう。しかし、肝心のスキルがとても使いづらく「地雷」と呼ばれていた。不用意に使えばプレイヤー自身を危険にさらすだけのものだった。
盛者必衰の何がそこまで危険なのか。それは通常攻撃が〝梵鐘〟という名のスタックに置き換わり、一切ダメージを与えられなくなることにあった。
クラフトメニューに「盛者必衰」の詳細が表示される。
レオは目を細め、その説明を読み上げた。
「ルーン『盛者必衰』……効果:通常攻撃を『梵鐘』スタックに変換。攻撃が命中するたびにスタックが蓄積され、最大は10スタック。スタックの受付時間が0になると効果が発動。蓄積したスタック数に応じて軽減不可のトゥルーダメージを与える。また、梵鐘のスタック数に応じて全ステータス低下の『衰弱』デバフを付与。ペナルティ:通常攻撃のダメージが0になる、か」
ルーンの効果を読み上げ終わったレオは、思わず喉の奥で唸った。
「つまり、頑張って攻撃を当て続けてもその場ではゼロダメージ。最大10スタックっていうけど……普通の武器なら5,6回で相手を倒せる。地雷扱いされるわけだ」
ルーンの説明によると、スタック10で効果が発動すると、桜が散る特殊エフェクトが見れるらしい。しかし、一体何人のハトフロプレイヤーがそのエフェクトを見ることに成功したのだろうか。
プレイヤー同士で談合しない限り、まず成功することはないだろう。
「うーむ、ロマンがすぎる……」
彼は顎に手をやり、考え込む。
盛者必衰の価値は、時間差による爆発的なダメージとデバフにある。
レギオンが相手なら、本来ペナルティであるはずのダメージ0が有利に働く。シルメリアがスタックを貯めている間に、レギオンがカウンターを放つことはない。
ソウルバインダーはあらゆるダメージを分散するが、隔離した上で盛者必衰を発動させれば、確実に葬れるだろう。
「問題は精度か。シルメリアさんなら連続で攻撃を当てられるだろうけど、戦場じゃ乱戦になる。ミスをカバーする仕組みが必要だな」
レオはスクリプト編集画面を開き、編集ポイントを使って盛者必衰の挙動を微調整した。スタック蓄積の猶予時間を1秒に延長し、連続攻撃の余裕を持たせたのだ。
さらに、レイピアの威力を下げ、浮いたパラメーターを速度と安定性に割り振る。「盛者必衰」のダメージはスタック数に依存する上、通常攻撃のダメージが0になる。威力に割り振る道理はない。
「よし、これでいけるぞ! 普通に使えばリスクしか無い盛者必衰だけど、レギオンが相手なら、特攻武器みたいなもんだ!」
レオはホログラムに映るレイピアを見つめ、ニヤリと笑った。
盛者必衰のルーンが刻まれた刃は、戦場に終焉を打ち鳴らす時を待っている。
この武器がシルメリアの手に渡れば、レギオンの戦列は崩れ去るだろう。
「よーし、後は作るだけだ!」
試行錯誤を経て、レオは武具を完成させた。
炉から取り出した漆黒の小手は触れると微かにモーターの振動が伝わってくる。
力がこもった鞘は重厚に輝き、レイピアは銀光を放っていた。
彼はインターフェースでステータスをチェックし、最終確認を行う。
全ての数値が設計目標を満たしたことを意味する緑色に点灯し、レオの鍛冶技術の高さを雄弁に語っていた。
それなのにレオは浮かない顔をしている。
彼の胸に何か、一抹の不安がよぎっているようだ。
「この装備セット……使いこなすのメチャクチャ難しいのでは? 発剄の位置調整、ワイヤーを射出しての接近、そこからの攻撃……。いくらシルメリアさんでも本当に使いこなせるのか?」
作ったはいいものの、これを本当に彼女に渡してよいものだろうか。
逡巡するレオだったが、折悪しくそこにシルメリアがやってきた。
彼女は武具とレオを交互に見て、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた。
「お、もう出来上がってるじゃないか?」
「あっ、シルメリアさん……!」
武器マニアのシルメリアは、新しい武具に目を輝かせていた。さっそく小手をとり、腰のレイピアを取り替える。もはやレオに逃げ場はないようだ。
「使い方は?」
「え、えーっと……」
たどたどしく武具の説明をするレオ。
シルメリアは真紅の瞳で彼を見つめ、興味深く聞いていた。
「――大体わかった、とりあえずやってみるよ」
「マ、マジですか?!」
セットを受け取ったシルメリアは、甲板に置かれた木製の樽をターゲットに定めた。海賊たちが興味津々に見守る中、彼女は軽く息を吐く。
「――いくよ」
やかましかった愛の歌が止み、静寂が降りる。
シルメリアはレイピアを鞘に収めたまま、居合い抜きをするように腰を低く落とし構える。レイピアの柄の上で漆黒のガントレットが指を広げ、帆の間から差す月光を鈍く返していた。
「ハッ!」
彼女がレイピアを抜き放った瞬間、「発剄」のルーンが発動した。
衝撃波が炸裂し、強烈なノックバックが樽を吹き飛ばす。
吹き飛んだ樽は甲板を跳ね、マストを飛び越す勢いで空中に躍り上がった。
その威力はシルメリアにも反動として返ってくる。
彼女の細い体が軽く浮きあがり、甲板に落ちる影から足が離れた。
海賊たちが「おおっ!」とどよめく中、彼女はニヤリと笑う。
「こいつ、すっごいジャジャ馬だね!! 次はワイヤー!!」
シルメリアはレイピアを持っていない左手を前に突き出し、ワイヤーリールを起動した。シュンッ!と小さな音を立て、アラミドシルクのワイヤーがガントレットの手首の下から飛び出し、空中を舞う樽の横のマストに絡みつく。
アダマンメッキの保護膜が月を反射し、白い軌跡を闇夜に描く。彼女が指を曲げると、高速で回転するリールが火花を散らしながらワイヤーを巻き取った。
一瞬で樽の眼前まで引き寄せられたシルメリアは空中で身をひねり、まるで水鳥のように軽やかにマストに足をつけた。ただし――「垂直」に。
「すごい……! 初めてなのに完全に使いこなしてる!」
「さっすがシル!」
彼女はレイピアの切っ先を樽に向ける。
盛者必衰のルーンが刻まれた銀光の刃が、静かに不気味な輝きを放つ。
シルメリアの動きが加速し、まるで舞うように樽を切り刻んだ。
連続で刃が空を切り、樽の表面をかすめるたびに小さな鐘の音が響く。
「梵鐘」のスタックを示す鐘のアイコンが樽の上に積み重なっていった。
(――1、2、3……。)
マストを見上げたレオが息を呑む。
シルメリアの攻撃は驚異的な精度で、不安定な足場でも一撃も外していない。
スタックが8、9、そして10に達した瞬間――
< ゴォォォォォン!!! >
重々しい鐘の音が甲板に響き渡り、特殊エフェクトが戦列艦の上で花開く。
桜の花びらが散るようなエフェクトが舞い、一拍おいて樽が粉々に砕け散った。
「「オォォォォォォ!!!」」
ピンクのバンダナを揺らし、海賊たちの歓声が上がる。
いつも冷静な結衣も手を叩き、友人の姿を本気で喜んでいるようだった。
「おぉ~! やるぅレオさん! めっちゃ派手じゃん!」
「――ここまでのものは想定していませんでした。この武具ならレギオンの使うビルドを完全に無効化できます。ソウルバインダーのダメージ分散も、グリムダークのカウンターも、全て封じ込めます!」
霜華の声にも興奮の色が浮かんでいる。
シルメリアはレイピアを手に、満足げに笑った。
彼女はレオを振り返り、赤い瞳を輝かせた。
「レオ、コイツは最高だよ! これならレギオンも敵じゃないね!」
シルメリアのべた褒めにレオの頬が赤くなる。
彼女の言葉に胸につかえていた不安が吹き飛んだようだ。
「シルメリアさん、ぶっちゃけこの装備の扱い、めっちゃ難しいと思うんですけど……。発剄、ワイヤー、スタックの管理……戦場でなんとかできます?」
シルメリアはレイピアを鞘に収め、笑みを浮かべた。
「たしかに難しいね。スタックを重ねて効果が出るまでの時間は、グリムリーパーの効果時間ギリギリ。実戦でクールダウンを回せるかどうか、やってみないとわかんないね」
ワールド1位の実力者の率直な感想に、レオの表情が曇る。
しかしシルメリアは、そんな彼とは逆にニヤリと笑ってみせた。
「でも、これくらいがヒリついて良いね! 私なら使えると信じて作った武具だろ? 応えてみせるさ。それに――」
「それに?」
「これ、強いとかの前に――〝面白い〟んだよね。」
そういて彼女はもうワンセット武具を試した。発剄でさっきよりも高い位置に樽を打ち上げ、ワイヤーで空を駆け上って桜の花で夜風に膨らむ帆を飾る。
まるで戦場を支配する女王のように、シルメリアは武具を完璧に操っていた。
「さすがシルメリアさん……。俺が心配するまでもなかったかぁ」
夜空を彩る花びらを見上げていたレオは、ふと目の端に別の光を感じた。
振り返ると、水平線の向こうに爆炎に照らしあげられる城塞都市の影が次第に立ち上がってきていた。
ハンマーを握りしめ、レオはバレッタを囲む高壁を睨みつける。闇は島とバレッタの境界を飲み込み、島そのものがなにか別の生き物のように見せていた。
(待ってろよ黒軍……! 今度はこっちが攻める番だ!)
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「盛者必衰」の効果、書いた後にふと思ったんだけど…
これ、先が10本に分かれたムチにルーン刻むとどうなるんですかね。
通常攻撃にマルチヒットがある武器種なら実用になるのでは?
ボブは訝しんだ。




