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第四十二話 幸せのクエリ

 レオは空中にウインドウを開き、公式掲示板にアクセスした。

 すると、どのスレッドもプレイヤーたちの悲鳴であふれかえっていた。


ーーーーーー

『ブリトンの東はもうダメだ! 西から脱出しろ!』

『東部に取り残された人は港へ! 最後の船が出ます! @1分!』

『ブリトン陥落! 繰り返す、ブリトン陥落!』

ーーーーーー


(……迷ってる場合じゃない!)


「シルメリアさん!」


「――わかってるよ。お隣さんのよしみだ。レオの鍛冶屋に来た客は襲わない」


「……ありがとうございます!」


 強張りつつも、掲示板を見ていたレオの手が動く。グローブがキーボードを叩き、生存者へ向けたメッセージが掲示板に流れた。


ーーーーーー

『レオの鍛冶屋は安全だ! ブリトンから逃げるならここへ来い!』

『ちょっと待ってくれ、レオの鍛冶屋ってPKギルドのブラッディ・ベンジェンスのど真ん中だろ?!』

『こんなときにPKギルドの拠点に行くとか、冗談じゃないぞ!』

『大丈夫だ。ギルドマスターのシルメリアが安全を保証してくれた。』

『そんな口約束で……!』

『他に安全そうな場所もない。俺は行くぞ』

『私も行く。PKとかなんとか……もう関係ないよ!』

ーーーーーー


(……書いちゃった。これでもう、後には引けないな。)


 レオは眉間に皺を寄せながら、深呼吸する。

 混乱する気持ちを、なんとか押さえつけようとするようだった。


「シルメリアさん、黒軍が来たときに備えて、迎撃の用意を頼みます」


「あぁ。黒軍がどれだけのものか――楽しみだね」


「掲示板の書き込みが確かなら、ブリトンは黒軍によって完全に制圧されました。この付近のプレイヤーにとって、レオ先生のお店が最後の希望となるでしょう」


「……ブリトンの近くには、大きなギルドがほとんど無いからな」


「この辺、ムチャクチャ治安悪いもんね」


 落ち着きを取り戻したメアリがいつものペースでレオに同意する。


 交通の要所であるブリトンの街道はPKの多発地帯だ。馬車で商品を運ぶプレイヤーや、ゲームを始めたばかりの初心者を狙って、赤ネームが足しげく通っている。


 さらにブラッディ・ベンジェンスが街道の側に拠点を構えているとなれば、ブリトンの近くに家を建てようなどという無謀な者はいなかった。


「レオ先生、避難してくるプレイヤーを受け入れる準備を急ぎましょう」


 銀髪のポニーテールを揺らし、霜華が静かに言った。

 彼女の声はいつも通り冷静だが、その瞳には微かな緊張が宿っていた。


「あぁ。在庫の医薬品を出してくれ」


「承知しました。まだ加工していない素材も使っても?」


「任せる。商品のラインナップを広げといて正解だったな。こんなことになるなんて想像してなかったけど」


「アタシらは店の外で動きを見張っとくよ」


「はい。俺たちは受け入れ準備を進めるんで、結衣さんは掲示板で避難を呼びかけてください!」


「うん、任せて!」


 元気よく返事をしたユイは、並列して立ち上げた掲示板に書き込みをしていく。

 単体の書き込み速度もレオとは比較にならなかった。


「うーむ、さすがだ……」


「それじゃ、行ってくる」


 シルメリアは黒い甲冑の鉄靴を鳴らし、レオの鍛冶屋を出ていった。

 メアリも外に出て、傷ついた相棒のキミドリを診る。

 レオは作業場へ向かい、武器と防具の在庫を確認することにした。


 店の棚には、彼が鍛えた剣や鎧がずらりと並んでいる。どれも頑丈で使いやすいが、話に聞く黒軍の姿を想像すると、少し頼りなく感じられた。


「リッケ、在庫整理を手伝ってくれ! これから忙しくなるぞ!」


 レオは作業場のチェストを開けて中を探りながら奥に声をかける。

 すると、彼の弟子のリッケがゆっくりと姿を現した。

 だが、返事がない。

 ハンマーを手に持ったまま、リッケは静かにその場に佇んでいた。


「どうしたんだリッケ? 具合でも悪いのか」


 雑多な荷物を手にしたレオがリッケに近づく。

 すると彼は、リッケの目が異様に赤く光っていることに気づいた。

 普段の優しい笑顔は消え、まるで人形のような無機質な表情が浮かんでいる。


「お前……」


 レオの声に、リッケの唇がかすかに動いた。

 彼はささやくような声で、こう呟いた。


「――了解。攻撃します」


 その瞬間、リッケがハンマーを高く振り上げ、レオに向かって振り下ろした。

 鈍い風切り音が響き、レオは咄嗟に横に飛び退く。レオを狙ったハンマーは彼の背後にあった作業台を直撃し、木片を撒き散らして粉々に砕いた。


「リッケ!? 何するんだ?!」


 レオが叫ぶと、リッケの目が赤く輝き、感情のない声で答えた。


「僕は……黒軍の……命令に――従う」


 抑揚のない言葉に、レオの体が凍りつく。

 ヴェルナの鉱山で出会い、共にチュートリアル山賊団の罠にかかったリッケ。


 そんな彼はBOTであり、今まさに黒軍に操られようとしている——

 その事実に、レオの頭の中は真っ白になったようだ。

 作業台からハンマーを引き抜くリッケ。

 そんな彼を前にしても、レオはその場を動けずにいた。


「お前が……敵? リッケ、お前が……そんな!」


 レオが言葉を失っていると、作業場の扉が勢いよく開いた。

 姿勢も低く、部屋に飛び込んできたのは霜華だ。


「レオ先生、危ない!」


 彼女は石床を蹴り、手刀を一閃した。


 鋭く揃えられた指先で形作られた手刀がリッケの首筋をとらえ、彼の体がぐらりと傾く。リッケは一瞬だけレオを見つめ、力なく床に崩れ落ちた。


「師匠……ありがとう」


「……!」


 レオが呆然と立ち尽くす中、霜華は構えを解く。

 彼を真っ直ぐに見据えた彼女の視線に、いつもの冷たさはなかった。


「レオ先生、立ち止まってる時間はありません。」


「でも、リッケが! お前も鍛冶を教えただろ! なんでこんな事ができるんだ!」


「先生! リッケさんは――リッケなんて人は最初からいなかったんです!」


「――!!」


「今は、助けを求めている人のために動かないと」


 その言葉に、レオの胸が締め付けられた。

 心から信頼して、鍛冶を教えた相手が敵だったこと。

 リッケの最後の言葉が脳裏に焼き付いて離れない。

 だが、霜華の冷静な声が彼を現実へと引き戻した。


「……わかった。助けてくれて、ありがとう」


 レオは耐熱グローブをギリギリと苦しげな音がするほどに握り、深く息を吐いた。

 仲間を守る決意をもとに悲しみを飲み込もうとするようだった。


 そのとき、メッセージの到着を知らせるチャイムが鳴る。


 レオが空中にウィンドウを開くと、ブラッディ・ベンジェンスの秘話用チャンネルに「注目」フラグの付いたメッセージが来ていた。


『こちらクロウです。街道を北上するプレイヤーの小集団と、それを追う黒軍の部隊が見えました。プレイヤーは十数名。黒軍部隊は30くらいですかね』


『ガハハ! 追手にしては規模が大きいな! どうするシル姐!』


『移動中に奇襲をかけるよ。相手のビルドがわからないから慎重にね』


『りょーかい!!』


「レオさん、始まるみたいだよ! って……リッケくん?!」


 カウンターを出て、作業場に来た結衣が床に倒れるリッケを見て言葉を失う。

 レオが首を横に振ると、結衣も状況を察したようだ。


「そんなことって……!」


「メアリも言ってたし、掲示板にも書いてたろ、プレイヤーが急に襲ってきたって。リッケもBOTだったんだ。ずっと前からゲームの中で……」


「…………」


 霜華は作業場で斃れたリッケの体を担ぎ上げた。通常、プレイヤーが倒れると死体の側で幽霊となって蘇生を待って佇むのが常だ。


 しかし、リッケの幽霊の姿は店の中にない。

 おそらく幽霊になった状態で黒軍に合流しようとしているのだろう。


「霜華、在庫を並べたら倉庫にある素材をまとめてくれ。補充作業に取り掛かる」


「はい。直ちに取り掛かります」


「……レオさん、大丈夫なの?」


「そんなわけないだろ。俺だって頭の中がグチャグチャだよ」


 レオは鍛冶屋の扉を見やった。

 夕陽が血のように赤く染まる中、平原の向こうで戦いの音が聞こえてくる。


 シルメリアが黒軍と接触したのだろう。

 地平線の向こうで魔法のぶつかる低い唸り声が風に乗って届いてくる。


 レオはハンマーを握りしめ、仲間たちと共に戦う覚悟を決めた。


「一度は守りきったんだ。この店は……絶対に渡さない」




リッケはデンマーク・ノルウェー語で「幸せ」の意味です。

それが「無い」ってお前…

きっと作者の頭の中ではFF14のBGM「貪欲-Insatiable」が流れ続けてますね…コレハ

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