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第三話 当てにならねぇ!


 ブリトン郊外の閑静な場所(たまに爆発音が聞こえるのを除けば)に位置するレオの鍛冶屋は、夜の静寂に沈んでいた。


 漆喰の壁が月光を淡く反射し、屋根に日陰を作る高木の梢が平原を渡る風にそよいでいる。店の前では、炉の残り火が微かに白い煙を漂わせていた。


 レオはベッドに突っ伏して体を休めていたが、耐熱グローブを脱ぎ捨てた手は細かく震えていた。


 掲示板の中傷、リッキーの暗躍、ブラッディ・ベンジェンスの面々――

 全てが頭を渦巻き、彼の顔に疲労の影を刻んでいた。


「このままじゃ店だけじゃなく、俺の鍛冶屋生命まで……」


 レオは「どうすりゃいいんだ」と、うめき声にも似た声をあげる。

 店内にさびしくこだまする彼の悩みに答える者はいない。

 ――無音。 耳鳴りを覚えるほどの静寂が彼にのしかかる。


 だがその時、レオは「あっ!」と声を上げて跳ね起きた。

 ベッドを蹴った振動でまだ火の残る炉の石炭が転げ、煤けた壁の火影がゆれた。


「そうだ、運営に通報すりゃいい話じゃないか!! 詐欺行為なんだから、ゲームマスターが解決してくれるはずだ!!」


 仮想現実(VR)MMORPG「ハート・オブ・フロンティア」には、プレイヤーのトラブルを解決する存在としてゲームマスター(以下GM)が配置されている。GMは一般的なMMOと同様、システムの不具合対応や規約違反の監視、またプレイヤー間で重大な(いさか)いが起きた時、それを仲裁する役目があった。


 レオはこれまで一度もGMのお世話になったことがない。

 だが、運営である彼らなら、リッキーの悪事を解決してくれそうな気がした。


「よーし! で、GM申請ってどうするんだ……ヘルプヘルプ……」


 解決の希望が見えた彼は目を輝かせ、革エプロンを叩いて(スス)を払う。ヘルプを開いたレオは、長ったらしい説明を読みながら、そこに書かれている手順をそのまま実行していく。


 システムメニューを開き、「サポート依頼」を選択すると、非常に記入箇所の多い画面が出てきた。まるで市役所に申請する書類のようだ。


「えーと、リクエストは『その他』で、概要は『プレイヤー間で起きた問題』でいいのかな……で、内容は『詐欺行為』っと」


 そうしてヘルプの通りに記述したレオが「申請する」を押すと、入力画面が消えて画面に数字が浮かんだ。


 ※リクエストを受け付けました。あなたの待ち順は:1562 番 です※


「え、四桁!?」


 レオは予想だにしてなかった凄まじい数字に圧倒された。

 愕然としつつ、待てばいいだけだとイスに座ったが、数字は一向に減らない。

 風のうなり、炉の石炭が爆ぜる音だけが店内に響いた。


 ゲームマスターはゲーム内の仮想空間でアバターとして現れ、運営からの権限でログ確認やペナルティ付与、場合によってはアカウント凍結まで行える。

 しかし、彼らも人間だ。処理能力には限界があり、膨大なプレイヤー数に対応するため、サポート依頼は順番待ちとなり、長時間待たされることはザラだった。


「うーむ……寝るか」


 レオは現実世界で一晩眠り、翌朝再びログインした。

 山の間から差す朝日が店を照らし、草の匂いが鼻をくすぐる。

 メニューを開くと、待ち順が「3番」にまで減っていた。


「よし、ようやくか!」


 拳を握りしめ、レオは期待に胸を膨らませる。やがて、画面がチラつき、無機質な空間に転送された。白い壁と灰色の床が広がるサポートルームだ。


 サポートルームの中央にはデスクと事務イスがあり、目立つ赤色のローブを着たゲームマスターがいた。


 彼の頭上に表示されている名前は「ユーバン」【GM】。

 【GM】という称号はゲームマスターの略称だ。

 プレイヤーには使えない専用のもので、レオも見るのは初めてだった。


 だが……なんか様子がおかしい。


 ユーバンは体を傾けてだらしなく椅子に座っている。とても仕事をする態度とは思えない。その全身からほとばしる無気力さに、レオは一瞬戸惑った。


「お待たせしました。案件番号-987634。レオ様ですね。何か?」


 GMの顔は鉄仮面のようなアバターで、声は抑揚のない機械的なものだった。その非人間的な佇まいに、彼は本当に人間なのか、レオは怪しまずにいられなかった。


 とはいえ、GMはGMだ。


 レオはとりあえずGMに事情を訴えることにした。分厚い耐熱グローブを握り潰さんとする勢いで拳を握り込み、彼の机の上に体を乗り出した。


「あの、俺、リッキーってやつに詐欺にあったんです! 店を買ったんだけど、立地がPKギルド『ブラッディ・ベンジェンス』の縄張りど真ん中で、客が来なくて……騙されたんです!」


 レオの必死の訴えを聞いたユーバンは、ゆっくりと首をかしげる。


「詐欺ですよね? では、家を受け取れなかったということですか?」


「……え?」


「売買契約を結んだが、家を受け取れなかった。この場合、利用規約第5章、第20条にて定義される利用規約違反のうち『詐欺』にあたります」


「いや、家は買えたよ! でも場所が問題で――」


「では、取引は正常に行われたということですね。売買契約に虚偽はなかったと」


「待ってくれ!」 レオがドン、と机を叩き、ゲームマスターの前を埃が舞う。


「PKギルドのど真ん中なんだ!! おまけに掲示板でリッキーに店のことを中傷されて……嫌がらせまでされてる!! これじゃ店が続けられない!」


  ゲームマスターは無表情のまま、けだるそうに指を振る。

 するとレオの顔に押し付けるように空中にシステム画面が表示された。光る画面に指を伸ばした彼は、その指をすっと下に動かし、画面をスクロールする。


「規約第17条3項。『ゲーム内で発生したトラブルが現実世界の法律に抵触、あるいは実害を及ぼさない限り、ゲームマスターは解決義務を負わない』。物件の立地に何らかのリスクが存在する場合、それは購入者の自己責任です」


「自己責任って……でも詐欺は詐欺だろ!! リッキーが意図的に隠してたんだ!」


「そのプレイヤーがあなたを騙した証拠は?」


「そ、そんなの……ないけど……。あ、ログ!! 俺とリッキーの会話記録があるはずです! 家を買う時のそれを確認してください!」


「なるほど。ではリッキーというプレイヤーと、貴方の会話ログを確認してみましょう。コマンドを実行、ログを検索――ふむ。これですかね。再生します」


 ゲームマスターがパネルを操作すると、音声が再生される。


『おお、兄弟! 鍛冶屋をやるってか? へぇ、いい目してるじゃないか。そんなアンタにうってつけの場所がある。ほら、これを見てくれよ』


『この辺は静かでな、雑魚モンスターなんかの騒がしい連中も少ない。見てみろ、この素朴な家! 炉も金床も揃ってて、鍛冶にはうってつけだろ? 正直、手放すのは惜しいんだが……俺が腐らせるより、お前みたいな真面目そうな奴が持ってたほうが良い。相場より安く……8割、いや7割で譲ってやるよ。友情価格ってやつさ!』


『こりゃすごい! これならすぐにでも店を始められるよ!』


『ああ、すぐにでも始めたほうが良いな!! お前なら大繁盛間違いなしだ!!!! 契約成立なら、ゴールドを渡してくれ』


「当該プレイヤーの発言に、とくに問題は見当たりませんね」


「そんな! だって……」


「雑魚モンスターはいましたか?」


「いえ……」


「リッキーというプレイヤーは、家に炉、金床が付属していると主張していますが、欠品していましたか?」


「ありました……でも、黙ってたんです! ヤツは俺を騙すつもりで……」


「いいえ。内心どう思ってたか、は証拠になり得ません。心を取り出して確認するわけにもいきませんから。このログからは詐欺の証拠となる点は見当たりません」


「そんな……!」


 押し黙るレオに対し、GMユーバンは目を細め、淡々と続ける。


「証拠がない以上、運営は介入できません。案件を『解決済み』として終了します」


「あ、待って!!」


 レオは机の向こうのゲームマスターに手を伸ばしたが、ユーバンの姿はチラつき、ログアウト音とともに消えてしまった。


 ゲームマスターの処理能力は限られている。彼らは軽微なトラブルや証拠不足の案件は「自己責任」として却下することが常だった。


 レオはゲームマスターの手によって、半ば強引に店内に戻らされてしまった。

 小さい家の中で呆然と立つレオ。

 炉の火は消え、白い煙からタールの匂いだけが漂ってくる。


「そんな……」


 万策尽きたレオは、幽霊のようにふらふらと家の外に出る。

 すると彼の体に「ふにっ」と、柔らかいものが当たった。


「ほへ?」


「ちょ、何してんの!」


 レオの体に当たっていたのは、シルメリアの体にある大きな双丘(オパーイ)だった。

 彼女の銀髪が揺れ、美しい深紅の瞳が妖しく光る。彼は言い訳の余地のない、とんでもないセクハラをワールド1位のPKに対してかましていたのだ。


「すっ!!! すみませんんん!!!!!!」


 その場を飛び退き、美しいフォームで土下座の姿勢を取る。

 だが、剣が飛んでくる様子はない。白刃の代わりに彼の目の前にドサリと置かれたのは、何かの入った大きな革袋だった


「……?」


 困惑するレオの前で、しゃがみ込んだシルメリアが袋を開ける。

 すると、茶色い革袋から飛び出してきたのは色とりどりの鉱石たちだった。


 青白く輝く「ミスライト鉱石」、溶岩のように脈打つ「ドラゴンハート」、黒光りして面妖なオーラを放つ「アビスマイト」――どれもレア度の高いもので、鍛冶職人なら求めてやまない逸品ぞろいだ。


 家を買ったばかりのレオではとても――いや、買う前でも手に入れられるか怪しい貴重品を前にした彼は、驚きのあまり口をぽかんと開けてしまった。


「すっげぇぇぇぇ……!!」


「これ、引っ越し祝いさ。今までプレイヤーから回収したものだけど……。あたしらには使い道がなかったけど、あんたなら違うよね?」


「え、プレイヤーから?」


「そ」


 彼女はミスライトを指で弾き、楽器のように澄んだ音を響かせる。

 涼しげで優しい音色がレオの耳を通り過ぎていった。


(ちょっとまて……じゃあこれ、盗品ってコト? これを使ったら、俺は……)


「ずいぶん悩んでるみたいね。何を考えてるかはだいたい分かるけど」


「うっ」


「レオの鍛冶屋。掲示板でずいぶん有名になってるみたいじゃない。あること無いことずいぶん書かれてるみたいだけど」


「シルメリアさん、見てたんですか……」


「お隣さんなんだから、当たり前でしょーが?」


「…………俺、ずっとまえから鍛冶屋の店を出すのが夢だったんです。最高の武器を作って、それをみんなに使ってもらう。それが――リッキーってやつの口車に乗って家を買ったばっかりに……」


「PKギルドのど真ん中に出店したせいで評判は最悪。やってもいないことを掲示板につらつら書かれて、鍛冶屋としての評判は地に落ちた。でしょ?」


「うっ……。すみません。皆さんのことを悪く言うつもりじゃ」


「いいのよ。PKなのは事実なんだから。で、アンタのことだから、手遅れの今になって慌てて運営に通報したんじゃないの?」


「…………はい。証拠がない以上、何もできないって言われました」


「ふーん。そういうことなら、相談に乗れるかもね」


「えっ?」


「あたしら『ブラッディ・ベンジェンス』にうってつけの案件。そう言ってるのさ」


「どういうことです?」


「それはウチのギルドハウスの中で説明しようか。アンタの家じゃ狭すぎて、会話を盗み聞きしようとしたらいくらでもできちまうからね」


「ブラッディ・ベンジェンスのギルドハウスに?」


「ただ最初に言っておくよ。アンタの夢はアンタのもんだ。叶えるのも諦めるのも、レオ、アンタ次第だ。これは別に強制してるわけじゃない。PKの仲間になるってことは、後戻りできない重要な選択だからね」


 シルメリアはいまだに土下座のポーズをとって小さくなっていたレオに向かって、細く美しい手を差し出した。


「来な。自分の夢を守りたいって気があるならね」


(俺の夢……守れるのか?)


 レオは彼女の小さな手に、ゴツゴツとした鍛冶屋の手を重ねる。

 すると驚くほど強い力で引っ張り上げられ、無理矢理立たされた。


「さ、ついてきな。こんなしんどい目に合わせてきた連中に、一泡吹かせたいって気合があるならね!」


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