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幕間 トレジャーハント(2)

「さて、地図を解読した結果ですが……ブラックパール島ですね」


「めっちゃ孤島じゃないですか」


「ガハハ! 街の近くよりはいいだろう!」


「普通はそっちのが嬉しいんだけどなぁ……」


 クロウはボロボロの地図を開いてレオに見せる。

 地図に描かれていたのは、青い海原に浮く黒丸のような島の絵だった。


 目的の宝箱が隠されているのは絶海の孤島――「ブラックパール島」。

 ブリトンを遠く離れた先にある、船でしか行けない場所だった。


「ちなみにお聞きしますが、誰か座標記録してます? 記録があれば、メイランの転移門(ゲート)でひとっ飛びなのですが……」


「うむ、無いな!」

「なーい!」


「ですよね。となると――船旅で行くしか無さそうですね。

 海岸に行って『船』を出しましょう」


「おぉ! 何かすごい宝探しっぽくなってきましたね!」


「ケヒャ! たまにはいいものです」


 一行は店を出て、人気のない海岸にたどり着いた。

 そしてクロウがインベントリから証書を取り出し、水辺に「船」を召喚した。


 すると、穏やかな海面に木製の簡素なボートが浮かんだ。自動車よりは大きいが、4人が乗ればほぼ足の踏み場がなくなるサイズだった。


「ちっちゃ!!」


「すみません。ギルドの倉庫にあった船がこれだけでして」


「動けば良し! 乗るぞ!」

「わーい、お船だ!」


「大丈夫かなぁ……」


「さて、錨を抜いて出港しましょう」


 スコップを手に持ったレオは、船縁に腰かける。ボートは風を受け、一枚布からなる四角い帆布を膨らませているが、どうにも頼りなかった。


「海ってモンスターいたりしません? これで大丈夫なんですか……?」


「ここは地獄の一丁目だぁ! そうですね……。ウィスプやエレメンタル系がほとんどですが、たまにクラーケンとか出ますね。出会ったらひとたまりもないです」


「げげっ! ヤダー!! 降ろして!!!」


「ハッハッハ! その時はその時だ!」


「メイジのメイランとアーチャーの僕がいますし、近づかれる前に始末すれば大丈夫ですよ。近づかれたら終わりますけど」


「イヤー!」


「船だー! 楽しいー!」


「ギャー! リリィさん、ピザカッターふりまわすのはヤメテ!! ああ、なんかマストのHPが削れてるしぃぃぃ!!!」


「ハッハッハ! 楽しいもんだな!」


(どこがだぁぁぁぁ!!! あ、何か燃えてバーがオレンジ色に……あ、俺の作ったメルトストーンのせいか?! 応急修理急げえぇぇぇッ!!!」


 ちょっと焦げたボートが波を切って進むなか、船の舳先(へさき)――前方に奇妙なものが見えてきた。焼け焦げた船の残骸が、波間に浮かんでは沈みを繰り返していたのだ。


 折れたマストが海面に横たわり、波に揺れている。ひっくり返った船が底を空に向けているなか、空気には焦げ臭さと塩の匂いが混じり、不気味な静寂が漂っていた。


「これじゃぁ……まるで船の墓場だ」


 レオが呟いた瞬間、霧の中からけたたましい笑い声が響き渡った。


「オーッホホホ! 見ぃつけたぁ!」


 ボートの前方に現れたのは、船体をピンク色に塗った巨大な戦列艦だった。

 船首の銘板にはこう記されていた。――「ラブラブピース号」。


 船体の金具にはハートマークがあしらわれ、帆には小学生女子がデコるようにキラキラしたスパンコールが散らされていた。


 甲板に立つのは、この船の墓場を作った主、PKギルド「ラブラブ海賊団」のリーダー、「キャプテン・ラブリー」だ。


 ピンクのフリルドレスにハート型のサングラス、金髪ウィッグがヒゲ面を彩り、手にはハートの飾りが先端についたワンドを握られていた。


「ウフフ、また新しいトレジャーハンターちゃんたちが来たわね! HOFの海はアタシの庭よ! アタシの愛を込めた砲撃で沈めてあげるわぁ!」


「な、なにあの格好!? 魔法中年?!」


「どうやらバグを利用して女装専用装備を無理やり着込んでいるようですね」


「バグ?」


「はい。変身魔法を使って性別を変えた状態で女性用鎧を着ると、効果が切れて男になった状態でも着たままになるというバグがあるんですよ」


「なんちゅうことを……おえっぷ」


 ラブリーがワンドを振りかざすと、ラブラブピース号の砲門が一斉に開いた。


「ラブリーマジック!」


 戦列艦の大砲が次々と火を吹き、ボートの周りに水柱がドカドカと上がった。

 スコップで頭を庇ったレオは水しぶきを被って悲鳴をあげた。


「なにがラブリーマジックだ! ただの砲撃じゃねーか!」


「ラブラブ海賊団……! どうやらトレハンイベントで海に出た連中を片っ端から沈めてるようですね!」


「くっ……この船の残骸は奴らの仕業か!」


「イェー! イェー! 海賊団を名乗るだけあって、海戦用のガチ装備をしています。まともにやっても勝ち目はないでしょうね」


「じゃ、じゃあ逃げるんですね!」


「ヒャッハー! いえ、突撃します!」


「えええええ!?」


「よくみろレオ! 戦艦の大砲は側面にたくさんついてるが、前にはたったの1門しか無い。突撃するのが一番生存率が高いのだ!」


「んな無茶な!?」


「リリィ、舵を取ってください」

「らじゃー!」


 レオの悲鳴も虚しく、すでにボートの舳先はラブラブピース号に向けられていた。前方にあった戦艦の大砲が火を噴き、砲弾がボートをかすめて海面に着弾する。


 かすっただけだが、ボートのHPバーがガリッと削れる。

 ゲージの長さはすでに三分の一を切っていた。


「ぎゃああ! ボートが死ぬぅ!」


 レオが叫ぶ中、3人組は彼を残して戦列艦に切り込んだ。


 まず「エーテルスーツ」をまとった メイランがパーティの盾となって甲板に着地する。海賊の放った弓を魔法障壁で受け止め、そのダメージをMPに変換しつつ、お返しにエネルギー波を放った!


「ヌハハ! そんなもんか?『キネティックウェイブ』!!」


「「ウワー!!」」


 バチバチと電撃を放ちながら広がった衝撃波が、メイランを待ち構えた赤ネームの海賊たちを海に追い落とす。すると彼の背中を蹴って、漆黒の陰が戦場に躍った。


 ――クロウだ。彼が腰に手をやった次の瞬間だった。

 黒紫の円盤が突然姿を現しては、海賊の首筋をかすめて血しぶきがあがる。

 暗殺者は、飛翔時に姿を消す「深淵渡り」のチャクラムを投げたのだ。


「ケヒャヒャ! これは……いい感じですねぇ」


 例の鍋で作られた死毒が体に回り、濡れた甲板の上に次々と倒れる海賊たち。

 素早い動きで海賊を翻弄するクロウの間を猛き炎が駆け抜ける。


 回転斧を掲げたリリィだ。「メルトストーン」で赤熱するピザカッターを唸らせ、炎をまとった刃を地面に突き刺し、甲板ごと海賊を切り刻んでいった。


「いっくよー!」


 無邪気に叫びながら突進し、甲板が血と火花で染まる。

 耐久力再生のおかげで刃が欠けず、彼女の暴走は止まらない。


 一方、ボートに取り残されたレオは、砲弾が巻き上げる波しぶきで全身ずぶ濡れになりながら、ハンマーと木材で必死に穴の空いた船底を補修していた。


「ぎゃぁ! また別のとこに穴開いた! 塞がないと!」


 レオは飛んできた砲弾がボートをかすめるたびに悲鳴を上げる。

 しかし、戦列艦の上で3人が暴れる姿をみると、それに一瞬目を奪われた。


「すげぇ……。俺の武具があんなに――」


 が、すぐにボートに砲弾が直撃し、木片が飛び散って彼の頬に赤い筋を残した。


「いや、感心してる場合じゃなねぇ! またやり直しだ!」


 海賊に逆襲をしかけた3人は、瞬く間にラブラブピースの甲板を制圧していた。


 すべての手下を失ったキャプテン・ラブリーは、わなわなと指毛の生えそろった太い指を戦慄(わなな)かせていた。


「なんてこと……! あんたたちの戦い方には海への愛が無いわ!」


「ガハハ! 悪いがこっちは陸の戦いが本業でな!」


「あら、いい男……! でもダメ! 今日の私とあなたは敵同士――

 真実の愛も戦火の中では……」


「だそうですが、メイランさん?」


「うむ! 鳥肌モノだな!」


「うだうだいってないでさっさとヤっちゃおうよー」


 キャプテンラブリーの一人芝居を見て、けだるそうに大砲に腰掛けるリリィ。


 肩にかついでいたピザカッターを木の床に下ろすと、その火花は大砲の近くにあった黒い粉の詰まった小さな樽の上に降り注いだ。


「あ、リリィさん。それはマズイ――!」


 ラブラブピースの艦上で火柱がぶちあがり、キャプテンの「愛情は爆発よ―!!」という意味のわからない叫びが爆音にかき消された。


 爆風が黒帆をひきちぎり、マストが根本からなぎ倒されて船体が大きく膨らむように歪んだ。次の瞬間、火薬庫が誘爆を引き起こし、ラブラブピース号が木っ端微塵に吹き飛んでしまった。


「うわあああああああああ!!!」


 爆風と波でレオの乗ったボートは木の葉のように波間で揺れる。必死でマストにしがみつくレオの目に、海上に立ち上るピンク色のキノコ雲が目に入った。


「メイラン! クロウ! リリィ! これは、死んだか……?」


 3人が海の藻屑になったかと思われたその時――

 全身を燃え上がらせたメイランが炎の中から現れた。彼はクロウとリリィを担ぎ、燃える残骸の上をテレポート連打で跳び回り、ボートに戻ってきたのだ。


「メイランさん!」


「ハーッハッハ! いやぁ、レオのアーマーのおかげで助かったぞ!」


 メイランが豪快に笑う。彼は燃える残骸にわざと立ち、ダメージを受けて「エーテルスーツ」でMPを回復しながら戻ったようだ。


 安心か、それとも別の感情か、レオはボートの上でがっくりとうなだれる。ボートと彼のHPバーは赤く点滅し、小舟は半壊、彼の服も焦げてボロボロになっていた。


「助かったじゃないですよ! こっちは死ぬかと思いましたよ!」


「ガハハ! まぁ、上手くいったから良しだ!!」


 メイランがレオの背中をバシンと叩いて笑うが、レオの目は虚ろだった。


 そんなこんながありつつも、一行はなんとかブラックパール島に到着した。


 草木はおろか、動物の姿もない黒い砂浜。

 そこにこんがりきつね色にトーストされたボートが現れる。


 ラブラブピース号との激戦に巻き込まれたボートはすっかりボロボロだ。

 砂浜に乗り上げると、ついにマストが倒れてしまった。

 それはまるで、小舟が最後の力を使い果たしたかのようだった。


「や、やっと着いた……」


 レオがよろよろと砂浜に膝をつく。

 メイランは彼の横にドカっと降り立ち、胴間声を小さな島に響かせた。


「さぁ掘れ、レオ! 宝が待ってるぞ!」


「いや、ちょっと待って!? 今の俺、半分死にそうなんですけど!?」


「おっと、すまん。ヒール!」


 ボートから軽やかに飛び降りたクロウは、地図を片手に砂浜を歩き回る。

 しばらくすると、彼はとある岩の前でピタリと立ち止まった。


 黒フードの下で目を細めた暗殺者は、指を弾いて子気味の良い音を放った。


「ケツ拭く紙にもならねぇ! 地図によるとココですね。――レオさん、出番です」


「やっとお宝だー!」


「もうこれ以上何も起きませんよね……?」


 仕方なく、レオはスコップを手に立ち上がる。黒い砂は湿っていて、スコップを突き立てるとズブッと重い感触が腕に伝わってきた。


「採掘スキル発動っと」


 汗を拭いながら掘り進めると、数回スコップを動かしたところで、カツンと硬い音がした。レオが砂を払うと、黒砂の中から古びた鉄の箱が姿を現した。


「お、おお! 出た! 出ましたよ!」


「早い! さすがですねぇ」

「おぉ鍛冶屋、でかしたぞ!」

「おっ宝♪ おっ宝♪」


 一行の前に掘り起こされた宝箱の表面には、貝殻や海藻がこびりついていた。

 レオがスコップで蓋をこじ開けると、ギィッと軋む音と共に中身が露わになった。


 そこには、普段入っている金貨の10倍にあたる量の100万ゴールドが山のように積まれ、空から降り注ぐ陽の光を反射してキラキラと輝いている。


 そしてさらに、金貨の上には古ぼけた缶が鎮座していた。

 黄金の上で、缶が鈍い鉛色を放っている。一見すると、あまり価値はなさそうだ。


「おぉ! すごい量のゴールドだな!」


 メイランが豪快に笑い、ゴールドを掴んでジャラジャラと音を立てる。リリィは目を星にして跳ね回る。


「すっごーい! みてみてレオ! 金ピカだよー!」


「うーん、金貨はわかるんですけど、この缶詰はなんでしょうかね? レオさん、これ何かわかります?」


「……げ! この缶詰、『アダマンメッキ』ですよ! 防具性能の上限突破が可能なレア強化素材です!」


「上限突破ですか?」


「はい。防具の防御力って、上げきったとしても最大80%カットまでなんですけど……。このメッキを使うと、最大で95%まで上がるんです。金持ちプレイヤー御用達のレア素材ですよ。買おうとしたら、100万ゴールドじゃ足元にも……」


「ということは……大当たり?」


「大当り中の大当たりですよ! ひぇぇ……」


 レオは宝箱の横にへたり込み、息を整えながら中身を見つめる。


 アダマンメッキにはおよばないが、100万ゴールドも十分な額のゴールドだ。

 素材や設備に投資して、鍛冶屋としてさらに稼げるだろう。


 アダマンメッキに至っては、天匠レベルの鍛冶スキルを持つ自分なら、規格外の装備を作り出せる可能性がある。競売にかければいくらになるか想像もつかない。


 1000万、いや、億に届くかもしれなかった。


「このお金で設備をアップグレードして高性能な武具を作る。で、メッキを使って強化すれば……すごいことになるんだろうなぁ」


「レオさん、ほしかったらどうぞ持っていってください」


「え、いいんですか?! 超レアアイテムですよ?」


「お金も強化素材もPKの私たちには無価値ですから。現品の武器やアーマーが出ればよかったんですけどね」


「うむ! 街に入れないわしらには使いようがない!!」


「あ、そっか……」


「そーそー! レオが持って行っちゃって!」


「すみません、俺ばっかり得しちゃったみたいで」


 申し訳無さそうに頭をかくレオ。

 すると、クロウがインベントリから分厚い紙束を取り出し、ニヤリと笑った。


「レオさん、実は地図の方は、まだ10枚ほどありまして……」


 クロウが広げてみせたのは、ボロボロの羊皮紙の束――

 トレジャーハントの地図の山だった。


「次こそ武器が出るような気がするんで、ご協力……願えますよね?」


「うむ! シル姐が見込んだレオのことだ! 自分だけ宝をもって帰るなんてことは、まさかあるまい!」


「ちょーレアアイテムもらったんだし、手伝ってくれるよね?」


「「ねー?」」


「イヤー!!!」


 ー―後日、レオの鍛冶屋には大量のレア素材が積まれることになった。

 しかし、店主の顔には喜びの色が浮かぶどころか、まるで死人のような顔をしていたという……。




レオ君がMMOをエンジョイしているようでなにより(

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