第三十六話 あいるびーばっく!
調子に乗って普段よりもさらに長く書いちゃいました。
初の単話8000字超え。長スギィ!!
開拓村ライムの中央、ひときわ立派な造りの銀行前に珍しく人だかりができていた。鍛冶屋の格好をした青年、レオの隣には銀髪を揺らす霜華と、無表情ながら整然と並ぶBOTたちが控え、その前にはスツールに座った初心者たちが並ぶ。
柔らかい陽光は彼らの初期装備――簡素なシャツと短パンの色を鮮やかにするが、どこか頼りなげな雰囲気を漂わせていた。
大きなバックパックを背負ったドラゴンが地面に頭を預け、退屈そうにあくびをかみ殺してなか、レオは皮エプロンを締め直し、意気揚々と口を開いた。
「よし、座学はこれくらいにして実践に移るとするか!」
「実践ですか?」
「あぁ。実際にスキルの使い方をやってみようか。例えば鍛冶屋なら採掘から始めて練習用の武器を作るまで。裁縫なら綿花や皮を集めて服を作るまで。ついでに練習でつくったその装備を使って剣士に使ってもらうとかどうかな」
「わ、いいですねお兄さん! それって面白そうです!」
「だろ?」
「ちょっと待ってレオ君。この数の初心者にひとりひとりにスキルの使い方教えてたら、余裕で深夜回っちゃうよ?」
「ところがどっこい、俺達には霜華とBOTたちがいるだろ? 実践するのはこいつらも一緒さ」
「あ、なるほどね!」
レオは初心者に向き直り、座学から実践に移ることを宣言する。
そしてそれぞれの初心者にBOTを付けて、接客の練習となる「人付き合い」をさせながらスキルの使い方を教えることにしたのだった。
「よし、それじゃ今から実際にスキルを使ってキャラを成長させていこう。みんなにはサポートとしてB……人工知能の入ったキャラをつけるから、わからないことがあったら、まずは彼らに聞いてみてほしい」
「「はい!!」」
すると、霜華が静かに近づき、レオに確認するように言った。
「レオ先生、実践指導において、私たちは具体的にはどうしましょうか」
「そうだなぁ……。初心者が困ってたり、わからないことがあったら答える。だけど先回りしすぎない、かな。初心者のペースを大事にする。接客の基本だ」
「了解しました。『相手のニーズを理解し、適切な情報を提供し、寄り添う』――これを基に実践します」
「うん、頼んだぞ」
「あ、テイマーやりたい子がいるなら私も協力しようか?」
「メアリさん、お願いできますか?」
「もちろん! 待ってるだけだとヒマだもん」
これからのゲームを支えてくれるはずの初心者に対し、HOF運営はチュートリアルらしいチュートリアルを用意していない。
だが、そんな彼らにも僅かな良心が残っているのだろう。
ライムは初心者向けにスキルを試行錯誤できる場所が用意されていた。
村を出てすぐの場所には灰色の小さな鉱山が広がり、鉱夫たちがキャンプを張っていて、掘った鉱石をその場で精錬できる炉が用意されている。
また、裁縫屋の裏手には小さな羊牧場と綿花の鉢植えがあり、そこで手に入れた素材――綿花、羊毛、羊から取れるソフトレザーを使って服や靴の初歩的なレシピを実行できた。
さらにライムのガード圏外には、スケルトンやゾンビといった魔法を使わない弱いモンスターがうろついており、ドロップするお金は少ないが、自発的に攻撃してこない特性を持っていた。
「さて、鍛冶屋になりたい人は俺についてきてくれ。鉱山にいくぞ!」
「はい!」
レオと霜華はリッケと初心者数名を引き連れて鉱山に向かった。灰色の岩肌が広がる鉱山の近くには、NPCが出入りする小さなテントがある。
レオはテントの中に入ると、その中にあった道具箱を探る。
すると箱の中から粗雑な造りのツルハシが何本も転がり出てきた。
「わっ!」
「このキャンプの道具箱の中には、耐久度の低い練習用のツルハシが入ってるんだ。リッケ、これをみんなに配ってくれ」
「わかりました!」
リッケはレオから受け取ったツルハシを抱きかかえ、同じく鍛冶屋を志している初心者と霜華に手渡した。
「鍛冶が低いうちは自前でツルハシを作るのも大変だからな。ここで手に入れるか、NPCの店でツルハシを買うのがいいな」
「なるほどです!」
「へぇー! こんなところにあるなんて知らなかった……」
「やっぱりか。HOFってここらへんの説明、全くしないからなぁ」
「運営にあるまじき態度ですね」
「それについては霜華に全面的に同意だ。さて、ツルハシを持ったら次は鉱石掘りだ。まず鉱石だが、そこら辺の地面を掘っても出てこない。振り下ろすことができるのは、こういった山地形にある灰色の岩肌だけなんだ。リッケ、やってみな」
「はい!」
目を輝かせたリッケが、くすんだ灰色の岩肌にツルハシの先を振り下ろした。
しかし眼前に立ちはだかった岩盤は、気合のこもった彼の一撃を跳ね返す。リッケは小さな悲鳴を上げ、地面に尻もちをついてしまった。
「か、硬い……!」
「岩を緩めることはできましたが、鉱石を得ることはできなかったようですね。
――リッケさん、体に触れますね」
「えっ?」
霜華はリッケの背後から彼の手をとり、ツルハシを握る彼の手の上に白く細い指を重ねた。息が吹きかかるほどの近い距離に、リッケは明らかに戸惑っている。
「あ、あの……近いです!」
「申し訳ありません。効率的に指導するにはこうするのが最適と判断しました。リッケさん。岩肌をよく観察してください」
「えっと……あ!」
灰色の岩肌に向いた青い瞳が見開かれた。
どうやら何かに気づいた様子だ。
「岩肌にちょっと質感の違う場所があります!
――なんていうか、ちょっとヒビがはいった感じの!」
「そうです。鉱石を取るにはこうした場所を狙います。以前プレイヤーが採掘した場所は岩場が緩んでいるので採掘しやすいのです」
「うん。霜華の言う通りだ。採掘は岩肌を何度も掘って鉱脈を〝育てる〟必要があるんだ。鉱脈が成長しきれば、レアな鉱石も出やすくなる。ま、そうした堀場はPKも寄ってきやすいけどな」
「ひぇっ……」
「みんな! 鉱石を5個ほど集めてくれ。鉱石が手に入ったら、それを精錬して武器にする方法を教えるぞ!」
「「はい!!」」
リッケは霜華に手をとられながら採掘を続ける。リズムに乗って掘り進めた彼は、土砂の中から次々と赤茶色の酸化鉄が含まれた鉱石を掘り起こした。
「うん、こんなもんでいいだろう。じゃあ炉で鉱石を溶かそう」
レオと霜華は、鉱山前に集まった初心者たちを率いて、次のステップへと進んだ。
灰色の岩肌から掘り出した赤茶色の鉱石を手に、リッケをはじめとする初心者たちは目を輝かせている。レオは彼らの様子を見守りつつ、NPCキャンプの炉の前に立った。
「よし、次は『採掘』スキルで鉱石を溶かして、インゴットに精錬するんだ。
霜華、リッケをサポートしてくれ」
「了解しました、レオ先生」
霜華は静かにリッケの隣に立ち、炉の使い方を丁寧に説明し始めた。
彼女は炉にレオから受け取った石炭を炉に入れると、フイゴで風を送り込んだ。
「炉を使うには石炭が必要です。NPCの炉は大抵燃料が尽きているので、こうして石炭を使って再点火します」
「うん、いいぞ。それで次にどうする?」
「鉱石を炉に入れます。『採掘』スキルが低いと鉱石の精錬に失敗する事もありますが、コモン素材の鉄なら問題ないでしょう。リッケさん、どうぞ」
「あ、はい!」
リッケは少し緊張した様子で鉱石を炉に放り込む。ゴウッと炉の炎が吹き上がり、赤い炎が鉱石を包み込んだ。すると鉱石の形が次第に崩れていき、赤く光る液体へと変わっていった。
「うわっ、溶けた!」
「いいぞ! あとは勝手にインゴットに仕上がる。霜華、『鍛冶』スキルでナイフを作るを説明してやってくれ」
霜華は頷き、インゴットを武器にする流れを初心者たちに見せた。
機械的なムダの無い手つきで空中に武器製作メニューを展開すると、使用するインゴットを指定した後、公式テンプレートからナイフのレシピを選択した。
「鍛冶の製作は、公式テンプレートとユーザーレシピを選ぶ二通りがあります。ユーザーレシピはビルドを想定したピーキーなものがほとんどなので、最初のうちはゲームが用意した公式テンプレートを使用するのが良いでしょう」
「なるほど!」
「そうだな。さらに補足するなら、スキルの訓練のために、敢えて加工難易度を上昇させたレシピがある。レシピ検索で『練習用』っていれると、それ用に調整された物が出てくるので、後々のために覚えておくといいな」
「へぇ~!」
「では、実際にやっていきましょう。リッケさん、インゴットです」
「……さすがに、ハンマーはあるよな?」
「あ、はい! あります!」
霜華は炉からできたての鉄インゴットを回収すると、インベントリからハンマーを取り出したリッケに手渡した。
「レシピを選択したら、作業進捗ゲージが出てきます。ハンマーでインゴットを叩いて形を整え、作業ゲージが満たされればナイフが出来上がります。ゲージの上昇率はスキルレベルに依存しますが、ナイフなら初心者でも十分に可能ですよ」
「わかりました!」
リッケは霜華に促され、ぎこちなくハンマーを振り下ろした。
カン、カンという音が鉱山に響き、鉄が徐々にナイフの形へと変わっていく。やがて、粗削りながらも立派なナイフが完成した。
「できた……! レオさん! 僕、初めてアイテムつくりました!」
「いい感じだな、リッケ! 他のみんなも霜華を見習ってやってみてくれ。初心者でも作れるナイフだ、満足いくまで試してみな!」
「「はい!!」」
初心者たちは興奮した様子で、ハンマーを手に次々と作業を始める。
レオが満足げにその姿を見守るなか、鉱山は熱気と笑顔で満たされていった。
出来上がったナイフを手に、レオ一行は開拓村ライムの銀行前に戻る。
通りがかりに裁縫屋を覗くと、そこでは初心者のお針子たちがBOTと共に「裁縫」スキルを実践中だった。
指導役のBOTは「コットン」という名の女性キャラクターで、柔らかな声と優しい笑顔が特徴的だった。
「糸をこうやって通して、布と皮を縫い合わせるでっす! 『裁縫』スキルが上がればもっと複雑なものも作れますけど、まずは『バトルチュニック』からでっす!」
初心者たちはコットンの指導のもと、布とソフトレザーを組み合わせ、初歩的な防具「バトルチュニック」を作り上げていた。完成した防具を手に持つ初心者の一人が、誇らしげにそれを掲げた。
「あ、できましたレオ先生!」
「おお、いいじゃん! それ持って、戦士の皆のところに行こうぜ」
「はい!」
お針子たちと合流したレオは、彼らを連れて、ガード圏外に向かった。
するとそこでは、ちょうどメアリがテイマー指導を行っているところだった。
メアリの指導現場では、彼女によく似た名前のBOT「メリー」が初心者たちに「テイム」スキルの使い方を教えていた。
メリーはメアリの予備装備――彼女が以前使っていた謎の部族の仮面を被り、威圧感漂う雰囲気で指導に当たっていた。
「まずは馬からなのだわ。優しい声をかけて、ゆっくり近づくの。『テイム』スキルはあなたの気持ちが大事なのだわ」
「はい! えっと、いい子だね……僕と旅をしない?」
初心者の一人が野生の馬にそっと手を伸ばし、メリーのアドバイス通り穏やかに声をかける。すると、そっぽを向いていた馬が初心者に興味を示し始めた。
「そこですかさず、リンゴを口にねじ込むのだわ!」
「そうそう、今よ!」
「は、はいっ!!」
初心者が馬に餌のリンゴを与えると、野生の馬が大人しくなる。
みると馬の表示名が中立モブを示す白色から、ペットを示す青色に変化していた。
「できた! 馬が言うこと聞いてくれた!」
「上出来なのだわ! 次は少し難易度を上げて、熊に挑戦するのだわ!
メアリ先生、威圧ステータスの上げ方を教えてあげるのだわ」
「はいはーい!」
メアリがニヤリと笑い、おどおどする初心者に近づいた。
熊が怖いのもそうだが、メアリの姿にも原因がありそうだった。
「テイマーの命は『威圧』よ。これが低いと強力なモンスターはてんで従ってくれないの。スキルで威圧を高めて、熊に堂々と向き合うの!」
「は、はい!」
初心者は緊張しながらも、ライムの森を我が物顔で闊歩する茶色い毛並みの熊に近づく。初期装備のシャツでは殴られたら一発で灰色の世界に送られるだろう。
しかし初心者はメアリの指導に従い、勇気を持ってテイマーの威圧を高めるスキル「アニマル・テラー」を発動させる。その瞬間、初心者の華奢な体を赤黒いオーラが包みこんだ。
「さ、ゴーゴー!」
「効果が切れるうちに熊をテイムするのだわ!」
「は、はい! そ、そこのお前! 俺と一緒に戦って強くならないか!?」
「ぐる?」
「お前強そうだけど、もっと強いやつと戦いたくないか? 俺と来い!」
「ぐるる!」
初心者が熊に熱く語りかけると、熊が興味深そうに彼に近寄ってくる。熊の巨体に全身を凍りつかせる初心者だったが、背後に立っていた二人の先生の声が彼を我に返し、金縛りから開放した。
「うまくいったのだわ! いまなのだわ!」
「はい、そこですかさずリンゴ!! いっけー!」
「は、はい! 怖ぇぇぇ!!」
自分の頭がすっぽりはいってしまいそうな熊の口にリンゴをねじ込むテイマー初心者。つぎに彼が低い声で命令を下すと、熊が唸りつつも膝をついた。
「やった! 熊をテイムできました!」
「よくできたのだわ!」
「上出来なのだわ! っといけない、こっちまで口調がうつっちゃった」
メアリとメリーは目を合わせて笑い合う。
初心者の成長を、まるで我が子のように喜んでいた。
「お、メアリさんの方もいい感じじゃないですか!」
「うん、この子なかなか筋が良いよ。テイムは度胸!」
「はは、よーし、それじゃ戦士のみんなと合流しようか。出来上がった武器を届けて、テイムした熊を初陣に出すんだ!」
「「はい!」」
レオと初心者一行がライム郊外の小さな墓場に到着すると、指導役のBOT「ブレイド」が初心者剣士たちを率いて、スケルトンやゾンビと対峙していた。
薄暗い墓場の空気の中、朽ちかけた墓石の間を縫うようにうろつくスケルトンの骨がカタカタと音を立て、ゾンビの呻き声が低く響き渡る。初心者たちは初期装備のダガー一本でなんとか立ち向かっていたが、苦戦している様子が明らかだった。
「よぉ、ブレイド。初心者の調子はどんな感じだ?」
「悪くない。だが、初期装備のダガーだけではどうにもならん」
「なら、作りたてのコイツを皆に配ってくれ!」
レオがそう言うと、リッケたち鍛冶屋初心者が作ったナイフを誇らしげに差し出した。続けてお針子の初心者が、バトルチュニックと簡素な帽子を抱えて駆け寄る。
「作りたてのナイフだよ!」
「私のつくった服も着てみて! 帽子もあるよ!」
ブレイドが頷き、初心者剣士たちに装備を配り終えると、彼らの姿は一変した。
粗末なシャツと短パンから、バトルチュニックに身を包み、頭に帽子をかぶり、手には新品のナイフを握った姿は、まるで本物の冒険者の一団のようだ。
そこに、メアリとメリーが指導したテイマー初心者がタイミングよく現れた。
彼の側には、「プー」という名前が頭上に青く光る立派な熊がいた。
テイマー初心者は、少し緊張した面持ちで相棒に指示を飛ばす。
「プー、スケルトンを引きつけてくれ!」
「グルルッ!」
「それ大丈夫なのか! 色んな意味で!」
「大丈夫よレオ君! 版権はとっくの昔に切れてるから!」
プーが低く唸り、巨体を揺らしてスケルトンに突進する。骸骨たちがカタカタと骨を鳴らしながらプーに気を取られている間に、剣士たちが素早く背後に回り込む。
「今だ、斬れ!」
ブレイドの鋭い指揮が飛び、初心者剣士の一人がナイフを振り上げた。
刃がスケルトンの首の骨を捉え、ガキンッと乾いた音と共に頭蓋骨が宙を舞う。
地面に落ちた頭蓋骨は一瞬震えた後、粉々に砕け散った。
「やった! 倒したぞ!」
初心者剣士が歓声を上げる中、別の初心者がゾンビに挑んでいた。
ゾンビの動きは鈍重だが、スケルトンよりも一撃が重い。
死体の腕が初心者の胸を狙って振るわれた。
「――うっ!」
打撃にうめく初心者剣士。だが、新しいチュニックはシャツと違って打撃を吸収できる。HPゲージの減りは、以前と比べると見違えるように少なかった。
「すごい! 鎧を着ただけでこんなに!」
「よかった……私の防具が役に立ってる!」
「次はあっちだ! いけ、プー!」
プーがゾンビの腕を咆哮で引きつけると、剣士が横から飛び出し、ナイフでゾンビの首を一閃。腐った肉が地面に落ち、ゾンビが崩れ落ちる。
「すご! 皆してバッタバッタ倒してる!」
「新しい装備とタンク役の動物が入ればこんなもんよ。レオ先生の指導の賜物だね」
「でも、ここまでとはおもわなかったなぁ……」
初心者たちは次々と敵をなぎ倒していく。プーが前線でターゲットを引きつけ、剣士たちがその隙を突く。
彼らの連携は、初心者とは思えないほどに見事なものだった。ナイフの刃が閃くたび、スケルトンの骨が飛び散り、ゾンビのうめき声がかき消される。
「プー、最高だよ! お前と一緒なら何でも倒せる!」
「グルルゥ!」
テイマー初心者の信頼に応えるようにプーが吼え、さらなるスケルトンに突っ込んでいった。 レオは墓場の端からその光景を見守り、満足げに頷いていた。
「いいぞ、みんな! その調子だ!」
「熊と剣士のコンビ、悪くないね。初心者とは思えない動きだよ!」
霜華は一歩引いた位置で、義脳にデータを記録しながら静かに観察していた。
(初心者の連携成功率92%。装備の効果とテイムによるサポートが戦闘効率を向上。レオ先生の実践指導、極めて効果的と評価)
彼女の瞳に淡い光が宿り、BOTたちと共に無言の称賛を送る。
墓場に響く初心者たちの歓声に、プーの咆哮が混ざり合う。スケルトンの骨とゾンビの残骸が積み上げられるなか、レオは満足げに腕を組んでいた。
(いやぁ……なんか思った以上に上手くいっちゃったな)
だが、その和やかな空気は、から忍び寄る影によって一瞬にして引き裂かれた。
「――混沌の鍛冶王。初心者を洗脳して何を企んでおるでござるか!」
穏やかな陽の光が降り注ぐ墓場に冷たく低い声が切り裂き、黒色の忍者装束に身を包んだ男――ヒグルマが姿を現したのだ。
鈍く輝く「火」の文字が刻まれた額当ての下で、目だけが鋭く光っている。
まるで全ての真実を射抜くような鋭い瞳がレオを刺した。
「はぁ? 初心者を洗脳? 何いってるんだ。俺はただ、ハトフロのスキルの使い方を皆に教えてただけだぞ?」
「ふっ、あくまでもとぼけるでござるか。ならば実力行使にござる!」
彼が右手を上げると、雑多な装備のプレイヤーたちが森の木陰からぬっと姿をあらわした。彼らは弓や杖を構え、その先はレオを狙っている。
――そう、風呂速報の「混沌の鍛冶王レオが初心者を支配している」という記事を信じ込んだプレイヤーが、正義感に駆られ、ライムに殴り込みをかけてきたのだ!
「何だお前ら?!」
「悪事を暴く正義の忍とその仲間にござる! 世界の平和のために死ねでござる!」
「だから意味がわからん!! ちゃんと説明しろぉぉぉ!!!」
「レオ先生。恐らく彼の説明はあてになりませんよ。脳の機能的メカニズムではなく、もっと簡単な所でつまずいているようです」
「言っとる場合かー!」
「何をゴチャゴチャと……攻撃開始でござる!」
ヒグルマの号令のもと、スレ民の矢が墓場に降り注ぎ、低レベルの火球が赤い尾を引いて飛んだ。ブレイドが矢を剣で弾き、コットンとメリーが初心者の前に立ちはだかって庇うが、火球を浴びて膝をつく。
「メリーがやられた!」
誰かの叫びが上がるなか、プーが咆哮を上げて応戦する。
しかし、飛来した無数の矢を受けて巨体の動きは止まってしまう。
「プー! やめろ、僕らを攻撃しないで!」
「何なんだよお前ら!」
ナイフを握った初心者剣士が訴える。
が、ヒグルマは覆面の下で歪んだ笑みを浮かべだけだった。
「何と無体な……初心者たちはすでに洗脳されてるにござる! 手加減無用!」
「イェー! イェー!」
湧き上がったプレイヤーたちはさらに魔法を放つ。
墓場は混乱に包まれ、初心者たちは逃げ惑う。
「何のつもりだ! BOTも初心者も俺の仲間だぞ!」
「ならば仲間ごと葬りさるまでにござる!」
スレ民の攻撃が弱まるどころか激化していく。墓石が砕け、地面が焦げる中、初心者たちのHPゲージが減っていき、HPの低下を知らせる警告が点滅する。
「レオ先生、どうすればいいの!?」
「ガード圏内まで逃げるんだ! 連中も街の中までは追ってこれない!」
「逃さんでござる!! スゥゥゥゥゥゥリケン!!」
「――!!!!」
レオが初心者に向かって逃げるよう叫んだ瞬間、彼の喉元を狙ってヒグルマが帯から取り出した手裏剣を投擲した。
シュシュシュンっと空気を切る音が響き、3つの黒塗りの十字手裏剣がまっすぐレオに向かって飛んでくる。
漆黒の牙が迫り、彼の喉もとに届く――かと思われた。
青白い尾を引く剣閃がひるがえり、空中で手裏剣が火花をあげて弾かれる。レオの喉を狙っていたそれは明後日の方向に飛び、墓石に突き刺さって止まった。
「――たった一日開けただけでこのザマか。HOFは本当に忙しいねぇ」
冷たく透き通った声が響き、赤い瞳と長い銀髪をなびかせた女剣士が現れた。
彼女の頭上には赤く輝く【|The Legendary Murderer《伝説級の殺人者》】の称号が浮かんでいる。
――シルメリアだ。
細身の体のラインを際立たせる影色の金属甲冑に身を包み、HOF最強のPKが、青白く光るレイピアを手に墓場に降り立っていた。
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シルメリア=サンのあいるびーばっく。
相手は死ぬ。