第三十五話 ででんでんででん♪
春の陽光がブリトンの北に広がる草原を優しく照らし、風に揺れる草葉がさざ波のようにうねっていた。邪悪の権化のようなトゲトゲしいシルエットの要塞に囲まれた空き地にぽつんと立つ「レオの鍛冶屋」の扉がガチャリと開き、人懐っこい笑顔を浮かべた青年が姿を現した。
――鍛冶屋のレオだ。
皮のエプロンを腰に締め、手には分厚い耐熱グローブをはめ、太ももまで丈のある柔らかい革のサイブーツが彼の足元をしっかりと支えている。肩に担いだ自作のツルハシが朝日を反射し、キラリと光った。
「よし、今日から霜華たちに接客術を叩き込むか!」
意気揚々と呟いたレオの前には、鍛冶テイマーのメアリがキミドリにまたがっていら。人が丸ごと入りそうな大きなバックパックを背負う緑色の鱗が輝くドラゴン、キミドリがふわっとあくびを放つ。
メアリは漆黒の甲冑に身を包み、ドクロを象ったヘルムがその顔を覆っていた。燃える闘気のようなオーラが彼女から溢れ出しているが、これはテイマーの「威圧」ステータスがあってこそ。ドラゴンのような強力なペットを従えるには、この威圧が不可欠なのだ。キミドリが言うことを聞くのも、メアリのこの貫禄のおかげだった。
「レオ君、気合入ってるねぇ。
霜華ちゃんたち、ちゃんと授業についてこれるかな?」
メアリがニヤリと笑うと、レオは首を振って苦笑した。
「ま、しっかり教えてやれば、初心者に優しい立派な店員になるさ」
「闘技場をみるかぎり、生徒の質は激高。つまり、霜華ちゃんの接客がイマイチだったら、それは教師のせいってことだね~」
「うっ……」
その言葉に呼応するように、店の奥から銀髪を揺らす霜華と、その後ろにゾロゾロと続くBOTたちが現れた。ぎこちない動きで一列に並ぶ彼らの姿は、まるで新入社員の朝礼のようだ。霜華が一歩前に出て、レオに向かって丁寧に頭を下げた。
「レオ先生、本日はよろしくお願いします。プレイヤーとの接触から、レオさんの接客方法を学びます」
「うん、頼もしいな。それじゃ早速、初心者が集まる場所に行こう!」
「ってことは、行くのはライムかな?」
「ですね。ゲートをお願いできますか」
「ほいほーい!」
一行は転移門を通り、HOFの初心者が集まる街「開拓村ライム」にやってきた。
ライムは、HOFサービス開始から10年が経過し、初期のチュートリアルが違法建築や仕様変更で役に立たなくなった。
結果、運営は大胆な方針を取ることにした――
それは「何も知らない初心者を即座にゲームに放り込む」という、すべてを放り出した投げっぱなしスタイルである。
場は用意した、あとは勝手に試行錯誤して覚えてくれ、というわけである。
ライムはその運営の投げやりな運営方針によって生まれた村だ。
ライムには木造の小屋が点在し、中央には銀行がそびえており、それを取り囲むように鍛冶屋や裁縫屋、戦士ギルドや魔法学校が並んでいる。
施設には初心者に向けた剣士と魔法使いの簡単なクエストが用意されている。
しかし、それだけではHOFの複雑なシステムを理解するには到底足りない。
そこでライムには、育成を終えたベテランプレイヤーが有志として集まり、初心者にスキルの上げ方や使い方を教える文化が根付いていた。
まるで現実の学校のような賑わいを見せるこの村は、レオにとって霜華たちに「初心者対応」を教える絶好の場所だった。
開拓村ライムの中央、ひときわ立派な造りの銀行の前に一行は立った。
キミドリは地面に寝そべり、退屈そうにあくびをかみ殺している。
レオは周囲を見回し、初心者らしいプレイヤーを探した。
「さて、初心者っぽい子はどこかな……ん?」
するとレオの視線の先に、見覚えのある少年が立っていた。
シャツと短パンという初期装備に身を包んだ「リッケ」だ。
以前、鉱山都市ヴェルナで採掘中に「チュートリアル山賊団」に絡まれ、レオに助けられた初心者である。リッケもレオに気づき、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「お兄さん! また会えた!」
「お、リッケじゃん! 元気にしてたか?」
レオが笑顔で手を振ると、リッケは少し照れくさそうに頬をかきながら答えた。
「うん、なんとかやっていけてます。そうだ! レオさん鍛冶屋でしたよね? 僕、鍛冶をやりたくてスキルをとろうとしてるんですが」
「お、リッケも鍛冶を始めるのか! 鍛冶はいいぞー!」
「でも、HOFのシステムがよくわからなくって……なんでキャラクターの取れるスキルに『鍛冶師』と『鍛冶』があるんですか? どっちを取ればいいんです?」
リッケは困惑してすがるような表情を見せる。
レオは一瞬目を丸くした後、ニヤリと笑って彼の小さな肩を叩いた。
「確かにHOFのシステムって独特で、初心者には意味不明だよなぁ。俺も最初は頭抱えたよ。よし、リッケに教えるついでに、他の初心者にも教えてやろう!」
レオが勢いよく振り返ると、銀行前に初心者たちがチラホラと集まり始めていた。
シャツ一枚のプレイヤーや、初期クエストでもらえる剣をぎこちなく持つ者たちが、リッケとレオのやり取りを興味津々に見つめている。するとキミドリの前にドッグボウルを用意していたメアリが、霜華にニヤリとした笑みを向けた。
「レオ君、リッケ君に質問されてスイッチ入っちゃったみたい。
なりゆきで教える流れだよ」
「接客とはなりゆきで行うものなのでしょうか。理解不能――」
「まぁ~、見てればわかるんじゃないかな?」
「……よし、こうなったらやるしかねぇ! 『はじめてのHOF教室』、開講だ!」
レオが勢いよく宣言すると、周囲の初心者たちから「おぉー!」と歓声が上がる。
驚いた様子の霜華の背後のBOTたちも、無表情のまま無言で一斉に拍手した。
騒ぎにキミドリは鼻提灯をはじけさせ、「むぐ」と首をかしげたが、メアリに頭を撫でられて再び地面に頭をあずけ、大人しくなる。
レオは銀行前の広場に机をどんとだし、スツールを並べて集まった初心者たちを座らせた。即席の青空教室を始めるようだ。皮エプロンを締め直し、耐熱グローブを外してベルトに突っ込むと、彼は力強く話し始めた。
「えー、みんな、HOFへようこそ! 歓迎します! 俺は鍛冶屋のレオです。さっきリッケに聞かれた『鍛冶師と鍛冶の違い』から説明しようと思います。このゲームのシステムは独特だから、しっかり整理していこう!」
初心者たちが目を輝かせて聞き入る。
そんな中、レオはHOFの職業システムの基本を解説し始めた。
「ハトフロのキャラクター成長は『スキル制』だ。キャラを作ると、500ポイントのスキルポイントが与えられる。ここでプレイヤーには、単独でスキルを成長させるか、複数のスキルがセットになった「クラス」を選ぶかの二択が用意されてるんだ」
「クラスとスキルですか?」
「あぁ。リッケが混乱してた『鍛冶師』と『鍛冶』の違いな。『鍛冶』は単独スキルだ。武器や防具を作る技術に特化してて、これ一本で鍛冶作業ができる。スキルポイントで言うと、基本の上限は100ポイント。対して『鍛冶師』はクラスだ。100相当のスキルにするには200ポイント必要だけど、『鍛冶』100と『採掘』100に合わせて『武器学』とか『彫金』がオマケでついてくる。コスパいいだろ?」
リッケが首をかしげて呟いた。
「えっと……じゃあ『鍛冶師』のほうがお得ってことですか?」
「そうそう! 初心者なら絶対クラスの『鍛冶師』がオススメだ。単独で『鍛冶』取ると、材料集めの『採掘』とか、ツール作りの『彫金』を別で取らないと仕事にならない。これ全部揃えると400ポイント以上かかるからな。俺みたいにスキル単独で取るのは、上級者向けなんだ」
初心者たちが「うわっ」と顔を見合わせる中、レオはニッと笑って続けた。
「でも、クラスにはデメリットもある。スキルの上限が100で固定されるんだ。俺は『鍛冶』150、『ルーンスミス』150で計300にしてる。『ルーンスミス』ってのは武器に特殊効果を付与するスキルだ。例えば俺のツルハシには『耐久度UP』と『耐久度再生』のルーンを刻んでる。残り200ポイントで『採掘』100と、『彫金』と移動に使う『魔法』を分けあってるキツキツ仕様だ。さらにスキルが100を超えると成長速度がクソ遅くなるから、初心者にはまずクラスで安定させるのが賢いぜ」
レオの説明に、初心者たちから「へえー!」と感嘆の声が漏れた。
リッケが目を輝かせて手を挙げた。
「じゃあ僕、『鍛冶屋』クラスを取ればいいんですね!」
「そうだな。でもな、リッケ、クラスは便利だけど将来の伸びしろが少ないってことも覚えておけ。俺みたいに『天匠』を目指すなら、スキルを単独て取って上限突破する道もある。どっちがいいかはお前がどんなプレイスタイルを選ぶか次第だ」
「はい!」
「レオ先生の説明、非常に論理的です。初心者への選択肢の提示が明確ですね」
霜華が小さく頷き、呟いた。BOTたちも無言でメモを取るような仕草を見せ、初心者だけでなく彼らにもレオの授業が響いているようだった。
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開拓村リムの銀行前で、レオが初心者たちに囲まれ「はじめてのHOF教室」を開いている光景を、霜華は一歩引いた位置からじっと観察していた。銀色のポニーテールが微かに揺れ、彼女の瞳にはデータの流れが映り込むような淡い光が宿っている。
彼女の隣に立つBOTたちは無言で佇み、倉庫に並ぶロボットのようだ。しかし、霜華自身はどこか人間らしい好奇心を隠しきれず、レオの言葉に耳を傾けていた。
「『剣士』と『剣術』の違いも同じだ。戦士を始めるなら、まずは『剣士』のクラスを取るのがオススメだぜ。包帯を使った回復手段もあって安定するからな」
レオの声が広場に響き、リッケをはじめとする初心者たちが「へえー!」と感嘆の声を上げる。霜華は小さく首をかしげ、頭の中でデータを整理し始めた。
(レオ先生の行動ログ、記録開始。対象:初心者プレイヤー。目的:スキルシステムの説明。状況:リッケの質問から派生した即興の講義。……興味深い)
彼女はレオの言葉と態度を細かく分解し、接客の基本としてどう解釈すべきかを分析していく。一見すると、スキルの説明は単なる技術指導に過ぎないが、霜華はその裏に隠された「意図」を見逃さなかった。
(まず、ポイントその1)
と、霜華は心の中で呟きながらメモリに書き込む。
(レオ先生は初心者の困惑を即座に察知し、それに対応した。リッケというプレイヤーが『鍛冶屋と鍛冶の違い』で混乱した瞬間、彼は笑顔で肯定しつつ、質問を広げて全員に役立つ話題に変えた。これは……『相手のニーズを理解する』という接客の基本行動パターンに合致する)
霜華の視線がレオの手元に移る。
(皮エプロンを締め直し、耐熱グローブを懐にしまったのは『手の表情を見やすくするため』。この仕草は、無意識のうちに初心者に親しみやすさを与えている。)
彼女はさらに分析を進めた。
「ポイントその2は『適切な情報の提供』。レオ先生は専門的な知識を初心者に簡略化して伝えている。『鍛冶』と『鍛冶屋』の違いをメリット・デメリットで説明しつている。さらに、『俺みたいにキツイビルドもあるけど初心者はクラスでいいぜ』と初心者に選択肢を提示。これは『選択の自由を提供する』接客技術。押し付けがましくないのがポイントか。」
霜華の義脳が高速で回転する。HOF運営の「初心者支援」と比較し、レオの教育法がどれだけ優れているかが、彼女の計算で弾き出された。
「なるほど。この学校――スキル説明は接客と無関係ではない。レオ先生は『教える』ことで初心者の不安を解消し、同時に信頼を築いている。これは鍛冶屋としての技術指導を超えた、『人と人との繋がり』を強化する行動。私たちが店番で目指すべき接客の基本はここにあると推測されます」
彼女の背後で、BOTの一体がさっと手を挙げた。霜華が振り返ると、そのBOTが無言で「?」というジェスチャーを示す。まるで「どういうこと?」と尋ねているようだ。霜華は静かに頷き、仲間たちに説明するように言葉を続けた。
「レオ先生の接客術を分解すると、3つの要素が見えます。1つ目、『相手のニーズを理解する』。先生はリッケがシステムに困惑していたのを即座に察知した。2つ目、『適切な情報を提供する』。複雑なスキルシステムを簡潔に、かつ初心者に理解できる形で伝えた。3つ目、『相手に寄り添う姿勢を見せる』。笑顔と気さくな口調で、初心者に安心感を与え関係を構築。これが、私たちが学ぶべき『初心者に優しい接客』の基礎なのでしょう」
「霜華ちゃん、めっちゃ真剣に聞いてるね。レオ君の授業、どう思う?」
「レオ先生の行動は、スキル説明を通して初心者と関係性を構築しています。彼は鍛冶屋としての知識を教えるだけでなく、プレイスタイルを確立するのを助けることで、彼らが将来的に得る『居場所』を提供しています」
「難しいこといってるけど、つまりどういうこと?」
「良い接客の本質とは――『相手を支える』ことではないでしょうか」
「ほぉ~! なんかそれっぽい!」
「霜華さん、何か言いたいことあるなら直接言ってもらえる……?
遠くでブツブツ呟いてると、何か怖いんだけど!!」
霜華はハツとした様子で一瞬固まり、慌てたように首を振った。
「いえ、怪しい意図はありません。ただ、レオ先生の接客術を観察し、データとして記録しているだけです。結論として、あなたの行動パターンは、初心者に『理解』と『安心』を同時に与えていると判断しました。私たちもこれを模倣すべきかと」
「うーん……?」
レオはと首をかしげつつも、ニヤリと笑って肩をすくめた。
「そんなに難しく考える必要はないよ。初心者が困ってたら助けてやればいいだけの話さ。だって――『理由はあてにならない』、だろ?」
「……確かに。『相手を支える』という目的に焦点を当てたほうが、私たちの学習効率が向上するかもしれません。了解しました、レオ先生」
霜華が小さく頷くと、BOTたちが一糸乱れず「了解」のジェスチャーをしてみせた。レオの接客術は彼女の中で「初心者に優しい行動」のテンプレートとして整理されつつあるようだった。
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20万字でようやくゲーム内のスキルの説明が具体的にされるって…(
しかし霜華、高性能だなぁ…
下手すると、そこらのプレイヤーよりも頼もしく…ゲフンゲフン




