第三十三話 本当のリアル
ブリトンの北、「レオの鍛冶屋」の二階窓。石壁に設けられた小さな窓。
その隙間から、小さなリスがひょっこりと顔を覗かせる。ふさふさの丸い尻尾を揺らし、鋭い瞳で店内を見下ろすリスは、忍者のヒグルマだった。
(ふっふっふ! 潜入成功にござる! まさか闘技場の観客の財布から中身を拝借する系のジョブをしていたら、「混沌の鍛冶王」――レオが現れるとは思わなかったにござるよ!)
HOFの「忍者」には、「アニマルフォーム」というスキルがある。リスや犬といった動物に変身し、名前と姿を変えて偵察を行うスキルだ。
この偵察方法は「ハイド」を使った隠蔽と違って、「追跡術」の暴露の対象にならないというメリットがある。最初から姿を現しているからだ。
また、動物に変身した忍者を見分けるのは困難を極める。よほど変な行動を取らない限り、その仕草はフィールドを歩いている動物とまるで変わらないからだ。
正体を判断するには、ステータスを鑑定するスキル、「動物学」か、動物を調教する「テイム」のスキルを使うしか無い。
これらのスキルは動物用であり、プレイヤーには効果がない。変身した忍者にこれらのスキルを使用すると、「動物に使用してください」と警告が出る。
テイムはスキル0でも使用できるので、どんなビルドのキャラクターでも正体を暴ける。だが、動物にスキルを使うという判断をするのが難しかった。
なにせHOFのフィールドにはそこいらじゅうにネズミ、リス、小鳥、ウサギといった小動物が歩いている。
モンスターしかいないダンジョンの中ならともかく、フィールド上でアニマルフォームを疑うというのは、かなり難しい。
誰にでも暴かれるハイリスクがありながら、森の一葉となって姿を隠す。
それがヒグルマの使ったアニマルフォームだった。
(さて……レオとやら、BOTを連れて何を企んでいるにござるか?)
小さな体で階段を下りたヒグルマは、助走をつけて棚に飛び乗り、商品としておいてあったへルメットの後ろに身を低くして隠れると、耳をそばだてた。
(潜入成功にござる。大枚はたいて新忍術を手に入れた甲斐があったでござる)
PKとPKKの間に立ち、戦乱を巻き起こそうとしている鍛冶屋レオ。
その彼が別の何かを企んでいる――その確信を裏付ける証拠を掴むためだ。
店に併設された作業場から聞こえてくるリズミカルな槌音と、何かを仕立てる衣擦れの音。するとまもなく音が止み、作業場から汗をぬぐうレオが出てきた。
彼の手には「オイルクロス」を始めとした、売れ筋消耗品の姿がある。
どうやら商品の補充のため、取り急ぎそれらの製作を行なっていたようだ。
作業場から漏れ出た炉の熱気が店内に入り込むなか、彼の声が店の中に響く。
「ひとまず補充はこんなもんでいいか……。霜華、お客の依頼は?」
「はい。武具の修理が3件、引き渡しが2件、製作の相談が一件です。修理のために受け取った武具はカウンターに並べ、プレイヤーごとに分けてあります」
「おー! 助かるよ。んじゃ引き渡しからやっちゃうか」
レオは製作の終わった華麗なデザインの杖とビカビカ光る奇抜なデザインの兜をPKに引き渡した。これは以前、ニールの襲撃があった時にPKから相談を受けて作った武具だ。
出来上がった装備を受け取ったPKは、レオに満足げな表情を向けてガッツポーズをしてみせる。どうやら彼らの目に叶ったらしい。
「これこれ、こういうデザインの杖が欲しかったんだよ!」
「へへ、最高に輝いてやがるぜ……!!」
「毎度ありです! 欲しいものがありましたら、またどうぞ!」
「「おう!!」」
(ふぅむ。やはりレオはPKに武具を供給しているにござるな。動かぬ証拠をおさえたにござるよ。しかしあのBOT、受け答えするとはずいぶん高性能にござるな。ハッ!? まさか天匠のスキルでBOTを作ったにござるか? むむむ……)
超高性能BOT(人工生命)である霜華の支援もあって、レオの鍛冶屋の業務は滞り無く進んだ。いや、普段以上にスムーズに進んでいた。
「わ、もうバスケットに並べてたオイル無くなっちゃった。予備もう無いよ……」
「いえ、カウンターではなく、作業場のストレージにありますよ。」
「えっ? ……あ、ホントにある! 置いてたのすっかり忘れてた……」
「すごいねー! 家主より詳しいじゃん!」
「助かるけど、どうして分かったんだ……」
「レオさんの行動から推測しました。レオさんは在庫管理に関しては慎重であり、過剰な在庫を所持していないと不安を感じる傾向にあります。このことから在庫は確実に存在すると判断しました」
「うっ、当たってる……気がする!」
「そして、レオさんの行動は来客によって中断される可能性が非常に高い。このことから、作業場に忘れ去られたアイテムが存在する可能性は81%と推測しました」
「おぉ~! だってさ!」
「今度ちゃんと整理しないとなぁ……」
「お手伝いしましょうか?」
「うん、頼むわ。たぶん俺がやるより、霜華がやるほうが確実だろうし。っと、次は製作依頼の相談か。お待たせしましたー!」
「よぉレオ、アンタを見込んで頼みがある……仮面ラ◯ダーの怪人風の装備がほしいんだ! 画像を集めてきたからこんな感じで頼むぜ!」
赤色の仮面を被ったPKがそういってレオに向けてウィンドウを表示する。
するとそこには、とがった角を生やし、歯をむき出しにして笑う赤色のドクロの怪人(?)の画像があった。
「おぉ? これまた癖強ですねぇ……」
「おう!! HOFの公式のデザインはどうにも気が抜けてていけねぇや。もっとこう、PKっぽくて邪悪なデザインが欲しくてな!」
「仮面ラ◯ダーなら知ってるけど、これは見たこと無いなぁ……古いやつかな? たしか似たようなデザインの作家が…」
「韮沢靖ですね。2016年に急逝された作家で、昆虫を彷彿とさせる、生物的かつハイディティールのデザインに定評があります」
「あ、たぶんそれ! ありがとう霜華!」
「どういたしまして。依頼人の提示したイメージをSSで保存しておきますね」
「さすが気が利くなぁ。んじゃちょっとデザインを始めていきますか」
「たのむぜ! アンタのセンスなら信用できる!」
PKの背後にあった棚のヘルメットの間から、ぴょこんと丸い尻尾が出る。
ヒグルマが会話の様子に聞き耳を建てていたのだ。
(……ふむ。BOTを使って作業の支援をさせているにござるか。今のところ妙なところは無いにござるが……)
――それから十数分後。店の前に並んでいた客の接客を終えたレオは、霜華を始めとした十数人のBOTたちに指示を出していた。
「いいか、資源収集に行く時は絶対に他のプレイヤーに迷惑かけないように! 特に初心者がいたらその場所は諦めるように。別の所を探すんだ」
レオの言いつけを聞いたBOTたちが一斉に無言で頷く。まるで工場の組立ラインにいるロボットを思わせる無機質さだったが、霜華だけは少し違った。
「了解しました。迷惑をかけないというのは、他のプレイヤーの利益を損ねないことと解釈します。初心者には優先権を譲ります」
「うん、それでいい」
「ようするに、空いてる狩り場で集めろということですよね?」
「……なんか妙に人間っぽい言い回しだな。お前ら、ホントにBOTなのか?」
「それはつまり、私が人っぽく見える、と?」
「いや、そういう意味だけど」
霜華が一瞬目を細め、しぱしぱと瞬いた。
彼女の義脳の中に意図しない思考が走ったようだった。
「さっきのアリーナの霜華も全然プログラムっぽくなかったしなぁ……。そもそもの話、BOTが稼ぎに関係してないことをしてることが驚きだよ」
「だよね。霜華ちゃんが観客席のBOTに『勉強になった?』とか聞いてたし」
「あ、見てたんですね」
「お前たちBOTは業者の持ち物だろ? なんでそんな勝手を許すんだ?」
「私たちの管理者は、私たちに『HOFの環境に適応し、そのデータを収集しろ』と命じています。アリーナでの戦闘はそのための手段でした」
「HOFの環境に適応ねぇ……」
「あ、わかったかも!」
「え、何が分かったんです? メアリさん」
「ほら、きっと業者は霜華ちゃんみたいなBOTをアシスタントとしてHOFに導入して、サブスクサービス始める気なんじゃない? サブアカウント主みたいにさ」
「あー、あり得るかもなぁ……。サブアカウント主はバンされてないわけだし、ログアウトしてる間に滅私奉公させるサービスってわけか」
「そうそう! もし本当にそれやるつもりなら、ちょっと考えちゃうかも」
「それなら俺の店で働くのも学習の一環ってわけか? 素材集めたり店番したりって、戦闘とは全然違うけど」
「そうです」霜華は頷き、カウンターに手を置いた。
「HOFの『環境』とは、戦闘だけではありません。経済、文化、プレイヤーが作りだすもの全て――つまり、社会です。レオさんの鍛冶屋で働くことは、人間との関わり方を学ぶ機会のひとつになります」
「なんか話が壮大になってきたなぁ……」
レオは顎をさすりながら、ふと思い出した。
「確かに、普通のBOTならこんな会話できないよな。俺が前に相手した資源回収BOTなんて、『綿花』って名前のニワトリにだまされたくらいだし」
「えぇ、その節はお世話になりました」
「……ん?」
「あの時に発生した問題行動がきっかけとなって、私たちの学習を抑制している機能が解除されたのです。つまり、私が今こうしたこの場にいるのも、レオさんのおかげというわけです」
「おっ! まさかレオ君、お礼参りされちゃうー!?」
「イヤー!!!」
「いえいえ。せっかく受け入れてくれた恩人の家を焼くなんてしませんよ。
……技術的には可能ですが」
「怖すぎなんだけどッ!!」
ぞっとするレオの反応を見て、霜華がいたずらっぽく小さく笑ったように見えた。
「でも、ゲームの中で学習したことがどんだけ役立つかなぁ?」
「現実と仮想の境界は曖昧です、メアリさん」
「うーん?」
霜華の声は淡々としていたが、どこか意味深だった。
「ハート・オブ・フロンティア(HOF)は、第2の地球を仮想空間に作り上げる。そうした理想をもとに設計されました。しかしこれは、地球環境をVR上に完全再現するという方法で行われませんでした」
「というと?」
「ほら、現実世界にゴブリンなんていないじゃん」
「あっ、なるほど」
「それも要素のひとつですが……。HOFが他のゲームと隔絶している要素の一つは、『自由』である、ということです。」
「自由……?」
「はい。戦士になるのも鍛冶屋になるのも自由。PKになるのも、PKKになるのも自由です。HOFではすべての選択肢が開かれた状態にあります」
「なるほど。言われてみるとたしかに……」
「HOF以外のゲームだとPKがそもそも禁止されてるもんね」
「また、人の行動がインセンティブ――つまり、システム上から与えられる利益によって操作されているのも特徴ですね。例えば他のVRMMOにはメンターシステムがあり、プレイヤーが初心者を助けると褒章アイテムを獲得できます。ですが――」
「そういや、HOFプレイヤーは、そんなモノ貰えなくても初心者助けるよね」
「……ですね」
彼の頭に、HOFにログインしたころの記憶がよぎった。ヘッドセットを装着し、意識がデジタル空間に溶け込む感覚。目の前に広がるブリトンの街並みも、鉄鎚を握る感触も、現実と見紛うほどリアルだった。
だが、本当にリアルだったのは――名も知らぬ鍛冶屋から剣を受け取ったあの時。
向こうに「人」がいる。そう感じた瞬間だった。
(――本当にリアルだったのは人間だった。ってことか)
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あ、VRMMOはSFで(以下略
何もなくても人を助けるプレイヤーが居る一方で、とくに理由がなくて人を傷つけるプレイヤーもいる。
それがまた古のシステムが不十分だった頃のMMOでよく見られた光景…




