第二話 まともな客が来ません
仮想現実MMORPG「ハート・オブ・フロンティア」でレオの長年の夢だった「自分の鍛冶屋」は、開店初日に最強プレイヤーキラー、シルメリアと手を組むという想定外のスタートを切った。
ブリトン郊外、「ブラッディ・ベンジェンス」の縄張りにある店は、客足ゼロの危機を脱した――が、その代わり訪れたのは、想像を絶する荒々しさだった。
「おい鍛冶屋! 仕事だぞ!」
翌朝。レオが炉に火を入れ、金槌を手に持った瞬間、店の扉がバーンと勢いよく開いた。彼がハンマーの柄を握ったまま固まっていると、三人の個性的すぎるPKメンバーが店の中にドカドカと入って来た。
まずレオの前に立ったのは、巨漢のメイランだ。全身を騎士顔負けの強化重装甲に身を包んでいる。彼のトレードマークはまるでロボットアニメに出てくるパワードスーツみたいな重甲冑と、ギラギラと輝く魔術書だ。
そう。このナリで彼は魔法使いなのだ。
メイランは魔法使いにも関わらず魔法の行使にペナルティが発生する甲冑を着込む「タンクメイジ」と呼ばれるビルドをしていた。
タンクメイジはモンスターと戦うときには全く役に立たないビルドだが、対人戦では相手を圧倒できる。頑丈な移動砲台といった感じで、魔法でワープしながら超強力な攻撃魔法をMPの限り叩き込んでくるというピーキーなビルドだ。
メイランはニヤリと笑い、ボロボロの強化装甲をカウンターにドスンと置く。
それも1つや2つや2つではない。彼のポーチから傷だらけのアーマーが山ほど出てきて、あっという間にカウンターの上はスクラップ場のような光景になった。
「お前がシル姐のお墨付きか。こいつらの世話を頼む」
「え、鎧の修理はいいですけど……これ全部だと、相当修理費いただきますよ?」
「あ? あぁ、金のことなら気にすんな! どうせ使えんから山ほどあるわい!」
目を丸くするレオの背中を豪快に肩を叩き、メイランはガハハと笑った。
「ケヒャー! 次は俺のダガーとクロスボウを頼めますか?」
「急に真面目にならないでください」
「すみません。戦闘用の掛け声を入れたマクロが暴走しちゃいまして……」
二人目は瘦せぎすのクロウだ。毒使いの暗殺者で、黒フードの下で目がギラギラ光る薄気味悪い男だが、その所作と言葉使いに品がある。
悪人風の格好と口ぶりは、そういうなりきりなのだろう。
彼の腰には毒を仕込んだダガーがズラリと並び、背中には体からはみ出るほど巨大なクロスボウを担いでいる。
クロウは「毒アーチャー」というビルドだ。
毒アーチャーはその名の通り毒を使う。毒ナイフを使って鈍足や沈黙といったステータス異常を相手に与え、背中のクロスボウで遠距離から引き撃ちして仕留める。
毒は対策していなければ一方的に相手をなぶり殺せる。PKとしては扱いやすく、毒アーチャーは多くのPKギルドで主力を張っている。
このビルドには、対人戦仕様のキャラクターにありがちな対モンスター戦での不利もない。また、弓を使う関係上相手と距離を取るので囲まれづらく逃げやすい。生存性の高い毒アーチャーは、初心者から上級者まで幅広く愛用されるビルドだった。
「これ、直してくれると嬉しいです……」
クロウは、汚れたナイフを一本一本丁寧にカウンターの空いている場所に並べていく。ヘビのような形をした独特の形状のナイフだ。毒を塗ったせいか、ナイフの表面は血に濡れたような赤サビに覆われていた。
「は、はい。毒は……自分で塗ってくださいね?」
「ケヒャヒャ! あ、もちろん自分でやります、はい。危ないですからね」
レオは引きつった笑顔で「そうですね」と返すしかなかった。
三人目は小柄な少女のリリィだ。ピンクのツインテールにフリルのスカートが可愛らしいが、手に持った巨大斧は暴力性と殺意の塊だ。機械式のピザカッターといった風体で、見ただけで何が起きるか想像できる。
彼女のビルドは「純戦士」だ。割り振れるスキルとステータスのすべてを筋力と敏捷性に注ぎ込み、脳筋ビルドを極めた彼女の魔法力はゼロ。回復はおろか移動魔法すら使えず、戦い以外の全てを仲間に頼り切る純粋なパワー型だ。
「ねー! これ回んなくなっちゃったの。直してー!」
と、ぴょんぴょん跳ねながらピザカッターを差し出すリリィ。見てみると円盤状をしたブレードの駆動部分が完全に叩き潰されていた。
いったいどういう使い方をしたらこうなるのか。あまり想像したくなかったレオは、とにかく何も聞かずに彼女の相棒を受け取ることにした。
「あの、修理はできるだけ急ぎますけど、ちょっと時間を頂きますね……」
レオが恐る恐る言うと、メイランが巨体を揺らして笑った。
まるで筋肉の山が笑っているようだ。
「うむ。掛けたいだけ掛けるが良い! お主が必要と思えば疑いはせぬ。なにしろシル姐が『こいつは使える』と言っておったんだからな!」
「フフ……そうですね。今までが使い捨てでしたし、失敗で壊れても大丈夫です」
クロウはフードの下でクスクス笑い、呟く。
彼は陰気だが、この3人の中では一番親切そうだ。
お客さんとしてPKと接することになって、レオは困惑する一方だった。
メイラン、クロウ、リリィ。彼らはレオの想像していたPK像と違う。
ネットや掲示板で聞くPKは、プレイヤーを邪魔するのが何よりも楽しく、人生のすべてを嫌がらせに捧げて生きている。そんな感じだった。
たしかに引っかかる部分がないわけでもないが、名前が赤色をしていることを除けば、なんら普通のプレイヤーと変わらない。
(まぁ、PKといっても同じ人間だしな。話してみれば良い人じゃないか)
数時間後、修理が完了する。強化装甲の歪みを直して穴を塞ぎ、ナイフの表面を研いで焼入れをし直し、ピザカッターのエンジンを分解清掃してチェーンを取り替える。最初にしてはかなりの大仕事だった。
レオはそれぞれの武器、防具を依頼人に返す。ガルドが新品同様になったアーマーに目を輝かせ、クロウがローブの下で口を三日月の形にする。リリィは火花を上げるピザカッターをぬいぐるみのように無邪気に抱いていた。
最後はなにか間違ってる気がしたが、依頼人の喜びようを見ると、レオはなんだか誇らしい気持ちで胸が暖かくなるようだった。
「おう! 完璧じゃねぇか! クロウ、試し撃ちしてみたらどうだ?」
「あっ、そうか。ダミーとか射撃場が必要だったか。店に用意するの忘れてたな」
「その必要はありません」
「え?」
外を見ていたレオが店の中に振り返ると、クロウが修理したばかりのクロスボウを構えていた。スローモーションのように弦が前進し、太矢が弾き出される。
(ちょ?!)
修理の甲斐もあり、ボルトは真っ直ぐレオの脳天に吸い込まれていった。
どすん、と音がして血しぶきが天井に広がる。
「のぉぉぉぉぉぉ?!」
「おー! HPゲージ、がっつり減ったなぁ!」
「メイラン、回復は待ってね。レオさん。ダメージ……何点でした?」
「い、痛ってえええ! だ、ダメージ……? よ、47?」
「おぉ、死ぬまで3発ってとこですね。ありがとうございます。以前は5本だったので、だいぶ良くなりました」
意味がわからないでいると、メイランがレオに回復魔法を掛ける。
なぜ回復を? 自分を殺す気なのかと思っていたレオの困惑がさらに深まった。
そうなのだ。PKである彼らには、ダミーに試し打ちなどしても意味がない。
実際にプレイヤー相手に使ってみないと、武具の性能などわからないのだ。
「じゃあ次はナイフを……」
「ちょ、殺す気ですか!」
「死なないよー! シル姐の命令で守るって決めたんだから!」
「そうですよ。これくらいじゃ死ぬはず無いです」
(や、やっぱりPKだ……。ぶ、文化が違いすぎる……!)
「よーし、リリィ、俺の甲冑に打ち込んでみろ」
「うん、いっくよー!」
リリィが爆音を立てて殺意の限りに回転するピザカッターを、修理したばかりのアーマーを着込んだメイランに叩き込む。まるで花火大会でも始めたかのように、店の中にオレンジ色の火花が散った。
< ギュィィィィィン!!!!!!! ビイイイイ!!!! >
「ハーッハッハッハ!!! こりゃぁいいぞ!!」
こいつらは人の店で何をしてるのか。
レオは心が折れそうになり、叫びたくなったのをぐっとこらえる。
こらえるしかなかった。だって鍛冶屋だし。
しおしおになっていると、メイランがレオの肩をドンと叩く。新品の強化装甲を着込み、まるでロボのようになったメイランがくぐもった声で快活に笑っていた。
「気に入ったぜ、新入り! 俺たちなんとかやっていけそうだな!」
(できるかあああああああああ!!!!!)
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「はぁ……疲れた。始めてのお客がハードすぎる……」
その夜、レオは台風のような客の相手に疲れ果てていた。あの後も何人かブラッディ・ベンジェンスのPKが来て、修理が終わった剣や槍を彼の体に突き立てていた。
いくらVRMMO、ゲームの中とはいえ、心地よい気はしない。レオは這うようにして店の奥に置いたベッドに横たわり、掲示板を開いた。
いつものように素材の売買を確認し、武器や防具のトレンドを見て回る。
そうしていると、不穏かつ賑やかなスレッドが彼の目に飛び込んできた。
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★★★レオの鍛冶屋スレーPK自演乙(?)ー★★★
「あの鍛冶屋、血便連中の拠点にあるってマジかよ?」
「血便www ブラッディ・ベンジェンスなwww」
「だれうまwwww」
「客ゼロのはずが、PK連中が出入りしてるらしい。怪しすぎて草」
「客を誘い込んでPKに狩らせて、戦利品山分けする罠なんじゃね?」
「おいおい、それってリッキーが詐欺だけじゃなくて、PKとグルになって鍛冶屋を仕組んだってことか? アイツらしい汚い手だな」
「↑待て待てw名推理気取るなよw でも確かにリッキーの文体っぽい投稿あるな」
「『善良な鍛冶屋を装ってPKと裏取引』ってか? リッキーが物件回収のために煽ってるだけだろ。色んなスレに同じ内容投稿してる。姑息すぎて笑えるわ」
「↑お前、皮肉のセンスだけは認めるわw レオってやつ、このまま鍛冶屋続ける気かね? バレバレなんだから、さっさと店たたんじまえばいいのに」
「PKに飼い慣らされて終わりじゃね? 可哀想にwww」
「上2個はリッキーっぽいな。必死すぎ。レオって奴も災難だな」
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書き込みを見たレオは冷たい水を頭からぶっかけられたような気分だった。
レオに物件を売りつけたリッキーが「レオの鍛冶屋」の悪い噂を流している。店を手放させようと暗躍しているのは明らかだった。おそらく、彼は物件を回収して、もう一度同じような詐欺を行うつもりなのだろう。
「あんにゃろう……!」
疲れ切っていた体に熱がこもる。手に力が入り、自然と拳の形になっていた。
レオは掲示板に何か書き込もうとして、やめる。
ここで戦っても意味はない。もっと直接的な方法が必要なのは明らかだ。
(……リッキーは俺から店を取り上げようとしている。だが、ブラッディ・ベンジェンスは俺を手放す気はない。だとすれば――協力してもらうことはできるはずだ。 けどそうすると……俺は本当にPKの一員になっちまうぞ?)
掲示板はツッコミと皮肉が飛び交い、ひどい有様だ。
レオを陥れたリッキーは、金だけでなく店まで彼から奪い取ろうとしている。
誰を頼って、誰を信じたら良いのか。
レオにはもう何もわからなくなっていた。
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