第三十二話 自動販売機
ほどなくして、試合の熱狂が収まる。
アリーナの砂地に残されたのは、風に舞う砂塵と観客席からこぼれ落ちたスナックの欠片だけだった。スナックをついばもうとしてバタバタ暴れるニワトリを抱えたまま、レオは観客席の端に目をやった。
するとそこでは、霜華が静かに立ち尽くすBOTたちに近づいていくのが見えた。
「ねえ、勉強になった?」
霜華の声は、さっきまでの戦闘で見せた鋭さとは裏腹に、どこか穏やかだった。
銀色のポニーテールが風に揺れ、彼女の背中からは奇妙な貫禄が漂っている。
観客席に立ちつくして並ぶBOTたち。
すると、彼らは一斉に手を胸の前に置き、無言で頷いた。
「うん。よかった。」
BOTの中の一体が、霜華の戦いで見せた掌底の構えを見よう見まねで演じる。
その動きはギクシャクとしていて、まるでコマの飛んだ古いアニメのようだった。
「……あいつ、BOTのリーダー格なのかな?」
「さあ? でも、あのBOTたち、霜華ちゃん見て何か感じてるっぽいよね。なんていうか……単なるプログラムじゃないみたい」
「確かに普通じゃないですよ。BOT同士で技を真似するなんて……まるで学習してるみたいだ」
レオの視線が霜華とBOTたちに注がれる中、ふと横を見ると、クサナギが闘技場の出口へと歩き始めていた。朱色の大鎧が陽光に映え、長い黒髪が風にたなびくその姿は、まるで戦国絵巻から抜け出した女武者のようだ。
「しまった! クサナギさんが行っちゃう!」
レオは慌てた様子でニワトリをメアリにパスし、目配せする。
「メアリさん、俺、追いかけてきます!」
「うん、急いで! 私とキミドリはここで待ってるから!」
「コケ!」
レオは観客席の階段を駆け下り、アリーナの石壁を抜けてクサナギの背中を追う。
砂埃がブーツの表面にまとわりつく中、彼は声を張り上げた。
「クサナギさん! ちょっと待ってください!」
クサナギが足を止め、ゆっくりと振り返る。
鋭い眼光がレオを捉え、彼女の手が長刀の柄にそっと触れた。
だが、その瞳に敵意はない。
おそらくは、闘士としての手癖だろう。
「――む、何か用か?」
「はい! 実は、グルンヴァルドっていうPKから預かったものがあって……」
「グルンヴァルド?」
レオは息を整えながら、これまでの事情をクサナギに説明し始めた。
「あの剣、俺が今預かってるんです。グルンヴァルドって人とガード圏外で偶然会って、彼が『名誉ある決闘の証として剣を返したい』って。なんでも、ハイエナみたいな略奪者から守るために回収したらしいんですけど……」
「グルンヴァルド……ああ、思い出したぞ。あの老騎士か!」
クサナギの口元に微かな笑みが浮かんだ。
彼女は長刀を腰に差したまま、腕を組んでレオを見据える。
「決闘騎士を名乗ってるだけあって、妙なこだわりがあるな。別に勝利したなら持っていっても構わなかったのに……律儀なやつだ」
「え、じゃあ本当に強かったんですね、あの人」
「あぁ。きっとアリーナでも上位に入るだろうな。そうそう、あのBOTに見せたカウンター技だが、あれはグルンヴァルドのやったことをそのまま真似したんだ」
「グルンヴァルドの?」
「うむ。彼のビルドは『純騎士』。パーティの守り手となって、多彩なカウンター技を使用するクラスだが、攻撃を受けなければ何もできない」
「あ、それであの箱?」
「そうだ。罠を仕掛けた箱でダメージを受けると、スキルの起点にできるのだ。その他にも、ダメージを受けるまで効果が出る系のデバフを解除するのに使えるぞ」
「へー! 意外と便利なんですね、あの箱」
「うむ。HOFで使われる麻痺効果の中には、たっての1でもダメージが入れば解除されるものがある。備えとして持っておくのもいいぞ」
「でも、どうして箱でカウンター技が発動するんです?」
「カウンター技の発動フラグは他者による攻撃があったときだ。実は罠箱を開いたときのダメージは、箱の作成者によるもの、とゲーム内で処理されるのだ。これによって罠箱でカウンター技が発動するという仕組みだな。」
「え、じゃあ、あのトラップボックスを作った人は、いまごろガードに……?」
「いやいや。作成者に攻撃フラグが立つのは視界内にいる場合だけだ。それ以外ではフラグの検索がエラーを返すようで、作成者に危険が及ぶことはない」
「なるほど。それでグルンバルドさんは具体的に箱をどうやって使ったんです?」
「騎士道スキルの『高貴なる責務』を起点にするのが彼の戦い方だな。高貴なる責務は、受けたダメージの数によって命中力と攻撃力にバフがかかるスキルだ。彼はインベントリの中に罠箱を並べ、十数個の箱をスキルの効果時間の間に一気に開けるんだ。」
「罠箱ってダメージ小さいですけど、そんな数開けたら流石に痛いんじゃ……」
「その通り。ちなみに騎士道のスキルの中には、HPが低くないと発動条件を満たさない『ライオンハート』というスキルがあってな。グルンヴァルドは罠箱を使ってHPを調整してスキルの発動条件を満たしているのだ」
「……ずるくないですか? あの人、正々堂々とか何とか言っておきながら、なんだかやってる事がずいぶんせこいような……」
「そうか? 勝つために手を尽くすのは相手に対しての礼儀だろう。正々堂々騙し討ちするのはなんらおかしいことではない」
「一行で矛盾してるじゃないですか」
「はは。ついそういう手を使いたくなるほど、相手を評価しているということだ。禁じ手を作るなど、返って相手に失礼というものだ」
「そういうもんですか?」
「そういうものだ」
(うーん……文化が違う。決闘者の正々堂々って一体……。)
レオはクサナギの言葉に頷きつつ、ふと気になっていたことを口にした。
「そういえば、クサナギさんって霜華――あのBOTに対して、なんか好意的でしたよね。普通、BOTって嫌われものなのに、どうしてですか?」
クサナギは一瞬目を細め、海風に揺れる黒髪を指で払った。そして、少し遠くを見るような表情で答えた。
「そこらをうろついているBOTの話なら、私だって切り捨てるさ」
「なら、どうして?」
「私たちと関係を持とうとしたから、かな。BOTでも人でも、明確な意思を持って話しかけてきたなら、答えるのが礼儀だろう。霜華は敬意を払って相手と戦っていた。もしそれがプログラムよる行動だとしても、無下にする理由にはならない」
「でも、意思があるかどうかって、どうやって見分けるんですか?」
「人間である君が、人間として振る舞う方法を知らないということはあるまい」
レオは少し考え込みながら、足元の砂を軽く蹴った。
「――そうですね。俺も霜華見てて、なんか変な感じがしました。BOTなのに妙に人間っぽいっていうか……親しみやすいっていうか」
「妙な言い方になるが、プログラムで動くAIの方が人間より信用できるからな。彼らは人間が好む反応を取る。だが……霜華はそれとも違う気がする」
「というと?」
「AIは指示がなければ動けない。だが、彼らは自由意志で動いているように見える」
「クサナギさんって、そういうAIとかに慣れてるんですか?」
「慣れてるというか、私の世代はAIが身近にいたからな。小学校から高校の途中まで教師はAIだったし、人のように話す機械にそこまで違和感はないよ。言葉を返してすまないが、君は人とBOTの違いは何だと思う?」
「え、うーん……心があるかどうか、とか?」
「それはわかりやすい定義だが、※とても難しい問題だ。心は目に見えないし、触れることもできない。霜華が『心がない』って言ったとしても、それが本心かどうかは誰にもわからん。逆に、人間だって心がないように振る舞う奴もいるだろう?」
※とても難しい問題:ここでクサナギが言っているのは、意識のハード・プロブレムのこと。敢えて説明するならば、思考は心なのか。脳と心は同じものなのか。という問題。
「……そうですね。俺、前に荒らしをプレイスタイルだとか抜かすプレイヤーに会ったことありますけど、そいつに人の心なんか感じなかったですね」
「だろうな。結局、心があるかどうかは、彼がどう動くか、どう話すか、それを測る私たちの見方でしかない。――だとするなら、霜華は私にとって素晴らしい対戦相手だった。それで十分だとは思わないか」
「思うようにしかならない、ってことですか。しかし人と変わらないBOTなんて……。HOFってなんでこんなことばっかり起こるんですかね……。」
「このゲームは〝無法地帯〟だからな。何が起こっても不思議じゃないさ」
「言えてますね。」
クサナギが小さく笑い、レオもつられて頷く。が、そこで彼は「ハッ」となって、彼女を呼び止めた本題を思い出した。
「そうだクサナギさん! 剣なんですけど、今、俺の鍛冶屋に預けてあるんです。ブリトンの北にある『レオの鍛冶屋』に来てもらえれば、すぐお渡しできます!」
「ブリトンの北か。いや待て、あそこは確か……PKギルドの縄張りでは?」
クサナギの形の良い眉がピクリと動く。
彼女の手が刀に伸びる前に、レオが慌てて手を振った。
「だ、大丈夫です! 俺、PKギルドの『ブラッディ・ベンジェンス』の人たちとは仲いいんで、店と客には手出ししません。安全ですよ!」
「PKと仲が良い、ねぇ……。PKKに知られたら焼き討ちされるぞ」
「は、はは……」(既に一度やられてるなんて言えねぇ!!)
「ずいぶん顔が広いのだな。ん、待て。レオ。鍛冶屋……? 確かそんな名前の鍛冶屋の話が『鳩風呂速報』に載っていたような――」
「ぎくっ!」
クサナギが半信半疑の目を向けていると、メアリがキミドリを連れて追いついてきた。彼女はレオの肩をポンと叩き、快活に笑う。
「レオ君が言ってるのはマジだよ! ブラッディ・ベンジェンスのリーダー、シルメリアだって一目置いてるんだから」
「シルメリアって、あのシルメリアか? ワールド1位の殺人鬼の伝説的PKの? なんでそんなところに店を出してるんだお前は」
「まぁ、いろいろありまして……」
「まぁいい。罠に掛けるならもっとマシな手を使うか。案内してくれ」
「あ、ありがとうございます! じゃあ、転移門で一気に店まで――」
レオが店の鍵を取り出し、メアリに渡す。メアリは慣れた手つきで鍵に転移門の魔法をかけ、青い光の渦が目の前に広がった。
「はーい! こちら、店への直通になっておりまーす!」
「どうぞ、クサナギさん」
「まったく……PKの拠点に向かうなんて、生きた心地がしないな」
クサナギが呆れ混じりに呟きつつ、ゲートの前に立つ。
レオとメアリがその後ろに並んだその時だった。
「ちょっと待ってください!」
聞き慣れた声が背後から響き、3人が振り返る。
するとそこに銀髪を揺らした霜華が立っていた。しかもそれだけではなく、彼女の後ろには、観客席に立っていたBOTたちがぞろぞろと付き従っていた。
「え、霜華?! ってか後ろ!」
レオが目を丸くすると、霜華は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
「あの、私たちも装備が必要なんです。レオさんのお店に行ってもいいですか?」
「装備って……。BOTのお前らに払えるものなんてないだろ?」
「確かに今は手持ちはありませんけど……私たちはBOTです。素材が必要なら取りに行きますし、店番だって24時間フルタイムでやれますよ!」
「えー……でもそれって、規約的に不味くない?」
「ね。堂々とBOT使うとか、運営にアカウント消されちゃうんじゃない?」
「イヤー!! 店に押しかけてきたBOTのせいでバンされるなんて、とばっちりっていうレベルじゃないですよ!!!」
「待ってくださいレオさん。私たちがお店を手伝ったとしても、HOFの規約に抵触することはありません」
「本当にぃ~?」
「HOFの規約ではRMTが禁止されていますが、私たちが求めるのはゲーム内のアイテムです。それにレオさんから頂いたアイテムを現金に換えることは『決して無い』とお約束します」
「ほう。そんな口約束を信じろと言うのか?」
「レア武器を作ってくださいと頼むわけではありません。作るのはレオさんですから、レオさんの裁量で一般的な武具を作っていただければ、と」
「うーん……まぁ、普通の装備を作れば大丈夫か」
「レオ君が作るやつに『普通の装備』ってあったっけ?」
「ルーン抜けば一応? あ、でもBOTなのは変わりないじゃん。店でBOTが動いてたら、運営の手で俺の店が消し飛ぶかも……」
「それについても問題ありません。HOFの規約におけるBOTの定義は、ゲームクライアントとは別にツールを組み込み、自動的に反復作業をさせるものです。しかし私たちはそうしたツールを使用していません」
「ほう? ツールを使用してないのか」
「でも、24時間働くのは流石に……」
「人間のプレイヤーでもサブアカウント主を使って24時間ログインしているプレイヤーがいますが、バンされていないので問題ないでしょう。レオさんが不在の間だけ店番をするなら、まったく問題ありません」
「むむむ……」
「レオ君、霜華がここまで言うんだし、試しに受け入れてみちゃえば?
タダで働いてくれるなんてお得じゃん!」
「うーん……大丈夫かなぁ?」
「まあ、私には関係ないが、早くしないとゲートが消えるぞ」
「う! ……わかった、一緒に来ていいよ。ただし、変なことはしないように!」
「はい、ありがとうございます!」
霜華がぺこりとお辞儀をし、BOTたちがその後ろでぎこちなく頭を下げる。
レオは苦笑いを浮かべつつ、ゲートの青い光を見つめた。
「まぁ、悪さ使用としてるわけじゃ無さそうだし、大丈夫……かぁ?」
一行がゲートに足を踏み入れ、光の渦に飲み込まれたその時、アリーナの茂みの影から、黒装束に身を包んだ忍者がひっそりと姿を現した。
彼が頭に巻く鉢金には「火」の文字が刻まれ、鈍い光を放っている。覆面の奥から鋭い視線を投げかけながら、忍者は一人ごこちる。
(レオの鍛冶屋にBOTが押しかけるとは、予想外の展開にござる。これは顛末を見届けねばならぬでござるよ!)
忍者の手が素早く印を結び、その姿が可愛らしいリスの姿に変わる。
リスになった忍者は地面を蹴ると、光の渦に向かって飛び込んでいった。
ゲートをくぐった一行はブリトンにほど近い「レオの鍛冶屋」の前に出る。
草原の緑に映える石造りのこじんまりとした小さな店の前では、開店を待ちわびていたブラッディ・ベンジェンスのメンバーが行儀よく列を作っている。すると列にいたメイランがレオを認め、大きな手を振って挨拶してきた。
「おぉ、レオ! 帰ってきたか! アーマーの修理を頼む!」
「レオ、依頼品を受け取りに来たぞ! ビッカビカのヘルメットをな!」
「俺の杖もできたって聞いたから取りに来たぞー!」
「はいはい!! いま店を開けますから、少々お待ちを!!」
レオが笑顔で返すと、PKたちは気さくに笑いながらレオに道を譲る。
クサナギがその様子を見て、感心したように呟いた。
「お前……本当にPKギルドと仲良いんだな」
「まぁ、なりゆきで?」
「ガハハ! なんか妙な連中を連れとるな! 今度は何を始めるんだ?」
「始めるんじゃなくて、勝手に始まった感じですね……。まぁ、おいおい説明しますよ。話始めるとちょっと長くなるんで」
「うむ!!」
レオが店の扉を開けると、霜華とBOTたちがぞろぞろと後ろに続く。
店内は装備の鋼の臭いと石炭の燃える香ばしい匂いが独特の空気を作っていた。
作業場のストレージから預かった剣を取り出したレオは、白く輝く剣身を持つそれを本来の持ち主に渡した。
「これがグルンヴァルドさんから預かった剣です。お検めください」
「あぁ。」
レオが剣を手に持つと、クサナギが近づいて刃をじっと見つめた。
「――間違いない。私の『白拍子』だ。手間をかけさせてしまって申し訳ない。
わずかばかりだが、これは迷惑料として取っておいてくれ」
トレードウィンドウを開き、少なくない額のゴールドを提示するクサナギ。
しかし、レオは両手を振って固辞した。
「いえ! 俺はただ通りがかっただけですから……」
「まったく。遠慮も行き過ぎれば嫌味だぞ。黙って受け取れ」
「は、はぁ……」
クサナギが再びその手に帰ってきた剣を軽く振る。白い光が刃に宿り、彼女の顔に満足げな笑みが広がった。二人のやり取りを、霜華が興味深そうに眺めていた。
「レオさん。私たちは何をしましょう!」
「え、もう!? ちょっと待って、まだ準備が――」
「素材なら今すぐ取りに行けますよ。綿花でも鉱石でも、なんでもござれです!」
「うーん……よし、店番から頼もうか。俺、作業の準備があるから、準備してる間にお客さんに話を聞いて、依頼内容をまとめておいてもらえる?」
「了解しました!」
霜華がカウンターに立ち、客を迎える。
他のBOTたちは店の隅で待機して、彼女の接客の様子をじっと観察していた。
完全にバイトリーダーと教育中の新人の図である。
「レオ君、店員増えて良かったじゃん! 1ダースくらいいるよ!」
「いや、増えたっていうか、勝手に増やされたっていうか……」
「なるようになるさ。問題が起きたら考えればいい」
「クサナギさん。それって思考停止って言うんじゃないですかね」
「全ての物事に解決法があるわけじゃない。考えた結果、考えないことが是となる。現実において、そういったことは非常に多い」
「そういうもんでしょうか。いや、そういうもんですね」
「うむ。」
レオは肩をすくめつつ、炉に火を入れ始めた。
だがその時、店の窓の外で一瞬だけ黒い影が揺れる。
鋭い目をしたリスが木の上に登り、店内の様子をじっと見つめていた――。
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やったねレオ! 店員(特級呪物)が増えたよ!




