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第三十話 トータル・リコール

 初心者お針子のニーナを見送ったレオは、山分けした綿花を銀行にしまい込んだ後、職人が集まるブリトン北に向かった。


 グルンヴァルドから預かった剣の持ち主――クサナギを探すなら、各地のダンジョンやフィールドを飛び回っている本人を追いかけるよりも、彼女を客として迎えている職人を探すほうがよい。そう考えたからだ。


 レオがマクシムスの鍛冶屋に立ち寄ると、そこにはちょうどメアリがいた。


 魔王のような格好をした彼女は、緑色の鱗を持つドラゴンのバックパックから鉱石を取り出している。鉱石を炉で焼き、延べ棒に精錬するところのようだ。


「おっす! レオ君じゃーん!」


「どうもメアリさん! 鉱石掘りの帰りですか?」


「うん。今日はいいのが入りましたぜー!」


「おぉ~?」


 そういってメアリは黒色のガントレットの指先で鉱石をつまんで見せる。

 魔女の爪のような鋭い指先にあるのは、白輝を放つ宝石のような鉱石だった。


「ホーリーライトですか。アンデッド種族に対して特効効果がつくやつですね」


「そそ。魔法使うアンデッドはHPが低めだから、これ使った武器で殴れば大体ワンパンできるんだよね。狩り用装備に大人気なのだ!」


「ほぉー! なるほどな~」


「ところで……レオの足元にいる、その子はどうしたの?」


「コケ!」


「ニワトリなんか連れて……今からテイマー始める感じ?」


「いえ、実は――これこれこういう事がありまして」


 レオは先ほどの珍事をメアリに説明した。

 ブリトンの綿花畑でBOTに遭遇し、初心者のお針子が途方にくれていたこと。

 そこでBOTの仕様を利用して、畑から隔離し、水路に叩き込んだこと。

 これには、彼が連れている「綿花」が活躍したこと。


 ニワトリの英雄的献身を聞いたメアリは、ほぉほぉと興味深そうに相槌をうった。


「へー……。それでニワトリに〝綿花〟なんて名前ついてるんだ」


「そうなんですよ。こいつのおかげでBOTを一網打尽にできました」


「コケ!」


「エラいぞ綿花ちゃん! トウモロコシあげちゃう!」


 メアリが地面に粗く挽いたトウモロコシをまくと、ニワトリは喜び勇んで地面を突っつき始める。ドラゴンが興味深そうにコケコケと騒ぐニワトリを眺める中、レオは本題を切り出した。


「そういえばメアリさん。『クサナギ』ってプレイヤーを探しているんですが、この名前、聞いたことありませんか?」


 メアリはトウモロコシの袋を手に持ったまま、少し考え込む。


「クサナギ? うーん……ああ、もしかして、〝白い剣〟持ってた子かな」


「そうです、きっとその人です!! どんな人で、今どこにいますか?」


「どんなって、えーっと、侍の大鎧がバッチリ決まった和風黒髪美人さんだよ。数週間前にここに来て、彫金師に何か頼んでたみたい」


「彫金師に?」


「うん。詳しくは知らないけど、彫金師が作るアイテムが必要だったみたい。なんでも対人戦(PvP)に使うとかなんとかで」


「ってことは、クサナギさんってPKKなんですか?」


「ちがうみたい。彫金師さんがいうには、PKとかPKKが関係ないPvPもあるんだって。『モロー島』にあるガード圏外の『アリーナ』でよく戦ってるって言ってた」


「アリーナ……闘技場ってことですか?」


「だね。モロー島のアリーナって場所。フィールド上にあるただの建物なんだけど、決闘に都合がいい作りになってるせいで、対人愛好家が勝手に集まって試合を開催してるんだって」


「都合がいい作り? なんですそれ」


「フィールドがちょうど良いサイズに区切られてて、何組かの選手が同時に戦えるようになってるんだって。ついでに囲いの周りは階段状のベンチの観客席で取り囲まれてるから、見物もできるとかなんとか」


「なるほど。草野球ならぬ、草闘技場かぁ」


「そんな感じ!」


「対人戦を専門にしているプレイヤーがいることは知ってましたけど……プレイヤーが勝手に闘技場を開いてるなんて。HOFって深いなぁ」


「今ぐらいの時間帯なら、試合やってるんじゃないかな。いってみる?」


「ですね。そこに行けばクサナギさんに会えるかもしれません」


「んじゃ行こうか。丁度採掘終わって、リスポン待ちで暇だったし!」


「メアリさんと一緒なら心強いです。行きましょう!」


 メアリがキミドリの手綱を取り、転移門(ゲート)の魔法を使う。

 青く光る渦の門の先は、ブリトンからはるか遠くのモロー島につながっていた。


 モロー島は「海賊の拠点」をテーマにした火山の島だ。三角帽を被った眼帯のNPCがラム酒を持ちながら、島の中を闊歩している。


 施設はさほど充実していないが、モロー島はHOFの世界に広がる各地の島の丁度中央に位置し、船を出すのに都合が良いのでそこそこプレイヤーの姿は見られる。


 ゲートをくぐった一行は、島の小さな村の境界を出て、ガード圏外に入った。

 モロー島の植生は南の島をモチーフにしてるのか、密林のようになっていてやたらと視界が悪い。人の背丈ほどあるシダをかき分けて進むと、密林の間にアリーナのシルエットが見えてきた。


 アリーナは石造りの円形闘技場で、ローマのコロッセオを思わせる。

 とはいえ、似ているのは形だけ。

 規模としては、モデルとなったコロッセオの半分以下になる。

 本家が東京ドームなら、こっちは市民会館といった具合だろう。


 レオはまだアリーナに入っていなかったが、内側の賑わいは壁の外からでも感じ取れた。観客席から上がる歓声と、武器のぶつかり合う音が石壁の向こうからくぐもって聞こえてくる。


 アリーナの中に足を踏み入れると、音がわっと広がりを持った。

 闘技場の中は数多くのプレイヤーが試合に熱狂していた。

 剣士と魔法使いが激しく打ち合い、観客席からは野次や拍手が飛び交う。


 闘技場の小ささは、彼らにとって問題ではないようだ。

 むしろ、この小ささが選手と観客の距離感を縮め、過熱させているのだろう。


 レオは初めて見るアリーナの熱気に圧倒されつつも、探し人――クサナギの姿を探して視線を巡らせる。

 だがその時、観客席を見たメアリが何かに気づき、小さく声を上げた。


「レオ、あれ見て」


「あれは……なんでこんなところに?」


 彼女が指さす先には、観客席の隅に立つ数体のBOTがいた。


 シャツと錆びたダガーという、初期装備一式を身に着けた無表情なキャラクターたちが、眼下の試合をじっと見つめている。


 ゴールドや資源を集めようとする動きはなく、ただじっとプレイヤーの戦いを観察しているだけだ。その異様な静けさに、レオの背筋に悪寒が走った。


「BOTがこんなところで何をしてるんだ?」


「気味悪いよね。いつもなら資源集めでそこらを動き回ってるのに、こんな風に何もせずに突っ立ってるなんて……」


「ですね。動かないBOTなんて初めてだ」


 メアリの相棒のキミドリが低く唸り、BOTたちを警戒するように首をもたげた。

 彼女はキミドリの腹をなでて落ち着かせる。


 レオは眉を寄せ、BOTが並び立つ観客席を見上げた。

 どこか落ち着かない彼の様子は、違和感を越え、不安すら感じているようだ。


「これ、普通じゃないですよ。『綿花』作戦が効いた時は、名前で反応してたけど……。こいつら、何か別の目的があるみたいだ」


「うん、私もそう思う。PvPの動きを観察してるのかな? でも、なんでそんなことするんだろう。業者が何か……マクロのテストでもしてるのかな?」


「なんか、不気味だなぁ」


 観客席に立つ十数人のBOTたち。彼らの近くに他の観客の姿は無く、不自然な静けさに包まれていた。彼らの作り出した静寂は、アリーナを包む喧騒にぽっかりと穴を開けるかのようだ。


(クサナギさんを探しに来たはずが、何か妙なことになったな……)


 レオの心が冷えるなか、アリーナの熱気は最高潮に達していた。

 石造りの円形闘技場の中央では、剣士と槍使いが激しくぶつかり合っている。


 剣士が鋭い突きを繰り出せば、槍使いはそれを巧みに受け流し、長い柄を活かした反撃で距離を取る。観客席からは「やれ!」「そこだ!」と野次が飛び、金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡る。レオは初めて見るPvPの迫力に目を奪われつつも、クサナギの姿を探して視線を走らせた。


「やー、すごい熱気。クサナギって人、こんなところで戦ってるんだ。レオ君、連れてきといてなんだけど……探し出せる自信、ある?」


「うーん……。目印の〝白い剣〟があれば何とかなりそうなんですが――」


「あ、それがあったか」


「でもそれ、今俺が預かってるんですよね」


「へ? どういうこと???」


「実はグルンヴァルドっていう路上の決闘者を名乗るPKからクサナギさんの剣を預かってるんです。なんでも奪うつもりはなかったけど、略奪者から守るために回収したとかで、自分の名誉のために返したいそうです」


「レオ君って……相変わらずお人好しだね」


「うっ」


 レオは観客席からフィールドを見下ろしつつ、足元の「綿花」に目をやった。ニワトリはコケコケと鳴きながら、観客が落としたパンくずをついばんでいる。そのマイペースさに苦笑しつつ、レオは再び試合に注目した。


 フィールドでは、剣士が槍使いの隙を突き、鮮やかな一撃で相手を膝をつかせた。観客席から歓声が沸き上がり、剣士が勝利のポーズを取る。すると、アリーナの端に立つ自称「進行役」のプレイヤーが、拡声魔法を使って声を張り上げた。


「第一試合、終了! 勝者は剣士『ブライブ』!  彼に挑戦を望むものは、アリーナに名乗りを上げるがいい」


 その声が闘技場に響き渡り、観客席がざわつき始めた。次の試合を待ち望むプレイヤーたちが手を挙げるかと思いきや、予想外の出来事が起きた。アリーナの観客席の隅にいたBOTの一体が、ゆっくりと手を上げたのだ。


「えっ……?」


 レオが目を丸くすると、メアリも驚きの声を上げた。


「ちょっと待って! BOTが手を上げたよ!?」


 キミドリが「グルゥッ」と唸り、鱗を逆立てて警戒心を露わにする。

 アリーナ全体が一瞬静まり返り、観客たちがざわめき始めた。


「何だあれ?」「BOTが試合に出るのか?」「おい、マジかよ!」


 進行役のプレイヤーも困惑した様子だ。

 拡声魔法越しに声を震わせた彼は、困惑の浮かんだ瞳でBOTを見上げた。


 BOTはHOFのキャラクター編集時のテンプレートを使ったもので、誰もがゲーム開始時に見ることになる姿形をしている。


 中肉中背の体格に、均整の取れた顔立ちの女性。

 だがそれだけだ。特徴らしい特徴がなく、本来なら印象に残らない姿のはずだ。

 だが、見慣れたはずのキャラクターは、どこか違うモノのように見えた。


「えっと……挑戦者、名を名乗れ!」


霜華(ションホァ)。ソウカでもいいよ」


 進行役に名を名乗ったBOTは、ぺこりとお辞儀をして銀色のポニーテールを揺らす。BOTの声は冷たくもありながら、どこか気軽な響きを含んでいた。


 観客席が一瞬静まり返り、すぐに驚きの声が爆発する。


「ウォォ! シャベッタァァ!」「BOTじゃなかったのか?!」

「いや、どうみても中身入りじゃね?」


 一方のメアリは目を丸くしてレオの肩をひっぱり、ぐいぐいとゆすった。


「レオ君、今の見た?! 自分の名前をしゃべったよ!!」


「BOTがPvPに参加するなんて聞いたことないですよ……しかも、喋るなんて」


「さっきから見てるだけかと思ってたけど……本当に戦う気なのかな?」


 闘技場の砂地の上にいた剣士――

 ブライブが剣を構え直し、呆れたように笑った。


「へぇ、BOTが相手か。楽勝だな。さっさと片付けてやるよ」


 試合開始の合図となる爆発魔法の音が鳴り響き、アリーナの空気が一気に張り詰める。ブライブが地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。


 鋭い斬撃が霜華に向かって振り下ろされ、観客席から「やれ!」と野次が飛んだ。だが、次の瞬間、誰もが息を呑んだ。霜華(ソウカ)は異常な反応速度で身をひねり、錆びたダガーを軽く振るうと、ブライブの胸に浅く切り込みを入れたのだ。


「なっ!?」


 ブライブがよろめき、観客席からどよめきが上がる。

 霜華は細めた瞳で相手を見据え、次の動きを淡々と繰り出した。


 ダガーを手に持つ姿勢は熟練のプレイヤーと比べても遜色ない。

 その一撃一撃は機械的な正確さを帯びており、ブライブを徐々に圧倒していく。


 淡々と攻撃を重ねる霜華の動きを見たレオは、ハッとした表情になる。

 彼女がダガーを突き出すと、わずかに遅れてブライブの体が現れる。

 BOTは彼の動きを予測し、前もってダガーを置いているのだ。


「あれ、ただのBOTじゃないですよ。人間の動きを学習してるみたいだ」


「じゃあ、さっきまで見ていたのは……このため?」


「かもしれません。」


 霜華の戦いは、まるで静かな舞踏のようだった。ブライブが怒りに任せて大振りの一撃を繰り出すたび、彼女は最小限の動きでそれをかわす。


 そうして無防備になった彼の隙を突いて、ダガーで軽く切りつける。

 両者の装備の差は天と地ほどある。

 にも関わらず、霜華は単純な技量だけで決闘者と渡り合っていた。


 圧倒的な戦いを前に、観客席から悲鳴のような歓声が上がる。


「何だあの動き!」「BOTのくせに強すぎんだろ!!」

「あんなのどうやって勝つんだ?」


 ――そして、決着の瞬間が訪れた。ブライブが突進してきた隙を突き、霜華が一歩横に滑るように動いてダガーを首元に滑らせる。


 スキルも何も無い、技量だけを頼りにした通常攻撃。

 これにより、彼のHPゲージがゼロ寸前に。

 剣士が膝をつき、フィールドに倒れ込むと、観客席は騒然となった。


 霜華はそっとダガーを下ろすと、砂地にうずくまるブライブに向かって腰を曲げ、お辞儀をした。その所作は「人真似をしてみた」というものではなく、明白に対戦者に対する敬意がこもっていた。


 決闘者をくだし、アリーナの中央に無言で佇む霜華。

 その姿は、戦いの余韻に浸るでもなく、ただ次の指示を待つ機械のようだった。


 進行役が慌てて拡声魔法をリキャストして叫ぶ。


「え、えっと……勝者、『霜華』! 次なる挑戦者、アリーナに名乗りを上げろ!」


 その声に反応するように、霜華が再びゆっくりと手を上げ、次の挑戦者を求めるように立ち尽くす。観客席がざわつき、誰もが彼女の不気味な強さに圧倒されていたその時、レオの視界の端で何かが動いた。


 観客席の反対側で一人の女性プレイヤーが立ち上がる。長い黒髪に戦国時代の侍を彷彿とさせる朱色の大鎧を身につけ、手には見慣れない長刀を携えている。


 そんな彼女の頭上には「クサナギ」という、青色の名前が浮かんでいた。


「あ! メアリさん、あれって……!」


「クサナギだ! やっと見つけたね!」


 クサナギは霜華をじっと見つめる。

 彼女の瞳には、胡乱(うろん)な客に対する闘志と好奇心が宿っていた。


 彼女の手にある刀は、グルンヴァルドから預かった「白い剣」とは異なるものだった。おそらく代用品だろう。刀を見たレオは小さく舌打ちする。


(……グルンヴァルドさんから預かった長剣に比べると格が落ちるな。店に置いてきたのはマズったか?)


 霜華がクサナギの方を向いて深く腰を折り、丁寧なお辞儀をする。

 それはまるで、次なる「師匠」を迎えるかのようだった。



ブライブくんがうっかり死んでたので修正しました。うっかりっかり。


掲示板回をそろそろ追加したいところですが……ヒグルマの出番はもうちょっと先です。それに、スレ立てするなら、もっと事態が悪化してからスレ立てさせたい(


このアリーナでは、決闘の際にうっかり相手をキルしてもPKにならないように、ある仕様を利用しています。


それは、合図の前に司会者をターゲットすることで犯罪フラグを立てるというものです。HOFでは、盗みや攻撃を行なった際に犯罪者フラグが立ち、ネームがマップ上のモブと同じ白色に変化します。この白ネームをキルした場合は、キルカウントがつきません。泥棒に反撃してPKになってしまうと、シーフのやりたい放題になってしまうからですね。

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