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第二十九話 貴方だけについていく

 レオは綿花畑の広がる荘園を前に踵を返し、旅出(トラベル)で店に戻る。

 そして店の倉庫に預かった剣を仕舞うと、ブリトン西の田園地帯に向かった。


 ブリトンの西には、街の中――

 すなわち、ガードに守られた範囲の中に、いくつかの畑が並んでいる。


 畑にはキャベツやニンジンといった野菜から、小麦などの穀物。

 そして布の素材になる綿花が生えている。


 レオは街に入る途中ですこしばかり素材を集めようという腹づもりだった。

 しかし、彼はそこでとんでもない光景を目にした。


「うーわ。業者かぁ……」


 レオの目の前には、初期装備を着た大量の※BOTが畑の黒土の上を練り歩き、地面に綿花が現れた瞬間、飛びかかるように回収していく姿があった。


※BOT:本来は「ロボット」の略で、人の代わりに仕事をするプログラムのことを指す言葉。その意味が転じて、MMOでは自動操作されているキャラクターのことをBOTというようになった。


 VRMMOであるハート・オブ・フロンティアにも、業者の魔の手が伸びている。


 RMTリアルマネートレード業者とは、ゲーム内の通貨やアイテムを現実のお金で売買することを専門に行う集団のことだ。


 彼らは大量のアカウントを用意し、BOT(自動操作キャラクター)を操作してゲーム内の資源(たとえば、綿花)を効率的に収集する。


 BOTは人間のプレイヤーよりも速く、休むことなく作業を続けるため、短時間で膨大な量の資源とゴールドを集めることができる。


 BOTが集めた資源は、業者が外部の市場で現実の通貨と交換する商材となる。


 この活動はゲーム内に深刻な影響を及ぼす。


 例えば、今のレオのように素材を集めようとしたプレイヤーは、BOTの群れに圧倒され、採取する機会――いや、遊ぶ楽しみすら奪われてしまう。


 さらに業者がゲーム内の資源を独占すると、激しいインフレという形でゲーム内の経済が崩壊していく。


 なぜか? 業者はゲーム内のゴールドも販売しているからだ。


 プレイヤーが自分の稼ぎで何も買えなくなれば、業者からゴールドを買い、それを使って業者から資源やアイテムを買うことになる。業者からしてみれば、商材が勝手に戻って来るという素晴らしい持続可能社会(SDGs)の完成だ。


 ゲーム内経済が崩壊すればするほど、業者が儲かるようになる。

 それがRMTの恐ろしさだった。


 無能の代名詞ともいえるHOF運営だが、RMT業者には断固たる処置をとっている。BOTアカウントを発見したGMは、即座にアカウントの利用を永久停止する。

 しかし、業者は次々と新しいアカウントを作成して活動を再開する。運営がいくらBOTアカウントを抹殺しても、排除しきれていないのが現状だった。


 綿花畑でうごめくBOTの動きは機械的で、一切の無駄がない。

 畑の地面に綿花が生えた瞬間、異様な反応速度で駆け寄ってきては綿花を刈り取り、地面に落ちた白い塊を一瞬で回収していった。


 気持ち悪いくらいに整然とした動きには、一切の人間味が感じられない。

 まるで機械仕掛けのアリの軍隊、といった風だ。


 レオは畑のふちで呆然と立ち尽くし、BOTが畑を蹂躙(じゅうりん)していく姿を目で追う。こんな有り様では、綿花を採取するどころではない。


 マシン軍団に人類が太刀打ちできるはずない。ドローンや自動兵器の類が大量に投入された第三次世界大戦で実証済みだ。レオが彼らに戦いを挑んだとしても、機械由来の異様な反応速度に圧倒されるだけだろう。


 どうしたものかとレオが畑を見回していたその時、綿花畑の端に、一人の初心者プレイヤーが立っているのが目に入った。


 プレイヤーの名前は「ニーナ」。頭上には【ニューカマー】の称号が輝いている。

 これはプレイ時間が一週間未満の新規プレイヤーに自動的につく称号だ。


 ニーナは初期装備のシンプルな服に、白い布製のロングエプロンを重ね、栗毛のボブにベレー帽を乗せている。細い腰には、タンバリン型の裁縫道具が下がっていた。


(お針子か。裁縫素材を取りに来て、BOTに面食らったって感じかな?)


 小動物のような印象の彼女は、困惑した顔でBOTの群れを眺めている。

 レオは軽く挨拶がてら声をかけることにしたようだ。


「こんちは。すごい数のBOTですね」


「あ、どうも! BOTって、こんなにたくさんいるものなんですか?」


「うーん、普段はここまでじゃないかなぁ?」


「はぁ……。裁縫スキルを上げたくて綿花が必要なんですけど、みんな取られちゃうんです。なんとかならないんでしょうか?」


「ガード圏外ならあんなのすぐPKの餌食だけど、ここは圏内だからね。業者もそれが分かってここで資源を集めてるんだ」


「うぅ……ひどすぎます!」


「なんとかしたいところだけど、ここじゃ手が出せないんだよなぁ……」


(ガード圏外だったら、こっそりブラッディ・ベンジェンスの人たちにチクることもできたけど、街の中じゃ手が出せない。汚いヤツらだなぁ……)


 レオは恨みがましい視線をBOTに送る。

 心なき作業機械たちは、もくもくと綿花を回収し続けている。


(……ん?)


 その時、レオはBOTの動きに妙なパターンがあることに気づいた。

 綿花を刈り取った直後、一瞬だけ動きが止まるのだ。


(妙だな。まるで何かを待っているみたいな動きだ。もう一度見てみよう)


 レオは、BOTが行う一連の作業を食い入るように見る。


 まず、黒土の上に綿花の草がスポーンする。

 次にBOTがそれに殺到し、草を刈って綿花を地面に落とす。


(――ここだ。白い綿の3Dモデルが落ちた瞬間。ここでBOTの動きが止まる。)


 その停止時間は1秒にも満たない。

 しかし、揃いも揃って動きを止める不自然さが、レオに閃きを与えた。


「……あ!」


「どうしたんです、レオさん?」


「うん。ちょっと気づいたことがあってね。BOTたちは綿花が地面に落ちた瞬間、その『名前』を認識して回収しているみたいなんだ。つまり、アイテムそのものではなく、『綿花』って名前に反応してるってこと」


「名前……ですか?」


「そう、名前。ドレッドドラゴン、出番だぞ」


「コケ!」


 レオの口元に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。


 彼はメニューを開き、ペットのニワトリ、「ドレッドドラゴン」の名前を「綿花」に変更する。


 変更が確定した瞬間、ニワトリの頭上の表示が「綿花」に切り替わった。


 その瞬間、のどかな田園に異変が起きた。(最初からおかしいが)

 BOTたちが一斉に動きを止め、「綿花」――

 つまり、ニワトリに視線を向けたのだ!


 まるで餌に群がる魚のように、BOTたちはニワトリを取り囲もうと殺到する。

 レオは慌ててニワトリを抱き上げ、畑の端へと走った。


「やっぱし! BOTども、〝綿花〟はこっちだぞ!」


 BOTたちは執拗に「綿花」を追いかけ、レオのニワトリをアイテムと誤認している。だが、これこそがレオの狙いだった。彼はニワトリを抱えたまま畑の外周を走り、BOTを引き連れて移動する。


 畑は一気にフリーの状態になった。


「ニーナ、今のうちだ! 綿花を取るんだ!」


「……あ、はいっ!!」


 レオの奇行に気を取られていたニーナだったが、彼の呼びかけで「ハッ」と、正気を取り戻した。BOTに奪われたこれまでの分を取り戻すべく、彼女は手早く綿花を刈り集め始めた。


「俺も綿花が必要なんで、山分けでお願いします!」


「はいッ!!」


 レオがBOTを隔離し、ニーナが収穫する。


 レオがBOTを誘導し、ニーナが収穫する。BOTはニワトリを追い続けるが、本物の綿花が現れると一部が離れてしまう。そのたびレオはニワトリを巧みに動かし、BOTの注意を引きつけた。


(なんか、どこかでこんなゲームやった気がするなぁ……)


 レオがBOTの群れを操るうちに、ニーナのインベントリの中はふわふわとした綿球でいっぱいになった。次々と積み上がる白い綿の山に、彼女の顔にも笑顔が広がった。


「レオさん! もうインベントリがいっぱいです!」


「わかった! ――よし、ここらでリリースするか。それいけ!」


 レオはニワトリを力強く水路の上へと放り投げた。小さな羽をバタつかせながら、ニワトリは水路を越えて向こう岸に着地する。すると、盲目的なBOTたちは次々と水路に飛び込み、ニワトリを追いかけようとした。しかし、水路の深さに足を取られ、もがきながらスタックしてしまった。


 水面は手を空に向けるBOTの群れで埋め尽くされ、異様な光景が広がる。

 レオは水路の縁に立ち、勝ち誇ったように笑った。


「ぬははは! しょせんは機械! 人間様にかなうわけないのだ!」


「うわぁ……。」


 ニーナは水路の中でひしめくBOTを見下ろし、思わず身を引いた。


 水をかき分け、ゾンビのように「綿花」を求め続けるBOTたちの姿は、ホラー映画さながらだった。感情や意志を感じられない無機質な瞳が虚空を見つめ、右往左往する様子は、まるで悪夢から抜け出した亡者の群れのようだ。


「あ、悪夢だわ……」


 BOTが水路で足止めされている間に、レオとニーナは採取した綿花を分け合った。白い綿の山を前に、ニーナは目を輝かせながらレオに顔を向ける。


「あの、裁縫スキルを上げるために布を作りたいんですけど、綿花を集めた後って、どうすればいいですか?」


「綿花を採取したら、NPCの裁縫ギルドの糸車で糸にして、次に機織り機で布にすればいいよ。初心者でも使い方は簡単だから、ギルドに行ってみて」


「そうなんですね! 紡績機と機織り機……メモしておきます。ありがとうございます、本当に助かりました!」


 ニーナはレオの言葉を繰り返しながら、嬉しそうに頷く。


「初心者のうちは何もかも足らなくて大変だけど、スキルが上がればどんどん作れるものが増えて楽しくなってくるよ。そうだ、ブリトンの北の鍛冶屋にはよく生産職が集まってるから、そこで相談するのもいいね」


「はい! レオさんのおかげで、すごく楽しかったです!」


「こちらこそ! がんばってね!」


 ニーナは深々と頭を下げ、感謝の気持ちが込もった初々しい笑顔を見せる。レオもまた、初心者の成長を見守る先輩としての満足感を胸に、街へと戻るのだった。


「コケ!」


(…あれ? そういえば、HOFのアカウントって生体情報に紐づけられてたよな。ってことは、アカウントの永久停止=その人間がゲームに参加できなくなるって意味のはず。ん、んんん……? なんでBOTが生まれ続けてるんだ?)



あ、ニーナの名前、以前現れたチュートリアル山賊団の女ボスと被っちゃった…

あとで直します!


なんて汚いピク○ンなんだ…

あ、レオがやったこの行為、実は元ネタがあります。


とある有名な2D系MMOで凄まじい数のBOT(外部のプログラムを利用して自動操作で動いているキャラクター)が狩り場を占領していた時期の話です。


BOTは自動操作でフィールドの敵をターゲットし、ドロップしたアイテムを自動で回収するという、凄まじく高性能なものでした。


ここで、あるプレイヤーがBOTの挙動を観察して、あることに気づきました。


どうやらBOTはアイテムの名前を参照して、その名前が表示されている位置に移動して、アイテムを拾うという動作をしているようなのです。


つまり、BOTはアイテムそれ自体ではなく、「名前」を探しているのです。


そこでプレイヤーは自分のペットのスライムの名前を、とあるものに変更します。

それはBOTが荒らし回っている狩り場で手に入る高額レアアイテム、「カネニナール(仮称)」というアイテムの名前まんまでした。


するとどうしたことでしょう。狩り場を荒らし回っていたBOTたちはペットのスライムを追いかけ始めます。そう、BOTの目にはスライムが高額アイテムに見えているのです。


こうして狩り場のBOTを連れ歩くことで、そのプレイヤーはBOTにモンスターを狩らせて、自分はアイテムを拾うだけという究極のエコシステムを完成させました。


本来人々に迷惑をかけるだけのBOTが、仕様を逆手に取られてプレイヤーに利用されるとか…。人間の邪智ってすごいですねぇ…


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― 新着の感想 ―
楽しく読ませて頂いています。 >>どうしたものかとレオが畑を見回していたその時、綿花畑の端に、一人の初心者プレイヤーが立っているのが目に入った。 >>そんな時、畑の端に一人の初心者プレイヤーが立ってい…
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