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第二十七話 混沌の鍛冶王


 ――ヴェルガとの戦い、その翌日。


 ブリトンにほど近い場所に建つレオの鍛冶屋。2階建てのこじんまりとした石造りの店は、平原の緑に映える落ち着いた砂色をしている。しかし、そんな可愛らしい店は、中世の拷問器具を思わせる刺々しいシルエットをしたPKの砦にすっかり取り囲まれていた。


 その様子はまるで猛獣の群れに囲まれた小さなウサギだ。

 レオはそんな店の中で、いつものように開店準備を始めていた。


 商品棚に空いたスペースに、新しく作った武具を置いてまわり、カウンターのバスケットに入れたオイルや砥石などの消耗品を補充していく。


「うーん……やっぱオイルは売れゆきが良いなぁ。次から100個セットも用意するかな。10個セットじゃすぐ空っぽになっちゃうや」


 レオは、バスケットの中に色とりどりの液体が入ったビンを並べていった。


 彼が商品として並べているアイテムは、武器に使うと一時的に特殊な効果を付与することができるバフアイテムだ。


 たとえば「銀のオイル」は、武器に塗ると20から30回の攻撃にアンデッド特効効果を与える。また「処刑人のオイル」は、ダメージを受けたプレイヤーに対して、クリティカル率をアップさせる効果がある。PK御用達のバフアイテムだ。


 街で行商する時の売れ筋は、もっぱらモンスターに効果のあるオイルだ。

 しかし、PKギルド「ブラッディ・ベンジェンス」の拠点にほど近いレオの店では、違った。普段余りがちな「処刑人のオイル」が圧倒的人気を誇っていた。


「商品はこれでよし、と。あとは修理依頼に備えて、準備をしておくか」


 棚とカウンターを指差し確認したレオは、腰に巻いた革エプロンのヒモを硬く締め直し、ベルトに突っ込んでいた分厚い耐熱グローブを手にはめる。

 すると、店の扉がギィッと軋む音を立てて開き、一人の客が入ってきた。


 客はフード付きマントを目深に被った男で、いかにも怪しげな暗殺者風の格好をしている。背中に巨大なクロスボウを背負い、腰にはレオの作った闇色のチャクラムが揺れていた。毒アーチャーのクロウだ。


 レオの姿を認めたクロウは、フードの下で怪しげな笑みを浮かべる。

 店の中に視線を泳がせ、何かを探すようなその仕草に、レオははたと手を打った。 


「いらっしゃいクロウさん。例の鍋を引き取りにいらしたんですね?」


「ケヒャヒャ!! あ、そうです。シル姐から良い物があると聞きまして。それと、鍛冶屋さんにちょっとした言付けも頂きました」


「言付け……ですか?」


「遺言タイムだぁ! はい。リアルで私用があるそうで、数日ログインできないと。それで、伝えるよう頼まれたのですが――」


 クロウはそこで一度言葉を切り、レオの顔をじっと見つめた。その視線に何か含むところがあると感じたレオは、眉を軽く上げて先を促した。


「ちょっとイヤな予感がしてきたんですが……どういう?」


「掲示板やHOFの※まとめサイトで、あなたのことが話題になっているそうです。ここしばらくの間、身の振り方に気をつけろと言っていましたよ」


※まとめサイト:インターネット上の情報を特定のテーマで集めてまとめたWebサイトのこと。HOFのまとめサイトは「鳩風呂速報」というサイト。


「えー、またぁ?! あ、リッキーのヤツが懲りずにまた何かやらかしてるとか?」


「いえ、もはや彼とは関係無さそうです。あまりにも壮大になってますから」


「へ? 壮大?」


「――いわく、『レオとかいう鍛冶屋は、PKギルドとPKKギルドの間に立って、両方に武器を供給しながら戦いを煽っている』だろうです」


「いや、そんなこと――」


「シル姐から聞きましたけど、WJのマスターの依頼を受けて、大量の高性能武具を納入したそうじゃないですか。うちに関しては言わずもがなですし」


「ぐ、その通り過ぎて否定できない!!!」


「いやはや、面白い二つ名までついてますよ。『混沌の鍛冶王』。

 ――炎と鋼で混乱を生み出すそうです。格好いいじゃないですか」


「……なぁにそれぇ? 俺、ただの鍛冶屋だよ!?」


「ところが、現場を見なかった人たちは、そう思っていないようですよ? 『PKに肩入れしてる』とか、『PKKにも武具を売って、戦場で自分の武具の力を試している』とかなんとか。いやぁ、無責任な噂って怖いですねぇ~」


 そういってクスクスと笑うクロウ。彼が手で枠を作るようなジェスチャーをすると、彼の手元に青白いウィンドウが開いた。


 ハート・オブ・フロンティアに限らず、大抵のVRMMOはゲーム内の掲示板だけでなく、外部のインターネットを閲覧できる便利な機能がある。その機能を使って、クロウはレオにゲーム内で起きた事件やニュースをまとめているまとめサイト、「鳩風呂速報」を開いて見せた。


「これがレオさんの記事ですよ」


 そういって彼が見せたウェブサイトには、太字でデカデカとユーザーを煽るようなタイトルが書かれた記事が表示されていた。


『【HOF】鍛冶屋さん、PKとPKKを操って戦争を起こしてしまうwwww』


「うわぁ……」


 レオはげんなりとした表情を画面に向ける。

 タイトルを見ただけで、すでに疲労感が押し寄せているようだ。


 クロウは記事を開き、スクロールしてコメント欄を表示する。

 するとそこでは、どこかの掲示板から転載された熱い議論が載っていた。



ーーーーーー

「先日、HOFのワールド7、EdisonエジソンでPKKギルドの内部抗争が発生した。しかし、そこになぜかワールド1位のPK、シルメリアの姿があった。どうやらPKKギルド内部で発生した反乱をPKに鎮圧させた模様」


「PKKが仲間をキルして赤ネームになるわけにいかないから、PKに外注したってことか。でもそんなコネどうやって作ったんだ?」


「それが血便とWJの間には、もともと不可侵協定があったみたいなんだけど、それをレオって鍛冶屋が利用して軍事同盟に仕立て上げたらしい」


「いや、まるで意味がわからん。なんでそこに鍛冶屋が出てくるんだ?」


「PKギルドとPKKギルドが協定を結んだとしても、立場はPKのほうが弱いんだ。PKKと違って、PKは街に入れない制約で装備が消耗品になってるからな」


「あ、テコ入れして台頭を関係に持っていったってこと?」


「そういうこと。あ、レオって鍛冶屋についての事前知識だけど、天匠クラスの鍛冶屋で、自分の武器がどれだけ活躍できるか知りたがってる。それで戦場を必要としてたんだ」


「自分の刀に血を吸わせようとする妖刀鍛冶屋みたいな奴だな……」


「その解釈で間違ってない。実はWJ側も問題を抱えてた。PKKギルドにも関わらず、内部に元PKが入り込んでたんだ。ソースはシルメリアの配信な」


「元PKってか、ヴェルガじゃん! そりゃ内乱になりますわ」


「あー、そういう状況だったなら、絶対に戦いが起きるな」


「なるほど。だからレオって鍛冶屋が間に入り込んだのか?」


「その通り。で、実際レオの鍛冶の腕前はヤバイ。シルメリアの配信みたけど、重装着込んだガチタンク構築のナイトをワンパンで倒してる」


「なにそれ、ヤバすぎんだろ」


「要するに、レオって鍛冶屋が自分の武器を使ってくれる場所が欲しくて、膠着してた状況を動かして戦争を起こしたってことね。どう考えてもやべーやつじゃん」


「あぁ。言うなれば、『混沌の鍛冶王』だな。ヤツが鍛える鋼は列をなす死神の手に渡り、炉の炎は混沌の熾火となる。この戦火はまだ続くぞ」


「こわ、戸締まりしとこ」


「イベントっぽくてワクワクしてきた。やっぱHOFはこうじゃないと!」

ーーーーーー



「――とまぁ、こんな感じですね。ちかごろのHOFは、前回の拡張が落ち着いて『凪』の状態にありますから。注目度も高くなってますね」


「イヤー!!!!」


「まぁまぁ。こっちから燃料を投下しなければそのうち落ち着きますよ。HOFプレイヤーは移り気ですから」


「……ていうか、なにその、何? 自分の武器の活躍を見たいがために戦争起こす鍛冶屋って!! 悪の科学者じゃないんですから……勘違いも甚だしいですよ!」


「まぁ、そうやって笑いものにしてれば大丈夫ですよ。シル姐も『レオなら適当に受け流すだろ』って言ってましたし。ただ、しばらくは変な奴らが店に押しかけてくるかもなんで、用心してくださいねぇ」


「えぇ……」


「俺の毒アーチャーは近くのハイドを見破る『追跡術(トラッキング)』のスキルも持ってますから、変なのがいたら追い払っておきます。シル姐からも守るよう頼まれましたからね」


「あっ、ありがとうございます」


「いえ。お礼を言うならシル姐に。それでは、例のものをいただけますか?」


「…………あ、鍋! はいはいっと」


 レオはカウンターの後ろの棚の上に鎮座していた、面妖な緑色のオーラを放つ大鍋を手に取る。刺激臭に顔をしかめるレオだったが、クロウはなぜか嬉しそうだ。


「ケヒャ! 汚物で消毒だー! おお、これは良いものですね」


「喜んでいただけて何よりです。この大鍋は、作成数と持続時間を犠牲にした代わりに、毒の効果を大幅に上げる効果が入ってます。以前使ったときは、毒耐性装備をしていたPKを一発で沈めましたよ」


「なるほど。なら持続が重要な麻痺より、死毒に使うべきか……。火力不足に悩みがちな毒アーチャーには嬉しい逸品ですね」


 鍋を受け取ったクロウはカウンターの上に金貨の山をつくる。

 即興でつくった大鍋だっただ、クロウには相応以上の価値があるようだ。


「まいどありー!」


 店を出ていくクロウを手をふって見送るレオ。

 しかし彼は客の目がなくなった途端、カウンターに突っ伏してしまった。


「なにが『混沌の鍛冶王』だよ! 混沌に巻き込まれてるのはこっちだよ!!」


 詐欺師のリッキーから店を守ったはずが、なぜか一連の事件の黒幕にされていた。そんなレオの嘆きはどこにも届くことはなく、穏やかな春の陽気に溶け込んでいくのであった。



リッキーとヴェルガの影響を排除したら、なぜか黒幕にされたの巻。

勘違いとハチャメチャが押し寄せる…!

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