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第二十六話 最後の手段


 美しくも壮麗だった要塞のホールは瓦礫に埋もれ、廃墟と化していた。崩れた壁の隙間から数条の光が差し込み、シルメリアとヴェルガの間に光の筋が降りそそぐ。


 床にはナイトやパラディンたちの死体が散乱し、もうもうと立ち上る白煙でも隠しきれないほどだ。煙の中、シルメリアが静かに歩を進める。


 黒い甲冑に包まれた銀髪が揺れ、頭上の赤ネームが不気味に輝く。彼女は無数の石くれが転がる床を音も立てずに歩み、銀の甲冑を着込んだ男に切っ先を向けた。


「へへ……どこかで会ったか?」


 レイピアを向けられたヴェルガは、手のひらを見せながら後ずさる。

 一歩、ニ歩、背後の壁に背をつけ、顔にひきつった笑みを浮かべていた。

 ヴェルガの目は動揺を隠しきれていない。


 彼にとってシルメリアは、ワールド1位の殺人鬼として知られるPKに過ぎない。

 なぜ彼女が自分にここまで敵愾心をむき出しにするのか?

 彼にはまったく見当がつかなかった。


 ――だが、シルメリアはヴェルガのことをよく知っている。


 かつて「スマイリーモルグ」のリーダーだったヴェルガは、HOFを荒らし回り、多くのプレイヤーがPK、詐欺、荒らしの被害にあった。


 シルメリアの親友、結衣(ゆい)もそのうちの1人だった。


 結衣は同時期にHOFを始めた仲間とギルドを作り、お金を貯めてギルドハウスを買うために仲間から資金を預かった。だが、不幸なことに彼女が物件を買い求めた相手は、不動産ブローカーになりすましたヴェルガだった。


 結衣は巧妙な詐欺にあい、仲間から預かった資金を全て失ってしまった。

 そんなこと、誰にも相談できるはずがない。結衣の絶望はいかほどだっただろう。


 ヴェルガが悪質なのはそこからだった。別キャラクターを使って彼女に話しかけ、助け船に見せかけて街の外に誘い出し、執拗にPKをしてあざ笑ったのだ。


 ヴェルガは人の心をよく知っているが、その知識の全ては心を壊すことに使う。

 邪悪や悪辣という言葉をいくら足しても足りない行為を彼女にした。


 すべてを失った結衣に、シルメリアは気にしないといって彼女を立ち直らせようとした。だが、彼女の優しさは逆に追い詰めるだけだった。生真面目な結衣は自分を責め、リアルで自殺未遂を起こすほど精神を病み、この世界から姿を消した。


 ヴェルガは一連の事件を記憶の片隅にも留めていなかった。

 シルメリアにとっては復讐の原点だった。


 ヴェルガを問い詰め、誅殺する。彼がしたように彼のものを全て打ち壊す。

 シルメリアはそのために「ブラッディ・ベンジェンス」を率いていた。


 レイピアの切っ先を返し、彼女は剣籠(バケット)を顔の近くに引き戻す。

 銀色の彫金細工の隣には、氷のように冷たい笑みがあった。


「直接会うのは初めてね。でもジーク、あんたの正体は知ってるよ」


「――何だと?」


「シルバージーク。いや、ヴェルガ。リッキーがアンタの正体を吐いたよ。WJのサブリーダーに居座りながら、スマイリーモルグのリーダーも続けるなんてね。欲張りが過ぎるよ」


「クソッ、リッキーの野郎……! あれだけビジネスパートナーとかなんだとか言っていやがったのに、あっさり裏切りやがって!」


「無理もないでしょうね。ヒロシが仕掛けたトラップで、アンタとリッキーがやってたことは、全部白日のもとになったからね」


「ぐ……。ってことは、倉庫の管理権限を渡したのも罠だったのか」


「御名答。WJのメンバーの名前を刻んだ武具を倉庫に並べておいたのよ。アンタがまんまとPKギルドに横流ししてくれたおかげで、WJのメンバー全員がアンタの正体を知ることになったわ」


 シルメリアはヴェルガに語りかけているようで、死亡し、幽霊になっているプレイヤーに話を聞かせていた。自身の死体の上に立つ幽霊たちは互いに何かをささやきあい、肩を落としている。


 尊敬の眼差しを向け、力を貸していた相手(ジーク)が、最も憎むべき相手(ヴェルガ)だった。

 その事実が彼らを失望させ、その場に縛りつけていた。


「もうWJにアンタの居場所はないわ。古巣のスマイリーモルグに帰ったら? もっとも、戻ったところでヒロシが完膚なきまでボコボコにし続けるだろうけど」


「クソッ! ここまで仕込んだことが全部パァじゃねぇか……! シルメリア、お前結構やるな。ここまでの意趣返しを食らったのは初めてだぜ」


「でしょうね。」


「……でも、ひとつわからねぇことがある。アンタほどのPKが、なんで俺みたいなザコを気にするんだ?」


「私の親友、結衣をこのゲームから追い出した男――彼女を壊した張本人だからよ」


 ヴェルガの目が細まり、おぼろげな記憶を辿る。


「結衣? ……ああ、あのお人好しか。懐かしいな。バカなやつを騙すのは楽しかったよ。あいつがリアルでどうなろうと、俺には関係ないさ」


 シルメリアの表情が一瞬固まり、レイピアを握る手が微かに震える。


 彼女は胸の前で手を振り、青白く光るウィンドウを空中に出した。

 ウィンドウには白銀の鎧を着た山のような体格のヴェルガと、漆黒の鎧を身に着けた細身のシルメリアが映っている。


 そして、ウィンドウの下部には「ライブ配信中」の表示が――


「関係ない、か。なら視聴者に判断してもらおうか。あんたが結衣に何をしたか、WJで、スマイリーモルグで、どんな悪事を働いてきたか。全部配信したからね」


「配信だと?! ふざけるな! お、俺は……WJのサブリーダーだ! こいつの言うことは全部デタラメだ! 俺はコイツから真犯人のことを引き出そうと――」


 配信を見たヴェルガは居もしない「真犯人」をでっち上げる。

 彼はこの期に及んでも、自分のしたことから逃げようとしているのだろう。


 シルメリアが一歩踏み込み、「ハイド」スキルを発動した。

 漆黒の姿がホールの白亜に溶け、その直後にヴェルガの背後に現れる。

 青白く輝くレイピアが閃き、銀色の板金を音もなく貫いた。


「グッ!?」


 ヴェルガがよろめき膝をつく。鎧防御力貫通は彼の鎧にも有効だった。大きく体力を削られたヴェルガは喉の奥でうめき、顔を床に向ける。


 立ち上がろうとした彼が面を上げると、ウィンドウが彼の顔に迫り、光の向こうからシルメリアが冷たい視線を投げかけていた。


「喋れ、ヴェルガ。HOFのプレイヤーが見てる前で、あんたの正体を晒してやる。結衣に何をしたか、全部吐け!」


 シルメリアはワールド一位の殺人鬼だけあり、彼女の名前がついたチャンネルは最初からかなりの数の視聴者がいた。


 彼女が掲げるウィンドウには、『視聴者数:1245人』と表示されている。

 カウントは激しく回転し、視聴者数はなおも増加を続けていた。


 開放された配信のコメント欄も目まぐるしく流れる。


ーーーーーー

「ここに映ってるジークってWJのサブリーダーだろ?」

「ヴェルガってスマイリーモルグの詐欺師じゃん」

「PKKギルドにPKギルドのリーダーが入り込んでたってこと?」

「てか、結衣って誰?」

「ジーク(ヴェルガ)の詐欺った相手らしい」

ーーーーーー


「ハッ、ハァ!! 詐欺った相手をイチイチ覚えてねぇよ。バカを騙すのも、PKするのも、ただのプレイスタイルだ。ゲーム(HOF)がそういう風にできてんだ! やれることをやって、何が悪いってんだ!」


「どこまでも救えないやつね」


「へ、そうだよ。詐欺にあったやつがリアルで何をしようと、そいつの問題だろが。たかがゲームで、何をマジになってんだよ。リアルは関係ねぇだろ」


「ゲームだから何をやっても良い、か。なら私がアンタの装備をはいで、パンツ一丁にしたところを配信しても文句はないわよね? それにリアルは関係ないとか言ってるけど、それって矛盾してない? アンタは現実の人間が苦しむのが見たくて荒らしをやってるんでしょ。関係あるじゃん」


「ぐ……。だがHOFの仕様が許してるんだ。俺が本当に悪いことをしてるなら、運営が止めるはずだ。だが実際にはそうなってない。許されてるんだよ。いい大人はたかがゲームでキレたりしねぇんだよ!」


「確かにHOFの仕様はすべてを許してるよ。でも、アンタが人を騙して踏みつけるたびに、この世界から何かが失われてる。初めて装備を手に入れて喜んでた新規が、PKに全部取られて泣きながらログアウトしていくのを見たことがある。アンタにはただのデータかもしれないけど、そこにはリアルな人がいるんだ」


「リアルな人? 笑わせんなよ。盗られたのはそいつが弱いせいだろ。ゲームなんだから勝つ奴と負ける奴がいる。それが嫌なら最初から遊ばなきゃ良いだろ」


「強者だけが残るなら、そのうち誰もいなくなるよ。私はね、このゲームがみんなにとっての居場所であってほしいと思う。仲間と笑い合って、時には助け合う。そんな世界を守りたい。アンタがそれを壊す『プレイスタイル』を選ぶなら、私はそれを止めることを『生き方』として選ぶよ」


 シルメリアの目が鋭く光り、ヴェルガにレイピアを突きつける。

 彼女が腰を深く落とし、構えを取った次の瞬間――

 レイピアが血のような赤い軌跡を描き、ヴェルガの体を刻みあげた。


 ソードマスターの最終技、「ラスト・リゾート」だ。


 「最後の手段」という名が示す通り、このスキルはグリムリーパーの対象外になっており、2時間に一回しか使えない。


 だが、その制限ゆえ、確実にキルを取れる。

 全職中最強の攻撃スキルだった。


 赤い剣閃が甲冑の板金ごとの肉を切り裂き、鮮血の中を切っ先が躍る。

 細剣の切っ先がヴェルガの頭を切り飛ばす。

 刻みあげられる自分の体を見る彼の目には、初めての恐怖が浮かんでいた。


 ホールが静寂に包まれる中、シルメリアがウィンドウを操作する。

 画面に「配信終了」のメッセージが表示されるが、画面が暗転してもなお、配信のコメント欄は書き込みが止まっていなかった。


ーーーーーー

「最近見ねぇなと思ったら、ヴェルガのやつ、PKKギルドにいたのかよ!」

「自白マジか。てかこれ大丈夫なん?」

「ギルドのサブリーダーが詐欺師とか、WJ崩壊確定w」

「シルメリア鬼TUEEEEE!!」

「逆らう奴ら全員ぶっ殺していこうぜ!」

ーーーーーー


 コメントを見るシルメリアの口元に苦笑が浮かぶ。

 だが、その表情はどこか晴れやかなものだった。


 彼女が振り返ると、壁の穴を覆っていた白煙はすっかり晴れていた。

 穴の向こうでヒロシとWJの一団が近づいてくる姿が見える。


 シルメリアの復讐はヴェルガの陰謀を崩壊させる最後の一撃となった。

 もはやリッキーが「レオの鍛冶屋」に手を出すことはないだろう。


 だが、結衣への償いはまだ終わっていない。

 終わることがあるとすれば、それは彼女が再びHOFに降り立ったときだ。

 剣を収めたシルメリアの横顔は、そう語るかのようだった。



(配信は)不味いですよ!

なんかいろいろ副次的被害が起きそうな…?


あ、これにて第一章完結です。長かった…

今後の展開としては、溜め込んだネタこと、日常パートをやっていきたいと思いますす。HOFの日常パートなので大体サツバツ! ですが。

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