第二十五話 夢の終わり
ヴェルナにほど近い場所に立つ要塞内部には、ホワイトジャッジメントのギルドハウス内のホールを模した厳かな空間が広がっていた。
天井に吊るされたシャンデリアの輝石が淡い光を放ち、壁には正義の剣と盾の紋章が刻まれている。
しかし、この場所はヒロシのものではない。
シルバージーク……もとい、ヴェルガが私物化した拠点だ。
ヴェルガはホールの中央、壇上に立っている。
彼は自慢の白銀の重甲冑に身を包み、威厳ある態度で周囲を見下ろしていた。
彼の頭上では、名前に続き「グランドマスター」の称号が輝く。
この称号は、彼がWJで第二のマスターとして君臨していることを示していた。
実務を任された彼は、ヒロシの雑な運営を補う形で位階制度を導入していた。
「イニシエイト(見習い)」
「ナイト(騎士)」
「パラディン(聖騎士)」
儀式めいた「授与式」を執り行い、ヴェルガはこれらの称号をメンバーに与える。
位階を通して、ヴェルガは正義に裏打ちされた権威を自らに投影させていた。
なぜなら、位階の頂点はヴェルガにあるからだ。
位階は単にその者の地位を示すだけでなく、ヴェルガに対しての「尊敬」と「服従」という心理的効果をもたらすための道具に過ぎなかった。
壇の周りにはヴェルガの唱える「正義」に惹かれた十数人のWJメンバーが集まっていた。日頃のヒロシのやり方に不満を抱く者たちだ。
その中には、「レオの鍛冶屋」を襲ったニールの姿もあった。
ニールは膝をつき、ヴェルガを見上げながら拳を胸に当てている。
鎧に身を包む彼の頭上には、「パラディン」の称号が浮かんでいる。
しかし、その表情には焦りと苛立ちがにじんでいた。
「ジーク――いや、総長。俺に挽回の機会をください。俺はパラディンとして正義の敵たるシルメリアを倒し、レオの店を更地に浄化してみせます」
「ニール、立て。お前の忠誠は疑う余地がない。シルメリアに敗れたことは試練だ。パラディンとしての名誉を取り戻す機会は、必ず俺が与えてやる」
「ハ、ハイッ! ありがとうございます!!」
「お前が負けた理由はひとつしかない。ヒロシのせいだ。ヒロシがお前に十分な装備を与えなかったから負けたんだ。だが、俺はそんなことはしない」
ヴェルガがインベントリを開き、一振りの大剣を取り出した。ガラスを思わせる艷やかな漆黒の剣身を持つそれは、鮮血のように赤く輝くルーンが刻まれている。身震いするような怪しい美しさに、ニールは息を呑んだ。
「こいつはヒロシが倉庫の奥底にしまい込んでいたヤツだ。いっとくが、こんな武器はまだいくつもある。あいつはこんな武器を何本も持っておきながら、仲間には一本も渡さなかった。正義に役立てるどころか、悪を利する行為だ」
「そんな、マスターが……!」
「あいつにマスターとしての価値があるのかどうか、俺の口からは言えん。俺が言えば、それはただの反逆になるからな。だから――お前たちが判断するんだ」
「――はい!」
ニールは決意と共に大剣を手に取った。そして彼は剣を掲げ、この場を共にする他のナイトやパラディンたちに向き直る。その幼さの残る顔は尊敬する者の信頼という興奮によって、薄紅色に染まっていた。
「すごい。攻撃力が一気に上がった。先の戦いでこれがあれば……」
「その武器には貴重な支援用のルーンが刻まれている。使ってみろ」
「は、はい!」
ニールが手に持った大剣の力を開放した。すると剣から眩い光が放たれ、周囲に大剣の3Dモデルをかたどった聖属性のエフェクトが展開された。
周囲の仲間に「追加効果:聖属性ダメージ」が付与され、ホールが神聖な雰囲気で満たされる。そして、光の中で一行のメッセージが浮かび上がる。
『ニール。本当の敵を見定めよ』
彼の名を冠した言葉が輝く中、ニールは大剣を掲げ、恍惚とした表情を浮かべた。
「これだ……これが俺の正義だ! ジーク様、俺は必ずシルメリアを――!」
聖なる光が彼を包み、パラディンとしての自覚に目覚めるニール。
その一方で、ヴェルガの表情は完全に硬直していた。
(ちょっと待て――何だこりゃ?)
空中に浮かぶメッセージが、ヴェルガの目に焼き付いて離れない。
ギルドメンバーであるニールの名前と、彼に語りかけるような文言は、この武器が誰のものであるかを明白にしている。
WJの倉庫から盗み出し、横流しを図った武具。それらにこういった〝仕掛け〟が施されていることに、ようやく気がついたのだろう。
大剣に刻まれたルーンは、ヒロシが彼の裏切りを見越して仕組んだ罠だった。
ルーンに刻まれたメッセージは、ある種の皮肉だ。
光り輝く言葉は、ヴェルガこそが「本当の敵」だと言っているのだ。
彼がリッキーに渡した武具に同じものが仕組まれていたとしたら、彼の権威は完全に足元から崩れ去る。いや、それどころか全てが終わるだろう。
(ヒロシの野郎、俺の動きに気づいてやがったのか!!)
ヴェルガは歯を食いしばり、ガントレットを握り潰す勢いで拳を握る。
しかし、エフェクトに目を奪われているホールのメンバーはそれに気づかない。
ニールにいたっては文言の真意に気づかず、大剣を振りかざして無邪気に陶酔している始末だ。その一方で、ヴェルガの内心は冷や汗にまみれていた。
(マズい。これはマズいぞ。リッキーのヤツは、在庫が集まり次第、俺の古巣に取引に行くと言っていた。ってことは現場は……待て、ヒロシが1人で取引現場を押さえるはずがない。他のメンバーにも横流しがバレたと見るべきだ。)
ヴェルガは状況を計算して、即座に正確な答えを導き出した。
――チェックメイト。詰みであることを。
(クソッ、どうする……? ひとまずここは姿をくらますか? うん、それがいい。名前を変えて、今度は別のネタで遊ぶしかねぇな)
「さて、今日のところはこれくらいでお開きにするか。お前たちには期待してるぜ。じゃぁ――」
そういって、ごく自然な流れで拠点を後にしようとするヴェルガ。
ホールの階段を降り、出口に向かうと、ふと窓の外の風景が目に入った。
要塞の前に広がるヴェルナの荒野で、ヒロシが白備えの一団を率いて砲列を敷いている。丘に据え付けられたキャリバーキャノンはこちらを向き、砲口の黒い点が目玉のようにまっすぐこちらを見据えて並んでいた。
(ゲッ! もう来てるぅぅぅぅ???!!!!)
――が、その時。ヴェルガに電流走る。
(いや、これは千載一遇のチャンスだ。ヒロシのヤツ、早まったな! これはどう見ても内乱だ。ヤツが俺に権力を奪われることを恐れて、行動を起こしたと偽れば……うむ! この状況を切り抜けられるはずだ!!)
彼の頭に悪魔的なアイデアが閃く。
あえて追い詰められた状況を利用して、この場を切り抜けようというのだ。
(連中はあくまでもPKKギルドだ。青ネームのメンバー同士が攻撃し合えばPKカウントが付き、ペナルティが課される。砲列はブラフ。俺を脅してるだけだ。騎兵砲を持ち出してるのが何よりの証拠だ。キャリバーキャノンごときで、要塞を破壊できるはずがない。ヤツは本気で殺し合う気じゃない。なら……勝ち目はある)
ヴェルガは壇上にかけ戻り、全員に聞こえるように声を張り上げた。
「皆、聞いてくれ! ヒロシが俺達を裏切った! 俺が総長として正義を執行するのを恐れ、内乱を起こして我々を潰そうとしている!!」
「内乱……? ジークさん、いったい何のことです?」
ニールが握った大剣を胸の前に直し、驚愕の表情で振り返る。
ヴェルガはそんな彼の無垢な表情に虚実の混ざった言葉をまくしたてた。
「窓の外を見ろ! ヒロシが裏切り者を率いて、この要塞に大砲を向けている!」
「えっ?!」「ウソだろ!?」「なんでヒロシが!?」
動揺の声が上がり、窓に駆け寄るナイトたち。
丘の上を見た彼らの顔は失望に歪み、驚きと嘆きの声があがった。
「どうしたらいいんだ……」
「みんな、迷いを捨てろ! かつての仲間が相手でも、我々は正義のために戦う! 防御塔を使って反撃し、奴らの裏切りを叩き潰せ! PKカウントなど恐れるな。正義の名の下に立ち上がれるんだ!!」
ヴェルガの激励に、ホール内のナイトやパラディンたちが一斉に武器を掲げた。
彼の扇動は、宗教的な情熱を掻き立て、メンバーを戦いに駆り立てる。
ヴェルガがハウジング管理用のウィンドウを開き、防御塔の照準を「ナイト」以上の位階に解放する。彼の開いたウィンドウに「防御塔:ON」の通知が表示され、要塞の塔が低い地響きのような起動音を響かせた。
「白兵武器しか持たないものは防御塔の照準に回れ! 弓や魔法を使えるものは窓について反撃するんだ!」
「総長のご命令をみんな聞いたな? ヒロシの裏切りを許すな!!」
ニールが大剣を振り上げ、他のメンバーも戦意を燃やす。
それを見て、ヴェルガは内心でほくそ笑んだ。
(よしよし。ヒロシをぶっ飛ばしさえすれば、勝者の印象で横流しの件をウヤムヤにできる。壁に守られた防御塔で反撃すれば、騎兵砲を一方的に叩けるからな。ここで戦いに勝ちさえすれば、あとはどうとでも話を運べる……へへ。)
だが、ヴェルガは一点を見落としていた。窓の外、キャリバーキャノンの後ろに立つ黒い甲冑を着た銀髪の女性――シルメリアの存在を。
彼女の頭上に浮かぶ赤色の名前が、薄暮に包まれた丘で不気味に光っていた。
その瞬間、要塞の外で砲撃音が響き、ホールの空気が揺れる。シャンデリアの輝石がきらきらと繊細な音を立てて震え、次の瞬間、轟然たる爆発が外壁を襲った。
「――何!?」
レオが鍛冶とルーンで強化した「重徹甲榴弾」が着弾したのだ。
騎兵砲の貧弱な攻撃力を補うこの砲弾は、防御塔が展開した魔法障壁を容易く貫き、障壁の内側で大爆発を起こした。本来塔を守るはずの障壁は内側に爆発の力を閉じ込めてしまい、かえって威力を増した。衝撃波が装甲板ごと石材を粉砕。防御塔の一つがガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
【<ー警告ー > 障壁耐久値、残り30%です】
ヴェルガの見ているウィンドウで表示が点滅し、要塞が悲鳴を上げた。
たったの一発で障壁のHPがほとんど消し飛んでしまった。
慌てて窓に駆け寄ったヴェルガは、大砲が並ぶ丘を見下ろす。
すると丘の上では、ニヤリと笑みを浮かべるシルメリアが次の砲弾を装填し、縄を引こうとしているところだった。
ヒロシは青ネームの制約を回避するため、PKの彼女を砲手に起用していた。
予想だにしてなかった協力者の存在に、ヴェルガは思わず毒づいた。
「シルメリアだと!? ――PKに撃たせたのか!!」
二発目の砲弾が着弾し、ホール内が阿鼻叫喚の地獄と化す。
ラッチェ・ボムは着弾の閃光の後、巨大な火球となって障壁ごと要塞の外壁を押しつぶした。壁が崩れ、白煙と瓦礫が舞い上がって視界を塞ぐ。
「ジークさん! 壁が抜かれました! どうすれば!?」
「たったの2発で……? ありえねぇ……何が起きてる?」
「指示を! 指示をください!!」
「――ッ!! 大砲に対して射撃を加えろ!! 塔の射程内のはずだ!」
がなり立てるヴェルガは丘の上を見やる。
砲撃が止み、丘の上は完全に静寂が支配していた。
そう、砲撃が止んでいる。
大砲についていたはずのシルメリアが居ないのだ。
これが意味することはつまり――
「シルメリアが消えた? ……マズいッ!!」
壁に開いた穴に立ち込めていた白煙がふわりと揺らぐ。
次の瞬間、煙の中から一筋の青白い剣閃が奔り、壁の近くにいたナイトが倒れる。
シルメリアが単身要塞に突入してきたのだ。
「まず、1人――ッ!」
ワールド1位の殺人鬼による先制攻撃が決まった。
キルによってソードマスターの「グリムリーパー」の効果が発動。「ハイド」の待機時間がリセットされ、再びシルメリアは煙の中に姿を消した。
「クソッ!! 防御塔に登った連中を呼び戻せ!! シルメリアだ!」
「シ、シルメリア?! ど、どこ!」
シルメリアの名を聞いたニールは無様にうろたえる。
「レオの鍛冶屋」で彼女に蹂躙された記憶はまだ新しい。
その名を聞いて、あの時の恐怖が蘇ったのだ。
「――いや、やれる! 俺にはこの剣が!」
勇気を奮い立たせた次の瞬間、赤の混じった闇がニールの背後に現れる。
「!?」
ニールが振り返る間もなく、シルメリアの細剣が彼の胸から生えた。
レオが鍛えた刃には「鎧防御力貫通90%」の効果が付与されている。
彼の正義を守る重厚な鎧は、まるで役目を果たさなかった。
大剣の聖属性バフも意味を成さず、彼のHPは無拍子から繰り出される高速の連撃でまたたくまに消し飛ぶ。ニールは驚愕に目を見開きながらホールに横たわった。
「ぐわっ!」「そんな! 鎧が……効かない!?」
シルメリアが連続して奇襲を繰り出し、ナイトやパラディンたちが次々と討ち取られていく。ハイドを駆使して煙の中を移動し、繰り出されるレイピアが重騎士たちの急所を正確に突いていった。
防御無効化の効果に、彼らの鎧は無力化され、悲鳴と共にHPバーが暗転する。
「総長、助けて――!」
パラディンの一人が叫ぶが、シルメリアの剣閃がその言葉を断ち切る。
もうもうと煙の立ち込めるホールで、彼女の赤ネームだけが鮮やかに躍る。
ヴェルガの策略は要塞同様、無残に崩れ去っていた。
「何なんだよこいつ、マジのバケモンかよ……!」
ヴェルガはたまらず穴の反対側に向かって駆け出す。だが、そこには既に漆黒の甲冑に身を包み、銀髪を広げた殺人者の姿があった。
「グッ!」
「――見つけた。いくら名前と顔を変えても、その目の奥の光は忘れないわよ」
そういってシルメリアは残心のまま、ヴェルガに青い燐光を放つ切っ先を向けた。
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細々と始めたウルティマオンラインですが、izumoに家建てました。
レオの鍛冶屋を想像して作りましたが、家具が買えなくてまだショボショボです。
すまぬレオ。作者が不甲斐ないばっかりに……(