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第二十四話 バケットリスト


 ブリトンの森を抜けると、レオの見ている風景は、次第に山がちな場所へと変わっていった。白備えの騎兵隊は、馬に引かせた騎兵砲を一列に連ねて前進している。


 蹄の音が岩肌に反響し、砲車の車輪が石ころを跳ね上げる。森の緑が薄れ、灰色の岩崖(がんがい)が視界を占める中、遠くにヴェルナの姿が浮かび上がってきた。


 木の壁に囲まれたヴェルナは、遠目にも殺伐とした風景が際立っている。街の周囲には鉱山が点在しており、採掘跡が無数の傷のように刻まれていた。山肌のところどころには、オーク対策に設置された防御塔が夕陽を反射して鈍く光っている。


 その威容は、鉱山というより難攻不落の城そのものだ。


 一行の先頭で馬を進めるヒロシの隣に、シグルドが手綱を握りながら並ぶ。彼女の視線が、後方で騎兵砲に腰掛けているシルメリアへと向けられた。


「ヒロシ、なぜPKの同行を許したんです? それもただのPKじゃない。ワールド1位の殺人鬼、シルメリアですよ?」


 シグルドが馬上で疑問をぶつけると、ヒロシは「何を今さら」とでも言うように手を振ってみせた。


「当然だろ? 彼女の力が必要だからだ」


「確かに忍剣であるシルメリアの力は強力です。でも我々だって――」


「いや、そうじゃない。彼女が必要な理由はすぐにわかるさ」


「?」


 シグルドが首を傾げるが、ヒロシはそれ以上答えず、前方のヴェルナを見つめた。


 そうこうしているうちに、リッキーが教えた座標に到着した。ヴェルガが潜む場所は、ヴェルナの外縁に立つ一軒の家だった。白を基調とした建築は、ホワイトジャッジメント(WJ)の様式を模しているが、ヒロシの管理下にある物件ではない。


 外壁にはWJの紋章らしき意匠が刻まれているものの、防御塔には明らかにPvP対策が施されていた。矢狭間が設けられ、塔の上部には魔法障壁を展開する結晶が備え付けられている。おそらく、シルバージークがPKKとしての外面を保ちつつ、裏の顔を隠すための拠点なのだろう。


「守りは固いみたいですね」


 ヒロシの鞍の後ろに座ったレオが呟くと、彼は小さく頷いた。


「あぁ。ずいぶん金をかけたもんだ。どれだけ自分で用意したもんかわからんがな」


 ヒロシの言葉は、暗にジークがWJの活動費を流用したと言っている。

 実際、彼は面倒な仕事をことごとくジークに丸投げしていた。帳簿を誤魔化して私腹を肥やすのは、ジークにとってそう難しいことではなかったはずだ。


「よし、砲列を敷くぞ」


 ヒロシが指示を出すと、WJのメンバーによって、騎兵砲を馬から外して固定する準備が始まった。彼らは手慣れた様子で動き、ものの数分で全ての砲口がジークの要塞に向く。騎兵砲の黒光りする砲身が、夕陽を受けて不気味に輝いていた。


「砲撃の準備が整いました!」


 砲手の1人が報告すると、ヒロシは軽く手を上げて応える。


「よし、おつかれ」


「ヒロシ、今すぐにでも砲撃を始める?」


 シグルドが砲架を固定するスパイクを地面に打ち込むのに使ったスレッジハンマーを背中に締まいつつ、ヒロシに尋ねる。だが、彼は首を横に振った。


「いや、ダメだ。お前たちが砲撃して中にいる誰かをキルしちまうと、PKとしてのカウントがつく。おそらく中にはジーク子飼いのプレイヤーが集まってるはずだ」


 そういってヒロシは、空中にギルドのメンバーリストを表示する。


 リストにはヴェルナ周辺にいるプレイヤーの名前が並ぶが、ヒロシの指揮下に入っていないにもかかわらず「ヴェルナ」と表示される者がいた。そこにはレオの鍛冶屋を襲撃したPKK、ニールの名前も含まれていた。


「ニール! じゃあ、あそこには――」


「多分だが、ジークに称号をもらった奴らが中に集まってるんだろう。何を企んでるかは知らんが……」


「相手はヴェルガよ。人の盾として使ってるに決まってるわ」


「かもしれんな。最悪の野郎だ」


「では……我々には手が出せない。仲間殺しになってしまう」


「仲間があの中に?」「このまま撃ったら彼らまで……」


 シグルドが眉を寄せると、WJの面々にもその苦悩が移ったようだ。

 彼らは口々に懸念を口にする。そんな中、レオがふと口を開いた。


「あれ? でもシルメリアさんなら――」


 レオの言葉に、シルメリアがニンマリと笑ってみせる。

 彼女の頭上に浮かぶ赤ネームが、薄闇の中で一層鮮やかに映えた。


 PKKであるWJのメンバーが先にプレイヤーを攻撃してキルすれば、PKカウントが付き、青ネームが赤に変わる。それはギルドの理念に反するだけでなく、ゲーム内でのペナルティを招く大問題だ。


 だが、最初からPKであるシルメリアにはそんな制約はない。

 むしろ、キルカウントが増えることは、彼女の「ワールド1位の殺人鬼」という称号を維持する助けにさえなる。


 ヒロシがシルメリアの同行を許した理由は、青ネーム同士の戦闘を避けるため、そして彼女に砲手を任せるためだったのだ。


「ヒロシの撃ってる大砲、一度使ってみたかったのよね~!」


 大砲の砲身を愛でるようにポンポンと叩くシルメリア。

 ワクワクを隠さないその様子に、ヒロシが苦笑しながら応えた。


「ハッ、お前はぶっ壊すばっかりだったからな」


「だってそうしないと、みんなやられちゃうじゃない」


「マトモに運用させてくれなかったやつがよく言うよ……」


「え、結構撃ってたじゃない?」


「いや、見た目は派手だがまるで当たってなかったはずだ。※効力射に修正する前にお前が近寄ってボコボコにしてくるからな」


※効力射:砲兵用語。敵に有効(当たっている)射撃という意味。HOFの大砲は無駄に設定が本格的なせいで、下手が撃つとまるで当たらないらしい。


「あ、そういえば。大砲で倒れるメンバーはほとんどいなかったわね。大体バリスタの狙撃だったかも」


「バリスタは狙ったところにちゃんと飛ぶから当てやすいんだよ。でも大砲は位置の高さと角度、砲弾出力を計算しないといけなくてだな……」


「えらい本格的ですね。もっと別の所作り込めばいいのに」


「同感だ。おかげでこっちは初発で当てるように技術を磨く羽目になったんだ」


「ヒロシの射撃スキルは私が育てたようなもんね」


「ちげぇねぇ」


 かつて、ヒロシとシルメリアが敵対していた頃、彼女はヒロシの大砲の標的だった。要塞を打ち砕き、家ごとメイジを吹き飛ばすその破壊力を呪ったものだ。


 しかし、今は自分が撃つ側となれば話は別。

 この大砲を使えば、ヴェルガの要塞など瞬時に瓦礫と化すだろう。


 シルメリアが大砲に近づき、キャリバーキャノンに手を置く。すると、彼女の手元に半透明の大砲専用のユーザーインターフェースが浮かび上がる。


 UIの上部では、騎兵砲の3Dモデルがゆっくり回転している。

 その下では、この大砲の射撃を管理するための各種設定がずらりと並んでいた。


「うわ……まるで意味不明なんだけど?」


 専用UIは複雑怪奇そのものだ。門外漢のシルメリアが直感的に触れそうなのは、方位(ヨー軸)、射角(ピッチ軸)を操作するための二つのハンドルくらいだった。あとは全て、数字やコマンドを打ち込む専門的なものだ。


 シルメリアがハンドルを回すと大砲がリアルタイムで動く。だが、彼女が動かすと砲口がガクンと落ちて地面を向き、UIが「射角エラー」の警告で真っ赤になった。


「……これ、どうやって撃つの? リアル知識ないと無理じゃない?」


「あぁ。現実の大砲よりは簡略化されてるらしいが、ムチャクチャだよな」


「HOFって軍事訓練用のシミュレーターでしたっけ?」


「ま、俺が座標を指定するから、お前は言われた通りダイヤルを設定してくれ。そうすりゃ素人でも当てられる」


 ヒロシが腰のアストロメーターを取りあげると、彼のスキル、「観測射撃」が発動し、ヴェルガの要塞までの距離と高度から確度が導き出される。彼はチキチキと音をさせながらアナログコンピューターから弾き出された数値を読み上げた。


「横のハンドルは245に、縦のハンドルは32に合わせろ」


「はいはいっと」


 シルメリアが渋々従い、ハンドルを回す。

 思っていたのと違う頼られ方だったので、どこか釈然としないのだろう。


 大砲がゆっくりと動き、砲口が要塞の防御塔を真正面に捉える。射角を調整すると、砲身が緩やかに持ち上がり、目標を射程内に収めた。彼女の手元のウィンドウに「動作が完了しました」という文字が浮き、砲撃の準備を示す緑色になった。


「これでいいの?」


「おうよ。後は拉縄(りゅうじょう)をぐいっとひくだけだ。これはお前にしかできない仕事だ」


「人をおだてて乗せるのが下手ね。そこはジークに習ったほうが良いわ」


「へっ、死んでもゴメンだね」


「よーし、それじゃ――放てッ!」


 砲尾につながった縄をひくシルメリア。


 だが、大砲は沈黙したままだった。――不発か? 見守っていたWJの面々からざわめきが起きる。すると、ヒロシの口から衝撃の事実が告げられた。


「すまん。それ、まだ弾入ってないんだわ」


「何よそれ!!!」


「えぇ……?」


 盛大にずっこけ、大砲により掛かるシルメリア。

 レオが白い目を向ける中、ヒロシはガハハと笑ってみせた。


「いや、悪い悪い。この要塞、キャリバーキャノンじゃ歯が立たねぇんだわ」


「ですがヒロシ、貴方のキャノンは廃墟を一瞬で平らにしたじゃないですか」


「シグルド、そりゃ相手がただの廃墟だったからだ。だがこいつは本格的な要塞だ。魔法障壁と装甲板が仕込まれてる。キャリバーキャノンのぶどう弾(キャニスター)じゃ表面で弾けるだけさ。壁を抜くのはまず無理だろうな」


 ヒロシのビルド、「シージブレイカー」は、攻城兵器を軸にした戦術に特化している。彼の経験豊富な目は、ヴェルガの要塞の真の強度を見抜いていた。


 白を基調とした建築は華奢に見えるが、防御塔には魔法障壁結晶が埋め込まれ、外壁には装甲板が装備されている。標準的な防御だが、効果的なものだ。


「じゃあ、どうするんですか? このままじゃヴェルガが……」


「心配するな、レオ。お前をここに連れてきた理由は、まさにこれだ」


「え? 俺を?」


 ヒロシがインベントリを開き、騎兵砲用の砲弾を取り出してレオに手渡した。

 ソフトボール大の砲弾の重みが、レオの手にずっしりと来る。


「騎兵砲を使う以上、威力不足は最初から想定されていたことだ。この要塞をぶち抜くには、キャノンそのものじゃなく、砲弾を強化する必要がある。お前の鍛冶スキルなら、それが出来るはずだ」


「確かに砲弾も鍛冶製品ですけど……。俺、砲弾を鍛えるなんて初めてですよ」


「ハハ、お前ならできるさ。もう一つくらい不可能を可能にしてみようや」


「気軽に言うなぁ! ま、ここまで来たらやるしかない、か」


「おう、その意気だ」


 レオは決意に満ちた表情で頷き、インベントリから鍛冶道具を取り出した。

 簡易鍛冶キットをを地面に展開し、砲弾を炉の上で熱し始める。WJのメンバーたちがその様子を興味深く見守る中、彼の手が素早く動き出した。


「今回は製品の強化だから、アイアン素材を別の素材に置き換えてみるか。防御力にボーナスがあるフォートチタンを使ってみよう。防具と同じく、頑丈になれば砲弾の耐久性と貫通力が上がるかも……」


 レオは重い灰色を放つインゴットを取り出すと、赤熱した砲弾の上に重ねてハンマーで叩いた。金属音が連続し、砲弾が輝く。


 すると「素材による強化成功」のメッセージが浮かび、砲弾の名称が「軽量砲弾」から「重徹甲弾(ペネトレイター)」に変化した。


「おぉ! 何か上手くいっちゃった!」


「その反応、何か不安になるな……。お次はルーンだな?」


「えぇ。ルーンを使って砲弾に『使用時爆発』の効果を付与してみます。これなら、障壁を貫いた後に内部で爆発して、要塞の中をめちゃくちゃにできるはず。」


「そういやそんな効果もあったな。前、お前の店で話してた時に言ってたやつ」


「えぇ。使うと自爆する武器をジークが盗み出す武器の中に仕込むってやつですね。ネタ効果かと思ってましたけど、これのためにあったんですね」


「ちょっと聞きたいんだけど、なんで普通の武器につけられるようになってるのよ」


「諦めろシルメリア。HOFの運営に合理性を求めちゃいかん。おおかたネタ武器枠として残してるか、修正する技術力がないかのどっちかだ」


 レオの指先が慎重に動き、砲弾の表面に複雑なルーン文字を刻み込む。刻印が完成すると、砲弾が燃えるような赤い光に包まれ、「使用時爆発」の表示が現れた。


 完成した「重徹甲榴弾(ラッチェ・ボム)」は、見た目こそ変わらないが、触れると指が痺れるほどの魔力を帯びていた。完成した砲弾に、シルメリアが目を輝かせて近づく。


「やるじゃない! これでバッチリね!」


「いや、まだ試してませんからね?! 実際撃ってみないと……」


「よし、これで準備は整ったな。装填手! こっちに来てこいつを大砲に込めてくれ。シルメリア、一番美味しい部分をお前に譲るんだ。一発で決めろよ?」


「了解! 楽しみになってきたわ」


「この弾が上手くいったら、同じものを量産していきます」


 レオのもとに装填手が駆け寄ってきて、「重徹甲榴弾」を担ぎ上げる。

 彼は騎兵砲の砲口に立つと、赤色に輝く強化砲弾をそっと押し込んだ。


 砲弾の威力は未知数だが、レオの天匠の技術が込められている。

 きっと、ヴェルガの堅牢な要塞を打ち砕く一撃となるはずだ。


「装填完了しました! 退避します!」


「シルメリア、準備はいいな?」


 問うヒロシに対し、彼女は砲尾から伸びる白いヒモに手を添えた。


「いつでもいいわよ。ヴェルガの隠れ家、ぶっ壊してあげる!」



レオ、ナチュラルに徹甲榴弾(APHE)作ってる…(

それ、本来は第二次世界大戦の戦艦が使ってたやつやぞ!!

あ、サブタイトルのバケットリストは、「やりたいことリスト」の意味らしいです。


次回、ヴェルガサイドの視点からの導入となります。

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