第二十三話 いざ我と共に並び立て(2)
戦闘が終わり、瓦礫の山と化した廃墟に静寂が戻った。
WJの襲撃騎兵に囲まれたリッキーは、ボーラボールのロープで足を縛られたまま地面に座らされている。
土埃で汚れたスキンヘッドを擦りながら、リッキーはWJの面々に笑みを返す。
自分はただの被害者であり、関係ないというスタンスを崩そうとしない。
実際、彼がここから無事に去るには、それしか手立てがないだろう。
ヒロシが腰のアストロメータを揺らしながら、リッキーの前に立つ。シグルドはその横で肩にスレッジハンマーを担ぎ、詐欺師に冷ややかな視線を向けていた。
WJの他のメンバーもリッキーの周囲を取り囲み、外を向いて警戒する。
尋問の準備はすっかり整っていた。
「さて、リッキー。善意の通報者によって、お前がウチのギルドから持ち出された武具をPKギルドに流そうとしたことは把握済みだ。なにか言うことはあるか?」
ヒロシの声は低く、確信を伴った威圧感に満ちている。
だが、リッキーは首を振って笑みを浮かべた。
「いやいや旦那、誤解だよ! 俺はただ買い付けた武具を運んでただけさ!」
「ほう? じゃあココにあるのは全部、お前が自分で買ったモノなんだな?」
「あぁ……そうだとも! もしかしたらPKが誰かから奪ったアイテムが混じってるかもしれねぇけど、そんなの俺が知るはずねぇだろ? もしそうだとしても、俺じゃなくて、武具を盗ったやつを追いかけるべきだ。違うか、旦那?」
「いや、何も違わないねぇな。お前の言うことは道理が通ってる」
「だろ? 俺はたまたまPKギルドの連中に絡まれて、武器を奪われそうになっただけの被害者だ。連中と俺は関係ねぇって!」
「なるほど。あくまでもPKとは関係ない。武具は買っただけ。そういうんだな?」
「おうよ。これは不幸な行き違いだ、なぁ? 俺はこんなにされても、むしろアンタたちに感謝してるくらいだぜ! 助けてくれて、ありがとうってな!」
彼は縛られた足を見せつけるようにして、わざとらしく肩をすくめる。
あくまでもリッキーはシラを切るつもりだろう。
正義感と自尊心をくすぐるような口調で彼はまくしたてる。あまりにも卑屈な態度の裏から、自分を被害者に見せかけようとする狡猾さが透けて見えた。
彼の様子を見ていたシグルドは眉を寄せる。
彼女は肩にかついでいたハンマーの頭をリッキーの足元に落とすと、「ひっ」という短い悲鳴と共に、足が引っ込んだ。
「感謝とは随分と都合のいい話ね。偵察のために前進していたスカウトは、貴方がスマイリーズモルグと笑いながら取引していたのを見たそうだけど」
「おい、頼むぜ兄弟。俺は脅されて必死で作り笑いをしてたんだ。あの赤い宝箱の中身だって、街の鍛冶屋から買い取った在庫さ。PKギルドとは何の繋がりもねぇ!」
リッキーが声を張り上げ、必死にシグルドに言い逃れを続ける。
レオとシルメリアは、その光景を灰色の世界から見守っていた。
何もできない状況に歯がゆさを感じたのだろう。レオは握った拳を近くの木の幹に振り下ろした。が、幽霊の拳は幹をすり抜けて空中を泳ぐだけだった。
何の手応えも返って来なかった拳を見返して、レオはやるせなさに息を吐く。
『これじゃいつまでたっても埒が明かないですよ』
『それはどうかしら。ヒロシが動くわよ』
WJのメンバーたちの間に、疑念が広がりかけたその時だった。
シルメリアの言った通り、ヒロシが一歩前に出た。
彼は砲撃によってすっかりボロボロになってしまった馬車と宝箱の残骸に歩み寄っていく。そして散らばった武具の中から、漆黒のスレッジハンマーを拾い上げた。
ヒロシが手に取った戦鎚は、殺意の塊のような刺々しいシルエットをしている。
四角形の無骨なヘッドから突き出した柄の先端には鋭いスパイクが突き出しており、同じものが柄の終端、柄頭にも設けられていた。
一見すると鉄塊にしか見えないヘッドには、精緻なルーン文字が刻まれている。
その文字の上を指でなぞると、ヒロシはニヤリと笑みを浮かべた。
「そうか。なら、これをどう説明する?」
「え?」
「――いざ我と並び立て、聖別!」
ヒロシがスレッジハンマーを両手で掲げ、低く響く声で詠唱を始めた。
瞬間、スレッジハンマーが淡い光に包まれる。
レオが武器に込めたルーンが発動し、武器から放たれた光のオーラがヒロシの周囲に広がってシグルドとリッキーまで包みこんだ。
ハンマーを象った輝く粒子が空中を舞い、あたりを神聖な雰囲気に包み込む。
そして、その光の泡の中で、一行の文字がふわっと浮かび上がる。
『シグルドへ、信頼の証として』
数秒間、文字が輝き続け、やがて消えた。
光輝の中に流れたメッセージを読んだWJのメンバーたちが息を呑み、シグルドがスレッジハンマーを握る手に力を込める。そして、リッキーの顔からは、完全に血の気が引いていた。
ヒロシがスレッジハンマーを地面に突き立て、リッキーに鋭い視線を向ける。
「おやおや……。街の鍛冶屋に頼んだだけなら、なぜシグルドの名前が入ってる? これは俺がある鍛冶屋に頼んだ特注品で、WJの倉庫に保管されてたものだ」
ヒロシの質問は既に尋問に変わっている。だが、リッキーは口をパクパクと動かすだけで言葉が出ない。あれだけ回った舌も、動かぬ証拠を突きつけられた今、カラカラに乾ききっていた。
「――最近、これに手を触れられたのは一人しかいない。シルバージークだ」
「ちょっとまってヒロシ、ジークですって?!」
ジークの名が出た瞬間、パーティーメンバーの間に動揺が広がる。
シルバージークは、PKギルド「ブラッディ・ベンジェンス」の討伐を名目に、メンバーのビルドの修正とそれに伴う再装備をヒロシに命じられたばかりだった。
彼に倉庫のアクセス権が与えられたのは、まさにその直後。
メンバーたちがざわつき、互いに顔を見合わせる。
「ジークが……?」「まさか、サブリーダーが裏切ったのか?」
「ヒロシ、どうしてジークがそんなことを? もしかして、《《彼ら》》と関係あるの?」
「流石だぜシグルド。紹介するとしよう。彼らが善意の通報者だ。」
ヒロシが虚空に視線を送り、高く上げた手を指を弾いて鳴らす。
すると、漆黒の甲冑に銀髪をなびかせた女性が森の中から堂々と進み出た。
彼女の頭上には赤い名前が浮かび、PKとしての姿を隠そうともしない。
ナイトシェイドを脱いだシルメリアだ。その隣でレオが同じく漆黒の外套を脱ぎ、心配そうな表情を浮かべながら一団に近づく。
「シ、シルメリア?!」「なんでここに!!」「ひっ!!」
赤ネームに反応したメンバーが武器を上げる。
が、彼らの前に立ったシグルドが腕を伸ばし、攻撃を制止した。
武器を下ろしてはいるが、WJの副官であるシグルドが赤ネームに持つ警戒心は強い。彼女の視線はシルメリアに突き刺さり、緊張感が走る。
が、今回はいつもとは反対に、ヒロシが彼らの間に立った。
「シルメリアとレオだ。二人にこれまでの経緯を話してもらう。聞いてくれ」
WJの白い視線が二人に集中し、ざわめきが静まる。
緊張を隠しきれないレオが一歩前に出て、恐る恐ると言った風に口を開いた。
「えっと……俺にブリトンの近くにある店を売ったのがリッキーだったんです。でも、そこがPKギルドの縄張りのど真ん中だってことは隠してた。店を売った後も、ゲームの公式掲示板でとか『PKとグルになって、客を襲って戦利品を山分けしてる』とか、悪い噂を流してたんですよ。俺に店を諦めさせて、安く買い戻すつもりだったみたいで……」
「だけど、ウチがそんな事するわけない。完全なデタラメよ。PKとグルになってるって部分は……まぁ、お隣さんだから多少はね?」
「ハハ、お隣さんねぇ……。ま、嘘を信じさせるには、3割の真実を混ぜるのがコツだって言うしな。そういうことにしとこうや」
「ヒロシ、それってPKKギルドのリーダーが言っていいことじゃないわよ」
「おいおいシグルド。固いこと言いなさんな。レオは初心者の頃から知ってるヤツだ。他人を傷つけてまで得をしようって神経の持ち主じゃない。コイツと違ってな」
そう言ってヒロシは足元のリッキーに視線を投げた。
「それで次に、ニールってPKKが仲間を引き連れて店を襲ってきたんです。アイツは『正義のために』とかいって、俺の作った武具を奪おうとした。でも、それはヒロシさんの指示じゃなくてジークが勝手にしたことだった」
「そこで私たちは、ジークがリッキーとつながってる可能性を疑った。ナイトシェイドで姿を隠して、ジークの監視を数日の間続けたの。すると彼はリッキーと何らかの物資の取引をしていた。そこで腕利き鍛冶屋のレオに協力してもらったの」
「普通に武器に銘を入れたら名前でバレるからな。レオの腕前でもって仕様のスキをついて印を残してもらったってワケだ」
「え、じゃあ、あのメッセージは……」
「レオが勝手に考えたもんだが? ん、どうしたシグルド? なんでハンマーを構えてるんだ?」
「そういうのは自分で考えて入れなさい! バカ!」
「うごっ?! なんで?!」
シグルドがヒロシに淡い気持ちの乗ったハンマーを振るう中、リッキーが地面に向けた顔を歪めていた。箱のスレッジハンマーから浮かんだ『シグルドへ、信頼の証として』のエフェクトを思い出したのだろう。
「レオの野郎、鍛冶屋と思って甘く見すぎたか。マズったぜ……」
「しかしヒロシ。ジークはなぜそこまで手の込んだことをするんだ? 君たちの言う真実を疑っているわけじゃない。だとしても動機がわからないんだ」
「忘れたか? 俺たちのギルドを滅茶苦茶にして遊ぶためだ。手段が目的なんだよ」
「…………。」
「そうだリッキー。ひとつ、良いかしら」
「シルメリアさん?」
「リッキー、あなた取引の時、スマイリーモルグのトロールマスクと話していたときに『おたくのボス』のおかげって言ってたでしょう。ジークの正体――私は気づいたわ。彼、かつてスマイリーズモルグのリーダーだったヴェルガでしょう?」
その言葉にシグルドとWJのメンバーたちが一斉に息を呑む。
リッキーは地面を向いたまま頭を上げようとしない。
シルメリアは彼の後頭部を見下げて、冷たく抑揚のない声で続ける。
「ヴェルガは害悪系PKギルド、『スマイリーモルグ』の元リーダー。HOF初期から荒らし行為や詐欺で悪名を轟かせてた男よ。他のプレイヤーを苦しめるのが生きがいだったけど、今は姿をくらましてる。名前と姿を変えてたのね」
「ヴェルガがPKKになってるなんて……見つからないわけですね。」
「ヘッ、PKギルドの元マスターにウチの軒先を貸してたなんて悪い冗談だ。潜り込んだ裏でスマイリーモルグを操ってたのも、全部ジーク――いや、ヴェルガの仕業か。リッキー、お前はヤツの手下、あるいはビジネスパートナーってところか?」
「ヴェルガ……? まさか、ジークがそんな過去を……」
「あのヴェルガがWJのサブリーダーだったなんて」「利用されてたのか?」
「リッキー、ヴェルガは今どこにいるのか、居場所を言いなさい。ヴェルガの正体がバレた以上、あなたに逃げ道はないわ。観念して吐きなさい」
リッキーは額に汗を浮かべ、縛られた足を震わせながら目を伏せる。
しばしの沈黙の後、彼が小さく、掠れた声で呟いた。
「……ヴェルナだ」
そういってリッキーはとある座標をウィンドウに残す。鋭く目を細めたヒロシは、片手を上げて背後の丘に合図を送る。すると白備えの一団が即座に動き出し、馬を騎兵砲につなぎ直した。馬の嘶きと重々しい鎖の音が森に連なった。
陣容を整えた白銀の軍勢の中に、一点の赤――シルメリアの名前が躍る。漆黒の甲冑を背景に銀髪を翻す彼女の姿は、どこか歓喜に震えているようにすら見えた。
「――え、俺も行く流れなんですか?」
……ついでに不幸な鍛冶屋も巻き添えにして。
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鍛冶屋は添えるだけ。
そういえば、ジークを除いて、この場に来てない人が一人いますね…