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第二十二話 いざ我と共に並び立て(1)

 レオとシルメリアの二人は、幽霊状態のままリッキーの馬車を追跡し続ける。


 ここでまたもや、ナイトシェイドが大きな助けとなった。


 スキルの「ハイド」で姿を隠すと、移動は忍び足になる。足の遅い馬車とはいえ、歩きで追跡するのは困難だ。すぐに引き離されてしまうだろう。


 しかし幽霊状態ならば話は変わる。幽霊では乗り物に乗ることができないが、自分の足で走ることはできる。荷物を積んだ荷馬車が相手なら、十分追いつけた。


 馬の蹄が地面を蹴る音と、車輪の軋みが人気のない街道に響く。


 夕暮れの薄闇がブリトンの森の中を覆い始めたその時、リッキーは街道から少し離れた荒れ地へと馬車を進めた。


 やがて、二人の視界に廃墟のような建物が現れた。


 かつてはブリトン近郊でも指折りの豪華な屋敷だったのだろう。だが、今では屋根は崩れ落ち、壁には無数の穴が開き、風が吹き抜けるたびに朽ちた木枠が軋むばかりだ。床板はところどころ土台ごと抜け落ち、隙間からは背の高い雑草が顔を覗かせている。


 夕暮れの薄闇が廃墟を包み、不揃いな影が森の地面にその身を長く伸ばしていた。


 周囲には一切の人影がなく、ただ不気味な静寂が漂っていた。だが、廃墟の前にリッキーの馬車が停まり、彼が荷台から降り立つと、状況は一変した。


 頭上に赤色の名前を躍らせるプレイヤーが数人、廃墟の影から姿を現したのだ。


 VRMMO「ハート・オブ・フロンティア(HOF)」では、PKプレイヤーキラー行為を繰り返した者の名前は赤く表示される。名前の色だけでも危険は明らかだったが、目を引くのはその異様な出で立ちだった。


 プレイヤーたちは手に剣や弓、杖といった実用的な装備を持っている。しかし、それ以上に人目を引くのは、彼らが頭に被っている奇抜な被り物だ。


 一人は、アフリカの部族を思わせる極彩色の幾何学文様が描かれた巨大な仮面を被っている。仮面は上半身を覆うほど大きく、目元には不気味な光を放つ装飾が施され、見る者を嘲笑うような歪んだ笑みが浮かんでいた。


 また別の者は、オークやトードマンといった。モンスターの頭部を模したマスクを身に着けている。目がギョロリと飛び出した気味の悪いカエルの頭には、口から長い舌がペロンと垂れ下がる仕掛けが施されていた。


 HOFには実用性を度外視した、いわゆる「見た目装備(コスメティック)」が存在する。


 彼らが身に着けているコスメ装備は、それらの中でもとくにプレイヤーに嫌われているもので、いわゆる「煽り装備」と呼ばれるものだ。あえて格好の悪い装備をして相手を倒すことで、プレイヤーを小馬鹿にし、苛立ちや不快感を掻き立てることを狙っているのだ。


 ゲーム内でこれらコスメ装備を製作するには、意外と高額な素材とクラフトスキルが必要とされる。だが、その割にステータス補正については乏しい。にもかかわらず、スマイリーズモルグのメンバーはこれを誇らしげに身に着けている。赤ネームの威圧感と相まって、廃墟は異様な雰囲気に包まれている。


『なんだアレ? キモいなぁ……』


『明らかに「スマイリーズモルグ」のメンバーね。レオ、マスクの口元を見て。』


『え? ……あ、なるほど。だから《《スマイリー》》か。』


 シルメリアに言われたレオが彼らのマスクに目を凝らすと、一種の共通点に気づいた。仮面やマスクの口元が、不気味な笑みを刻んだデザインに統一されているのだ。アフリカ風の仮面は歪んだ唇を赤く塗り潰し、トロールマスクは牙の間から覗く笑い顔が彫られ、カエルの頭からは舌と共に垂れ下がる笑みが見える。彼らの「笑う死体安置所スマイリーモルグ」というギルド名にちなんでいるのだろう。


 彼らはただ殺戮を目的としたPKの集団ではない。装備の方向性から窺い知れるのは、歪んだ自己顕示欲と悪意に満ちた連中であるということだ。ゲーム内で目立つこと、そして相手を挑発し屈辱を与えることに喜びを見出す。そんな連中が、この廃墟に集っていた。


 リッキーはスキンヘッドを撫でながら、気安い態度で怪人たちに近づく。


「おう、待たせたか? 約束の品はここにあるぜ」


 彼が馬車から赤い宝箱を引っ張り出すと、灰色のトロールマスクの男が片手を上げて合図を送る。仲間たちが宝箱に駆け寄り、力を合わせて運び出した。相当の重量があるのだろう。金属が荷台をこする音が響き、廃墟の土台にドスンと置かれる。


 トロールマスクが前に出て、重い蓋をゆっくりと開けた。蓋が開いた瞬間、鈍い光を放つ武具が姿を現した。上質な素材で鍛えられた大剣や、戦鎚、そして鎧がぎっしりと詰まっている。この時のためにレオが鍛えた逸品だ。


 武具が外の空気に触れた瞬間、廃墟の雰囲気が変わった。

 張り詰めた緊張感がほどけ、宝を前にした浮ついた空気が漂い始めた。

 トロールマスクがマスクの上からでも分かる上機嫌を見せる。


「ほう……今回はいつになく上物を持ってきたじゃねぇか。こいつぁ次の襲撃で大暴れできそうだぜ」


「おいおい、冗談はやめてくれ。上物を持ってくるのはいつものこと、だろ?」


「ハッ、前回は半分ゴミみたいな鉄クズだったじゃねぇか。だが今回は文句ねぇよ。WJの倉庫から根こそぎ持ってきた甲斐があったな、リッキー」


「まぁな。おたくのボスのおかげだよ」


「ちげぇねぇや」


 ふと、リッキーが漏らした言葉にレオは小首を傾げた。シルバージークがPKギルドに関係しているのは察していたが、リーダーとは思っていなかったのだろう。


『おたくのボス? ってことは、シルバージークはスマイリーモルグの一般メンバーじゃなかったのか。――あれ、シルメリアさん?』


『……やっと見つけた』


 レオが灰色の世界で振り返った先には、フードの下で濃い笑みを浮かべるシルメリアの姿があった。幽霊状態にある彼女の唇に色は無いはず。なのに、レオはそこに確かに鮮血のような赤色を見た気がした。


 ――が、その間にも取引は続いている。極彩色の仮面をかぶったPKがリッキーとオークマスクの間に入り、宝箱に手をのばして見事な大剣を手にとった。


「こりゃすげぇ。これならガチガチのタンクメイジを相手にしても楽勝だ。PKKの連中が泣きを見る姿が目に浮かぶぜ。リッキーのくせにやるじゃん」


「ゲコゲコ! 俺はこの槍! これで頭から爪先までブッスリゲコ!」


「あ、ずりぃぞ! 俺にも見せろよ!」「抜け駆けすんな!」


 PKは我先にと宝箱に群がり、武具を手に取り合う。廃墟の中はまるでバーゲンセールでも始まったかのような賑やかさに包まれていた。


「よぉし、取引成立だ。ゴールドは約束通り渡すぜ。次の取引も期待してるぜ」


「へへ、任せろよ。WJの在庫はまだまだあるからな。連中はもちろん、余所のPKギルドだって目じゃなくなるぜぇ?」


 廃墟に下品な笑い声と、打ち鳴らされる武具の清らかな金属音が響く。

 スマイリーズモルグのメンバーは宝箱を囲み、互いに得物を見せつけあう。

 彼らが取引の成功を確信した、その瞬間だった。


 空気が割れるような不揃いな風切音が響き、直後――

 無数の散弾が廃墟を穿(うが)ち、爆煙と鮮血が辺りを包みこんだ。


「――何!?」


 トロールマスクが叫ぶ間もなく、無数の鉄弾が廃墟の壁を突き破った。球の大きさは大砲としては小さいが、銃弾としては大きすぎる。団子くらいの大きさの小ぶりな鉄球が、スマイリーズモルグのメンバーを薙ぎ払う。


 朽ちた壁が弾け飛び、飛び散る石片と土埃が視界を覆った。極彩色の仮面をかぶった男が大剣を構えた瞬間、散弾が胴体を直撃し、HPバーが一気に赤に染まる。


「クソッ、どこの奇襲ゲコ!」


 カエル頭が手に持った槍を振り上げるが、足元に着弾した砲弾が爆発を起こし、持ち上がった瓦礫ごと彼を吹き飛ばす。唾液を糸のように引く舌が廃墟の宙を舞った。


 不埒者が姿を隠す物静かな廃墟は、一転してキルゾーンとなった。

 無数の弾雨が降り注ぎ、身を隠した石壁ごとPKを押しつぶす。鋼鉄の嵐による圧倒的暴力が吹き荒れ、赤い名前を無慈悲に挽き潰して回っていた。


『何アレ……。すっごぉ』


『――どうやらヒロシが到着したみたいね。レオ、南のほうを見て』


『南? うっわぁ……』


 レオがシルメリアに言われた先に視線を向けると、南の丘陵に白備えの一団が現れていた。WJの制服である白銀の鎧を纏ったメンバーたちが、整然と大砲の列を敷いている。彼らが使うのは、移動力を重視した騎兵砲「キャリバーキャノン」だ。要塞を破壊する重砲、「ボンバード」には及ばないが、野戦でも扱える機動性がウリの攻城兵器だった。


 大砲の列の中心に立つヒロシは、測量象限儀アストロメーターを手にしていた。コンピューター登場前のアナログ計算機を模したこの特殊な道具は、砲撃の座標や角度、風向きを精密に入力するためのアイテムだ。


 彼の指がアストロメーターのダイヤルを素早く調整し、大砲の角度と装薬の量が確定する。ヒロシの「シージブレイカー」ビルドは、攻城兵器を用いた遠距離からの殲滅戦法を得意としている。


「仰角Z 94。方位3番そのまま。1番Y 272。3番Y 274。火線を伸ばして追撃する」


「了解。……諸元入力しました!」


「よし、修正射を開始する」


 ヒロシの指示の元、キャノンの砲口が再び火を噴いた。ぶどう弾が扇状に広がり、逃げ惑うPKたちを容赦なく捉える。「シージブレイカー」ビルドの真骨頂――対集団戦での圧倒的破壊力が廃墟を蹂躙した。


『なんですあれ? もう軍隊じゃないですか』


『あれが彼の本気よ。私も久々に見たけど、シージブレイカーって怖いのよ』


『シルメリアさんって、あれと戦ってたんですよね……?』


『そうね。ハイド使って裏取りして、あの中に切り込むのが私の仕事だったわね』


『よくそんなことできますね……』


『だってほら。必死で近づかないと、アイツらみたいになるからね』


 ドン、と砲声が鳴り響き、キャノンの砲口が再び火を噴いた。


 WJの砲手たちが一斉に榴縄(りゅうじょう)を引く。追撃の鉄弾の軌跡が空気を焼き、熱気で空気を歪ませながら廃墟に殺到した。


 ヒロシの冷徹な計算のもと放たれた散弾は、逃げ惑うPKたちを容赦なく捉える。極彩色の仮面が鉄球に砕かれ、トロールマスクの剣が宙で折れる。キャノンの連射音が戦場を支配し、廃墟を刻み取りながらスマイリーモルグを蹂躙していった。


 トロールマスクはなおも最後の抵抗を試み、折れた剣を振り上げて突進する。


「てめぇら、まとめて――!」


 だが、鉄球の嵐が彼の言葉を飲み込み、胴体を粉砕した。

 仮面が地面に転がり、赤ネームが消滅する。屋敷の名残を残す壁もひとつ残らず崩れ落ち、鋼鉄の暴力が全てを平らにしていった。


 鉄弾は取引に使われたリッキーの荷馬車にも平等に襲いかかっていた。馬はすでに砲撃の巻きぞえで横たわり、動かなくなっている。荷馬車の御者席は蜂の巣にされ、荷台の側板も完膚なきまでに破壊されて木板の残骸が地面に折り重なっていた。


 荷馬車の残骸の下では、リッキーが息を殺して身を潜めていた。

 スキンヘッドに汗が滲み、目を白黒させながら荷馬車の残骸に隠れている。

 彼は砲撃が収まるのを待ち、隙を見て逃げ出す算段を立てていたのだ。


「クソクソクソッ!! なんでこんなとこにWJが攻城兵器持ってきてるんだよ?!  チクショウ! 俺はただ運んだだけなのに!」


 リッキーが呪いの言葉を吐きながら、折り重なる木板の間から外を覗く。

 キャノンの連射が一瞬途切れたその瞬間、彼は荷馬車の下から這い出し、廃墟の外へと走り出した。


『――レオ、あそこ! リッキーが逃げるわ!』


 シルメリアの鋭い声が秘話チャンネルに響く。

 レオが目を凝らすと、リッキーの名前が瓦礫の向こうで動き出すのが見えた。


『マジか! まだ諦めてなかったんだ!』


 しかし、リッキーの逃走は長くは続かなかった。南側から蹄の音が響き、白銀の騎兵鎧(キュイラス)を纏ったWJの襲撃騎兵が現れる。


 隊を率いるのは、ヒロシの副官シグルドだ。彼女は理知的な瞳を光らせ、手綱を握る姿に一切の無駄がない。彼女の手には重々しいスレッジハンマーが握られている。


 シグルドのビルドは、「チャージャー」と言われるビルドだ。

 乗騎を前提とした騎士ビルドの中でも威力を重視したもので、単純に見えて非常に機を見た駆け引きが必要とされる。


「逃がさないわ。騎兵、前進!」


 シグルドの号令一下、一糸乱れぬ動きで騎兵隊がリッキーを追う。馬の蹄が地面を蹴り、槍についた小さな旗が風を切る音が、森の木々の間に響き渡った。


 彼女の手が素早く腰のポーチに伸び、ボーラボール――

 二つの鉄球をロープで繋いだ投擲武器――を取り出す。


 この奇妙な見た目の武器は、使用に高い「騎乗ライディング」スキルを必要とする「ボーラストライク」に使用する消耗品だ。ボーラストライクは、対象に命中すれば足を絡めとり、移動速度を大幅に低下させる効果を持つ。


 リッキーが息を切らして平原を走る中、シグルドが馬上でボーラボールを振り回す。回転する鉄球は空気を切って低く唸り、獲物が距離に来るのを待つ。


「――そこっ!」


 手にスナップを効かせて離すと、ボーラは一直線にリッキーの足元へ飛んだ。


「うおっ!?」


 ロープがリッキーの両足に絡みつき、鉄球がくるくると巻き付いて彼を転倒させる。転がったリッキーが地面に顔を打ち、HPが微かに削れる。


 リッキーは枯れ葉に埋もれた森の地面に手をついて立ち上がろうとするが、ボーラの「拘束」デバフが発動し、移動速度が80%低下した状態で身動きが取れない。


「終わりよ、リッキー」


 シグルドが馬を寄せ、冷たく言い放つ。追いついた軽騎兵たちが瞬時にリッキーを取り囲み、軽ランスのシンプルな穂先を彼に向ける。馬上のシグルドがスレッジハンマーに手をかけ、逃走を諦めさせる威圧を加えた。


「待て待て! 俺の名前を見てくれ、青だろ?! 奴らに追い剥ぎされてたんだ! 俺は連中と関係ねぇ! ちょっと話せば――」


 這いつくばったリッキーが言い訳を試みるが、シグルドの視線は冷たい。

 ハンマーを顔に突きつけて言葉を遮ると、彼女は短く言い放った。


「言い訳はヒロシの前でしなさい。」


 その背後で仲間に護衛されたヒロシがゆっくりと近づいてくる。

 砲撃の余韻を残す白煙をひく廃墟を背景に、WJの勝利が確定した瞬間だった。



MMOの戦争といえば、なんもしらんままサーバーで始まった攻城戦に巻き込まれたのを思い出すなぁ。しみじみ

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