第二十一話 姿なき協力者
『クソッ、どうしたらいい……!?』
レオの声が秘話チャンネルに響き、焦燥感が二人を包む。
席に乗ったリッキーは手綱を握り、馬車を転がして銀行へと向かおうとしている。
石畳を踏む馬の蹄の音が段々と近づいてくる。
レオは骸布の下で唇を噛み、何か策はないかと頭をフル回転させた。
『シルメリアさん。夜闇の骸布は、着ているものを幽霊と同じ状態にするんですよね。つまり、直接リッキーを止めることはできない?』
『えぇ、その通りね。攻撃もできないし、物を動かすこともできない。でも……何か方法はあるはずよ。ヒロシが来られない以上、私たちだけで時間を稼ぐしかない』
シルメリアの声色には、焦りと苛立ちが目立つ。
彼女もまた解決策を模索しているようだが、手立てが思い浮かばないようだ。
その時、レオの頭に閃きが走った。
(いや、待てよ……直接リッキーの相手をしたらダメってわけじゃない。
シルメリアさんは赤ネームだから姿を表すことはできないけど、俺ならできる。
今この場にいる中では、俺しか動けない。なら……やるしかないっ!)
『俺、直接リッキーのヤツに話しかけて足止めしてみます』
『えっ?! ちょ、ちょっと待って! いくらなんでも大胆過ぎよ!』
『でも、少しでも時間を稼ぐにはリスクを取るしかないです。それに俺ならリッキーと話す口実があります。ちょっとした芝居を打つことになりますが』
レオの声には強い決意が宿っている。
シルメリアは一瞬黙り込んだが、やがて小さく息をついた。
『……わかった。アンタがその気なら任せるわ。幽霊状態でそばにいるから、ヤツの様子を見て何かあったら秘話で教える。気を付けてね』
『了解。任せてください』
レオは物陰に身を隠すと、ナイトシェイドをそっと脱いだ。黒いボロ布をインベントリに仕舞うと、彼の姿が再び実体を取り戻す。深呼吸を一つして、リッキーの馬車が通り過ぎる道の脇に立ち、彼を待ち構えた。
馬車を進めるリッキーがムチを振りかぶったその時、レオが道の真ん中に出て馬車の前に立ちはだかった。彼はわざとらしく手を振って馬車に呼びかける。
「おーい、リッキー!! ちょうど良かった、ちょっと兄弟に話があるんだよ!」
「レオ?! ちょ、何だよ、こんなところで! 今は忙しいんだ、後にしてくれ」
リッキーは手綱を引いて「どうどう」と、馬を止めた。御者席からレオを見下ろす彼の表情は、怪しさ半分、苛立ち半分、といったところだ。
スキンヘッドをさわり「何のようだ」という彼の声には、苛立ちが滲んでいる。
レオはそれにも動じず、にこやかな笑顔を浮かべて馬車の横に近づいた。
「いやいや、そんな急いでるとこ悪いんだけどさ。実は大事な話なんだ。
――俺、『レオの鍛冶屋』を売りたいと思っててさ」
予想もしてなかった一言に、リッキーの目が一瞬鋭くなる。
だが、すぐに興味を装った表情に切り替えた。
「……ほう、店を売るって? どうした兄弟。あんなに大事にしてたじゃねぇか」
「それがさ……ちょっと困ったことになってるんだ。シルメリアに用心棒代を要求されてるんだよ。毎月払うなんて無理だし、もう店を手放すしかないかなって」
レオはわざと肩を落とし、困り果てた演技をしてみせる。もちろん、これはでっち上げだ。シルメリアが秘話チャンネル越しに小さく笑う声が聞こえた。
リッキーとレオの間には因縁がある。彼はレオに「鍛冶屋にぴったりの店」だと偽って現在の店を売りつけた。その店はブリトン近郊の穏やかな平原に建つ小さな一軒家だったが、立地はPKギルドの勢力圏のど真ん中。リッキーはその事実を隠し、レオに店を売りつけた。
その目的は単純だ。訳アリ物件を売りつけ、音を上げた購入者から安値で買い戻すという詐欺まがいの行為。これを繰り返すためだった。
もちろんレオは彼の意図をすみずみまで知っている。
だが、ここで彼は、敢えて何も知らないふりをリッキーにしてみせた。
「だからさ、リッキー。俺が買った時の値段で店を買い戻してくれないかな? 売るのは惜しいけど……やっぱあの店、俺の手には余るよ。」
リッキーはスキンヘッドを撫でながら、蛇のようにニヤリと笑う。
「そういうわけにはいかねぇよ、兄弟。市場ってのはな、需要と供給で決まるもんだ。あの店、ずいぶんとトラブってるみてぇじゃねぇか。なぁ?」
「うっ……だって、PKギルドのど真ん中なんだ。しかたないだろ! PKKだって襲ってきたし、俺はもう限界だよっ!」
「そうよ、そうなると価値は下がっていくさ。……とはいえ、お前さんと俺の仲だ。そうだなぁ~、買値の3割くらいは出してもいいぜ」
「さ、3割?! いやいや、もうちょっと何とかならない!?」
「いやいや、これは正当な評価だぜ? いいかレオ、冷静に考えてみろよ。あの店、確かにブリトン近郊の平原にあるっちゃあるけど、立地がなぁ?」
「そりゃ確かに、PKギルドの縄張りのど真ん中だけど……」
「お前が鍛冶屋開いてから何回襲われた? PKKの連中だって『PKを支援してる』って勘違いして襲ってきただろ。そのリスクを考えりゃ、店の価値は下がる一方ってもんだ。モノの値段ってのは欲しがる人数で決まる。わかるだろ?」
押し黙るレオに向かって、彼は片眉を上げる。
一息つき、リッキーはさらに言葉を重ねてきた。
「俺が売った時はまだ血便も静かだったけど、今じゃ活動が活発化しててさ。ぶっちゃけ、あのエリアの不動産価値は暴落してるんだ。データ見りゃ分かるよ、ブリトンの物件は軒並み3割減だ。俺が3割出すってのは妥当。いや優遇すらしてるぜ?」
「げっ、そんなに下がってるの……?」
「おうよ。まぁ、お前がシルメリアに用心棒代払うのも分かるよ。あの女、PKの中じゃ有名だからな。当然高いんだろ? 店の収支に響くわけだ。俺が買い戻さなきゃ、お前、借金まみれで店畳む羽目になるぜ?」
「そ、そうだよ。だからなんとかしようと……」
「お前の店は、資産どころかもはや負債なんだ。それに3割出そうっていう俺の誠意をわかってくれよ。兄弟だからこその情だよ。なぁ、レオ、俺を信じな」
リッキーはそれらしい理由を並べ立てるが、その目は狡猾に光っていた。
レオをさらに搾取する気満々なのが見え見えだ。心のうちで大きく舌打ちするレオだったが、表では困惑した表情を浮かべて詐欺師の弁舌に屈する。
「3割なんて、それじゃ何にも残らないよ。改築までしたのに……」
「そうか。嫌なら他を当たってくれ」
リッキーは馬車を動かそうとするが、レオは慌ててその前に立ちはだかる。
「待ってくれって! せめて半額なら考えてもいいだろ? なぁ、リッキー、俺たち兄弟みたいなもんじゃん!」
「おっとっと、轢いちまうところだったぞ危ないじゃないか」
交渉を横で眺めるシルメリアが、秘話チャンネルで呟く。
彼女の数えている時間はこの時点で10分を超えようとしている。
レオの足止めは最高の効果を上げていた。
『上手いわレオ。ヤツ、完全に話に乗ってる。もう少し引っ張って』
『えぇ。任せてください』
リッキーはレオに苛立ちを見せつつも、なおも話を続ける。一方的に話を打ち切ろうとしたのは、価格交渉を有利に進めようとするリッキーのブラフだったのだ。
「半額ねぇ……。まぁ、昔のよしみで考えるとしても、すぐには決められねぇなぁ。退去のために物を運び出したりとかもあるだろう?」
「なら店にあるものは全部自由にしていい! なぁ、リッキー、頼むよ!!」
レオは必死さを装いながら、わざと話を長引かせる質問を重ねた。店の立地の話、作業場に収めているレア資材の話、果てはリッキーのスキンヘッドの手入れ方法まで話題を広げていく。
リッキーは面倒くさそうな顔をしつつも、レオの熱意に引きずられてしまう。
馬車を降りまでして、彼は立ち話を続ける。
銀行への到着が遅れ、PKギルドとの取引時間が刻々と迫っているのだろう。
彼の顔に薄らとぼけた焦りではなく、真実味のある焦りが見え始めた。
「わかった、わかったから。お前、本当にしつこいな……。半額でいいから後で連絡くれ。俺、今急いでんだ」
「ありがとう! 助かるよ兄弟!」
「それじゃ俺は行くからな! ったく……」
御者台に登ったリッキーは、せわしくムチを振るって馬車を進める。
ぶつくさ言ってるところをみると、相当イライラしているようだ。
レオが彼の輝くスキンヘッドを見送ると、シルメリアから報告が飛んできた。
『レオ、時間稼ぎ成功よ。ヒロシから「やっと都合がついた」って連絡があったわ。これでシルバージークの不正の証拠を押さえられる』
「……ふぅ。演技のスキルがあればこの何日でめちゃくちゃ上がってそうだよ」
物陰に戻ったレオは、再びナイトシェイドを被り、シルメリアと合流する。軒先の下で腕を組んだシルメリアは、フードの下で笑みを浮かべながら彼を迎えた。
『いやぁ、なんとか間に合いました』
『演技が冴えてたわ。まさかリッキーをあそこまで引きつけるとはね』
『ここ最近の展開のせいか、こういうのも慣れちゃいましたよ』
『フフ、今度から気をつけないと。いつアンタに騙されるかわからないわね』
『あとはリッキーを追って、ヤツの取引場所をヒロシに教えるだけですね』
『えぇ。ようやく終りが見えてきたわね』
二人は灰色の世界でリッキーを追跡し、これまで好き放題やってくれた詐欺師が正当な報いを受ける瞬間を見届ける準備をした。
ブリトンの街は表面上、平和な喧騒を保っている。
だがその裏では、真の正義が動き出す瞬間が間近に迫ってきていた。
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ウルティマオンライン始めました。サーバーはizumoにしたんですが、仕様が変わったせいか初心者向けの装備がどこにも売って無くてハゲそうです。
サブキャラの鍛冶屋で装備を作ってあげるしかない予感…




