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第十九話 シャブシャブ

 ヒロシから受けた制作依頼を終えたレオだったが、一息つくまもなく、彼はブリトンの森の中を歩いていた。


 木漏れ日が木々の間を抜けるレオの背中にまだら模様を描くなか、小鳥のさえずりと鹿の鳴き声が遠くから聞こえる。まるで絵に書いたような穏やかな森だ。


 しかし、森を行くレオはそんな穏やかな森の風名には目もくれず、目を皿のようにしてずっと地面のほうを見ている。そして度々立ち止まったかと思えば、彼はぐっと腰を折って顔を地面に近づける。


「お、あったあった」


 地面に手を伸ばしたレオが、落ち葉の上に落ちていた「あるもの」をつまむ。厚手のグローブの指にはさまれていたのは、きらりと光る黒い真珠のような宝石だった。


 レオは宝石を丁寧に拾い上げると、インベントリの中にしまって「ふぅ」、と息を吐いた。


「魔石の欠片は……ふー。これでようやく50個か。」


 彼が拾っていたのは、「魔石の欠片(かけら)」というアイテムだった。


 ハート・オブ・フロンティア(HOF)では、一部の強力な魔法を行使する際に触媒を使う。魔石の欠片は日常的に使う魔法――たとえば旅出トラベルに使うもので、プレイヤーの間でたいへん需要が高かった。


 そんなもん、NPCの店で買えばええやろと思うかもしれないが、ここはHOF。

 ゲーム内の経済は破綻して久しい。


 ゲーム内通貨「ゴールド」の価値はジンバブエもびっくりのインフレをかまし、商品の供給能力は第二次大戦末期の日本か北朝鮮レベルというのがHOFだ。


 とくにプレイヤーが供給できない商品、ゲーム側に依存している物資ほど、ひどい状態にあった。「魔石の欠片」はNPCの魔法屋で買えば2ゴールドだが、プレイヤーが転売している店では、およそ100倍の200ゴールド近辺で取引される。


 欠片を100個買えば2万ゴールド。これはドラゴンやデーモンがうろついている上級ダンジョンで、1時間ほど狩りをしたときの収入に相当する。


 そんな値段で買うくらいなら、いっそ森で拾った方がマシである。

 たとえ、そこにPKのリスクがあったとしても。

 ゲームの中で一番安いものは、プレイヤーの命だからだ。


「俺の魔法スキルって『旅出(トラベル)』が使えるギリギリに押さえてるから、NPCの商品購入枠が全然足らないんだよな……。魔法のコスト軽減装備つくるかなぁ?」


 HOFの成長システムはスキル制になっている。ゲーム内に存在する魔法、剣、鍛冶といったスキルを、合計して500まで保持できる、というシステムだ。


 例えば、剣士なら「剣技」「解剖学」「治療」を取る。

 メイジなら「魔法」「書写」「瞑想」と言った具合だ。


 HOFのスキル制には、職業に縛られない、という利点があった。

 例えば普通のRPGなら、剣士は魔法を使えない、といった制限がつくだろうが、HOFではそれは当てはまらない。


 「魔法」のスキルを取れば、剣士はもちろん、鍛冶屋でもお針子でも、魔法を使って戦うことができるのだ。


 ただ、大抵の場合はスキルの用途を決めて、少しだけスキルを成長させる。

 ということをする。


 レオもその例にもれず、旅出が使えるように25ポイントだけ「魔法」を成長させていた。これがまた、スキルに応じてプレイヤーにアイテム購入枠が用意されるHOFのシステムとはかなり相性が悪かった。


 レオは高い鍛冶スキルを持っている。NPCの店に行けば、石炭やオイルの在庫は軽く1000を超えるのだが、魔石の欠片は10個、20個しか手に入らない。


 鍛冶とルーン付与に使うものならほとんど困らないが、魔法関係の消耗品がまるで手に入らない。それが彼のビルドの泣き所だった。


「52……これだけあれば数日持つか。そろそろ帰るか――ん?」


 帰ろうと思い立ったその時、レオは森の開けた場所で奇妙なものを見つけた。

 大きな黒い鉄鍋を囲むようにして、放射状にプレイヤーが倒れている。


 その異様な光景に、レオの感覚が警鐘を鳴らす。

 こういった奇妙なものがある場所は、大抵ろくなことが起きない。


「絶対近づいちゃいけないやつだ。帰ろ……」


 賢明にも大鍋に対して踵を返したその時だった。

 黒い影がつむじ風のように、さっとレオのそばを通り過ぎていった。


「んっ?!」


 違和感に声を上げるレオ。見ると彼のインベントリからなけなしの魔石の欠片が消えている。黒い影が彼の荷物を奪っていったのだ!


「げぇっ! シーフか?!」


「ホーッホホホ! 闇鍋の『具』としては物足りませんが……まぁ良いでしょう」


 奇怪な笑い声を上げる黒い影が、奪われた欠片を手の中でもてあそんでいる。


 言っている意味はまるでわからないが、どうも欠片を盗んだのはプレイヤーのようだ。彼の頭上に表示されている「シャブシャブ」という名前は赤い。


 ――間違いない。PKだ。


 「シャブシャブ」と名乗るその男は、レオの目の前でくるりと一回転し、目深に被ったマントを翻して鍋の前の地面に着地した。


 その軽業っぷりときたら、サーカスの道化師も顔負けだ。しかしその腰には薄汚れたお玉(ラードル)がある。シーフとお玉が結びつかず、レオは小首を傾げた。


「さぁ、お客様。前にお進みください」


「お客様? お客様だったものがめっちゃ死んで転がってるんですが……」


「ホホホーホーホホ! まぁお気になさらず。具にはしてませんので」


 冗談ともつかぬ内容を口にしながら、シャブシャブは目を細めてニヤリと笑う。

 レオは腰を探るが、武器はない。

 魔石の欠片を集めるだけだったので、武器は置いてきたのだった。


(まいったな。とはいえ、武器があっても勝てる気はしないけど……)


 仕方無しに大鍋に向かって歩みを進めるレオ。

 するとシャブシャブは「素晴らしい!」といって拍手までした。


「ルールを説明しましょう! 私があなたから預かったこの食材――まぁチンケなもんですが……オホン。これを返してほしくば、闇鍋に挑戦していただきマス!」


「――闇鍋?」


 その言葉を聞いたレオの眉がピクリと動く。HOFの料理に詳しいわけではないが、そんな彼でも「闇鍋」のことは耳にしていた。


 HOFの錬金術、および料理では「実験」というシステムがある。ユーザー独自にレシピの存在しない一点モノの料理やポーションを作ることができるのだ。


 とはいえ、適当な素材をぶち込んで作るのは、分の悪いギャンブルでしかない。


 成功すればバフ効果、失敗すればデバフや即死もあり得るという冗談みたいな仕様だ。目の前に転がるプレイヤーの死体が、その危険性を物語っている。


 闇鍋はおもにゲーム内で開かれる宴会の余興として行われる。PKの手段として使われるところを見たのは、レオも初めてだった。


(うーん……魔石の欠片52個はゴールドになおすと1万弱。取られてもいいけど、このまま相手のペースに乗るのもなんか気に入らないな。……よし。)


 魔石の欠片を取り戻すには、シャブシャブのゲームに乗るしかない。

 だが、ただスープを飲んで運に任せるだけというのはレオの性に合わなかった。

 鍛冶屋としてのプライドか、あるいは芸人としての直感か。

 それがレオに別のアイデアを閃かせた。


「シャブシャブ、アンタが使ってる大鍋、どこで拾ってきたのか知らないけどボロボロじゃないか。俺が新しい鍋を作ろう。ただ、条件として――リスクを公平にする。俺とお前で一口ずつ飲むんだ。どちらかが死ぬまでな。どうだ?」


「ホーゥ? 今回のお客人はなかなかおもしろい。ただ武器を振り回すだけの無粋な客とは違うようですね。よろしい。その勝負――受けましょう。」


「よしきた。それじゃさっそく……」


 レオはインベントリから素材を取り出す。

 黒い鋼の「ナイトアイアン」。緑青の浮いた毒々しい金属「グールコッパー」。そして状態異常強化に使う「蛇毒のオイル」だ。


(ヒロシさんから受け取った素材が残っててよかった。めんどくさがって素材をしまうのを後回しにしてたのが幸いしたな)


 レオは地面に簡易鍛冶キットを展開し、ハンマーを振り下ろす。


 ガンッ、ガンッとリズミカルな打撃音が森に響き、鉄が赤く熱されていく。

 彼の今回の狙いは、毒の強化だ。


「シャブシャブって料理スキルいくつ?」


「ホッホー! 80ですよ。ここから先はなかなか上がりづらくていけません」


「あー、そこら辺からだんだん引っかかってくるよね」


(なるほど。80か。だとすると……いけるかもしれない)


 ハンマーを振り下ろすレオの手が、その速さを増す。


 HOFのルーンで付与できる特性には、「毒殺魔」のようにスキルに依存して効果を高めるものがある。加えて鍛冶のパラメーター操作では、道具を使った際の生産量、作成速度、効果のバランスをそれぞれ調整できる。


 レオは特製鍋を作る際に効果の強化料を最大にして、「料理自慢」のルーンを刻んだ。これは料理スキルに応じて作成物の効果が上昇する効果を持つ。


「材料余ったな……シャブシャブ、おまけでお玉も作ってやるよ」


「ホッホッホー! ありがたい申し出ですが、料理の手は抜きませんよ!

 それと――」


「うん?」


「同じものを作ってあなたも使いなさい。不正は許しませんよ!」


「チッ!」


 数分後、大鍋が完成した。

 見た目はシンプルだが、光の具合によって毒々しい緑色の光沢を放っている。

 鍋の中には何も入ってないのに、レオは既に異臭が発生している気がした。


「……やりすぎたかな? まぁいい。これでお前と勝負だ」


「ホッホッホ!」


 シャブシャブは鍋を受け取り、調理を始める。


 まず彼が取り出したのは「ドクダキノコ」。傘に赤い斑点が浮かび、触れる前から毒とわかる見た目だ。丸ごと鍋にポイと放り込むと、ジュワッと湿った音が響く。


 次に出てきたのは「ブルブルチーズ」だ。カビで真っ青になったチーズは、雨の日の畑のような臭いがする。チーズが鍋底で溶け始めると、柔道部の下駄箱のような異臭が漂い始めた。


「食べ物がさせちゃいけない臭いがしてますね」


「ホホホ! お次はコレ!」


 そういってシャブシャブが取り出したのは、「死刑囚の足鎖」。明らかに食材ではない。レオは目を丸くするが、シャブシャブは平然と続ける。 鎖が鍋に投げ込まれると、ガチャリと硬い音を立て、鍋の中でゴロゴロと転がった。


「味に締まりが出ます」


「自分の首は締めてますね?」


  最後に取り出したのは「土ウサギの肉」。これだけはまともな食材に見えたが、もはや手遅れだ。すでに異様な色合いのスープの中で赤い筋を引くだけだった。


「さぁ、火を入れますよ!」


 シャブシャブが火を起こすと、鍋の中身がグツグツと煮え始める。黒ずんだスープが泡立ち、鎖がカタカタと震え、脂が表面を浮島のように漂う。焦げるチーズの臭いとキノコの毒々しい刺激臭が混じり合い、二人の鼻を容赦なく襲う。時折、気泡が弾けてブシュッと汚い汁が飛び散り、鍋の縁を黒く染めていった。


「ホーッホホ! マーベラス! まさに『デスシチュー』と言ったところですか!」


「やりすぎちゃったかなぁ……」


 鍋が完成し、シャブシャブがお玉を二つ取り出す。


「約束通り、アナタと私で一口ずつ。先に飲むのはアナタでよろしいデスね?」


 レオは頷き、お玉を手に持つ。黒い泥沼のようなスープが渦巻き、鎖がゴロリと底で揺れている。一口すくい、鼻を刺す異臭に顔をしかめながら飲み込んだ。


 鉄の味と毒の苦みが喉を焼き、胃が締め付けられる感覚が走る。

 直後、体が重くなり、視界が少しぼやけた――「毒」だ。

 即死は免れたが、レオのHPゲージがジリジリと減り始めた。


「ゲッ、毒か……。まぁ、生きてるだけマシか」


 レオが咳き込むと、シャブシャブは高笑いして勝ち誇る。


「ホーッホホホ!! 実は私、毒耐性装備をしております。私ならこの程度の毒は朝飯前!! 残念でしたね」


「不正は許しませんとかいっておいてそれかぁぁぁぁぁ!!!!」


「ホーッホホホ!!! 何とでも言いなさい!! 騙される方がおバカなんですよぉぉぉぉぉ!! ホホホホホホホホ!!!」


 自信満々にお玉を手に取り、シャブシャブがスープをすくう。輝くスープを一気に飲み干し、「ホッ!」と一声上げた瞬間――彼の動きが止まった。顔がみるみる青ざめ、両手がガタガタと震え出す。


「ホ、ホッ……!? 何だこれ、バカな、毒が――ぶげらっぱ!!」


 シャブシャブは全身を紫色にしてバッタリと倒れる。

 頭上のHPゲージは緑色からたちまち真っ黒に変わった。


 レオが鍋に付与した「料理自慢」による毒強化が、料理をしたシャブシャブ自身の毒耐性を貫き、命を奪ったのだ。


「やっぱ毒耐性装備(そういうこと)してると思ったよ……。毒強化を盛れるだけ盛っておいてよかった」


 レオは毒でふらつく体をなんとか支え、シャブシャブの死体を見下ろす。

 その死によってシャブシャブのインベントリが開放され、盗まれた「魔石の欠片」が地面に転がる。レオはそれを拾い上げ、鍋とお玉も回収した。


「……一か八かだったけど、何か上手くいっちゃったな?」


 レオはお玉を作るときに「美食家」のルーンを刻んでいた。


 「美食家」のルーンは食器につけられるもので、料理スキルの値に応じて料理の効果を加速度的に高める。シャブシャブの料理スキルは80。鍋の効果も合わさり、毒の確率と効果はドカンと跳ね上がった。一方、レオの料理スキルは0。倍率は0%となり、ほぼ無効化されたというわけだ。


 ただし、素材自体が持つ毒性は貫通した。これは料理に関係ないからだが、シャブシャブがもっと強烈な素材を使っていれば、レオの命は危なかっただろう。


「うー、ぎもぢわるい……」


 よたよたとよろめきながら、レオは森を後にした。

 そして、魔石の欠片が必要なら必要魔法スキル70の転移門(ゲート)が使えるメアリに売ってもらえばいいと気づいたのは、それからすぐ後のことだった。



ほんとこの世界、治安が悪すぎる(


運営は以前、バフ効果を特盛にしたバグユーザー(以前の掲示板回に登場したレイドボス化した鍛冶屋)がいたので、バフについては常識的な上限が設けましたが、毒についてはモンスターへの攻撃にも使うために設定を見送りました。

おかげで、ごらんのありさまだよ!

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