第十八話 棚から急降下爆撃機
ホワイトジャッジメントのギルドハウスは、城塞都市「バレッタ」にほど近い丘陵にあった。切り立った崖の上にある姿は、巨大な石垣に立つ城を思わせる堂々たる威風を誇っていた。
ギルドハウスの外壁は白亜の大理石で覆われ、陽光を浴びて金色の輝きを放っていた。要塞を兼ねたハウスには装甲板で強化された尖塔他立ち並び、風が吹くたびに空気がタイルを切るかすかな金属音が聞こえてくる。
バレッタの街並みは、ギルドハウスの窓からその全貌が見渡せた。丘を見下ろすと、ゆるい斜面を這うようにバレッタまで続く苔むした石畳の道がある。道を追うと、高壁に囲まれたバレッタに行き着く。
都市は四方を海に面した断崖に守られ、波の音が絶えず響き渡っていた。街の中心には巨大な城砦がそびえ、代々増築を繰り返した防御塔が厳かに取り囲んでいる。バレッタには大規模な武具工房があり、砥石車が火花を上げて武具を磨く音が、鉄を叩く槌音と響き合って都市の活気を訪れる者に知らしめていた。
だが、そんな街の喧騒もギルドの中までは届かない。ギルドハウス内部に足を踏み入れると、外の喧騒が一変し静謐な空気が満ちる。
ホールの床は磨かれた大理石で覆われており、壁には武器を奉じた騎士の像がずらっと立ち並び、中央の巨大な長机を見下ろしている。天井からは巨大なシャンデリアが吊り下がり、あしらわれた青白い結晶が静かにホール全体を照らしていた。
一見するともの静かで穏やかな空間。
しかし、どこか焦燥にも似た緊張感が漂っている。
暗がりにプレイヤーがログインする音と、旅出の金属質な効果音が鳴り響く。土曜の今日は定例会議がある。出席するギルドメンバーが集まっているのだ。
最初に現れたのはシグルドだ。騎兵鎧が軽やかな金属音を立て、白いマントが風に揺れる。彼女の瞳は鋭く、古参としての責任感が滲んでいる。
続いて、重々しい鉄靴の音と共にシルバージークが姿を現す。銀の重甲冑が闘気を帯び、周囲の空気を歪ませるほどの存在感を放つ。彼の足音が大理石の床を震わせ、イニシエイトたちが一瞬身を引く。
最後に、ヒロシが薄闇の中に静かに輪郭を浮かべた。彼の腰にはシージブレイカーであることを示す測量象限儀が微かに揺れていた。真鍮製の円盤の上で、複雑で精緻なパーツがカタカタと音を立てて動いている。これはかつて天文学者と測量技師が使用したアナログ計算機を模した特殊な道具だ。
長机を囲むプレイヤーたちは椅子の前で立ち尽くす。
彼らのマスターが席につくのを待っているのだ。
ヒロシは全員を眺めると、静かに長机の端に腰を下ろした。そこに初心者に木の盾を配っていた気の良いおじさんの姿はない。彼の温かな笑みは、凄みすら感じる凍てついた表情に取って代わられていた。
ヒロシに続いて、甲冑を鳴らしたシルバージークがどかりと椅子に座る。
「全員揃った。会議を始める。」
太い声がホールに響き渡り、バレッタの波音さえ一瞬遠ざかる。
だが、ヒロシの視線が彼を貫き、ホールの空気が一瞬にして硬くなった。
「それじゃ、定例会議を始めようか」
ジークの宣言をヒロシの声が上書きする。
まるで「ギルドの主は俺だ」と言わんとしているかのようだ。
ジークは喉の奥でうめき、苛立ち紛れに椅子の足を蹴った。
「さて、普段なら定例会議の進行はジークにやってもらうんだが、今回は俺がとる。理由はわかるよな?」
「……あぁ。」
数拍おいてシルバージークがヒロシに答える。
握った拳を長机の上に置くジーク。従順さを取り繕ってはいるが、内に苛立ちを隠しているのは、ゲームキャラクターという作り物の肌の下からでも明らかだった。
ヒロシは空中にホログラムの立体地図を表示する。
長机の上に投影されたホログラムはブリトン近郊のものだ。邪悪な拷問器具のような要塞に囲まれた中の空き地に、ちょこんと一軒の小さな家がある。
「レオの鍛冶屋」だ。
鍛冶屋を取り囲むように、13個と1個の青い光点が浮かび並んでいる。光点は鍛冶屋を襲撃したPKK、そしてレオだ。13個の光点のうちのひとつがレオに近づき、重なろうとした瞬間だった。
突如として赤い光点が現れ、青い光点が次々と消えていく。戦闘開始により光点の上にHPゲージが表示されるが、ゲージは即座に暗転して光点が灰色になる。
たったひとつの赤い光が5つの光を消して回る。残った青い光点は右往左往するばかりで、さらに後方から現れた援軍の赤い光点に飲み込まれていった。
ホログラムで再生されたのは、苦い敗北の記憶だった。ヒロシが見せたのは、ニールの部隊がシルメリアに一方的に打ち負かされた光景だ。
「さて、事情を知らないものに説明しよう。これはブリトン近郊で発生した戦闘だ。こちらの兵力は13名。対する相手はブラッディ・ベンジェンスのシルメリア含む精鋭10名だ。結果は見ての通り、1人も討ち取れずボコボコにされた」
ホールにざわめきが広がった。長机を囲むイニシエイトたちが顔を見合わせ、低い声で囁き合う。「こんな戦いがあったのか?」「シルメリアって、あのシルメリアか?」その声が重なり合い、大理石の壁に反響して広がる。
シグルドの鋭い瞳が一瞬揺らぎ、無意識にマントの端を握りしめる。彼女の表情には驚愕の色が浮かんでいたが、古参として冷静さを保とうとする努力が垣間見えた。ブリトン近郊での襲撃、そしてその非公式な作戦の存在すら、彼女には知らされていなかったのだろう。
「シルバージーク。今回の作戦は俺の許可を得ていない非公式なものだった。ニールをリーダーとして、近接8名、メイジ5名を送り込んだ。お前が鍛えた精鋭の『ナイト』たちのはずが――全滅だ。どう説明する?」
ヒロシが口を開く。声は低く落ち着いている。
が、ジークのナイトたちに言及するときにだけ、微妙にトゲがあった。
シルバージークはシャンデリアの光を受けて青白く輝く銀の甲冑を鳴らして立ち上がった。その表情はある種の確信に満ちている。自分に落ち度は無い。そう信じ切っているように見えた。
「まず、許可がなかったことに関してだが――これは必要に応じて臨機応変に対応したまでだ。PKギルドのど真ん中に鍛冶屋ができた。マスターにこの意味がわからないはずはない、と思うのだが?」
「PKギルドに武器を供給するものが現れた。だから部下を送り込んだというんだな? しかし、俺の許可を待たずに実行するほどの緊急事態か?」
「ハッ、軍事行動には意思決定の速度が重要だ。あらゆる軍事専門家がそれを指摘している。いちいち指示を待ってはみすみす好機を逃してしまう」
「チャットするだけなら1分で済むだろ。お前の作戦は1分の遅延で破綻するのか」
シルバージークは一瞬言葉に詰まり、視線を宙に泳がせた。
だが、すぐに胸を張り直すと子供に言い聞かせるように指を振った。
「やれやれ……なら説明しよう。意思決定の迅速さは戦略の要だ。例えば、敵の補給線を断つ初動が遅れれば、状況は不利のまま硬直する。これは基本的な兵站学だよ、マスター。俺は鍛冶屋がPKどもに武器を流すリスクを即座に察知した。迅速な対応がなければ、奴らの戦力が倍増し、我々の活動が危険にさらされる」
シルバージークはさらに口調に勢いを乗せて続ける。
彼は甲冑の胸を叩き、堂々とした身振りは歴戦の将軍のようだ。
「戦術的柔軟性――これが組織の生存を左右する。あらゆる戦史がそれを証明してる。指示を待つ1分が致命傷になるケースを、マスターだって知ってるはずだ。織田信長の桶狭間の戦い。ハンニバルのトラシメヌス湖畔の戦い。歴史を紐解けば、迅速な奇襲で勝利した例は枚挙にいとまがない。俺はニールにその機を掴ませただけだ。結果は残念だったが、判断自体は間違ってない」
ホールに低いうなりが広がり、イニシエイトたちが小さく頷き始める。「さすがジークさんだ……」「兵站、機動性、なるほど……」ジークを称える呟きが大理石の床に反響し、微かな波紋のように広がった。
シルバージークの口元に薄い笑みが浮かび、彼の言葉がホールを支配し始めた気配が漂う。ヒロシは長机の端で腕を組み、イニシエイトたちの首肯を見て風向きが変わったのを感じ取った。
このままではシルバージークの見せかけの論理と勢いに飲まれかねない。彼は内心で舌打ちし、話を元の主題に引き戻すべく、冷たく切り返した。
「補給線だの戦史だの……。ニールに機を掴ませた? その結果が、シルメリア1人にチームが全滅させられた戦闘ログだ。話がそれてるから戻すぞ。お前が独断で動いて仲間を全滅させた。この事実について説明を聞きたい。お前にはその責任がある」
「責任? なら言わせてもらうが、俺はギルドの実務を動かしてる。マスターが街で初心者に武器を恵んで悦に入っている間に、俺は戦場で正義を執行してるんだ」
ジークの声は高圧的で、挑発的な笑みが口元に浮かんでいる。彼の言い分は現場を離れたマスターは「口を出すな」と言っているのに等しい。
メンバーの間にざわめきが広がり、ホール内の空気が動揺している。
どちらの言い分が正しいのかわからず、議論の行方を見失いつつあるのだ。
シグルドが眉をひそめ、静かに割って入った。
「ジーク、ヒロシが言っている『責任』の意味は、この結果をどう捉えて、次にどうするのか。それを聞いているんです。そうですよね、マスター?」
「シグルドの言う通りだ。なんで自己弁護の場になってるのか意味がわからん。俺がたったひとつの失敗をあげつらって、裁判にかけるとでも思ってたのか?」
ヒロシが吐き捨てるようにいうと、シグルドは目を伏せて嘆息した。
その所作には、間に立つものの苦労がにじみ出ていた。
「ぬ……。だがマスターの言いぶりは、責任というのは――」
「シグルド。整理してくれ」
「はい。」
ヒロシとシグルドに「お前の話は見当違いだ」と突きつけられたジークは、自分の解釈が正しかったのだと主張を続けようとするが、シグルドに制止させられた。
彼女はホログラムに手を伸ばすと、再度戦闘ログを再生した。
赤い点が戦場を動きまわり、灰色の点をつくりだす。魔法使いのHPゲージは赤い点が現れた瞬間、一瞬で暗転する。統計の向こうには冷酷な現実が示されていた。
「今回の敗北の原因が楽観と準備不足にあったのは明白です。彼らが赴いたのはブラッディ・ベンジェンスの本拠地。当然、シルメリアと遭遇する危険があった」
シグルドはガントレットでホログラムに映る一個の赤い点を指さした。
灰色の点に囲まれたそれはシルメリアだ。
「シルメリアは忍剣。ハイドとグリムリーパーを使った連続奇襲を得意とする相手です。ニールの部隊にいた火力重視の純メイジではまず即死です」
彼女の視線はジークを捉えつつも、ヒロシにも向けられる。
「ヒロシ、ジークを責めるだけでは解決しません。私たち全員の連携が試されてる。防御を極めたタンクメイジでなければ、まず落とされるでしょう」
「だろうな。――よし」
ヒロシが一瞬沈黙し、測量象限儀をテーブルに置く。
長机を叩く硬い金属音がホールに響き、全員の視線が彼に集まった。
「ビルドを調整するには装備が必要だろう。シルバージーク、倉庫の管理権限を全て開放する。再装備を急げ。そして鍛冶屋に店を諦めさせろ」
ヒロシの言葉に、シルバージークが一瞬目を丸くしていた。
期待してなかった言葉に意表を突かれたのだろう。
ひるんだ様子の彼だったが、すぐに気を取り直し、活きの良い返事を返した。
「了解だマスター。次はしっかりと対策して、シルメリアでも俺達の邪魔ができないようにする。そうだな……30人は用意できるはずだ」
シルバージークが長机の上に浮かぶホログラムに新たな作戦図を書き加える。
それを見て、シグルドも作戦の不備を補足した。
「ハイドの使えるスカウトを先行させるべきだわ。シルメリアの動きを監視しないと同じ目に遭う。あとは新人向けに模擬戦も提案したいわね。ログを見た感じ、基礎の動きができてない。名前は立派だけど、まるで中身が伴ってないわ」
「む……」
「作戦はジークに任せる。シグルドの提案も取り入れろ。だが覚えておけ。このギルドは俺が作った。お前がどれだけ動こうと、最後に決めるのは俺だ」
ヒロシはアストロメーターを手に取る。
会議は終わり、ホログラムが消えた瞬間、ホールに重い静寂が落ちた。
メンバーは次々とホールを去って、自分たちの役目に戻っていく。
最後に残ったヒロシは長机の上に視線を落とした。
(よし、あとはジークのヤツが上手く動いてくれるか、だが……)
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これ、シルバージークが最初言い訳だけに終始したのは、他人を信じてないからだろ…。自分が同じ状況に置かれたとき、罰を与えることを想定してるから、罰を回避しようと言い訳に終始したっぽい。ステはカリスマ10 Speech100振りだけど(Fallout感)ちょっと中身が残念すぎる…