第十七話 仕様です
――「レオの鍛治屋」。
看板の下に青と紫の光で輝く魔方陣が浮かび、その中から1人の鍛冶屋――レオが現れた。彼の手の中には色とりどりの金属の延べ棒がある。任務とともにヒロシから託された、高級な鍛冶素材だ。黒、金、橙、見た目にも華やかな素材を手にした彼は作業場に入って素材をいつもの箱に並べていった。
「ふー。とはいったものの、ここからどうしたもんかな」
厚手のグローブをはめ、エプロンを締め直した彼は、金床の前のスツールに座って腕を組んだ。今回の依頼は通常と少し毛色が異なる。
通常、レオが武具を鍛える時は、どうすればプレイヤーが戦いで有利になるかを考える。ハート・オブ・フロンティア(HOF)での武器設計は論理の積み重ねだ。
例えば、特定のダンジョン向けに尖らせるなら、敵種族への特効効果を付与する。炎をテーマにしたダンジョンなら氷属性を仕込んで敵の弱点を突くし、逆に氷のダンジョンなら炎属性で殲滅力を上げる。
あるいはプレイヤーのビルドに合わせて調整する――弱体化を主に使う毒アーチャーならダメージを犠牲にして命中と射程を上げる。盾役と攻撃役を兼ねているタンクメイジなら、ダメージを受けるとMPを回復するようにして攻守一体の強化を行う、と言った具合に。レオはその思考を繰り返し、素材と用途を結びつけてきた。
だが、今回は違う。
――「横流しされるための装備」だ。
ふと、別れる直前にヒロシにかけられた言葉が頭をよぎる。
『レオ、シルバージークが「スマイリーモルグの奴らに売れそうだ」って思うようなやつを頼むぜ。』
レオは眉をひそめ、箱の中の素材を眺める。黒、金、橙――どれも派手で目を引く素材だ。通常の設計思考とは別のアプローチが必要になる。「戦いで有利になるか」ではなく、「どう惹きつけるか」。しかも、その判断を下すのがシルバージーク――PKギルドに武器の横流しを図る、裏切り者と疑われる男だ。
「さて、俺がシルバージークなら、どう考えるかな……?」
そのとき、作業場の扉がギィッと軋む音を立てて開いた。振り向くと、そこには一人の人物が立っていた。体にフィットした黒い甲冑に身を包み、長い銀髪を広げているのはワールド1位のPKにして、レオのお隣さん。シルメリアだ。
彼女は無言で作業場に足を踏み入れ、レオと金床を交互に見下ろした。
「手伝う気はないよ。ただ、見てるだけ」
と、シルメリアはぶっきらぼうに言う。だが、その目は素材の入った箱と、レオの手元をチラチラと見ている。興味津々なのがバレバレだ。
「シルメリアさんならどうやって選びます?」
「私? 私ならキル取れるかどうかだね」
「いやうん、それはそうですけど……」
「連中――スマイリーモルグのビルドを見たけど、ほとんどが一発屋だったね。バフを乗せた一撃で不意打ちして、キルをとってすぐさま離脱ってタイプ」
「というと、一撃の重い重武器使いですか?」
「そういうことだね。乗騎に乗った状態でチャージに使える重ランスや、馬の脚を狙って落馬を狙える斧とか……。あとはスレッジハンマーみたいな防御力を無視してスタンを狙える武器を好んでるみたいだったね」
「いかにもな感じですね」
「両手重武器は当たれば強いからね。PvPは対モンスターと違って、短時間でどれだけのダメージを出せるかが重要だし」
「……そうか。考えてみれば当然ですが、PKは一般プレイヤーとビルドが異なる。武具の調達が難しい理由のひとつですね」
「そういうことだね。皮肉なもんだけど、PKに一番の武具を供給してるのは、同じような考え方をしているPKKなんだよね」
「あー……なるほど。」
PKとPKKは同じくPvP志向だ。
使う武具とビルドが似通ってしまうのは、当然の帰結と言えた。
「なら、武器は重武器を作る方向で行きましょう。防具に関してはどうです? 連中の趣味とか、なにか分かりましたか?」
「黒が好き」
「黒? 黒って、色の黒?」
「そ。連中は黒色の装備がいたくお気に入りみたいだったよ。スマイリーモルグのイメージカラーかなんかじゃない? それか、単純に格好良いと思ってるのかも」
「ありがとうございます。それはなかなか重要な情報ですね」
レオの返事にシルメリアは訝しげに首を傾げた。どうやら彼女が思っていた返事とは違ったらしい。
「あら。『そんなの何の役に立つんですか!』って言うと思ったのに」
「キャラクターのビルドって、大体使う防具が決まってくるじゃないですか。タンクメイジなんかがその代表ですけど……」
「あ、そっか。適当な性能でも、黒いだけで使うかもしれないってこと?」
「ですです。好みがわかったってのは大きいですよ。シルメリアさん、ありがとうございます」
「こんなんで良ければいくらでもやってあげるよ」
シルメリアは真紅の瞳を細めて微笑んだ。
レオはどこか気恥ずかしそうにして、金床に向き合った。
「よし、そうと決まれば……始めましょう!」
レオは武具の制作メニューを出し、空中に3Dモデルを表示する。空中を飛び回る無数の武具を見たシルメリアは、ヒュウ、と口笛を吹いた。
「これだけあると目移りしちゃうね。レオ、今回はどれにするの?」
「まずは武器から。ベースになるモデルを選びます。シルメリアさんの情報によると、黒色が好きだっていうから……タグはこうかな」
レオは検索欄に検索用のタグを打ち込む。「黒色」「重武器」「ゴツめ」。彼は自分が作ったデザインにタグを設定し、それをタグ付けして管理していた。
レオがモデルを検索すると、「ゴツめ」タグの通り、いかにも厳つい、ゴツいヘッドが付いたスレッジハンマーがメニューに並んだ。
「どれもよさそうだね。でも強いて言うなら――これかな?」
「連中を見てきたシルメリアさんが選ぶなら、間違いは無さそうですね」
シルメリアが指さしたのは、面取りされた四角形のヘッドが付いた両手戦鎚だ。
ヘッドから突き出した柄の先端と、握りの終端に大きなスパイクがついている。
見るからに痛そうで邪悪なシルエットをしていた。
「よし、これをベースに3Dモデルに修正を加えましょう」
「HOFの鍛冶って、モデルに文字を入れる機能なんてあるんだ?」
「えぇ。打ち込んだ文字をポリゴンモデルにするレタリング機能があります。今回はそれを使っていきます」
レオは武器制作メニューの下にひっそりと鎮座する高度な編集を押す。
すると、ポップでシンプルだった制作メニューの雰囲気が、一気に本格的なものに一変する。ハンマーやブラシの絵で表示されていたツールは消え去り、全てが英字表記の見慣れないコマンドに切り替わった。
ツールの雰囲気が一変したのを見て、シルメリアはどこか感心した様子になった。
「へー、鍛治屋ってこうやって武器作ってたんだ」
「ですよ。奪われるモノをつくるのだって、結構面倒なんですから」
「次から感謝して奪うわね」
「奪わないって選択肢はないんですね……」
そんなやり取りがありつつも、作業は進む。レオはポリゴン制作から「文字」を選び、浮かび上がった入力ウインドウに文字を打ち込む。
「ヒロシさんから何人かのメンバーの名前と使用武器を教えてもらいました。今回はそれ参考に、条件に合う人の名前を入れて行こうかと思います」
「ヒロシも条件に合うよね。アイツもハンマー使いだし」
「ですね。」
「そうだ。ヒロシのヤツにだけ、何か落書きしちゃおうか」
「ダメですよ。みんなの前で読み上げるかもしれないんですから」
「それもそっか」
「こんな感じかな……?」
レオは空中をタイプして、『シグルドへ、信頼の証として』と打ち込んだ。
「どうでしょう?」
「名前と意図が感じられるし、証としては十分じゃない?」
「ならこれで行きましょう」
コマンドを実行すると、空間に文字が立体物として現れた。
レオはそれをジェスチャー操作で掴むと、柄の表面に設置させ、スライドしてハンマーのヘッドの中に押し込んだ。
「これでよし、と」
「……あれ? レオ、これじゃメッセージが外から完全に見えないじゃない。これじゃ証拠になんかならないでしょ」
「はい。なのでもうひと手間加えます。これにはHOFの仕様を利用します」
「HOFの仕様?」
「はい。実はバグっぽい挙動なんですけど、HOFのエフェクトって結構デリケートな操作してて、透明度や描画順番なんかがたまに悪さするんですよ」
「うん、よくわかんない!」
「ですよね。なので実際やってみましょう」
レオはヒロシから託されたインゴットを取り出すと、赤熱した炉の中に入れる。
火が入り、オレンジ色になった延べ棒をトングで掴み上げたレオは、火花を上げるインゴットを金床の上に置いて重厚なハンマーを振り下ろした。
ガン、という重々しい音と共に激しい火花が散る。リズミカルな金音がひびく度に、シンプルな長方形だった延べ棒が次第に凶悪なシルエットに変わっていく。
ほどなくして、金床の上に明らかにインゴットの体積より大きな武器――
凶悪なシルエットのスレッジハンマーが完成していた。
「これさ、ぜったい材料より大きくなってるわよね?」
「そこは突っ込んじゃいけないポイントです。次にルーンを刻んでいきます。これは透明度が関係するエフェクトだったら何でも大丈夫です」
「なんかあれ。ゲームのバグを使った実況みたいになってきたわね……」
「今回は見やすさも考慮して、光属性のエフェクトでいきますか」
レオはハンマーに光属性のエフェクトが発生する『聖別』のルーンを刻む。
このルーンは、武器を使用した際に一時的に聖属性ダメージを付与するものだ。
「よし。次に『拡大化』もつけます」
「たしか『拡大化』って周囲のプレイヤーにも武器のバフが乗るルーンよね?」
「そうです。さらに拡大化はエフェクトの表示範囲を大きくする二次的な効果があってですね……まぁ見てください」
そういってレオはルーンを刻み込んだスレッジハンマーを手に取り、柄のスパイクを作業場の床に突き立てるようにして手に持った。
「――いざ我と並び立て、聖別!」
レオが武器に込めたルーンを発動させると、彼の周囲に武器を象った光のオーラが放たれる。すると彼を包む光り輝くエフェクトに、『シグルドへ、信頼の証として』という文字がふわっと数秒間の間浮かんでいた。
「ほんとだ! どういうこと?!」
「GM的に言えば、『仕様です』ってところですね」
「説明されても多分わからなそうだし、鍛冶屋の秘伝ってことにしておくわ」
「はは、了解です」
HOFには「聖別」のように、武器の3Dモデルの形状を利用するエフェクトが存在する。通常は問題なく動作するが、他のエフェクトと組み合わせると予期せぬ挙動が起こるときがある。例えば「拡大化」だ。
「拡大化」は周囲の味方に武器のバフを与えるエフェクトで、巨大なエフェクトで効果の適用範囲を示す。エフェクトを「拡大」するのはただの副作用だが、エフェクトが大きくなると、モデルの描画に軽いバグが生じる。このバグが内部に隠された文字を露出させるカギとなる。
「拡大化」を適用すると、モデルの描画に影響を及ぼし、内部にあるはずのポリゴンが表面に浮かび上がることがある。これは、ゲームのレンダリングエンジンが「拡大化」によってポリゴンの深度計算を誤るためだ。
HOFのレンダリングエンジンには「クリッピングバグ」(ポリゴンが重なった際、意図せず表面が表示されるチラつき現象)が存在する。通常はポリゴンがピッタリ重なった場合にしか発生しないが、0.001~0.01程度のわずかなズレでも、モデルの拡大、あるいはカメラの接近などの条件が揃うと発生してしまう。
レオは外側にあたるハンマーの頭部と、内側の文字の間を意図的に「ギリギリ」にして作った。0.01単位だけ内側のポリゴンをズラして配置することで、クリッピングバグが発生しやすくなるよう細工したのだ。
「――さて、他の装備にもこれと同じ作業を続けていきましょう」
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唐突に挿入される3D技術の解説。加減せんか!
ちょっとガチすぎる話になっちゃったんで、補足します!
レオがやってるのは、ゲームの「見た目」を作るシステムを利用した小技です。
ポリゴンはプレイヤーの目に対して表示する順番が設定されています。この順番はポリゴンの位置で決まるのですが、今回レオがやったようにギリギリの位置にズレを作ると、エフェクトで大きくなった際に「ズレ」も大きくなり、見えちゃいけないものが見えるようになる、ということです。
ゲームのバグっぽい挙動を逆手に取った罠って感じです。
で、レオ、これ知ってるお前何者なんだ…