第十六話 毒盃
「それで、どういうプランで行く?」
「シルメリアさんと話して大筋は用意しました。けど、もっと詳しく状況を説明したいので、シルメリアさんにもチャットから参加してもらいますね」
「おう、かまわんぜ」
レオが空中に指を動かし、真っ白なテーブルクロスが引かれた長机の上に赤色のウィンドウを開く。ウィンドウには、ドクロに短剣が突き刺さった赤をあしらったエンブレムが浮かんでいる。ブラッディ・ベンジェンスのものだ。
スクリーンにウィンドウが開き、シルメリアが小さく頷く。銀髪が揺れて、赤い瞳が一瞬鋭く光ったように見えた。黒い甲冑に身を包んだ彼女の姿は、まるで戦場からそのまま抜け出してきたかのようだ。
『ご招待に預かりましてなんとやらって――うわすごい家。ちょっと引くんだけど』
「わかるかレオ、この家はハトフロに魂を縛られ続けた者の証。恥でしかねぇんだ」
「なるほど?」
『ともかく、私を呼んだってことはヒロシもやる気になったってことよね?』
「あぁ、そういうことでかまわんぜ。PKKギルドのマスターだとか、正義のPKKだとか、いったん脇においておく。」
『へぇ? PKと協力してもいいって気になったんだ』
「シルバージークを叩き出すためなら何でもする。……何でもな。それだけだ」
『――そう。それじゃ、こちらが得た情報を詳しく説明するわね。大筋はレオから聞いただろうから、繰り返しになる部分もあると思うけど』
「頼む」
「シルメリアさん。なぜジークが『笑う死体安置所』と関係しているとわかったのか、の部分からお願いします」
『この数日、リッキーとジークの動きを追ってたの。そうしたらあの二人、ブリトンの銀行で落ち合って直接武器を取引してたのよ』
「そりゃなんていうか……大胆だな。そんな事して誰も気づかなかったのか?」
「ブリトンの銀行はたくさんのプレイヤーが行き交って窓口に並んでるからね。偶然銀行で横に並んだだけ、としか見えないでしょうね」
「盲点ですね。後ろめたい取引だからって、荒野で取引する必要はない」
レオがぽつりと呟くと、ヒロシが無精髭の浮かんだ顎を撫でて頷いた。
ブリトンの銀行は活気にあふれ、初心者から上級者までがひしめき合っている。パーティを募集する冒険者の呼びかけ、売りたいものと値段を叫び続ける行商人の掛け声が一混じり、チャットログが空中を埋め尽くしている。
誰が何をしていようと、全ては喧騒の中に紛れてしまう。言葉をかわさずに行われる、静かな取引に気づく者はまずいないだろう。
「なるほどなぁ……。ハトフロで遊んでる連中って、どうして悪知恵だけ回るんだ。その頭の良さをドブに使うな」
『同感。』
「実際、理にかなってるんですよね。直接トレードすれば取引の証拠が残りません。公式が用意した競売場を使うと、落札者と出品者の記録が残りますし」
『で、次にアタシが疑問に思ったのが「買付資金はどこから出ているのか?」って点。連中の取引を目撃した後、リッキーの追跡に集中したわ』
「無謀だろ? 旅出を使われたら追いかけようがねぇぞ。どうやって追跡したんだ」
『ところがどっこい、リッキーは荷馬に武具を詰め込み始めた。何故か分かる?』
「――そうか! PKは街に入れない。銀行が使えねぇから、馬を使って直接持っていくしかなかった。そういうことか」
『そういうこと。ここでリッキーとジークは完全に「黒」になったわ。案の定リッキーはブリトンの近くでPKと取引を始めた。その連中がスマイリーモルグ。』
「だがリッキーはなぜスマイリーモルグに協力する? やはり金か?」
『それと「力」でしょうね。PKの協力を得られれば、彼のビジネスはよりやりやすくなる。たとえば……訳あり物件を売っては買い戻す、みたいな時にね』
「力があれば、口先だけじゃなくて、プレイヤーに直接的な嫌がらせができる。レオの鍛冶屋がシルバージークの息がかかったPKKに襲撃を受けた時みてぇに、か」
「こっちはただのとばっちりなんですけど?!」
レオが悲痛な叫びをあげ、ヒロシが苦笑いして画面の中のシルメリアもつられて笑う。真剣な雰囲気がすこし緩んだ所で、シルメリアが切り出した。
『ここで一旦まとめましょう。シルバージークはPKから奪った戦利品をリッキーに渡して、そこからスマイリーモルグに流れていく。で、私が調べた限りじゃ、リッキーはスマイリーモルグの中でもそこそこ顔が利くみたいね。元から連中と繋がってた可能性もあるけど、そこまではまだ追えてないわ』
「元から、ですか?」
「スマイリーモルグは悪名高いヴェルガの興したギルドだ。今でも残ってる連中は、ヤツの起こした事件に憧れすら抱いてるぜ。単純なPKだけじゃなくて、ギルドの荒らし行為、そして詐欺――」
「じゃあ、リッキーは元スマイリーモルグのPK?」
『可能性はあるわね。ヴェルガがキャラを消した後、名前を変えて潜伏してる奴らも多い。リッキーがその一人かどうかはまだわからないけど――少なくとも、スマイリーモルグと深く関わってるのは確かよ。状況の説明は以上になるわ』
豪華な家具が立ち並ぶ壮麗な会議室に重い空気が漂う。長机の上に浮かぶ赤色のウィンドウ。画面の向こうでシルメリアは何かを逡巡するようにしている。
ヴェルガは彼女の因縁の相手だ。彼が作ったスマイリーモルグはその落とし子と言っても良い。何も感じるなというのは、無理があるというものだ。
「だいぶ入り組んでるな。それでお前たちが考えたって作戦てのは?」
『じゃあ作戦を説明するわね。やることはシンプルよ。ジークに印のついた武器を掴ませ、それをリッキーの手でスマイリーモルグに売らせる。そしてヒロシ、あなたが仲間を率いて取引の現場を押さえて武器を回収。事実を公表するの』
「……いやまて、印のついた武器だと? いくらシルバージークでも、さすがにレオの銘が入った武器をリッキーに売るとは思えねぇぞ? リスクがありすぎる」
HOFの武器作成システムには、作成者の銘、つまり名前を入れられる「銘」という仕組みがある。例えば、先ほどレオが水色のローブを着た初心者に渡したモーニングスターなら、【作成者:レオ】といった具合に銘が入っている。
武器に振られたIDは、運営であるGMにしか見ることが出来ない。
プレイヤーが武器の由来を確認する唯一の方法が、この「銘」だった。
『えぇ。だから武器作成時に銘は入れないわ。』
「ん? じゃどうやって……」
「俺がデザインを編集して直接入れます」
「デザインを? ……そうか! 銘は武器に名前が入るが、見た目上の変化はない。だが今回は、3Dモデルを編集して、直接『銘』をいれるのか!」
「その通りです。武器の3Dモデルを編集して、見えない場所……たとえば剣のグリップの中に刀身をいれて、その部分に銘を入れるんです」
『例えば「誰々に捧ぐ」とか書いておく、とかね』
「お前ら、考えることが悪どいなー」
「これなら武器の由来を追跡できます。元々の持ち主が誰だったのかも判明します。良い手段だとおもいません?」
『その武器をジークの手に渡すのよ。例えばヒロシが戦利品や武器在庫の処分権をジークに一任すれば、彼はいつも通りリッキーに流すはず。そして、リッキーからスマイリーモルグに渡ったところで、取引を襲撃、銘を公開する。そしたらジークがPKギルドと繋がってる証拠が誰の目にも明らかになるってわけ』
「なるほど……ジークのヤツが『ヒロシのアホが俺を信じ切った』って慢心を利用して罠に掛けるってことか。上手いこと考えるねぇ」
「この手の罠の成功率が高いのは、チュートリアル山賊団が教えてくれました。自分の思い通りに進んでいる、と思い込んでいるときほど人は油断します」
「エゲツねぇな。シルメリアはともかく、レオは鍛冶屋だろ?」
「そうですよ?」
「昨日まで初心者だと思ってたのがウソみたいだぜ。HOFのドブ川に染まってこんなにスレちまってよぉ……泣けてくるなぁ」
『それでヒロシ、権限を与えるのはどう?』
「問題ないぜ。ジークのやつに倉庫のアクセス権を全て開放すればいいだけの話だからな。そうしたら奴はもっと大胆に動く。これで決まりだな」
『えぇ。あとはレオに武器を作ってもらうだけ。どう、できそう?』
「技術的には可能です。問題ありません。」
『この作戦はレオがいないと出来なかった。なんていうか、運命的よね』
「たしかにな。頼もしいかぎりだぜ」
「そんな……俺はただ鍛冶屋として遊んでるだけですよ」
「それならレオ、鍛冶屋のお前に、俺からリクエストがあるんだが……良いか?」
ヒロシがニヤリと笑ってレオに視線を投げる。
彼の低い声には、期待と同時に邪悪そうな企みが潜んでいた。
「え、リクエストって……何か変なこと考えてます?」
「いや、まぁちょっと変わってるかもしんねぇけどな。ジークをハメるついでに、ちょっとしたオモチャを作ってくれねぇか?」
『オモチャって……レオに何やらせる気なのよ。無茶なことならダメよ』
「無茶じゃねぇぜ。レオの腕ならできるだろ? ほら、お前が言ってたタンス爆弾の件で思いついたんだが、使うと使用者ごと爆発する武器って作れないか? ただ取られるだけってのも、なんか癪にさわるじゃねぇか」
「うーん、できなくは……いや、ダメ、ダメですよそれ!! 出来上がったとしても、自爆できるかテストするの俺じゃないですか?!」
「あ、それもそうだわ。ダメかー」
『ヒロシの趣味に付き合ってたら作戦が台無しになりそうね。レオ、ヒロシのことは無視して大丈夫よ。銘付きの武器だけで十分だからね』
「ひっでーな。仲間だろ?」
ヒロシのことを冷静に制したシルメリアが、ウィンドウの中で頭を抑えてため息を付いていた。都合のいい仲間もあったものだ。という思いなのだろう。
「それじゃ最初の通り、銘を隠した武器でいくか。レオ、頼んだぜ。」
「えぇ、任せてください」
気を取り直したレオが胸を叩く。優しい声にも覚悟が混じってた。
長机の上で赤いウィンドウが一瞬揺れ、シルメリアが小さく笑う。会議室の空気が少し和らいだ瞬間だった。だが、その笑顔の裏に、彼女の因縁がちらつく。
スマイリーモルグ、ヴェルガ、そしてジーク――この作戦が成功して一石を投じられれば、彼女の過去にも一つの区切りがつくかもしれない。
『これで準備は整ったわね。あとはジークが罠に飛び込んでくるのを待つだけ。
――ヒロシ、権限の開放はいつになる?』
「そうだな……。土曜日がギルドの定例会議だからそこで議題をあげよう。それまでにレオが武器を用意してくれりゃ良い」
「土曜日……あと3日ですね。できるだけ急ぎます」
「っと、今回は俺からの依頼だからな。武器に使う素材は俺から融通する。お前さんの鍛冶屋としての腕前、存分に見せてくれ」
「わかりました!」
レオの活きの良い返事にヒロシがガッツポーズを返した。
彼は家の倉庫から取り出した素材をテーブルの上に並べていく。金、黒、赤、色とりどりのインゴットがテーブルクロスの白地に映える。
ピラミッド状に積み上げられていく、きらびやかな素材の山。インゴットが重なっていく度に、部屋の中に緊張と期待が混じった空気を満たしていった。
「もし余っても返さなくて良い。お前の懐に役得として入れといてくれ」
「いいんですか?」
「悪いわけあるか。武具ができたら俺に一声かけてくれ。計画を進めるからな」
『この作戦は連携が大事よ。リッキーの動きを追うチャンスは一度きり。ま、ヒロシならそれくらいわかってるわよね』
「任せとけ。俺は長いこと現場をはなれちゃいるが、そうじゃないやつに手伝ってもらうから大丈夫だ」
『それって結局他人任せじゃない。ま、いいわ、それじゃあね』
シルメリアがウィンドウを閉じる直前に小さく笑う。赤いウィンドウが消え、部屋の中に雪風がちいさくうなるだけの静寂が帰ってきた。
レオがヒロシに目配せすると、彼は黙って頷いた。レオは目の前に積み上がった素材の山に手をかけた。店を守りきれるかどうかは、彼の両腕にかかっている。インベントリに壮麗なインゴットの群れを並べた彼は、さっそく気合を入れ直した。
「――さて、やるか!」
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