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第十五話 偽善と建前

 ――後日。ブリトン北。マクシムスの鍛冶屋。

 レオはマクシムスの鍛冶屋でヒロシと世間話をしていた。

 先日ヴェルナで出会った奇妙なPKたちの話をすると、ヒロシは苦笑していた。


「――ってな事があったんですよ」


「そりゃ災難だったな。おまえさんは変人を呼び寄せる星の下にあるのかね」


「無い、とはいえないですねー」


「山賊団なぁ……ほんと掴み所がないんだよなぁ」


 芸人まがいの「チュートリアル山賊団」だったが、あれでPKKからは一目置かれているらしい。といっても、強さではなく、閃きと逃げ足の速さに対して、だが。

 

「しかし、連中もよくネタがつきないもんだ。タンス爆撃とは考えたねぇ」


「あれは引っかかりますよ。今思えば、手下の山賊が斧を持ってきたのも、山賊らしいからじゃなかった訳です」


「ほう、というと?」


「プレイヤーが斧を持ってなかったら、タンスに仕掛けた爆弾が無駄になるんです。時間はかかりますけど、一個づつ家具を持ち上げて退かせば爆弾は起動しない」


「被害者が家具を壊せるよう、斧を持ち込んだわけか。頭いいなアイツら」


「心理的盲点ですよ。目の前により楽な手段が落ちていれば、つい使いたくなるもんです。さらに〝敵のものを利用してやった〟という慢心が芽生え、タンスに対しての警戒心を失わせる……。恐ろしい相手です」


「山賊のくせにやってることが高度すぎるんだよなぁ……。レオ、お客さんだぞ」


「あっ、いらっしゃい」


 世間話をしていると、水色のローブを着込んで木の盾を持った、いかにも初心者っぽいプレイヤーが現れた。手は素手。ヘルメットも身につけていない。恐らくローブの下にも鎧は身につけていないだろう。


 水色ローブの初心者は、少し緊張した面持ちで姿勢を正し、レオにお辞儀した。


「すみません! 武器がほしいんですけど!」


「いいですよ。何のスキルの武器を使いたいです?」


「えっと、よくわかんなくって……。なんでもいいです!」


「え、なんでも? そう言われると、逆に困るなぁ……」


「レオ、スキルを開いて、一番高い数字のものを使ってもらったらどうだ?」


「あっなるほど。名案ですね」


「一番高いのはえっと……まけふぃぐひぃんぐ? です!」


「まけふ、えぇ?」


「あー。そりゃきっとMace(メイス) Fighting(ファイティング)だな。棍棒を使うスキルだ」


「なるほど。それじゃここに並んでいるレシピから、好きなものを選んでください」


 レオは初心者の前でメニューを開き、メイスの3Dモデルを表示した。中世の騎士が使うようなゴシック調の本格的なものから、ちょっとコミカルなアニメっぽいシルエットのハンマーまで、バリエーション豊かな棍棒が空中を流れていく。


「すっげぇぇぇぇぇ!!」


「俺、こんなメイス知らんけど。怖……」


「あっ自作です」


「しれっと言うねぇ。レオのデザイン、どんどん増えていくなー」


「好きなもんで。どれにしますか?」


「えーっと……じゃあこの鉄球にトゲが付いてるやつで! 強そうです!」


「では取り掛かりますね」


「はい! お願いします!」


 初心者の依頼を受けたレオは、インベントリから鉄の延べ棒(インゴット)を取り出した。

 インゴットの滑らかな表面は、ブリトンの青空をその身に宿している。


 厚手の手袋でトングを取り、煌々と燃える炉の中にインゴットを差し入れる。涼やかな色をしていたインゴットはたちまち赤熱し、火花を天に昇らせる。


(――さて、こんなもんでいいか。始めよう)


 分厚いグローブでハンマーの柄を取り、燃える鉄に振り下ろす。

 キン、キン、という軽快な音とともに表面が薄皮のように剥がれ、火花が散る。


 水色ローブの初心者がしげしげと興味深く見る前で、レオは手際よく武器を仕上げていく。しばらくすると、金床の上に依頼のものが出来上がった。


 レオが作り上げたのは、握りのついた金属の棒の先に鉄球を取り付け、さらにその鉄球にトゲを生やした殺人的シルエットのメイス――「モーニングスター」だ。


 出来上がったメイスを、ゴールドと引き換えに初心者に渡す。

 レオ受け取ったポーチの中身は400G。ルーンもエンチャントも無い、アイアン製の武器としては、ごく標準的な価格だった。


「ありがとう! これで戦ってきます!」


「PKに気を付けて!」「がんばってな~!」


 メイスを受け取ったプレイヤーは、足取り軽く「スケさん墓場」に走っていった。

 小さくなっていく水色の背中を見て、レオとヒロシは軽い笑みを浮かべている。昔の自分に重ね合わせ、当時のことを思い出したのだろう。


「もっと良い武器を渡してあげたいんですけどね」


「そりゃそうだが、良い武器をやってもシーフに盗まれるだけだからな。何の効果もない武器なら、PKだって置いていくさ」


「そういえば《《ご依頼いただいた件》》なんですが、少し前に進みました」


「おぉ。聞かせてくれ」


「結論から言うと――銀は見つかりましたが、やはり赤になりそうです」


「そうか。うーむ……どうしたもんかな」


 レオがいう「銀」とは、シルバージークのことだ。そして赤になりそう、とは赤字になるという意味。赤字といえばPKの名前の色(赤ネーム)のことである。


 つまり「シルバージークが「PK」と関与している」と、レオは言っている。


「それなら銀は諦めるしかなさそうか」


「ただ、先方から別の提案があるそうです」


「ほう?」


「銀以外にも取引したいものがあるそうです。値段は手ごろでしたよ」


「なら話の続きはウチでやろう。横入りは避けたい」


「わかりました」


 そういってヒロシはレオに向けて家の鍵を見せる。レオは旅出(トラベル)の魔法をカギに向かって唱えると、マクシムスの鍛冶屋から姿を消した。


 続いてヒロシが姿を消す。彼らの周りにいた職人たちは、その光景になんの違和感も抱かなかった。ただの商談の続き。そう思ったのだ。


 旅出(トラベル)が彼を運んだ先は、極寒の雪景色が広がっていた。辺りを見渡せば、ペンギンとアザラシが群れをなし、それを遠く雪原のむこうからユキヒョウが狙っている。ここは通称「北極」。ワールドのはるか北方にあり、船か魔法でしか行くことの出来ない場所だ。


 凍てついた風がレオの頬を刺し、足元の雪がブーツで踏み固められるたびにキシキシと音を立てる。ブリトンとはあまりにもかけ離れた景色をした秘境に、ヒロシの所有する物件がそびえ立っていた。


「なにこれ、すっげぇ……」


「はは、こういうのが好きなやつがいてな。ちょっと頑張っちまった」


 ヒロシの渋い声が風雪のなか届く。レオの眼の前には、雪原から立ち上がるように白亜の城館が屹立していた。まるで中世の貴族の居城を思わせる威厳を放ちつつも、ゲームらしい奇抜さを備えている。吹雪の中キラキラと輝く外壁は純白の輝石からなり、屋根のスレートは青いクリスタルで()かれている。


 この城館ひとつからも、ベテランであるヒロシの貫禄があふれ出ている。

 レオでは逆立ちしても買えそうにない。


「すごいですねこの塔。俺じゃ一生かかっても建てられそうにないですよ」


「まぁ、長くやってりゃこんなもんも手に入るさ。中、入んな」


 内部に足を踏み入れた瞬間、レオは思わず息を呑んだ。外の極寒とは打って変わって、暖炉の炎が柔らかなオレンジ色を放ち、室内を温かく包み込んでいる。だが、それ以上に目を引くのは、ヒロシの技巧を物語る豪華な家具の数々だった。


「さぁ、座れよ。堅苦しくすんな」


「あ、失礼します」


 ヒロシに促され、レオは恐縮しながらも部屋に置かれた椅子に腰を下ろした。豪奢なアームチェアの座面はふかふかで、純白の毛皮が惜しげもなく使われていた。毛の柔らかさとほのかな冷たさが肌に伝わってくる。レオは思わず背筋を伸ばし、気後れした声でつぶやいた。


「これ、本当に俺なんかが座っていいんですか?」


「お前なぁ、家具は使ってなんぼなんだ。好きに使えばいいさ」


(お金持ちの家に入ったときの気持ちってこんなかんじなんだなぁ……)


「さて、話の続きだが……シルメリアからは何と?」


「シルバージークの行動を監視した結果、ヤツはPKギルド『スマイリーモルグ』に活動で得た戦利品を融通して、情報も流しているようです」


笑う死体安置所(スマイリーモルグ)ね。害悪プレイヤーの巣窟(そうくつ)じゃないか」


「えぇ。チュートリアル山賊団が可愛く見える相手です。PKだけでなく、プレイヤーを騙った詐欺や地上げ、初心者狩りなんかの嫌がらせもしている所だそうです。」


「……最悪だな。ホワイトジャッジメント(WJ)が一番関わっちゃいかんタイプの連中だ。何考えてんだジークは。いや、ウチを潰すなら最善の選択肢か」


「シルメリアさんもそこは『意図を読み取りきれない』、と言ってました。ギルドを乗っ取る気なら、PKギルドとの関係は彼のアキレス腱になります」


「そりゃそうだ。だとすると、乗っ取る気なんざハナっからないのかもな」


「というと?」


「ギルドを引っ掻き回し、メンバー同士の信頼も、PKKの信条も、何もかも全部メチャクチャにして、人の心を嘲笑って去る。そういうことをするかもわからん」


「まさか……ギルドを破壊するだけ? そんなことに何の意味があるんです?」


「意味なんか無いさ。ただ俺の経験上、そういうことに楽しみを見出すヤツがいる。人の絆、友情とか愛情、そういったもんを試してぶち壊し、何もかもくだらんと嘲笑って去っていく。そういうのが心底愉快だと思える連中だ」


「度し難いですね。中二病のステージ4って感じですか」


「治療の見込みは無さそうだな。他人を冷笑して何もかも見通した気で気取ってはいるが、なんてこたぁ無い。自分のプライドでつまづいてるヒネくれたガキさ」


「うーん……。じゃあ、シルバージークがパラディンとかの回りくどい位階(ランク)を導入したのも、PKKの正義ぶったのを皮肉ってバカにしてるだけ。とか?」


「かもしれん。俺たちPKKが偽善でまとまってるのは確かだしな」


「俺はそんな風に思ったことはないです。ヒロシさんは……良い人ですよ」


 ヒロシは少し気恥ずかしそうに笑った。


「世辞でもありがとうな。ただの偽善でも、建前ってのは大事だ。知らない者同士でも助け合うことができるのは建前のおかげだ。お互いに相手が『建前は守るだろう』って信じてるから俺たちは殺し合わずにいれる」


「建前……人を困らせてはいけない、みたいな?」


「あとは、人を殺しちゃいけない、とかだな。大人をやり込めようとするクソガキ様が親に聞くだろう? なんで人を殺しちゃいけないんだ、って。『命は大事だから』とかなんとか……中身は何でも良い。建前を守ること自体が大事なんだ」


「なんとなく、わかる気がします」


「ま、いってみればこれもゲームなのさ。この偽善と建前についちゃ、現実で起きてる事と、ハトフロで起きてる事にそう違いはない」


「というと?」


「親切の連鎖、かな? お前が今日武器を作ってやった新規がいるだろ? アイツがちょっと幸せな気分になって、他のヤツを助けたりする。すると助けられたヤツはこう言うだろう『どうして?』ってな。すると新規はきっとこう言う。『当然だ』ってな。偽善って最高じゃないか。困るやつ、いるか?」


「はは、それもなんか……わかる気がします」


「ま、気をつけねぇと『助けて当然』が『助けられて当然』にズレちまうこともあるけどな。そしたら助ける側が一方的にバカ見るだけだ。そこはバランスだな」


「えぇ。たしかに現実でも起きてますね」


「さて……こうなってくるとモノの良し悪しっていうよりは、もっと単純に――

 俺たちにとってどうかって問題になるよな?」


「同意見です。シルバージークが悪いやつだから排除する。そうじゃなくて、なんというか、ぶっちゃけた言い方になりますが……邪魔だから退()かす?」


「だな。――よし。なら、おじゃま虫を退かすプランを建てようじゃないか」


 椅子に深く腰かけていたヒロシは、ニカっと笑って前のめりになる。

 まるで面白いイタズラでも思いついたように、レオとヒロシは顔を近づけた。




後半がちょっと難しくなったので補足です。

 レオとヒロシの二人はシルバージークを通して「偽善」や「建前」の価値を語っています。ヒロシは「完璧じゃなくても、互いに理想とするルールを守ることで人はつながれる。協力できる」と信じていて、それがシルバージークのような「壊すだけの人」との対比になってます。


後半が難しいのは、ヒロシの考えがちょっと人生論っぽくなるからですが、要は「偽善でもいいから人を助けるほうが、悪意で壊すよりマシだよね」と言っています。


結びでヒロシが「俺たちにとってどうか」と言ったのは、永遠に応えの出ない正義を追い求めるより「自分たちにプラスかどうか」で判断した、と言った感じです。


え? ってなりますが、これは「結局正義なんて無いんじゃん! 気に入らねぇやつはぶん殴ろうぜ!」という意味ではなく、善意の連鎖を守れるようにできることをしよう、という意味です。


レオに言い聞かせているようで、ヒロシは自分の中の正義が元はなんだったのか、それを思い出そうとしているようにも見えますね。

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