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第十四話 チュートリアル山賊団(2)

 レオは少年のことを若干怪しみつつ、彼を連れて鉱山の入口まで引き返した。

 すると、目の前に異様な光景が広がっていた。


 山肌にぽっかりと開いた鉱山の入口。その入口が即席のバリケードのように適当に積み上げられた家具で塞がれている。タンス、椅子、テーブル。無数の家具の山が完全に鉱山の出入り口を封じ込めていたのだ!


「なんじゃぁこりゃぁ!!」


「お兄さん、あいつらです!」


 レオが呆然と立ち尽くしていると、リッケが前方を指さして叫ぶ。彼の指の先には、「チュートリアル山賊団」の面々が姿を現していた。


 テーブルをお立ち台にして、首領らしき女性が光を背に堂々と立っている。赤毛のラフな長髪が風に揺れ、民族調の装飾が施されたビキニアーマーが妙に眩しい。


 彼女の周りには、これまた太腿(ふともも)や腹を大胆に出した部下たちが勢ぞろいしている。金髪やピンク髪の女山賊たちが、家具に手や片膝をつき、グラビアアイドルのような妖艶(ようえん)なポーズを決めていた。


 彼らの装備は露出度の高い、いわゆる「紳士向け」装備だ。露出度の高い装備は「それ鎧?」とツッコミたくなるほどだが、色を始めマフラーやベルトといったアクセサリーを駆使し、下品すぎない絶妙な塩梅に保っている。


 彼女たちはあえて胸元や太腿といった部分を揺れ動く布で隠し、風や体の動きであらわになるようにしていた。これは経済学的ダイナミクスに基づいたコーデである。

 胸元や太腿をチラ見せする手法は、希少性の法則――つまり「需要と供給」と同じだ。供給を制限することで需要を煽る、まさに市場原理の具現化であった。


 山賊の首魁は不敵な笑みを浮かべ、レオたちを見下ろす。

 彼女の頭の上には赤文字で「リディア」という名前が浮いている。

 まごうことなき赤ネーム。つまり――PKだ。


「ここは『チュートリアル山賊団』が占領したよ! ここを通りたかったら持ってるものを全部おいてくんだね!」


「なんてベタベタな……。あ、もしかしてチュートリアルってそういう……?」


 チュートリアル山賊団とは、おそらくゲームやライトノベルで最初に登場し、やられる雑魚山賊たちの立ち位置のことを指してのことだ。例えばゲームで最初に現れるザコ敵は非常に弱く、世界観やプレイヤーの異能を説明させる(チュートリアル)ための「かませ犬」でしかない。


 彼らはプレイヤーでありながら、ゲームの世界に現れるザコキャラとしての演技をしてHOFを遊んでいるのであろう。


(そういえばVRMMOには、ロールプレイっていう遊び方もあったな。普通はゲームやアニメのキャラに「なりきり」するもんだけど、ザコになりきるって……)


 軽く目眩のようなものを覚えつつも、レオは山賊たちと対峙する。

 山賊たちはそんな彼の姿を見て、蠱惑的な笑みを浮かべた。


「さぁ、お兄さん。答えを聞こうか?」


 甘ったるい声を投げかける山賊の首領に、レオは左右に首を振った。


(相手がロールプレイしてるなら、こちらも応えなければ無作法というもの。どうせ殺されても失うものはインゴットと店の商品だし、ここはつきあってみるか)


「いや、そういう訳にはいかないな。こっちも鍛冶屋、商売なんでね。ベッドの中でなら話を聞いてやってもいいけどね」


「あら残念。アタシを買いたいなら……」


 彼女は腰に手を当てて胸を張ったリディアは、淫靡な仕草で指を口に這わせた後、その豊かな髪をかき上げる。すると彼女の左右に別れていた山賊団全員が、一斉にポーズを決めた。何かが来る。レオが身構えた瞬間、山賊たちが動いた。


「アンタの身ぐるみ全部でも足りないねぇ!! やっちまいなぁ!」


 金髪ツインテドリルの山賊と、ピンク髪の爆盛りアップスタイルの山賊が、キャハハと笑いながらレオに飛びかかってきた。


 山賊はレオの左右に別れ、彼を取り囲むように斧を振り上げる!


「ほらぁ、遊んであげるよぉ!」

「アタシたちの強さ、教えてあげますわ!」


「――来るか!」


 山賊コンビはレオの横に立つと、同時に空中にメニューを展開する。

 レオが身構えた瞬間、二人は手に持った斧をレオに渡してトレード申請を連発!

 彼の視界を空中に浮かぶメッセージウィンドウで埋め尽くした!


 レオの視界はチカチカと点滅し、全く操作がままならない。操作しようとしてもウインドウを触ってしまって、完全に動きがフリーズしてしまう!


「なんちゅう妨害をしとるんじゃああああああ!!!!」


「これで終わったと思うんじゃないよ! プランB、行きな!!」


「フフフ!」

「アハハ!」


 山賊団の姑息な手口はこれだけではなかった。レオの前に「ドン!」とテーブルを置き、彼の動きを妨害しはじめた。


 レオがトレード申請のスパムから逃れようとしても、家具につまずいてしまう。そうして動けないでいると、山賊がオートアタックを使ってレオのHPを削ってくる。トレードに斧を使っているため素手による攻撃だが、1ダメージが地味に蓄積していく。


「アハハ! このままなぶり殺しされるか、全部渡すか選ぶんだねぇ!」


 リディアはテーブルの上でオーッホッホッホと高笑いを上げる。

 やっていることはアホっぽいが、プレイヤーを拘束する力は本物だ。

 何も出来ないうちに、レオのHPゲージは三分の一が失われていた。


「クソッ! 何か悔しい!」


「さぁどうする! このまま死ぬか、土下座してでも生き延びるかい?!」


(土下座はなんかイヤだ。でも、どうする……?)


 ポコスカ殴られつつも、レオは必死に頭を回転させる。

 だがその間にも彼の前にタンスがどかん、と置かれてしまう。


(なんでこんなモンまで持ち歩いてんだよ! いや、待てよ……? 入口のバリケードを見る限り、ヤツらはクソ重い家具を大量に持ってる。なら――)


「そんなに欲しかったらくれてやる……! この鉱石の山をなぁ!!!」


 採掘の途中だったレオは、インベントリに大量の鉱石が入ったままだ。

 山のような量の鉄鉱石を取り出した彼は、そのまま女山賊の交易(トレード)ウィンドウに叩き込んだ。


 太腿まで丈のある彼のサイブーツには、「鉱石重量ダウン(大)」のルーンが刻まれている。ルーンの効果はその名の通り、鉱石の重さを半分以下にするというもの。レオはこの効果によって、普通は荷馬を必要とする採掘作業を単身でこなせた。


 鍛冶師や大工といった生産職は、何かしらの重量軽減装備を使っている。

 だが、ただの山賊がそんな装備を持っているはずがない。


 レオに鉱石を渡されると、その重みがズシリと女山賊の体にのしかかる。

 たちまちのうち、ピンク髪と金髪の二人は動きを止めた。


 HOFには所持重量システムが存在する。筋力に応じて設定される所持重量を越えて荷物を持つと、キャラクターは動けなくなり、戦闘能力が著しく低下するのだ!


「うわっ! なにこれ重っ!?」

「ちょ!? まっ、やばっ、タンマ!!」


「おんどりゃ隙ありぃぃぃ!!!」


 怒り狂ったレオはがむしゃらに斧を振り回して、金髪ドリルと爆盛りピンク髪の女山賊を吹き飛ばす。薄着だけあって防御力はそれほどではないようだ。


「やりましたねお兄さん!」


「あぁ。なんて恐ろしい山賊なんだ……。まだ目がチカチカするんだけど」


「あらあら。小羊ちゃんにしてはやるじゃない。なら――」


 テーブルの上からレオを戦いを見下ろしていたリディアが動いた。彼女は2本の短剣を抜き放ち、ビキニアーマーの胸を揺らしつつ、軽やかにテーブルから飛び降りた。


「力づくってのも悪くないわね!」


 地面を蹴ってリディアが迫る。山賊の首領は伊達ではなく、彼女の動きは素早い。レオはバイキングの斧を構え直し、流麗に繰り出される双刃に応じる。


 短剣の攻撃は鋭く、鎧に守られていない腕や足に白刃が届く。

 白い筋が体をかすめるたびに鮮血がほとばしり、レオはうめいた。


「これで終わりと思わないでね! まだまだよ!」

(――来るかっ!)


 リディアの必殺技を繰り出す気配にレオは身構える。

 そして、彼の目の前に現れたのは――無数のトレードウィンドウだった。

 ダブルダガーが振るわれる中、大量のウィンドウがレオの顔面を塞ぐ!


「それは止めろってんだろぉ!!!!」


 レオは反射的にトレードウインドウに鉱石を叩きつけた。

 ウィンドウが閉じ大量の鉱石がリディアのインベントリに送り込まれる。

 そして動けなくなったはずの彼女だが、様子がおかしい。


 勝ち誇るような「ニヤリ」という笑みをレオに向けている。

 圧倒的違和感に彼は背筋に冷たいものを感じた。


 その違和感の正体は、彼女の手の内にある。金髪とピンク髪がトレードウィンドウを乱打した時、彼女たちは素手攻撃になっていたはずだ。


 だが、リディアはトレード中も双刃をふるっていた。

 では……彼女は何をトレードしたというのか?


「……まさか?! ――ッ!!!!!」


 何かに気づいたレオはインベントリを開く。


 すると彼の荷物の中に、見慣れない黒い金属球があった。金属球のアイコンには数字が表示されており、3,2,1と、その数字の数は減っていっている。


 ――爆弾だ。


 トレードウィンドウを乱打すればレオが鉱石を渡してくる。

 そこでリディアは、点火した爆弾をまんまと彼にスリ渡したのだ。


「すり替えておいたのさ☆!」


「のぉぉぉぉぉぉぉぉん?!!!」


 ちゅどおぉぉん!!! と大爆発が起こり、爆炎が二人を呑み込む。

 もうもうとあがる黒煙が晴れると……そこに立っていたのはレオだった。


 リディアはレオを中心として起きた爆発に耐えきれず、地面に倒れていた。

 これは策略でも何でもなく、ただ単に使っている防具の差だった。


 ハダカ同然のビキニアーマーでは爆弾の直撃を耐えられなかったのだ。

 一方のレオが着ているのは鋼鉄の胸当て。

 たった一発の粗雑な爆弾程度なら、なんとか耐えられた。


 とはいえ、レオのHPゲージは残り1ミリ未満だ。

 ウサギに一回殴られただけでもトドメになりそうなHPしか残っていなかった。


「あ、危ねぇ……。すさまじくアホな方法でやられるとこだった」


 倒れたリディアと部下たちの顔は、負けたにもかかわらず楽しげだ。

 やりとげた、そんな風な表情で倒れていた。


「お兄さん、あいつら何だったんですか……?」


「何だろう……。PKってより、芸人?」


 レオは斧を肩に担ぎ、バリケードを壊しにかかった。

 折り重なった家具が邪魔で、このままでは街にもどるどころではない。


「このバリケードを壊して街に戻ろう。リッケも災難だったな」


「ありがとう、お兄さん! でも、また絡まれたらどうしよう……」


「弱かったけど、とにかく面倒くさいんだよなぁ……ん?」


 タンスに斧を振り下ろしていたレオは、刃が何かに当たったのに気がついた。

 板に足をかけて抜くと、ごろごろと中から何かが飛び出してくる。


 ハンドボール大の小ぶりな黒い球が岩地に落ち、その上を転がっていく。

 ついさっき、レオが自分のインベントリの中で見たのと全く同じものだ。


「お兄さん、あああ、あれって……もしかして!」


「……やられた」


 ちゅどちゅどちゅどぉぉぉん!! 

 無数の爆発音が折り重なり、ヴェルナの空を揺らした。


 リディアが残した最後の仕掛けだった。勝利を確信した獲物が家具を取り払おうとしたその時、タンスの中に仕掛けた大量の爆弾が爆発するように仕組んでいたのだ。


 レオとリッケの二人は、死後の灰色の世界で呆然と立ち尽くすしかなかった。



チュートリアル山賊団。変なことしてますがプレイヤースキルはなにげに高い模様。

彼らはの恐ろしさはネタに走っているのに、なんだかんだキルは取るという成功率の高さです。

ロールプレイ重視にも関わらず、意外性を突いてプレイヤーをしばきたおすその姿には、ファンサイトを作る熱心なファンも居るとかいないとか…。


追伸

チュートリアル山賊団のボスの名前をニーナ > リディアに変更しました。

あとの方に出てくるキャラと名前をうっかり被らせちゃった…

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― 新着の感想 ―
…挙動完全にギャグなのに対人戦としちゃメチャクチャ厄介なの凄いな。 しっかりPK成立させてるし。
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