表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/102

第十三話 チュートリアル山賊団(1)

 改築によって一段と機能性が上がった作業場でレオはハンマーを振るう。金床の上では赤熱した鉄が光を放ち、叩くたびにオレンジ色の火花が飛び散る。ハンマーが鉄の先端を押し潰し、次第に鋭く細い形へと整えていく。


 VRMMO「ハート・オブ・フロンティア」の中とはいえ、鋼の手応えと熱は現実と遜色ない。汗が額を伝い、コークスの焦げる匂いが鼻を満たす。炉の熱気は作業場の扉を抜け、店内にまで流れ込んでいった。


 改築のおかげで、作業場の隣に設けられた2階の商品棚は以前の倍の広さになった。熟達した手際で組み上げられた棚は頑丈で、ヒロシらしい実用性重視の設計だ。だが、その上に並ぶ商品はまばらで、頼りなさげに隙間を晒している。レオは連日のようにPKの武具を修理し、制作依頼に追われていた。新商品を補充する余裕なんて、とうになくなっていたのだ。


 温かい光が店の窓から差し込み、灰色の石床を照らす。レオは棚に並んだ道具を眺めながら、今日の予定を考える。


(商品もそうだけど、資材も心許なくなってきたんだよなぁ……)


 店の中は静かだ。作業台のラックにかけられた騎兵鎧(キュイラス)が、修理待ちのまま佇んでいる。レオはスツールから腰を上げ、作業場の奥へ行く。そこに置いてあった木箱を開くと、中身は悲惨なことになっていた。


 レア度の低い鉄インゴットはまだ残っているが、アンコモン、レア系統の高級資材は完全に底をつきかけている。


 PKが「直してくれ」と持ってくる武具は、秀品、良品ばかりで、なおかつ耐久度がゴリゴリに減った状態だ。彼らの剣や鎧を直すたび、店の在庫は目に見えて減っていった。


 先日、シルメリアが持ち込んできたコレクションの修理も痛かった。


 彼女は10何本の細剣(レイピア)を持ちこんできた。そのどれもが忍剣のお眼鏡にかなう高級品で、大量のレア素材を食い尽くしていったのだ。


 もっとも、シルメリアもそこは気遣って、略奪した素材を持ってきてくれたが……。どれも修理には使えない、武具制作用のボス素材だった。


 流石のレオも「ちゃんと見て!」と訴えたのだが、「鍛冶屋じゃないんだからわかるわけ無いでしょ!」と押し切られてしまった。


 結局、代金代わりに素材を受け取ったが、在庫が払底したのは変わらない。

 運命とは残酷である。


「やっぱ掘りにいくしかないよなー」


 シルメリアの話によると、ヒロシに頼まれた一件――

 シルバージークの排除依頼は、しばらく動きが無いだろうとのことだった。ジークとリッキーの関係を探るには、慎重に内偵を進める必要がある。それには少なからぬ時間がかかるだろう。というのだ。


 つまり、レオに緊急の仕事は無い。


 レオは半ば巻き込まれる形でPKギルド「ブラッディ・ベンジェンス」とPKKギルド「ホワイト・ジャッジメント」の間に立って、彼らの情報共有の手伝いをすることになったが、共有すべき情報が無いなら、何も出来ない。


 これから忙しくなる可能性は高いが、今はその時ではない。

 資材を調達するなら、今のうちにやってしまうのが賢明だ。


 レオは金床の上に置かれた鉄塊をつかみ、石炭が真っ赤に燃える炉の中へ放り込む。熱を取り戻したそれを再び金床に載せ、ハンマーで叩き始める。

 鉄が徐々に形を変えていき、しばらくすると鶴のクチバシのようなスラッとした鉄器が金床の上にできあがっていた。ツルハシの頭部だ。


「よーし、こんなもんでいいだろ」


 木材のハンドルをジェスチャー操作で取り付け、ツルハシが完成する。さらにレオは「耐久度UP」と「耐久度再生」のルーンを刻み込んで仕上げた。見た目こそ地味だが、性能には自信がある。採掘にはこれで十分だろう。


 レオは出来上がったばかりの自作のツルハシをインベントリに突っ込んだ。


 そのまま店を後にするかと思いきや、彼は店の棚に展示してあった胸当てをエプロンの上から着込み、バイキング風の大きな《《アゴ》》のついた片手斧を腰のベルトにさした。採掘に出かけるにしては重装備だ。これにはちゃんと理由があった。


 彼が今から向かおうとしているのはヴェルナという鉱山都市だ。

 ヴェルナは鍛冶屋と炭坑夫の街という設定で、街の外れに大規模な鉱山がある。

 しかし、肝心の鉱山にはオークが出没し、採掘には戦闘が伴う。


 鉱山の前には炉と金床が用意されている。鍛冶屋にとって何かと都合の良い街なのだが、オークが出現するせいで肝心の鍛冶屋からの人気はよろしくない。その分穴場なので、レオはちょくちょくヴェルナに足を向けていた。


「武器の性能で押し切れば、オークくらい楽勝だろ」


 レオの装備は簡素だが、腰に斧をさし、肩にツルハシを担いだ姿はそれなりに頼もしく見える。


 準備を終えたレオが店を出ると、外はどんよりと曇っていた。風も冷たくどこか寂しげで頼りない。レオは街道を歩き始め、ヴェルナへと向かった。


 道すがら、他のプレイヤーがちらほら見える。交易品を積んだ荷馬車をブリトンまで走らせるプレイヤーや、初心者らしいシャツ一枚のプレイヤーと通りすがった。


 幸い、泥棒やPKに遭遇することもなく、ヴェルナに到着した。

 鉱山都市の光景は荒々しく物騒だ。丸太を並べた防壁が街を囲み、壁の上ではNPCの弓兵がクロスボウを手に目を光らせている。風に混じる鉄と土の匂いが、街の雰囲気を一層重たくする。ヴェルナは鉱山を巡ってオークと戦っている設定があり、それで街中に武器を持った傭兵NPCがうろついていた。


「ゴールド払えば戦ってくれるって言うけどなぁ……」


 レオは通りすがりの傭兵NPCを横目で見つつ、内心で苦笑する。彼らは雇えば死ぬまで戦うが、強くはない。オーク数体に囲まれただけで「アイエエエエ!」と叫びながら鎧が吹き飛び、裸で爆散する。


 傭兵NPCの使い道は、もっぱらスキルの訓練だ。焚き火の上で待機命令を出し、「うっ」「熱いっ」「助けて」とうめく間に包帯を巻いたり回復魔法を連打したりする。この非人道的行為はHOFのあちこちで見られる。これをしてHOFを戦争犯罪シミュレーターと評する者もいたが、言い得て妙だ。


 血の通った人間でさえボコボコにされるのがHOFなのだ。NPCに人道的な扱いがされるわけがない。電子の存在に人権はない。


 レオは街を取り囲む防壁をぐるっと迂回するように進んで鉱山の入口にたどり着いた。ごつごつした岩肌には、鉱石を掘り出した採掘の跡が残っている。鉱山の中からはオークの唸り声が聞こえ、緊張感が漂う。


「よーし。鉱石を掘り出す前に、まずは安全確保だ」


 レオは腰にさした斧を抜き、軽く肩を回して感触を確かめる。

 初心者時代は戦士として少しだけ戦ったことがある。あの頃はその日知り合った仲間と笑いながらモンスターを倒していたが、今は一人だ。


 少しさみしい気もするが、店に帰れば客や顔なじみの職人がいる。

 それを思えばさほど孤独は感じない。


「おーい! こっちだ!」


 鉱山の中へ呼びかけると、穴の中からオークがのっそりと姿を現す。緑色の肌に、鎧代わりの狼の毛皮をまとったオークヤングだ。レオに気づくなり、手に持った黒曜石の穂先がついた原始的な槍を腰だめに構える。リーチでは向こうが勝っている。


(むむ、どうしたもんか。――ここは自分の武具を信じるか)


 レオは斧を前に構え、様子を伺う。オークが槍を低く持ったまま突進してきた。穂先の軌道を見切ったレオは、敢えて一歩踏み出す。胸当てに触れた黒曜石が鋼を貫けず、槍の柄が山なりにしなった瞬間、斧を下から上に払うように切り上げる。槍が半ばから断ち切られ、オークが驚きの声を上げる。


「ウガッ?!」


 薄く広い斧の刃がオークの喉の下に食い込み、通り抜ける。薄皮を残して骨ごと肉を断ち切られ、オークはその首をぶらんと胸の上にぶらさげた。力なく倒れ、鉱山の前の砂利の上に屍をさらすオーク。レオは斧を長く持ち替え、刃の血を払った。


「うん。悪くない」


 次々現れるオークを排除して鉱山の安全を確保したレオは、さっそく斧をツルハシに持ちかえて採掘を始める。


 ツルハシを岩肌に振り下ろす作業は退屈で、インベントリに表示される鉱石のカウントが増えていくのだけが楽しみだ。袋がいっぱいになると、鉱山前に置かれた炉で精錬し、インゴットに変える。また鉱山に戻る。その繰り返しだ。少しずつ重くなる荷物が、成果を実感させてくれる。


 とはいえ、こうした平穏が長続きしないのがHOFの常だ。

 入口を掘り尽くし、奥に進んだところで聞き慣れない声が前方から響いてきた。


「人だ!! お願い、助けて!!」


 レオの前に現れたのは、シャツと短パンの初期装備に身を包んだ少年だ。

 オークがうろつく鉱山に不釣り合いなその姿に、レオの感覚が警鐘を鳴らす。


(うぐ、まーた何か、厄介事がおきそうな気がしてきたな!!)


「えっと、どうしたんだ? その格好はどうした?」


 レオは斧を構えたまま少年に声をかける。彼の頭の上には、「リッケ」という青色の名前が浮かんでいる。しかし、HOFでは青ネームを囮にするPKはザラにいる。慎重に様子を伺いつつ、話を聞くことにした。距離を取りつつ話しかけると、リッケはぜぇぜぇと肩を上下させながらレオに窮状を訴えた。


「それが……『チュートリアル山賊団』ってやつらに絡まれて、装備を全部奪われて逃げてきたんだよっ!」


「へ? チュートリアル、山賊団?」


 レオは眉をひそめつつ、首をかしげる。妙な名前だ。PKといえば、もっと殺伐としたものを想像するが、その名前にはどうにも間抜けな響きがあった。


 リッケの声は半分泣きそうで、半分憤慨している。

 レオは思わず苦笑いを浮かべつつ、斧を手に持ったまま辺りを見回した。


(そういえば、この辺りはもっとオークがいるはず。確かに何かの気配がする。)


「街まで送ってやるよ。ついてきな」


「ありがとうお兄さん! ほんとにありがとう!」


 リッケの顔がパッと明るくなり、レオは少し気恥ずかしくなりながらも肩をすくめた。シルメリアやニールを相手した時とちがって、頼られる側になるというのはレオにとって新鮮な体験だった。


 とはいえ「チュートリアル山賊団」の正体がわからない。

 レオは背後のリッケに気を配りつつ、少しばかり覚悟を決めたのだった。



AIが人間に反乱を起こしたら、HOFプレイヤーは真っ先に絶滅収容所に送られそう

・追伸・

なんだかんだでSF週間32位! 応援ありがとうございます!

トップから飛んだ先の1ページ目にくるとか機人転生以来ですね…

作者のインベントリには若干の余裕がございます。(余裕以外入ってない? そう…)

★の投下、ブクマをお忘れの方はぜひに! げへへ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ