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第十二話 銀と赤


 衝撃の事実が明らかになった瞬間に、メアリは目を白黒させ、レオは叫んだ口をそのままに開けっ放しにして、ぽかーんとしていた。


「じゃあ、俺の店はおっさんのギルドが……?!」


 革手袋をはめた両手を広げ、レオは指をわななかせている。屋根の上のヒロシはそれを見て、沈痛な面持ちで目を伏せた。何を言われても仕方ねえ。そんな覚悟がその表情に滲んでいた。


 レオは両手をぎゅっと握りしめる。

 そして――何かを決心したかのように、力強い視線をヒロシに向けた。


「なら……修繕費、無料(タダ)になりますか!!!」


「なるわけあるか!!」


 罵りを覚悟していたヒロシはがくっと肩を落とし、呆れたように手に持った銀色のバッジをレオに投げつける。「ぺちんっ!」と軽い音を立ててバッジがレオの額に命中し、地面に刺さった。


「あいたっ!」


「アンタ、もうニールから賠償金ふんだくってるだろ。支払いの二重取りは商売人としてどうなんだい?」


「う、たしかに……。」


「何だ、ちゃっかりしてやがるな。まぁ……俺も責任は感じてる。模様替えで足が出たとしてもサービスしてやるから、それで勘弁してくれ」


 ヒロシは赤くなった額をさするレオを見て、ニカッと笑う。その笑顔はマクシムスの鍛冶屋で見た時と同じ温かさを帯びていた。


 シルメリアは地面に落ちたバッジを拾い上げ、ふっと息を吹きかけて土を払う。


「で、このままっていうわけにもいかないでしょ? ギルドマスターさん」


「もちろんだ。俺が思うに、今回の件の筋書きはこうだろう。リッキーって詐欺師がレオを騙し、PKギルドのど真ん中の家をレオに買わせた。ヤツの頭の中じゃ、PKにビビってレオがでていくか、シルメリアが追い出すかのどちらかだった」


「――でも、そうはならなかった。よね?」


「あぁ。さらに掲示板で悪い評判を流しても上手くいかず、頭にきた詐欺師は直接的な手段に出た。PKに協力する鍛冶屋がいるって情報をウチの誰かに流したんだ。シルメリア、レオの店に来たPKKは何人だ?」


「13人。ウチは戦利品の分配のためにキルログを表計算ソフトで管理してるから、人数に間違いはないはずよ」


「もうそれPKギルドじゃなくて民間軍事会社(PMC)だろ。お前ンとこのメンバーの練度と規律、バグってんだよなぁ……」


 ヒロシは屋根としての役目を終えた木材を投げながら苦笑する。

 話しながらもきっちり手を動かすあたり、手に仕事が染み付いている。

 本物の仕事人なのだろう。


「13人ものメンバーを動かせるのは、ギルドの幹部クラスしかいない。そのうえで俺に黙って動かすヤツとなると、犯人候補は1人に絞られる。シルバージークだ」


「シルバージーク? さっきも言ってましたね」


「ホワイト・ジャッジメント(WJ)の実務を握ってる男だ。やる気に溢れてて、エネルギッシュで――要するに、野心的ってタイプだ。楽できると思って実務を任せてたんだが……」


「詐欺師と手を組んで転んだってわけね。そいつ、元々PKKとしての信念なんかなかったんじゃない? 自分の欲を満たすためにギルドを食い物にするタイプよ」


 シルメリアがバッジを指で弾きながら言う。


「だろうな。じゃなきゃそんなバッジ何か作らん。作る必要もない」


「なんかヤな感じのやつだね。シルバーなんとかってヤツ」


「だがWJの中じゃ、俺より慕われてるかもしれねえ。無気力なオッサンより、グイグイ引っ張ってくれる奴のほうが頼もしく見えるもんだからな」


「なーんか、会社とかでよくあるやつだ……」


「ま、ギルドも似たようなもんだからな」


 ヒロシは吐き捨てるようにいった。


「あれ、ニールの話がなかったけど、アイツは?」


 レオが思い出したように尋ねると、ヒロシは屋根の板を打ち付けながら答えた。


「ニールのヤツは口車に乗せられて動いただけの人形だ。前々からPKKに憧れを見すぎていて、危ういなとは思ってたんだが……それを利用されたな」


「でしょうね。こういうのに頼る輩に限って、中身が無いもんだわ」


 シルメリアは興味を無くしたようにバッジを弾いて地面に捨てた。

 数分もすれば正義の象徴は腐って消えるだろう。


「そう厳しく言ってやるな。俺のせいでもある。初心者の頃から見てるからな」


 二人のやり取りを見て、レオは混乱しつつも安堵していた。ヒロシとシルメリアには因縁がありそうだが、すくなくとも血みどろの展開にはならなそうだ。


 メアリが尻尾を丸めるドラゴンの後ろから顔を出し、恐る恐る口を開いた。


「じゃ、じゃあ、これからどうするの? 店は直すんでしょ?」


「あぁ。予定通り石造りにしてスチールで補強だ。2階は上がれるように階段をつけて陳列棚を作ろう。そんで1階は壁を増設して作業場と室内をつなぐ。どうだ?」


「最高です! それでお願いします!」


「礼ならシルメリアにも言っとけ。余所だったらもっと面倒なことになってたぞ」


 レオはシルメリアに太陽のような笑顔を向け、恐縮しながら頭を下げた。


「えっと……ありがとう、シルメリアさん」


「ん、別にいいよ。それより、この店がどんな風になるのか楽しみだね」


 ヒロシが改築を再開した。屋根に板を打ち付けて床を作り、メアリはドラゴンの口に資材をくわえさせて屋根に運ばせる。レオも手伝いに加わって、足らない資材を鍛冶で補う。ボロボロだった家は次第に新しい姿を取り返していった。


「カラーリングはどうする? まわりの家にあわせるか?」


「それじゃお客さんが迷いそうですし、目立ちすぎない感じにできます?」


「よし、任せとけ」


 木材の壁が厚みのある砂岩風の石材に変わり、渋い赤茶色の筋交いがアクセントに。落ち着いたアースカラーが草原の緑に映え、頑丈で温かみのある外観が現れた。


「おー!! 良い感じですね!」


「へへ、喜んでもらえて何よりだ」


「もうこのまま大工になって、PKKギルドのマスターなんかやめちゃったら?」


「それもいいかもな。けど、最後にもうひと仕事する必要がある」


「ひと仕事?」


「あぁ。いずれWJは俺の手を離れるべきだ。だが、次にギルドを手にするのが、シルバージークであってはならねぇ」


 ヒロシはどこか遠くを見て、シルメリアに言った。


「シルメリア――ヤツを排除してくれ。キルじゃない。ギルドからの完全な排除だ」


「えっ……おじさん、本気でいってるの!? し、シルメリアさんはPKだよ?!」


 魔王のような格好をしたメアリがドラゴンの足元でわたわたと慌てる。ヒロシは「落ち着け」と手でなでつける仕草を見せた。


「彼女の言う通りよ。PKKのマスターがPKにそんな依頼していいわけ?」


「あ、なら俺が代わりに頼みますか?」


 レオが勢いよく手を挙げると、ヒロシが即座に首を振る。


「そういう問題じゃない。それにお前に頼んだらもっと借りが増えるだろうか。俺の首を借金で回らなくするつもりか?」


 シワの刻まれた頬を上げ、おどけたように笑う。でも、その笑顔はどこかぎこちなく、深刻さを誤魔化そうとする無理がにじんでいた。


 彼の胸には複雑な思いが渦巻いていた。シルバージークに実務を任せたのは、自分の怠慢だ。自業自得の結果として、ギルドを私物化され、レオを巻き込んだ責任が重くのしかかる。


 だが、店を直す彼らの姿を見て、WJをこのまま腐らせたくないという決意が芽生えていた。PKに頼むなんて、かつての自分なら鼻で笑っただろう。だが、レオの純粋さとシルメリアの筋の通った態度が、彼の中の何かを変えたのだろう。


「最後の仕事なんて格好つけんなら自分でやりなよ――って言いたいけど、無理だよね」


「あぁ。俺がジークを追放したところで、『乗っ取りを防ごうと足掻いたオッサン』にしか見えねえ。多くのメンバーがヤツについていくだろう。ヤツの不正を白日の下にさらす必要がある」


「それでも、シルバージークがいなくなったら、WJがバラバラになるかもよ?」


「ギルドを失うのは今に始まったことじゃねえ。そうなったらそれまでだ。俺が思ってる以上にヤツが有能だったってだけさ。それならそれで構わねぇ」


「責任感があるんだか、ないんだか……」


「どうだ。受けてくれるか?」


「……受けましょう。ウチのレオが世話になったんだもの。筋は通さなきゃ」


「助かるぜ」


「ただ、アンタが言ってた内容は全部推測だわ。シルバージークが犯人と決まったわけじゃない。彼の下にいる人間の独断かもしれない。その場合はどうするの?」


「うまくやってくれ、としか言いようがないな」


「ジョーカーを引き当てるまでババ抜きしろって? 探偵業までやらせようなんて、人使いが荒いわね」


「できない、とは言わないんだな」


「当たり前でしょ。もっと複雑でまどろっこしい案件を処理したことだってあるわ。それに比べたら、犯人の目星がついている今回の件は、楽すぎて困るくらい」


「頼もしいね。よーし、これで仕上げだ!」


「おぉぉぉー!!!」


 新生「レオの鍛冶屋」が姿を現した。一階は重厚な石造りに生まれ変わり、二階は階段付きのテラスが広がる店舗スペースに。武具を並べる陳列棚が備わり、平たい屋根には殺風景を和らげる草の飾りが添えられていた。


「こ、これが俺の新しい店……」


 新しくなった両開きのドアをくぐり、カウンターのすぐ右側は通用口がある。そこを抜けると、小さいながらも機能的な収納スペースの用意された作業場が現れた。


 単なる壁から突き出す板だった棚は、置いたものが転げ落ち落ちないように手前に仕切りとなる段差が付いている。これならたくさんのものを置いても安心だ。


「ぬ、椅子まで新しくなってる!」


 単なる丸太だった鍛冶場のスツールは、防炎性を考えた革製のクッションがついたものになっていた。座るとこれまで以上に快適で、いつまでも作業ができそうだ。


「さすが職人……C・O・Lクラフト・オブ・ライフに抜かりがない……!」


「ふっ、椅子だけは必ず良いものにしろ。先人としての教えだ」


「さすがおじさん、いやヒロシさん!」


「さて、名残惜しいが客が来る前に俺は退散させてもらうぜ」


「えー……って、そうでした。ヒロシさんがここにいちゃマズイですもんね」


「それじゃシルメリア、レオのことは頼んだぜ」


「えぇ。ところで連絡はどうするの?」


「レオを通そう。俺は普段マクシムスの鍛冶屋に出入りしている。そこならレオと接しても怪しまれない。急に習慣を変えると感づかれるからな」


「わかったわ。進展があり次第、レオを通して伝える。それでいいわね」


「よし。じゃ、俺はとっとと帰るわ」


「レオ、またねー!」


「うん。メアリさんもありがとうございました!」


 レオは転移門(ゲート)に消えるヒロシとメアリの二人に手を振る。

 しかしここで彼の心のうちに一抹の不安がよぎった。


(俺を通して、ワールド1位のPKと、最大手のPKKギルドのリーダーが連絡取り合うのか。それってなんか……すごいことになってない?)




補足です。昨今のMMOではトラブル対策の一環でアイテムを直に置くことができなくなっていますので、腐る、消える、などは過去のものになっています。

しかしここはHOF。アイテムを自由におくことができ、テーブルや椅子を並べて町中に屋台街や酒場を作ったり……なんてことも出来ます。荒らしが来たりドロボウがやってきたりもしますが、そのたびに強かなプレイヤーによって作り直されます。


※腐る・消える:HOFではサーバー負荷軽減のために、地面に置かれたアイテムやモンスターの死体は一定時間経過後にサーバー上から消滅する。このことをプレイヤーはアイテムが腐る、死体が腐って消える、などと呼ぶ。デスポーンとも

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