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第九話 アフターケア

 ――ガラガラ……どんっ!


 戦いの終わりは、勝利の歓声ではなく、むせかえるような焦げ臭さと崩れる屋根の音で告げられた。ホワイト・ジャッジメントをなんとか撃退したものの、「レオの鍛冶屋」は無残な姿を晒している。


 屋根には無数の矢が突き刺さり、窓ガラスは粉々に砕け、窓枠は吹き飛んでいる。壁も焼きすぎたトーストのように焦げ上がり、つい先日まで大草原に佇む小さな家だったはずの店は、まるでホラー映画に出てくる廃墟と化していた。


 タイルの破片を乗せた金床の後ろから、埃まみれになったレオが這い出す。

 彼の革手袋の中には、ギュッと強く握りしめられたハンマーがある。

 怒りに燃える鍛冶屋は金槌を振りあげ、目を血走らせて周囲を見回した。


「こんにゃろ! 誰がこの惨状を弁償すんだ!」


 怒りでぷりぷり震える声が、まだ熱の冷めやらぬ戦場にこだまする。


 壁に魔法をぶち当てたメイランは背中を向けて知らんぷり、屋根をハリネズミにしたクロウは仲間と指を指し合っている。


 ふーふーと鼻息を荒くするレオ。

 彼の視線は、泥にまみれ尻をシルメリアに抑え込まれたニールに突き刺さった。


「レオ、一応この襲撃の首謀者ってことで……こいつに請求するか?」


 シルメリアが肩にかついでいたレイピアをニールの背中に向け、一瞥をくれる。

 特定の業界によってはご褒美かもしれない。と思ったレオはかぶりをふった。


「そうだな……よし、ニールとか言ったな。お前がリーダーなら、PKKのみんなを代表して弁償しろ。もし断るなら……身ぐるみ引っ剥がす!」


 しゃらん、と音を立てて青白く光るレイピアの先がニールの頬を叩く。

 ひっ、と声を上げ、ニールはさらに体をちじこめた。


 そこにはもう、正義の味方も、弱き者の盾もいなかった。ただ、これからの出来事に怯えるだけの子供だけがいた。


「わかった、払うから、装備のロストだけは許して……」


 そう言ってニールはマントを留める肩の部分についた銀色のバッジに目をやる。

 レオにはさっぱりだが、彼にとっては意味あるものらしい。


「わかった。なら……」


(ひそひそ、シルメリアさん、家の修理費っていくらくらい?)

(まぁ……スモールハウスであのザマなら……こんくらいじゃない?)

(あ、そんなもんなんだ。意外と良心的)

(罰としちゃ物足らないね。ともかく払ってもらいな)

(はーいっ)


「ほいっ、請求書!」


 レオはシステムウィンドウのメモ帳に金額を書き、ニールに突きつける。

 泥に塗れた騎士は汚れた顔を上げ、卑屈な笑みを浮かべたニールは、レオの前にウィンドウを開き、交易(トレード)ウインドウを開いて数字通りのゴールドを送った。


「よーし! これで貸し借りなしだ」


「へへ、ありがとう……助けてくれて」


 レオに対し、薄ら笑いを向ける正義の騎士。これで助かったと言わんばかりの態度に、シルメリアの表情がいっそう険しくなった。


(……仲間に対してなんとも思わないのか、こいつは)


 静かに、吐き捨てるように呟き、嫌悪感を隠さない。彼女はニールを除くPKKメンバーの装備を剥ぎ取り、彼だけを五体満足で解放するよう命じた。


「シル姐さん、軍馬はどうします? 結構イイやつですよ?」


「手を付けるな。ニールは五体満足で返してやれ」


 レオは「ん?」と眉をひそめる。戦いの最中のシルメリアは、まったく容赦というものを知らなかった。それが少し引っかかったのだ。


「助けるって約束したのはこっちだけど、いいの? ちょっと無傷すぎない?」


 だが、シルメリアはレオの問いを鼻で笑った。

 これには彼女なりの意図があったのだ。


「良いのさ。他の仲間が全員ボロボロになって装備を失ったのに、あいつ1人が交渉して無事で帰った。あんな姿で帰れば、自分の物惜しさにプライドを捨てたって仲間から疑われる。PKKギルドでの立場は完全になくなるね」


「あっ、なるほど。えげつねぇ……」


 PKギルドのリーダーとしての経験が、彼女に意趣返しの妙案を授けていた。ニールは屈辱に震えつつ、ヨロヨロと立ち上がり、軍馬に跨って去っていった。


 レオは小さくなっていくニールの背中を見て、溜息まじりに呟いた。


「どうせまた来るんだろーなー」


 根拠はないが、確信に近い予感だった。


 しばらくして戦場が静まり返ると、戦利品を回収し終えたPKたちが各々の家に帰ろうという雰囲気をかもし出し始めていた。焦げた壁にもたれかかって、ぼーっとあたりを眺めていたレオは、そこでハッとなった。


「あっ、忘れるとこだった。メイラン! クロウ! リリィ! こっち来て!」


 彼が呼びかけたのは、以前レオに武器の修理を頼んだことのある3人――タンクメイジのメイラン、毒アーチャーのクロウ、純戦士のリリィだ。


 レオが呼びかけると、なんだなんだといった風に三人が店の軒先に集まってくる。

 作業台を彼らの前に寄せると、レオは三つの武具をどん、と置いた。


「おっ、何だコレ! ワシにくれるのか?!」

「ケヒャ! メイラン、そんな訳無いでしょう。彼だって商売です……」

「ねーねー! これなーにー?」


「えーっと、商品サンプルみたいなもの……かな? シルメリアから引っ越し祝いにもらったレア素材で作ったんだ」


 まずレオはメイランに「エーテルスーツ」を渡した。ダメージを受けるとMPが回復するこの鎧は、彼がタンクメイジとして前線で盾役をしているであろうことから着想した攻防一体の防具だ。


 メイランは未来的な彫像のような鎧を手に取ると、その繊細さに顔を引きつらせた。そして鎧を恐る恐る身につけた彼は、即座にその性能に気づいて目を輝かせた。


「ハッハッハ! そういうことか! どうして誰も気づかなんだな!」


「多分、これを使いこなせるのは一般プレイヤーにはいないからですね」


「うむ! だろうな!」


「えー?」


 豪快に笑ったメイランは「マジックバリア」を唱えて全身を金色の膜で包みこんだ。そしてこっちこっちとリリィに指で合図した。


「リリィ、打ち込んでみろ!」


「うん、わかった!」


 激しく回転する回転ノコギリがメイランのバリアを切り裂こうとする。だが、メイランはヒビの入ったバリアを何度も張り替えてリリィの猛攻をしのぎ切る。


「メイラン、いつもよりカチコチー!?」


「うむ! MP回復がバッチリ効いておるわ!」


この鎧はダメージを受けることでMPを回復しますが、逆にダメージを受けないとまったくMPを回復できません。でも……」


「うむ! PKは一般プレイヤーと異なり、フレンドリーファイアが可能だ!」


「そのとおりです。PKなら攻撃してくれる仲間さえいれば回復できます。攻撃フラグが立って犯罪者になりますが、最初から犯罪者のPKには関係ない」


「ウシシ! なるほど。そういうギミックですか……考えましたね」


「天才のそれだな!!」


「いやいや、ただ偶然が上手いこと重なっただけですよ」


 次に毒アーチャーのクロウが『アビスウォーカー』を受け取った。アビスウォーカーはルーンの名前をそのまま借用した投げナイフカテゴリの武器だ。

 黒紫色に怪しく光るチャクラムで、投げると一時的に姿を消してまた現れる。


「このチャクラムは、武器のダメージを犠牲にしたかわりに射程と精度を強化してます。ちょっと使ってみてください」


「ヒャッハー! ではお借りしますね」


 うやうやしくチャクラムをトレードで受け取ったクロウは、繊細な指先で薄いリングを挟み、店の前にあった木に向かって優雅に放った。星くずのような弱々しい光を放ちながら飛ぶチャクラムはフッと姿を消し、数拍置いて木に突き刺さった形で姿を表した。


「これは……こんな武器は初めて見ました」


「これはアビスマイトが持つ固有ルーン『深淵渡り(アビス・ウォーカー)』の効果です。投げたあと、少しの間姿を消します。奇襲にもってこいでしょ?」


「ありがとうございます。このナイフ、私の力にさせていただきます」


 最後に、リリィが『メルトストーン』を手に持つ。自己鍛造刃で武器を強化し、さらに耐久力を回復するアタッチメントだ。これは彼女の武器があまりにもボロボロだったことをレオが覚えていたから作ったものだ。


 リリィは赤く燃え、脈動するメルトストーンを愛用のピザカッターに取り付けた。するとメルトストーンはたちまちブレードを赤熱させ、火花をあげ始めた。サメのような鋸歯がならんだ回転ノコギリが赫々と太陽のように輝き、唸りをあげる。


「すっごーい! 大事にするね!」


「うぅむ、こりゃすごい。次からのスパーリングが不安になって来たぞ」


「メイランで耐えきれなかったら、他の誰も耐えられませんよ……」


「はは、気に入ってくれりゃ、それでいいよ」


 レオは三人に褒められるたび、照れくさそうに頭をかいた。だが、内心では熱いものが込み上げてきていた。三人が自分が作った武器を誇らしげに掲げ、目を輝かせている。作り手として、悪い気がするはずがない。「レオの鍛治屋」を開いてから、初めて自信と実感が彼の胸を満たした瞬間だった。


 メイランたちが「たった一回の修理の話で、ここまで作り上げるなんて」と口々に驚く姿に、彼の鍛冶屋としての誇りが静かに芽生えていた。


「ふー……うぉい?!!」


「「「じーーーーーー」」」


 メイランたちに装備を引き渡したレオが、ふと回りを見回す。すると彼をたくさんのPKに完全に包囲されていた。ボロボロの中古装備に身を包んだ彼らは、レオを見て口々に叫びだした。


「おい、メイランばっかずるいぞ!」

「俺にもなんか作ってくれよ、レオ!」

「ちょっよ、私の弓だって強化してほしい!」


 と、子供っぽい不平が次々に飛び交う。槍を持った大男が「俺の槍を最強にしろ!」と詰め寄り、魔術師が「杖を格好良くして!」と割り込み、しまいには誰かが「俺の兜を光らせてくれ!」と無茶を言い出す。


 レオの店の軒先は、別の意味で殺気立ったPKにすっかり取り囲まれていた。


「お、おい! 落ち着けって! 一人ずつだ!」


 レオはふーっと息を整え、金床の上に腰掛けて、腕を組む。

 金床に隠れていたさっきまでのレオとはうってかわって、プロの職人らしい頼もしい雰囲気を身にまとっていた。


「よーし、順番に聞くから、何が必要か言ってみてくれ」


「槍の威力が足らん! もっと威力が必要だ!」


「なるほど。でも、威力を上げるばっかりが能じゃないぞ。お前の槍、クリティカルと攻撃にプラスが付いてるけど、防御貫通がないじゃないか。こういうのは期待値を計算してだな……」


 そういってレオはアプリの電卓を開いて、計算を始めて大男に見せる。


「どんぶり勘定でもいいけど、こうやって計算すれば、防御貫通は中途半端なクリティカルアップよりメリットが大きいのがわかるだろ?」


「なるほど! 頭いいなお前! それで頼む!」


「なぁレオ。ユーザーレシピの杖ってどれも格好悪くて……デザインをもっと格好いいのにしたいんだ。なんだっけ、あの、みゅ、なんとかってポスターの……すっごい飾りがいっぱいついてる……」


「ミュシャ? もしかして、アルフォンス・ミュシャのことか?」


「そう、それそれ! ああいう感じにしたいんだ!」


「ちょっと待ってくれよ……生成AIでラフを作ってみるから。ちょっとレタッチして……うん、こんな感じでどうだ?」


「おお、そうそう! こういうのがほしいんだよ!」


「イチからモデリングすると結構高くつくけど……これでどうだ?」


「う――――ん……いや、オッケーだ、やってくれ! あんたのセンスを信じる!」


「次は俺だ! 俺の兜を光らせてくれ!」


「エフェクトを自作すれば出来ないことはないけど……自分も眩しくなるよ」


「それでも構わん!! 俺は目立てれば良い!!」


「それならサンプルのエフェクトをいくつか出すから、見てくれます?」


「おう!」


「レオってこいつ、すげぇ真剣だな……」

「棚のアイテム見たか? 腕前も普通じゃねぇよ。ガチですげぇ」

「こんなの今までパクってきた装備のなかでも見たことないぞ」


「よし、こいつが良い! 無理言ってすまねぇなレオ! これで輝けるぜ!」


「いえ、お客さんあっての鍛冶屋ですから。今後ともご贔屓に」


 次から次に現れるPKたちの熱気にあてられたのか、レオは鍛治屋としての情熱に再び火が入ったような気がしていた。肝心の店はすっかり廃墟と化しているが、彼らの笑い声が響き、活き活きとした、新たな絆が生まれていた。


「これくれ!」

「ちょっと待て、先に掴んだのは俺んだぞ!」

「あんだと?」

「あ? やるか?」

「喧嘩しないで! 今作るから2人分つくるから!」

「レオがいうなら……」

「しゃーねーな。新しい方は俺な?」

「は? 俺だろ?」

「ケンカすんな!! 売ってやんねぇぞ!!」

「「はい!!」」


 一方その頃、遠くの平原を軍馬に跨って進むニールは、泥にまみれた白銀の胸当てを何度も叩いていた。仲間から奪われた装備、自分の無能すぎる姿――それが頭を離れない。彼の理想。白銀の正義に泥がついた。それが何よりも許しがたかった。


「あいつら……必ず潰してやる。俺の正義を汚した罪、絶対に払わせる」


 騎士は虚空に向かって呪いの言葉を吐いた。

 恥辱に震える手が拳を握る。彼の瞳に宿るのは燃え盛る復讐の炎だった。



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