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第八話 プレイヤーキリング

 店の周囲を埋め尽くすホワイトジャッジメント(WJ)の白装束たちが一斉に動いた。馬上の騎士たちが槍を構え、地面を震わせる蹄の音が響き渡る。


 スキル「ランスチャージ」――騎乗時に発動する突撃技が、無数の槍の切っ先をシルメリアへと向けた。このスキルは相手をダウンさせるCC(Crowd Control)効果を持ち、1秒間の間、スキルがヒットした相手の動きを完全に封じる。


 たったの1秒で何ができるのか? 新規プレイヤーなら誰もがそう思うだろう。

 だが、PvPプレイヤーにとってその1秒は、千粒の砂の中に輝く黄金の一粒だ。


 槍が刺さった刹那に連携を叩き込めば、反撃する間もなく倒せる。

 ホワイト・ジャッジメントのPKKは、この1秒を起点にスキルを繋ぎ、敵を一切動かさず完封する「CCチェイン」という戦術を採用していた。


 先手を取り、仲間と協力してCCの効果時間を重ね、相手(PK)を一切動かさずに完封する。それが彼らの戦い方だった。


 PKKとはいえ、彼らはあくまでもゲームを遊ぶ一般人だ。当然、人によって腕や装備のばらつきが激しい。純粋なプレイヤー技能(スキル)・キャラ性能を競う真っ向勝負でPKに勝つのは難しい。だからこそのCCチェインだ。


 いくら強くても、動けなくすれば関係ない。

 例え相手がワールド1位のPKであろうとも、何もできなければ死ぬだけだ。


 「叩き伏せろ!」ニールが剣を振り上げ、叫んだ。槍の切っ先がシルメリアの黒と赤の甲冑に迫り、鋭い風が彼女の銀髪を揺らす。


 甲冑の暗色が白銀の切っ先に重なった。

 が、ランスは彼女を捉えられず、その姿はふっと背景に溶けた。


 ――「ハイド」。隠密スキルに長じた忍者系のスキルだ。シルメリアは槍を受ける寸前で姿を隠し、勢い余った槍が店の看板を突き破り、窓ガラスを粉々に砕いた。


「のぉぉぉぉぉん!!!!????」


 一人のPKKが馬を抑えきれず壁にぶつかり、悲鳴を上げた。壁の漆喰が剥がれ、パラパラと落ちる。看板はランスに叩かれて木っ端微塵に飛び散り、ガラスを失った窓枠が騎士の肩に押されて店の中に落ちていった。大惨事である。


「お前ら、俺の店に何してくれてんのぉ?!!!」


 悲痛な叫びを上げるが、レオの声は戦場の喧騒にかき消された。


 突出した騎士たちはシルメリアを見失って右往左往を始める。彼らの間で不可視の影が揺れ――次の瞬間、風が止まり、後衛の魔術師の背後に白刃が現れた。


 青白く光る切っ先が空間を裂き、瞬きも許さない間に姿を消す。


 ニールの隣りにいたメイジがどさり、と馬から崩れ落ちた。

 喉元を貫かれた彼の白いローブが血に染まり、仲間たちの間に動揺が走る。

 経験浅き指揮官は自分の役目も忘れ、ただうろたえた。


「な、いつの間に?!」


 シルメリアが使っているビルドは、「忍者」と「ソードマスター」のハイブリッド、通称「忍剣」と言われる奇襲特化型だ。


 姿を消して闇討ちし、敵を仕留めるその姿はPKそのもの。しかし忍剣は扱いが難しい上に高価な装備が必須なので、このビルドを選ぶPKは意外と少ない。


 その理由は忍剣のコアスキルにある。ハイドで隠れて奇襲を仕掛け、再び姿を消す。このサイクルを繰り返すには、確実にキルを決める必要があった。


 なぜか? ソードマスターには「グリムリーパー」というスキルがあり、効果中に敵を倒すとスキルのクールタイムがリセットされる。このリセットがないと、ハイドが使えず無防備になってしまうのだ。


 高価な装備が必須なのはこのためだ。

 武器が貧弱では火力が足りず、キルが取れなければ一発屋で終わる。


 ではもし、忍剣が最高の剣を手に入れたなら?

 誰もシルメリアを止めることはできない。

 彼女の「|The Legendary Murderer《ワールド1位の殺人鬼》」の称号は、忍剣を極めた証でもあった。


「後衛を守れ!」


 ニールが馬を旋回させ、焦った声で叫んだ。

 だが、遅い。シルメリアは影から影へ飛び移り、魔術師を次々と仕留める。


 白装束を赤く染め、騎手を失った馬だけが増えていく。

 みるみるうちに後衛が崩れていくが、突出した騎士たちは何もできない。

 カカシのように突っ立っているだけだ。

 ワールド1位の殺人鬼は、たった一人で戦場を支配していた。


(っと、今のうちに避難しよう)


 レオは作業台に駆け寄り、台の上に置きっぱなしだった3つの武具を回収した。

 鎧、チャクラム、アタッチメント、それら戦場の埃を被ったアイテムを自身のインベントリにしまいこむと、金床の後ろに身を隠した。


(頼む、はやく終わってくれ……!)


 その時、店の裏手で重厚なゲートの開く音が轟いた。

 ブラッディ・ベンジェンスの援軍が現れたのだ。


 思い思いの装備に身を包んだ戦士たちが咆哮を上げて突進し、魔法を帯びた杖が空を切り裂く。モビルスーツのような格好をしたメイランが「ダークフレア」を放ち、螺旋状に渦巻く闇の炎が白装束の騎士を薙ぎ払う――


 が、騎士を貫通してなおも進む紫色の炎が店の壁にブチ当たった。童話に出てきそうな可愛らしい家の壁が焦げ、ホラー映画のような無惨な有り様になる。


「ぎぇぇぇ! ちゃんと狙ってぇぇぇ?!」


 金床の後ろに隠れていたレオが顔を上げて叫んだ。

 店の辺りでは木の焦げる臭いと闇魔法のオゾン臭が鼻をつく。

 これ以上店に当てないでくれ。レオは祈るように金床に額を押し付けた。


 クロウが仲間の弓手とクロスボウの先を天に向け、太矢を放つ。黒い雨となったでたらめ矢は散開していた騎士を制圧し、その甲冑を貫いた。


 だが、騎士に当たらなかった矢は屋根に突き刺さり、剥がれた木のタイルがガラガラと地面に向かって崩れ落ちる。


 タイルは店の軒先に隠れていたレオの頭上にも降り注ぐ。金床の上にタイルが落ち、剥がれた塗料が粉塵となって彼の顔に降りかかった。


「もうイヤ!! あたい帰る!! ここ家!! 無理!!」


 店が受けたダメージは深刻だ。

 ショックにより、レオの語彙と知能は著しく幼稚化していた。


 魔術師とアーチャーの援護の元、白兵戦を主体にするPKが接近に成功する。

 ピザカッターと手にしたリリイが店の軒下を駆け抜け、回転する巨大斧で白装束の騎士を取り押さえ、回転する鋸歯で生きながらにして削り取る。火花に鮮血がまじり、悲鳴が上がるが、唸りを上げるカッターの駆動音にかき消された。


「不甲斐ない奴らめ! こんなはずじゃ……!」


 ニールが言い訳がましく毒づく。

 魔法が地面を焦がし、残響が店の柱を震わせる。戦場は混沌のるつぼと化しているが、ブラッディ・ベンジェンスの猛攻がPKKを圧倒しているのは明らかだった。


「クソ……! 撤退だ! 撤退!!」


 ニールが手綱を引いたが、その目はシルメリアに弾かれた剣を探している。彼は全滅の危機にある仲間よりも、自分の剣を持ち帰ることを優先していた。


 ここで彼はレオとの舌戦に続き、二度目の失敗を犯していた。すぐにブリトンに向かって走ればよかったものを、ためらいがちに戦場に残ってしまった。


 シルメリアのレイピアが馬の影から伸び、軍馬のたくましい足を(かす)める。

 馬はいなないて立ち上がり、剣を探して前のめりになっていたニールはたまらず地面に叩き落された。白銀の鎧が泥にまみれ、情けない悲鳴があがる。


「ひ!」


 シルメリアが鉄靴の(ヒール)で彼の尻を押さえ、レイピアの刃を肩に担ぐ。

 その美しい切っ先は刃こぼれはおろか、血の一滴すらついていなかった。


「さーて、こいつはどうしたもんかね?」


「ま、待て! 俺たちはPKKだけど、お前たちを狩りにきたわけじゃ……」


「同じだよ。レオはもうウチの身内だ。こいつに手をあげるってことは、ウチ、ブラッディ・ベンジェンスに突っかかってくるのと同じことだよ」


「そんな……」


 彼女の笑みには周囲の空気を歪めそうなほどの強い殺気が含まれている。

 店の周囲ではリリィたち白兵戦チームが仕上げにかかり、逃げる白装束を蹂躙し続けていた。もはやPKK側に勝利の目は無い。


 レオは金床の後ろから顔を出し、焦げた壁と落ちたタイルを指さした。


「あと店!! お前らのせいでぶっ壊れたんだから、修理費くらい出せよ!

  俺の店、ボロボロじゃねえか!」


 シルメリアはレイピアで肩を叩き、苦笑を浮かべた。二人の奇妙な絆が深まる中、炉の中では次なる火種が燻り続けていた。



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