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第七話 白銀の正義

「えっと……なんだって?」


 店の周囲を白ずくめの装備に身を包み、馬に乗った十数人のプレイヤーが取り囲んでいる。騎士の重厚な鎧、魔道士の長いローブ――前衛と後衛の役割が揃った、明らかに訓練された戦闘集団だ。戦闘技術に疎い鍛冶屋のレオでも、その統率された動きから、彼らが只者でないことは一目で分かった。


「急にやってきて、言うことが『武具を寄越せ』? あんた達は何なんだ?」


 レオは騎士に向けて、手に握ったグローブを振り上げた。馬上から彼を見下す騎士の肩にはマントを留める銀色のバッジが輝いている。背筋を伸ばした威厳ある姿勢といい。彼がこの集団のリーダーなのは間違いないだろう。


 馬の鞍に手を置き、男はレオの店を見下げるように視線を放る。騎士の傍らには、ローブの裾をまくったメイジが静かに控えていた。


 白装束のメンバーたちが無言で動き、ランスや剣といった武器を構える。

 彼らはまるで店の周囲を封じ込めるかのように陣形を整えていた。


 馬上の男が兜の面をあげる。鉄の板の向こうから現れたのは、若い男の顔――

 いや、少年と言ってもいいかもしれない、初々しさの残る色白の顔だった。


 彼は剣の鞘を軽く叩きながら口を開いた。その声は落ち着いて優しさすら感じるものだったが、選ばれた言葉は威圧的な響きを帯びていた。


「私は『ホワイト・ジャッジメント』のパラディン・ニールだ。我々はこのハート・オブ・フロンティアに秩序と正義をもたらさんとしている」


「ホワイト・ジャッジメント? あの有名なPKKギルドの?」


 レオの反応を耳にしたニールは、そのあどけない顔に満足げな笑みを浮かべる。

 ふん、と鼻を鳴らし、肩に輝く銀色のバッジに手をやった。


「鍛冶屋レオ。お前の店の存在はゲーム内掲示板を通して我々の耳に届いている。無論、その評判もな。お前はPKギルドに手を貸しているのだろう」


「そりゃ……お客さんだからね?」


「フッ、《片手に落ちる》とはこのことだな。その武具が犠牲者の血で汚れる前に正義の手に委ねられるべきだ。我々に渡せ。それがこの世界の理に適う」


(片手に落ちる? ……あ、「語るに落ちる」ね。見た目通り子供なのか?)


 レオはもう一度ニールの姿を見た。


 彼は馬上で胸を張り、あたかも自分が法そのものであるかのように振る舞っている。ニールの態度には、自分たちの意見が拒まれることなど想像もしていない傲慢さが滲んでいた。これまで一般プレイヤーから異を唱えられた経験がほとんどないのだろう、とレオは直感的に悟った。


(なんでうちに来る連中は、こんなのばっかりなんだ……!?)


「我々は人々を助け、悪を正す者だ。おおかたその武具はPKから受け取った素材で作ったものだろう。ドラゴンハートは古代竜アロンダイトからのドロップ。アビスマイトもミスライトもそれぞれ強大なボスを倒さねば手に入らない。お前のような鍛冶屋ごときが目にできるものではない。(けが)れた出どころのものだ」


「鍛冶屋ごときって……あのな、俺とお前は初対面だ。初対面ならそれなりにお互い言い方ってもんがあると思わないか?」


「フン。PKを助ける者が敬意を受けられるとでも?」


(……イラッと来るな! でも大体わかったぞ。こいつ、子供っぽい正義感で突っ走るタイプだ。)


シルメリアも尊大な態度をとるが、彼女は人間として、一人の鍛冶屋としてレオを認めていた。だが目の前の白銀の騎士、ニールは違う。彼はレオのことを彼の冒険に登場するチョイ役、NPCぐらいにしか思っていないようだ。


 レオは腕を組み、馬上のニールを冷ややかに見上げる。どうやら彼の中で方針が決まった。レオは背中に手を回して、煌々と燃え盛る炉の前に立つ。炉の熱を背に感じながら、レオは一歩も引かずに立ち続けた。


 レオは炉の熱を背に静かにニールを睨み返し、背後に回した指先を素早く動かす。炉の光がチラつく影に紛れ、彼はブラッディ・ベンジェンスのチャットルームにアクセスした。だが、メッセージは送れない。部屋に入っただけだ。


(これは賭けだ。けど――シルメリアなら、異変を察してくれるはずだ。)


「……悪いが渡せないな」


「何だとッ!?」


「俺の作った武具だ。誰に渡すかは俺が決める。」


 ニールが顔をしかめ、馬の手綱を握る手に力がこもった。一般プレイヤー、それもただの鍛治屋が反論するなど、考えもしなかった様子だった。


「その武具の素材は、PKが善良な人々から奪ったものだぞ!」


「その根拠、どこにあんだよ?」


「ふん! PKがプレイヤーから奪ったものだからだ!」


「あのな、この素材はPKからもらった物だけど、彼らは運営の裁きから逃れた悪党どもを相手にしてる。お前は悪党がどこで素材を手に入れたか知ってるのか?」


「う……悪党だから善良なプレイヤーに決まってる!」


「それは決めつけっていうんだ。そもそもの話、これってPKがやってるカツアゲと同じだろ? 俺から武具を取り上げる権利がお前たちにあるのか?」


「――権利はある!! 我々はホワイトジャッジメントだぞ!」


 ニールの断言に周囲の白装束がざわつく。「どうだ、言ってやったぞ」と、誇らしげな表情の彼の背後を見たレオは、顔を覆いたくなった。


(うーわ。周りの人ら、ちょっとドン引きしてるじゃん)


 騎手たちの顔に「え、ガチで言ってるの?」と、動揺の色が浮かんでいる。


 PKのカツアゲと同じことをやっているとレオにいわれて、ニールはホワイト・ジャッジメントにその権利があると言い切ってしまった。


 これは明らかに失言だ。根拠になってないばかりか、PKとホワイトジャッジメントを同列に並べさせてしまう。


 仲間たちは疑問を感じている。だが、後ろが見えないニールは、仲間のざわめきを自分に対する尊敬の声だと思っているようだ。


(これはもしかしたら……うん。《引っかけ》にかかるかもな)


「たしかにそうかもしれないが、シルメリアから引っ越し祝いとして譲り受けたら、そこで俺の物だ。俺が受け取った時点で、それは俺の所有物だろ」


「ふざけるな! PKが血と略奪で手に入れた物は汚れている。それを使えば、PKと同じ罪を犯したも同然だ!!!!」


 レオはしたり、と笑みを浮かべた。

 罠にかかった狐を見るような視線を彼はニールに向ける。


 実際、彼がニールに伝えた論理は穴だらけだ。

 ――しかし、獲物は罠にかかった。


「PKと同じ罪ね。なら、お前たちホワイト・ジャッジメントはどうなんだ?」


 手を後ろに回したままのレオは一歩前に出て、ニールを真っ直ぐ見据えた。


「PKを狩って奪ったアイテム、ちゃんとプレイヤーに返してるのか? まさか懐に入れるなんてしてないよなぁ? 正義の味方なんだし」


「…………ッ!」


「お前らがPKから奪った装備や素材だって血にまみれてる。それを平気で使ったり売ったりしてるのに、俺が使うのは罪? その正義、都合良すぎないか?」


 ニールの顔が一瞬凍りつき、手綱を掴んでいる手が微かに震えていた。

 どうやらレオの言ったことは図星らしい。

 白銀の騎士の顔は、動揺の色を隠しきれていない。

 彼を囲む白装束の仲間たちからも息を呑む音があがっている。


「き、貴様! 屁理屈で正義を愚弄(ぐろう)するか! 我々は弱き者を守る盾だ。お前のような者に正義を語る資格はない!」


「そういうの※ダブスタっていうんだぞ。お前たちの正義は『俺たちがPKKだから正しい』ってだけの薄っぺらいもんだ。シルメリアはPKでも信念で動いてる。お前たちの正義はただのママゴトだ」


※ダブルスタンダード:ルールは誰にでも等しくあるべきなのに、仲間内だけルールを緩めたり、外部の者や気に入らない者にはより厳しいルールを強いること。


「黙れッ! これが最後の警告だ! 武具を渡せ!!」


 ニールが剣を抜き、白刃が夕陽にきらめいた。自信満々だった態度が崩れ、怒りと屈辱で白銀の兜の中の顔は真っ赤に染まっている。店の周囲のメンバーたちも武器を構え、緊張が一気に高まった。レオは動じず、ただ静かに騎士を睨み返した。


「いやだね」


 ニールが手綱を引いて馬を進め、蹄が地面を叩いた。

 レオとの距離が縮まり、剣を高く振りかぶる。


「正義の一撃を食らえ!」


 大仰な叫びとともに剣が振り下ろされ、鋼が風を切る音が(はし)る。

 炉の火がパチッと爆ぜ、白装束の仲間たちが息を呑んだ。


「――キィン!」


 金属が激しくぶつかり合う音が響き、ニールの剣が宙で止まった。

 針のように鋭い細剣(レイピア)の切っ先が、分厚い刃を受け止めていた。


 体のシルエットを浮き上がらせる黒と赤の甲冑に身を包んだシルメリアが、無音で現れていた。彼女の甲冑の足音が遅れて響き、長い銀髪が風を切る。


 『ブラッディ・ベンジェンス』のリーダー、ワールド一位のPK。

 伝説の殺戮者。その冷たい眼光がニールを射貫き、場全体が凍りついた。


「ハッ、気の抜けた正義だこと。」


 彼女の声は静かだが、背後に漂う殺気は軍馬さえひるませた。


 シルメリアはレイピアを手の内で返し、ニールの剣をいとも容易く弾く。レイピアの何倍もの厚みがあるはずの長剣は軽々と回り、芝生の上に突き刺さった。


 細剣を返した時に腕をひねられたニールはうめき、手首の根本を押さえる。無様に剣を失った騎士に向かって、彼女は怒気をぶつけた。


「まさかと思うけど、うちの縄張りから無事に帰れると思ってないよね」


「お前は――殺人鬼シルメリア!! やはりこの鍛冶屋!!」


 鎧が擦れ、武器が風を切る音が不出来な指揮者のもとで重なる。物々しい音が静まると、無数の槍と杖の先がシルメリアとレオのもとに向いていた。


(うん……まぁそうなるよね)


「レオ、ちょうどいい機会だから答えを聞こうか」


「……今? いや、今しかないですよね」


「あぁ。どうする」


「今後ともご贔屓(ひいき)に」


「よしきた。お隣さんのよしみで、後は面倒見てやるよ」


 シルメリアは銀髪を(ひるがえ)し、細剣を水平に構えた。白銀の正義を掲げる騎士たちは号令のもと、生ける伝説、宵闇に向かって突撃を開始した――


(あ、ちょ! ここでやるな! ここ、俺の店ぇぇぇ!!!)





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