旅に立つ
小国五つが連なる島。その西側の山間部に位置する国―ディエニ。
そんなディエニの小さな町で素材屋を営む竜族の女は、客足が遠のく昼過ぎに店を空けて、隣の肉屋で買い物をしに出ていた。
「そう言えば聞いたよライラ。あの子、旅に出るんだってな」
カウンター前にずらっと並べられた多種の肉。着る白い半袖シャツがはち切れそうなほどの筋肉をした大男が、口を動かしながら、その中から注文された肉を袋詰めしていた。
「一年位帰ってこないらしいじゃねえか。今朝、買い物ついでに挨拶してってくれたよ」
「そうか」とライラは呟くどうでもいいようにつぶやく。
「寂しくなるなあ、まったく。あの子、来る度干し肉買っていってくれて。いつも“おいしかったです”って笑顔で言ってくれてなあ…。やっぱりお前も寂しいんじゃねか?」
「どうだろうな」
「正直になれよ。小さい頃から面倒見て来たんだろ?」
「まあな」
「まあなって。一人暮らしの時とは違って、会えなくなるんだぜ」
「そうだな」
並ぶ肉の中一点を見つめて、ライラの口から出る言葉は淡々としていた。
その姿を見て、肉屋は微笑みながら最後に一つ大きな骨付き肉を紙袋に詰めた。
「まあ、あの子も大きくなったことだし。どんなことがあっても大丈夫だろうけどな」
「お待たせしました」と肉屋はライラに商品を渡した。
受け取ってライラは、その赤い瞳でじっとその中身を見た。
「おい、これは頼んでないぞ。ぼったくりか?」
「サービスだ」
「サービス?」
細く整った眉をひそめるライラに、肉屋は優しく微笑んだ。
「あの子の門出祝いさ。お前も早く子離れするこったな」
肉屋は「ガハハ」と口を大きく開けて豪快に笑った。
「余計なお世話だ」
吐き捨てるようにそう言い残すと、ライラは体を翻した。
「ありがとうございました」
体に合っていない前掛けにしわを作りながら腕組みして、肉屋は、まばらな往来にまぎれていく赤茶髪の背中を見送った。
ライラは片手だけ挙げて返事をした。
「どうせあいつら今頃いつも通り変な言い合いしてんだろうな」
そう言いながらライラは空を軽く仰ぎ見た。
真っ青な空からは眩い程の陽光が降り注いでいた―。