リブラへようこそ(3)
男は「そうですか」と言うと、手に持った椅子をカウンターの前に置いた。
「どうぞ、こちらに座ってください」
「すみません。ありがとうございます」
並ぶ商品の間を抜け、奥にあるカウンターまで進むリオネ達。
「紅茶とコーヒーどちらがいいですか?」
「そしたら、紅茶を頂いてもいいですか?」
リオネ達は椅子に座ると控えめにそう言った。男はそれに黙って首肯すると、また奥の部屋へと入っていった。
ザーザーと雨音が響く中、二人(一人)がぼうっと武器を眺めて待っていると、しばらくして男が銀色のカップを二つ手に持って戻って来た。
「お待たせしました」
コトリとカウンターの上に置かれたカップからはふんわり湯気が立ち昇り、冷ややかな店の一部に温もりが立ち込めた。
「いただきます」と一口飲むリオネ達に合わせて、男もゆっくりカップを傾ける。
「リブラは初めてですか?」
カップを置いて静かに男は尋ねた。
「いえ、一応小さい頃に何度か来たことはあるんですけど‥‥」
リオネの言葉に、男はカップの中へと視線を落とした。そして、一瞬間を置いて、
「ああ、なるほど。それで慣れていないわけだ」
と、そう言って男は笑った。
入り口の横に置いた傘をするり雫が滑り落ちて床に染みていく——。
「ここ十年でこの街‥‥いや都市も随分活気づきましたからね。かくゆう私もまだこの街に馴染めてないんですが」
男はそう言って、また温かい紅茶をごくりと飲んだ。
「‥‥それでかぁ——。うっすらとした記憶では、あんなにたくさん人はいなかった気がしてたので」
「ええ」と男は頷くと、ぼんやり壁に掛かった一本の剣を眺めた。そこには、刃渡り七十センチ程の刃が真っすぐ天井を貫くように、美しい銀色をして飾られていた。
リオネ達もその視線に釣られてかそちらを見ると、男は静かに口を開いた。
「色々と変わったんですよ」
立ち昇る湯気は、男の溜め息に乱された‥‥。
リオネ達はすっと、男の方へ視線を戻した。
「ここは、武器屋ですよね?」
「ええ。そうですよ。もう私で三代目になりますが‥‥。最近じゃ閑古鳥が鳴いていますよ」
「そうなんですか?」
静かに男は頷いた。
「最近の兵士は、魔法は勿論ですが、銃を使うんですよ。それもただの銃じゃなくて——、魔法陣の使われた銃なんです」
リオネ達は顎に手を当てて「確かに、聞いたことあるかも」と頷いた。
「それに、無駄に動きずらい甲冑だってお役御免」
男は僅かに強まった語気のままに続ける。
「今じゃ、剣を買っていくのは物好きくらい。‥‥まあ、大事な儀式のために作ってもいますが——」
男は店の端に置かれた陳列棚に目をやった。
「あの包丁の方が売れる始末ですよ‥‥」
そう言いきってから男は、「すみません、愚痴みたいになっちゃって」と頭を掻いた。リオネ達は「いえ」と言ってから紅茶を一口含んだ。
そうして置かれた銀色のカップには、店がぐにゃりと歪んで映っていた。
「そんなことより、どうしてあなたはリブラに?」
男は仕切り直しにと、リオネ達にそう尋ねた。
「実は、旅をしているんです」
「旅? 一人でですか?」
「‥‥んーっと。まあ、はい」
「それは大変でしょう」
その言葉にリオネ達は大きく頷いた。
「それはもう大変でした。聞いてくださいよ。実は旅に出てすぐ——」
リオネはこれまでの出来事を男に話した。その内に話題も反れたりなんなりで、入り口横の傘も随分と水を落とした。
「おっと。話し込みすぎましたね。時間の方は大丈夫ですか?」
「‥‥すみません、お喋りで。そろそろ帰ります」
リオネがそう言うと、男は奥の部屋から乾いたローブを持ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「それと、これも持っていってください」
「‥‥これは?」
男の手にあったのは、掌に馴染むような形をした木の柄だった。
「こいつは新商品でね。ここをこうすると——」
男がグッとその柄の中から何かを持ち上げた。すると、そこにはキラリ刃が輝いた。
「ほら、折り畳み式のナイフです」
リオネ達は目を見開いていた。
「こうすればまた刃を収められます。どうぞ、旅のお供に連れてってやってください」
「いいんですか?」
「それはまだ試作品ですし‥‥。何よりおっさんの話し相手になってくれたお礼です」
男は優しく微笑んでナイフを差し出した。
「ありがとうございますっ」
ナイフを受け取ったリオネ達の手は震えていた。そして、瞳を輝かせてもう一度——、
「色々とありがとうございました!」
とお礼を言ってリオネ達は軽やかな足取りで武器屋を後にした。
「‥‥さて、もう一仕事するか」
男は静かにそう言って店の奥へと入っていった。
屋敷に戻ったリオネ達が鼻歌交じりに廊下を歩いていると、アインフェルナとばったり会った。
「あら、お帰りなさい。街はどうだった‥‥って聞くまでもなさそうね」
リオネ達は頬を赤らめて、「は、はい。とても楽しかったです」と身をすくめた。
「それは良かったわ。でも、雨のせいで大変だったでしょう」
「いえ、雨のお陰で良いことありました」
そう言ってリオネ達は「ほら——」と懐から貰った折り畳み式ナイフを見せた。
「武器屋で頂いたんですよ。いいですか、これはただの木の棒じゃないんですよ。ここをこうすると——」
リオネ達が高揚した様子で折り畳み式ナイフの実演をしている中、アインフェルナの目はその柄に刻まれた文字に向いていた。
「見てください。凄くないですか?」
「ええ、そうね。とても凄いわ」
アインフェルナは優しく微笑んでそう言うと、「そのナイフ、よく切れるから気を付けなさい」と緩く巻かれた毛先を指先でハラリ流した。
そうして、赤いドレスを揺らして、アインフェルナはその場を後にした。
すると、また廊下に、雨音に乗せて鼻歌が響き始めた。




