画家のパトロン(1)
「いい絵ね」
落ち着いた茶色の柄絨毯が敷かれた広い客間。その大窓を雨水が伝う。
ふかふかのソファに腰を沈めて、アインフェルナは手に持った絵を青い瞳に収めていた。
「特に、この湖の色が綺麗——」
「そうなんだっ」
アインフェルナとテーブルを挟んで反対側、ブルートが体を乗り出して目を輝かせた。
「その青色。とっても綺麗なんだあ。今までのどの色よりも、僕は大好きだよ」
「へぇ。あなたがそこまで言うなんて相当なのね。」
純真な瞳で、ブルートは「うんうん」と頷くと——、
「やっぱり、水蒼岩は違うよ」と続けた。
その言葉に、「‥‥水蒼岩?」とそれまで絵に向いていたアインフェルナの視線がブルートの方へと向けられた。
「そうさ。水蒼岩の欠片の青色なんだあ」
「どうやって手に入れたの?」
「それは勿論」とブルートは自信満々の表情で隣へと手のひらを向けた。その先には黒い長髪の女——。
「こちらのリオネさんが採ってくれたんだ」
その堂々たる紹介に、「ど、どうも」とリオネ達は体を小さくしながら会釈した。
「もう本当に、それはそれは激しい戦いだったんだあ」
続けてブルートは「こうピカッと光って——」と興奮した様子で身振り手振りを用いて海王龍とリオネ達との激戦をアインフェルナに伝え始めた。
悪天候に冷えていた客間の気温が一つ上がった。
長々と熱く語るブルートの横でリオネ達は、「いや、そんな大層なことでは‥‥」と小さくしていた体を更にすぼめていた。
一方、アインフェルナは、話半分にそれを聞き流しながら、絵とリオネ達とを交互に眺め見ていた。
「——ということなんだ」
ブルートが語り終えて、ようやく雨音がまた広間に戻った。
「そう。それは凄いわね」
アインフェルナのその言葉に、リオネ達は「‥‥恐縮です」と静かに応えた。もうその体は、ソファに埋もれそうな程にしぼんでいた。
「どうしたんだい? リオネさん。もっと堂々としても‥‥」
「何言ってるんですかっ。そんなのできるはずないでしょっ」
自身の様子を見て首を傾げるブルートに、リオネ達は囁き声で叫んだ。
「何? どうかしたの?」
「い、いえ。何でもありません」
リオネ達がアインフェルナに精一杯の笑顔を向けると「そ」と彼女はまた絵を眺めた。
「ねえ、もしかしてだけどここに描かれている人って——」
「ああ、そうさ。それもリオネさんさ」
「やっぱり」とポツリアインフェルナが呟いたところで、——バンッ、と客間の戸が勢いよく開かれた。
「アインフェルナ様っ」
声を荒らげながら入ってきたのは、眼鏡をかけた男だった。
「客人の前よ」
目付き鋭くアインフェルナが言い放つと、男は背広の襟を正し「失礼しました」と一礼した。そして、咳払いをしてから男は口を開く。
「アインフェルナ様、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
男の言葉にアインフェルナは一つ溜め息を吐いて「ええ」と立ち上がった。
「ごめんさないね。騒がしくて」
「いえ」
「‥‥そうね。旅で疲れているだろうから泊っていきなさい。食事も用意するわ」
「そんな——」とリオネ達が続けようとしたところで、アインフェルナは「ブルート。屋敷の案内をお願い」と言って男の方へと歩いて行った。
「あの、ありがとうございます」
リオネ達は立ち上がって深々と頭を下げると、アインフェルナは「好きなように使うといいわ」と赤いドレスの裾をふわり宙に舞わせて客間を後にした。




